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インタビュー

イノベーション研究 第36回 「NewsPicks」

既存メディアのリニューアルから新メディアの立ち上げへ

  • 公開日:2015/12/16
  • 更新日:2024/03/31
既存メディアのリニューアルから新メディアの立ち上げへ

本研究では、組織の中でのイノベーション創出のヒントを得るために、イノベーターの方々にインタビューを実施しています。

第36回は、株式会社ニューズピックスの取締役であり、「NewsPicks」の編集長を務める佐々木紀彦氏のご登場です。

佐々木氏は「東洋経済オンライン」の一大リニューアルを実行し、月間PVを約10倍に引き上げるというイノベーションを成し遂げています。その行動は、自身のキャリアに忠実であり計画的。自己決定の塊なのに修正主義ともいうべき柔軟性に富む。そして、非常に俯瞰的で高い視座から物事を捉えています。

どうすれば、大胆かつ繊細な佐々木氏のような行動をとることができるのでしょうか? 前口上は抜きにして、さっそく佐々木氏のイノベーション創出ストーリーをご覧ください。

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“けもの道”を切り拓く、イノベーターの知力と行動力
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最先端の水道技術を世界へ 目指すは「和製水メジャー」
イノベーション研究 第1回 エキュート
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ビジネス誌系サイトで勢力図が激変 東洋経済オンラインの躍進
慶應で竹中平蔵ゼミに所属 知的筋肉が大いに鍛えられた
外資系金融を目指した就活は失敗 就職浪人して自己を見つめ直す
アメリカのエリートは本当にすごいのか 実地体験するため、スタンフォードへ
オンラインの編集長になりたい 上司に願い出て了承される
本誌のネット版という位置付けを廃し まったく新しいメディアを作る
現場リーダーとしての編集長から 経営者としての編集長へ
総括

ビジネス誌系サイトで勢力図が激変 東洋経済オンラインの躍進

ビジネス週刊誌の御三家といえば、『日経ビジネス』『週刊ダイヤモンド』『週刊東洋経済』である。創刊時期は東洋経済、ダイヤモンド、日経ビジネスの順番に古いが、部数の多さは逆で、日経、ダイヤ、東経の順。この順位はここ20年以上、不動だ。

各誌とも、それぞれオンライン版も開設している。「日経ビジネスオンライン」「ダイヤモンド・オンライン」、そして「東洋経済オンライン」である。

雑誌の販売部数にあたるページビュー(PV)で測ると、長く「二強一弱」が続いてきたが、2012年11月、一弱の「東洋経済オンライン」が全面リニューアルを果たして首位に躍り出た。一弱が一強になったのである。

具体的には、それまで600万程度だったPVが、右肩上がりで上昇、それぞれ同3000万程度だった「日経ビジネスオンライン」と「ダイヤモンド・オンライン」を抜き去り、2013年3月には5301万PVを達成。現在もその順位は変わらない。

躍進の立役者が、佐々木紀彦氏である。2012年11月、編集長に就任すると同時にリニューアルを断行した。現在は転職し、経済ニュースの専門サイト「NewsPicks(ニューズピックス)」の編集長を務める。

「東洋経済オンライン」のリニューアルをいかに成し遂げたのか。なぜ「NewsPicks」に移ったのか。まずは佐々木氏の経歴から振り返りたい。

慶應で竹中平蔵ゼミに所属 知的筋肉が大いに鍛えられた

佐々木氏は北九州市小倉区出身。地元の高校を卒業した後、慶應義塾大学総合政策学部に進む。そこでは2つの貴重な経験を積んだ。

1つは、2年生の後半から竹中平蔵氏のゼミに所属したことだ。当時は自民党の森政権で、竹中氏は慶大教授という肩書をもちながら、政府の審議会委員としても華々しく活躍していた。佐々木氏が話す。「竹中先生からは現実の政治や政策と直結した生きた経済学を学びました。それが社会課題に目を向けるジャーナリストとしての原点にもなりました。しかも、ゼミに参加したおかげで、学ぶこと自体が本当に楽しくなりました。あるテーマを先生が設定し、それに関してゼミのメンバーに議論させる、知的な『朝まで生テレビ!』という感じでした。思慮の浅い発言はメンバーから論破されましたし、時には先生から鋭い突っ込みも入りました。竹中先生に出会ったことと、竹中ゼミでの議論を通じて、私の知的筋肉が大いに鍛えられたのです」

もう1つは大学2年の夏休み、アメリカのスタンフォード大学に、1カ月間、留学したこと。同大学のサマープログラムに応募したら運よく受かったのだ。広大できれいなキャンパスに感激し、当時20歳の佐々木氏は正式な学生としてこの地に必ず戻ってくるぞ、と誓った。

外資系金融を目指した就活は失敗 就職浪人して自己を見つめ直す

大学4年生となり、いよいよ就活だ。佐々木氏はここで失敗を犯してしまう。ゼミの先輩の就職先は日本銀行もしくは外資系金融機関が多かった。深く考えず、付和雷同的に自分もどちらかに行こうと決めてしまったのだ。

OB訪問を繰り返すうち、日銀のお堅いカルチャーは自分には合わないと分かったので、外資系金融機関に絞り、最終的にゴールドマン・サックスに決めた。「投資調査部のアナリスト職でした。夏には内定が出て、1カ月ほどサマーインターンとして働いてみたんです。ところが初日に、ここは僕には合わないと分かりました。アナリストの仕事は為替や金利、株の動きを日々分析すること。そういう目まぐるしく変動するものよりも、世の中の大きな動きに興味があるんだと悟ったんです。また、社員のデスクがパーテーションで仕切られており、まるで独房のようでした。そんな環境で、朝から晩まで数字とにらめっこしているのは耐えられないと思いました」

佐々木氏はインターンは務め上げたものの、内定を辞退し、就活戦線に戻った、まずは気分転換だと、インターンで手にした50万円をもとにロンドンに3カ月間留学。帰国後の12月から就活を再開したものの、主要企業はどこも募集を締め切っていた。

親に負担をかけたくないので、授業料がかかる留年という選択肢はとれない。翌年3月、規定通り卒業すると、就職浪人になった。「一生のなかで最も自分という存在に真剣に向き合った時間でした。結果、自分が好きなのは、文字を書いたり、本を読んだりすることなんだと気付いたんです。人類の資産になるような歴史に残る本を作りたい。そう思って、歴史の長い出版社を中心に就活し、運よく東洋経済新報社に合格することができました」。

本来は2003年4月入社だったが、「ぶらぶらしているなら働いたら」と言われ、2002年9月、同社に入る。『週刊東洋経済』編集部に記者として配属され、最初の1年半は自動車業界、次の2年間はIT業界を担当する。その後の1年間は連載記事を担当し、編集者としてのスキルを磨いた。

アメリカのエリートは本当にすごいのか 実地体験するため、スタンフォードへ

入社5年目に転機が訪れる。2007年9月から2年間、会社を休職し、スタンフォード大学に留学したのだ。28歳になっていた。「一度訪問したスタンフォードに対する強烈な憧れがあったのも事実ですが、その大前提として、大学1年のとき、世界で一番すごいといわれているアメリカの最先端の大学教育を20代のうちに経験する、と決めていたんです。メディアの世界に浸っていたら一流にはなれないとも考えていました。他業界に比べ、競争にさらされる機会が少なく、『ぬるさ』を感じていたのです。優秀な人がたくさんいる環境に身を置き、上には上がいるんだ、自分はまだひよっこなんだと思い知るような経験がしたい、という気持ちもありました」

スタンフォードでは国際政治経済(MA)を学んだ。帰国後、佐々木氏は留学時代の経験を振り返り、『米国製エリートは本当にすごいのか?』(東洋経済新報社)という単行本にまとめた。同書は5万部を突破するベストセラーになっている。

実際、米国製エリートの力はすごいのだろうか。「学生個人の力というより、仕組みがすごい。それが私の結論です。大量の文献を読ませ、書かせ、みんなの前でプレゼンさせる。それをひたすら繰り返す『知の千本ノック』のようなものです。もちろんすべて英語です。2年間、それをやり続けたら、竹中ゼミでの経験と同じように、知的筋肉がより一層、パワーアップした感じがしました」

オンラインの編集長になりたい 上司に願い出て了承される

2009年10月から東洋経済新報社に復職し、『週刊東洋経済』の特集ページを担当する編集記者となる。40ページほどの企画を立て、半分ほどのページを自らの取材原稿で埋め、残る半分は人が書いた記事を編集する仕事だ。3年ほど続け、総計20本ほどを担当。なかでも大きくあたったのが、留学経験を土台にした「非ネイティブの英語術」という特集だった。

傍からは、記者、編集者として順調にキャリアアップしているように見えただろうが、当の本人は内心、焦っていた。とうとうある賭けに出た。上司の編集局長に、「東洋経済オンライン」への異動と編集長就任を自ら願い出たのだ。

「紙の雑誌はやり切った感があったこと、そろそろ人を束ねるリーダーの仕事をやってみたいと思ったこと、この2つが理由です。東洋経済新報社は年功序列の傾向が強く、看板雑誌である『週刊東洋経済』の編集長になりたいと思っても、当時33歳だった私にとって道は遠すぎました。一方、新しくてまだ未成熟の、しかも苦戦しているオンラインのほうだったら、やれるかもしれないと思ったのです」

佐々木氏の希望は受け入れられ、編集長に就任。ほかにも5名のメンバーが集った。2012年11月のことである。

本誌のネット版という位置付けを廃し まったく新しいメディアを作る

冒頭で説明したように、オンラインはぼろ負けしていた。一発逆転をねらうには、サイトの全面リニューアルしかなかった。

当時のオンラインは、『週刊東洋経済』本誌のネット版という位置付けだった。本誌の過去の記事をネット配信していたのだ。まずこの方針を変えた。東洋経済の記者をフルに使い、オリジナルの記事を充実させる一方で、外部の有識者やジャーナリストによる寄稿も強化した。本誌との連動記事にもトライした。
デザインも一新した。サイトのコンテンツを管理する業者も変えた。サイトのターゲットも、本誌と同じ30~50代のエグゼクティブから、30代のビジネスパーソンにシフトチェンジした。結果、「エリート美女」や「ワーキングマザー」など、それまではなかった女性に焦点をあてた記事が増加する。

流通面でも工夫を凝らした。「記事は読まれて何ぼ」と、ヤフーを筆頭とした他のポータルサイトなどに、積極的に記事を配信することにした。

資金面での心配はなかった。経営陣もオンラインの低調ぶりに危機感を覚えていたので、佐々木氏の決断を応援してくれたのだ。

その結果、早くもリニューアルの3カ月後には5000万PVに達し、ライバルを抜き去り、ビジネス誌系でナンバーワンサイトとなる。

現場リーダーとしての編集長から 経営者としての編集長へ

さて、そんな佐々木氏が2014年7月、ビジネス情報を扱うベンチャー企業、ユーザベースに移籍した。現在はその子会社であるニューズピックスの取締役と、経済専門のニュースメディア「NewsPicks」の編集長を兼任している。同社に移った理由について、佐々木氏はこう話す。「今は100年に一度のメディア業界の変革期です。あと3年のうちに、生き残れるメディア、残れないメディアが決まってくると思います。どうやったら生き残れるか。どうしたら次の100年の覇者となるメディアを作れるか。今が正念場です。オンラインの編集長はいわば現場のリーダーであり、変化の激しい時代に、現場からボトムアップの改革を進めることに限界を感じたのです。100年に一度の変革期は小手先の改革では乗り切れない。メディアの構造から変えるには、自分自身が経営に関与するしかないと思ったのです」

では、どんなメディアが生き残っていくのか。佐々木氏によれば、キーワードは「プラティッシャー」だという。プラットフォームとパブリッシャーを合わせたオリジナルの造語だ。「既存の新聞社や出版社のように、記事を作ることに特化したパブリッシャーも、ヤフーのように、記事は作らないけれど、配信する器としてのプラットフォームはもっているプレイヤーも、どちらも真の覇者にはなれません。これからの時代、どちらか、ではなく、どちらも必要なのです。オリジナル記事があるのはもちろん、日々のニュース記事を専門家のコメント付きで読める『NewsPicks』はまさにプラティッシャーを目指しています」

「NewsPicks」は「東洋経済オンライン」を含めたビジネス誌系サイトと違い、閲覧するには有料の会員となる必要がある。そういう意味では、同じく有料の既存のビジネス誌と似ている面もある。「まずは日本を代表する経済メディアに育て上げ、ゆくゆくは英語版も作って、世界一の経済メディアに進化させたい」。メディア・イノベーター、佐々木氏の第二幕はすでに始まっている。

総括

佐々木氏のイノベーション創出ストーリー、いかがでしたか? 自分のやりたいことに忠実であり、自発的前進を続ける佐々木氏の行動をさっそく振り返っていきましょう。

自分という存在にとことん向き合う
深い思索と内省から意味を見出す

佐々木氏は就職浪人中に「一生のなかで最も自分という存在に真剣に向き合った」と話しています。そして、「人類の資産になるような歴史に残る本を作りたい」という思いに至ります。東洋経済新報社に入社するきっかけともいえるものです。

“人類の資産”という言葉は、常人はなかなか口にしません。そもそもの発想がケタ違いに大きいことが分かります。それは深遠なる内省がもたらしたものといっていい。浪人中なので時間はたっぷりあったのでしょう。そこで、自分とは? 自分が好きなコトは? これからどうやって生きていく? といった思索を巡らせたのです。

「組織の中でのイノベーション創出研究」の第15回でご登場頂いたドコモ・ヘルスケアの竹林一氏のエピソードが思い出されます。竹林氏はリフレッシュ休暇を活用して、東海道を恵比寿から大津まで16日間歩き続けます。歩きながら仕事や自分のことを考え続けるのです。その道中でアルキメデスのいう「ユーレカ」(エウレカとも。 古代ギリシア語: 「見つける」という動詞の一人称単数完了直接技能動態。「私は見つけた」「分かったぞ」といった意味。アルキメデスがアルキメデスの原理に気付いた際、思わず叫んだとされる言葉)がたくさんあったそうです。

佐々木氏の就職浪人中の期間と竹林氏の東海道行。二者が置かれている状況は異なりますが、共通しているのは非日常での徹底した内省により自分という存在にとことん向き合ったことです。それは、イノベーター(になるため)の大前提なのかもしれません。

圧倒的な当事者意識
明確なキャリアビジョン

佐々木氏は、東洋経済新報社在籍中に休職してスタンフォード大学に留学しています。そこで得られた経験で、慶應大学在学中と同じように知的筋肉を鍛え上げる。注目すべきは留学の動機です。大学1年で知った世界最先端のアメリカの教育を、20代のうちに経験すると決めていたので、休職するのです。

イノベーターにはその時々の状況に対応していく偶有性対応能力が間違いなく必要です。トライ&エラーのなかからブレークスルーを見出す。正反を貫く“合”を見つけることがとても大切です。佐々木氏のイノベーション創出ストーリーにも、修正主義ともいえる行動が垣間見られるのですが、それ以上に明確な計画に裏づけされているようにも思えます。上述した、“経験すると決めていた”という言葉に表されるように、自分のキャリアを素直かつ忠実に作りこんでいく。そこには高い志がありました。いや、高いのではなく“強い”志というほうがふさわしい。圧倒的な当事者意識で自身のキャリアビジョンをさらりと実現しています。自分が置かれている状況を虫の目と鳥の目で認識し、ひたすら前に進んでいるのです。

ヨソ者・バカ者・若者
真のメディア・イノベーター

ヨソ者・バカ者・若者。イノベーターを示す分かりやすい言葉として人口に膾炙(かいしゃ)しているものですが、果たして佐々木氏にはあてはまるのでしょうか?

最初に就職した企業が東洋経済新報社であり、現在「NewsPicks」の編集長兼経営者でもある佐々木氏は、メディアの世界ではヨソ者ではありません。しかし、スタンフォード大学への2年間の留学や慶應大学での経験は、老舗の経済出版社にとってヨソ者の資質十分だったに違いありません。

佐々木氏のすべてにおいて情熱と執念をもった取り組みや、強いこだわりをもち物事を推し進める姿勢は、失礼ながらバカ者といってもいい。それは執念を超越し、情念とでもいうべき迫力をもってインタビューアーである私に迫ってきました。

「東洋経済オンライン」のイノベーションを成し得たとき、佐々木氏は30歳そこそこであり、「NewsPicks」に移籍してから現在に至るまで若者といっても差し支えないでしょう。

「NewsPicks」を世界一のプラティッシャーに育て上げようとしている佐々木氏は、ヨソ者・バカ者・若者であり、真のメディア・イノベーターなのかもしれません。

(総括(文):井上功 /インタビュー(文):荻野進介)

PROFILE

佐々木 紀彦(ささき のりひこ)氏

佐々木 紀彦(ささき のりひこ)氏

1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2007年9月より休職し、スタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。09年7月より復職し、『週刊東洋経済』編集部に所属。「30歳の逆襲」「非ネイティブの英語術」「世界VS中国」「ストーリーで戦略を作ろう」「グローバルエリートを育成せよ」などの特集を担当。2012年11月「東洋経済オンライン」編集長に就任。2014年7月、株式会社ユーザベース「NewsPicks」編集長 兼 執行役員に就任。2015年4月、株式会社ニューズピックス 取締役に就任。著書に『米国製エリートは本当にすごいのか?』『5年後、メディアは稼げるか』(ともに東洋経済新報社)がある。

執筆者

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サービス統括部
HRDサービス共創部
Jammin’チーム
マスター

井上 功

1986年(株)リクルート入社、企業の採用支援、組織活性化業務に従事。
2001年、HCソリューショングループの立ち上げを実施。以来11年間、(株)リクルートで人と組織の領域のコンサルティングに携わる。
2012年より(株)リクルートマネジメントソリューションズに出向・転籍。2022年より現職。イノベーション支援領域では、イノベーション人材開発、組織開発、新規事業提案制度策定等に取り組む。近年は、異業種協働型の次世代リーダー開発基盤≪Jammin’≫を開発・運営し、フラッグシップ企業の人材開発とネットワーク化を行なう。

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