イノベーション研究 第20回 トヨタ自動車 トヨタの本気、本腰を感じる モビリティの未来を考える組織

執筆者情報
ビジネスフロンティア部
エグゼクティブプランナー
井上 功

本研究では、組織の中でのイノベーション創出のヒントを得るために、イノベーターの方々にインタビューを実施しています。

第20回は、トヨタ自動車株式会社の大塚友美氏にご登場いただきます。大塚氏は、トヨタ自動車の企画者であり、企画メンバーのマネージャーでもあります。ただ、企画するのはプリウスやアクアといった自動車ではありません。未来をプランニングするのです。所属する組織名称は「未来プロジェクト室」。組織のミッションは、「モビリティの未来を考えること」。これは一体何を意味するのか? なぜ、トヨタがこのような組織をわざわざ創り、リソーセス(資源)を配分し、活動を行っているのか? その内容を紐解いていきたいと思います。

では早速、大塚氏のイノベーションストーリーをご覧ください。


21世紀のオート三輪

筆者が子供の頃、オート三輪という乗り物が町を走っていた。運転席の下に車輪が1つ、後方に二輪がついた乗り物である。軽量かつ安価で、小回りの操縦性に優れているが、安定性が悪く、本格的な車社会の到来と共に、じきに姿を消したと記憶している。

トヨタ自動車が開発中の「TOYOTA i-ROAD(アイロード)」。実はこれが21世紀のオート三輪なのだ。ただし、前が二輪、後ろが一輪である点がかつてのオート三輪と違う。しかも、小型で1〜2人乗りの電気自動車だ。もともとは、2013年のジュネーブモーターショーに出展されたコンセプトモデルがベースとなっている。

市販化されるかは未定とのことだが、トヨタはこの3月から6月初旬にかけ、このi-ROADの車両10台を用意し、首都圏でモニター調査を行った。市販前の製品を対象にしたモニター調査の実施は、同社としては非常に珍しいことだという。

この製品に限って、なぜなのだろうか?

その答えは、通常とは違う別の企画ルートをi-ROADが経ているからだ。

クルマにこだわらずモビリティの未来を考える

企画主体の1つは未来プロジェクト室。商品・事業企画部の一部門であり、所在地は愛知県豊田市の本社内ではなく、若者情報の最先端、東京・原宿の明治通り沿いにある。

この組織が出来上がったのは1993年のこと。現在、室長をつとめる大塚友美氏が話す。「その名のとおり、既存製品にこだわらず、未来を見据えた新しいプロジェクトの立ち上げを行うための組織です。若者が多く、トレンド情報が収集しやすい場所ということで、2007年に原宿に移りました。しかも2011年に組織のミッションを大きく変えました。自動車業界には大きな変革の可能性があると感じ、5年先、10年先のトレンド把握だけでなく、20年先、30年先も見据えて、さまざまなことに対処しておこうと考えたのです」

その音頭取りを担当したのが、当時、商品・事業企画部部長だった村上晃彦氏(現・富士重工業株式会社 常務執行役員)だった。大塚氏が続ける。「村上は、燃費規制をどうクリアするか、新興国でどう戦うか、といった既存の事業の延長線上にあるものではない、まったく異質の課題がこれからの自動車業界を見舞うのではないか、という危機感を抱いていました。私も同じ思いでした。そうだとしたら、車というハードのみを見るのではなく、人々の暮らしや気持ちの変化といったソフトの部分も見据えながら、必ずしも車という物にこだわらず、広くモビリティ(移動)の未来を考えるべきだ、という結論に達したのです」

モビリティということは、車ではなく、飛行機でも船でも、いやロケットでもいいことになる。スマートシティや交通システムの設計も視野に入れてもいい、ということだ。

内製重視思想をあえて封印し外とのコラボを推進する

もう1つ、意識するようになったのは、「外へのリンク」だという。「トヨタの基本姿勢は内製重視です。“餅は餅屋”という発想が薄く、自社でいかに内製するか、という意識が非常に強いのです。もちろん、それが良い方向に働くこともあるのですが、現在の延長線上にない未来を構想するわけですから、それをあえて封印し、東京という地の利も生かして、アカデミズムの方を含め、自動車業界以外の多種多様な人たちと会い、対話を行い、ヒントをもらいながら、新しいモビリティの姿をともに模索していくことを自分たちに課しました」

未来プロジェクト室には現在10名のプランナーが在籍している。大塚氏を含め、理系出身のエンジニアではなく、文系出身の企画者である。うち4名が女性で、ワーキングマザーも複数いる。トヨタには珍しく、中途社員も含まれる。多様性(ダイバーシティ)が実現している組織なのだ。本社のエンジニアやデザイナーなども巻き込みながら、新しいプロジェクト(企画)を構想する。先のi-ROADも、エンジニア、デザイナーとチームとして取り組み、生まれたものだ。

社長が最後に釘を刺した。トヨタは甘い会社じゃない

モビリティの未来を構想する。考えてみれば、実に茫漠たる話である。そのせいか、未来プロジェクト室の新たな方向性が定まった2011年は、思うような結果を出せなかった。室での仕事は、社長や役員への発表という形で表現され、その場で真価が問われる。満を持して準備した翌2012年が実質初めての成果発表会となった。

未来プロジェクト室は4つのプランを提出した。それに対し、まず役員たちが意見を述べた。「面白い」「意義ある内容だ」「このまま検討を続けてほしい」等々、前向きのコメントが続いた。なごやかなムードで会が終わろうとしたとき、社長、豊田章男氏が手を挙げた。全員が固唾を飲んで見守るなか、豊田氏はこう言った。

「サポーティブな意見が続いたようだが、トヨタはそんなに甘い会社じゃない。プロジェクトがいざ走り出したら、皆、問題点を指摘して、徹底的に反対するぞ。私もそうかもしれない。でも、そういう反対にめげてはいけない。あなた方は志を高くもって頑張ってほしい」

「もっといいクルマ」に関する対話が始まった日

翌2013年も試行錯誤が続いた。プロジェクト室のメンバーは大学に足を運び、あるいは企業主催のセミナーやセッションに参加し、そうして知り合った人たちに新たな人を紹介してもらい、ネットワークを広げていった。最後はまた経営陣を前にした発表会である。今度は5つのプランが俎上に載せられた。豊田社長はこう言って会を締めくくった。

「今日はもっといいクルマについての会話が始まった記念日になった」と。

「もっといいクルマ」とは、豊田社長が就任以来ぶれずに言い続けている言葉で、顧客の期待をはるかに超えるような車の開発こそが事業の根本にあるべき、という考え方だ。大塚氏は社長のその言葉が今でも頭に残っているという。「とにかく頑張れという前年のフェーズを脱して、われわれのプランのいくつかを評価してくれた。モビリティの未来に繋がる芽のようなものがあったということでしょう。非常に光栄であり、嬉しかったです」

企画提案からトライアル実施へ。メンバーの気持ちが高揚

未来プロジェクト室が推進するプランには、複数年にまたがるものが多い。「モビリティの未来」という壮大なテーマを設定する前の2010年からすでに動いていたのが、冒頭で紹介したi-ROADだ。2010年に発案したもので、低炭素、しかも快適なスマートモビリティ社会の実現に向けた、都市内近距離移動の手段にふさわしい超小型電気自動車、というのがコンセプトだ。トヨタのお膝元、愛知県豊田市における都市交通システムでの実証実験にも投入され、公道走行が2014年3月からスタートしている。

そうしたモビリティの未来に直結した製品である一方、このi-ROADは別の特徴も備えている。「幅が最大87センチしかないので機能的であると同時に、二輪でも四輪でも味わえない乗り心地が味わえるのです」

それが端的に表れるのが、曲がるときだ。i-ROADは二輪車のように車体を傾ける必要があるが、自動車メーカーならではの車体制御技術で、カーブは勿論、段差や斜面でも安定していて、誰でも簡単に楽しく運転できるよう制御してくれるのだ。「走行時にジェットコースターのようなドキドキ、ワクワク感がある」と大塚氏は言う。

日々の移動プロセスそのものが楽しくなる。この稀有なベネフィットを乗り手にどのくらい認知してもらえるのか、いかにしてそれを伝えられるか。大塚氏以下、未来プロジェクト室のメンバーが決意したのが、モニター調査の実施だった。「豊田市内だけで実験をしても意味がない。大消費地である首都圏で一般消費者の反応を確かめないと、という結論に達したのです。今まで企画提案ばかりをしてきたので、お客様への直接アプローチが実現したことはとても新鮮でした。私含め、メンバーの気持ちが高揚しました。頭のなかで考えて終わりなのではなく、実際の物を作って試してもらうというのはこんなにも重要なことだったのだ、と改めて感じました」

イノベーションの推進役から巨艦トヨタの変革のハブに

モニターからは「よかった」「悪かった」というさまざまな意見が寄せられた。「総じて肯定的な意見が多かったのですが、私が嬉しかったのは、i-ROADに対して親愛の情を抱いてくださった方が多かったこと。お貸ししたのはわずか2週間だったのですが、その間、洗車したという方がいたり、返却するときに淋しかった、という気持ちを吐露される方もいました」。こうした貴重な情報を多数得ることができ、i-ROADは、着々とブラッシュアップされていく。

このようなイノベーションの推進といった役割の他に、最近は新たな役割が未来プロジェクト室に期待されようとしている。社内から、「新しいことを考えたいから、相談に乗ってほしい」という依頼が増えているのだ。「原宿で面白いことをやっている人たち」(大塚氏)が、巨艦トヨタの変革のハブになる日も近いかもしれない。

総括

大塚氏のイノベーション創出ストーリー、いかがでしたか。

いつものように、イノベーション研究モデルの領域をイメージしながら総括をします(図表01参照)。今回注目する領域は、イノベーション戦略、組織外の情報・知識の活用、事業化の領域です。

極めて概念的なアウトプットを要求される未来プロジェクト室のような組織は、イノベーション戦略なくしては存在しえないでしょう。また、内製重視のトヨタ自動車において、組織外の情報・知識を取り入れることはそれほど簡単ではありません。そして、事業化の段階でも今までとは異なるやり方で臨んでいます。この3つの領域を見据えて、大塚氏の活動を振り返ってみましょう。

図表01 イノベーション研究モデル

自社の対抗軸を自社で作る。真の危機感から前に進む

未来プロジェクト室のミッションは、「モビリティの未来を考えること」であり、その存在はクルマを製造して販売するという既存の事業の延長線上にはありません。それは、トヨタ自動車にとってはいわば【対抗軸】です。アンゾフのマトリクスでは上の領域にあたります(図表02参照)。

図表02 アンゾフのマトリクス

未来プロジェクト室の発起人でもある当時の商品・事業企画部長の村上氏は、大きな危機感をもって自動車業界の地殻変動を捉えていました。「既存の延長線上にないまったく異質な課題が自動車業界を見舞うのではないか。クルマというモノにこだわらず、モビリティ(移動)の未来を考えるべきだ」。この危機感こそが、対抗軸を考える組織を生んだともいえます。

こう書けば簡単なことですが、巨大な組織で自社の対抗軸のみを考える組織を作ることは非常に難しい。多くの会社ではなかなか実現できません。ましてや、トヨタ生産方式やトヨタウェイに代表される非常に強い組織文化をもったトヨタ自動車では、より一層困難だったのは想像に難くありません。

しかし、トヨタは実行するのです。自社の【対抗軸】を自社の組織の中に作る。グローバルで30数万人の社員に比して未来プロジェクト室のメンバーは10名。人数比では何万分の一のちっぽけな組織です。そこで、多様性を担保し、試行錯誤を繰り返す。「モビリティの未来」を徹底して考え抜く。少しずつ、成果を獲得していく。こういった組織が存在していること自体が、トヨタが世界一の自動車会社たる所以なのではないでしょうか。

本社から離れる辺境に組織を置く

1世紀以上前より古今東西の経済学者、経営学者、経営者、識者、思想家などがイノベーションの本質を論破していますが、ほぼすべてに共通する論が、【慣行の外にでる】必要性を説いていることです。組織の中からイノベーションを興すためには、慣行の外にでないといけない。慣行の影響を遠ざけるために必要なことは、できる限り辺境に組織を置くことです。指揮命令系統や意思決定に影響を及ぼすありとあらゆるコトから離れないといけません。そうでないと、どうしても染まってしまう。何かしら影響を受けてしまいます。

トヨタ自動車では、未来プロジェクト室を原宿に置きます。豊田市にある本社から遠く離れた場所です。物理的に離れたところに組織があるのは非常に重要です。物事の考え方、仕事の進め方、企業理念やバリュー、コミュニケーションスタイルを磨き切ることで競争優位を担保してきたトヨタにとって、こういった無形の影響力は非常に大きい。もし本社からの距離が近ければ、知らず知らずのうちにトヨタ自動車のコミュニケーション上のバリューネットワークに嵌まってしまうでしょう。それゆえ、強制的に離れることは非常に大切です。トヨタの考え方を踏まえつつ、モビリティ(移動)を考える。トヨタの進め方を頭の隅に置きつつ、未来を想起する。そのためには本社から離れ、独自のフレーミングで物事を考え、実行することが非常に重要なのです。

一方、技術者の殆どは豊田市周辺にいるため、モビリティの未来に関わるプロジェクトが実際に始まると、コミュニケーションが非常に大変だと聞きました。面着(対面によるコミュニケーション)を重視するトヨタ自動車なら尚更です。それでも、未来プロジェクト室は原宿から変革を推進しています。「豊田市の空気から離れることがとても大切だと思っています」という大塚氏の話が非常に印象的でした。

新しい経験を普及させるために、顧客・市場にも聞き、訊く

未来プロジェクト室のアウトプットの1つであるi-ROADは、事業化の過程でも今までとは異なる方法を取り入れています。それが、前述したモニター調査です。日本はもとより世界の殆どの国と地域でのマーケティング、即ち顧客を創ることに長けているトヨタですが、プロトタイプの段階でのモニター調査は極めて異例です。品質や安全に厳しい基準で臨むトヨタ自動車にとって、i-ROAD のモニター調査の実現には困難な壁があったと想定されます。

しかし、トヨタは実現した。i-ROADがもつ移動そのもののワクワク・ドキドキ・トキメキといった価値は、実際にお客様が経験して初めて伝わっていくのです。同時に、何が価値の本質か、何が新しい経験か、といった生々しい顧客の声が得られることになります。そんな双方向の顧客を巻き込む共創型のマーケティングこそが、モビリティの未来を創ることに繋がるのです。そう考えた未来プロジェクト室のメンバーは、限定的な豊田市内での都市交通システムでの実証実験のみならず、大都市東京でのモニター調査に踏み切ります。正に、未来プロジェクト室そのものが、【慣行の外にでる】ことを実践しているのです。

非連続のイノベーション。自己否定と自己肯定の連鎖

未来プロジェクト室の活動を、いくつかの観点で振り返ってきました。振り返りながら見えてきたことがあります。トヨタ自動車は、非連続のイノベーションを実現しようとしているのではないか、と。

非連続のイノベーションを語るとき、シュンペーターの話がよく挙げられます。「いくら郵便馬車を列ねても、それによって決して新しい鉄道を得ることはできない」(Joseph Alois Schumpeter, 1934)。郵便馬車と鉄道とはその本質が違います。郵便馬車がカイゼンし進化することは必要ですが、鉄道とはまったく別のものと理解しなければなりません。鉄道の普及と共に、郵便馬車の業主はその殆どが廃業しています。顧客に必要とされなくなってしまったのです。

では、郵便馬車の経営者が、適切なタイミングで事業の再定義を行っていたらどうでしょうか? 郵便馬車の顧客価値は? その価値の本質は? 価値のコンセプトは? こうした問いを続けて、価値の抽象度を上げ、郵便馬車の目的を【モビリティ】と設定し、全方位で手段を模索し、蓄積された資本を鉄道事業に振り替えることができたら、現在も生き残っている業主がいたかもしれません。尤も、「もし」の域をでませんが・・・・・・。

トヨタが置かれている状況も変わりません。多少乱暴ですが、クルマをかつての郵便馬車と置くことができます。クルマという存在、自動車産業というバリューネットワークに支配されるのは不可避です。技術は進化し、環境は変化し、嗜好は変わり、課題は深まります。しかもその変容は、緩やかにじんわりと襲いかかるのです。

トヨタは、自らの【対抗軸】を自社組織に創りました。トップ自らがこの「未来プロジェクト室」にフルコミットしています。そして、【モビリティの未来】を実現しようとしているのです。トヨタ自動車による自己否定と自己肯定の連鎖。未来プロジェクト室の活動が既存事業のイノベーションを誘発し、大きなうねりになっています。今まさに、トヨタ全体で非連続のイノベーションが起きようとしているのです。それは、企業変革といっても過言ではないでしょう。

【総括(文):井上功 /インタビュー(文):荻野進介】

PROFILE

大塚 友美(おおつか ゆみ)氏
1992年トヨタ自動車株式会社入社。初代ヴィッツなど、国内向け商品の企画、ダイバーシティプロジェクトなどの人事施策の企画・推進、海外向け車両の価格・収益マネジメントなど、幅広い分野を経験。途中、ダートマス大学タック・スクール・オブ・ビジネスにてMBA取得。 現在はクルマづくりの上流部署である商品・事業企画部 未来プロジェクト室にて10年、20年先をターゲットとした未来のクルマのコンセプト企画を担当。
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