イノベーション研究 第39回 iCARE(アイケア) 「我がこと」化がイノベーションの原点

執筆者情報
ビジネスフロンティア部
エグゼクティブプランナー
井上 功

本研究では、組織の中でのイノベーション創出のヒントを得るために、イノベーターの方々にインタビューを実施しています。

第39回は、株式会社iCARE(アイケア)代表の山田洋太氏のご登場です。山田氏はメディカルドクター、つまり医師でありながら、MBA(経営学修士)の学位をもち、医師として医療行為に勤しみつつ事業を推進しています。医師になるだけでも大変なことですが、そこに満足せずビジネスの道にも突き進んでいます。それは、山田氏にとって個人のキャリアという狭い了見の話ではなく、ヘルスケアという日本の重くて大きい社会課題解決の使命感そのものなのです。深い問題意識と洞察。圧倒的な行動力。人はここまでエネルギッシュになれるものなのか、という実感をもちました。

さっそく、山田氏のイノベーション創出ストーリーをご覧ください。


兄への対抗心から医師の道へ
医療はチームプレイ、を実感

iCARE(アイケア)の代表、山田洋太氏と名刺を交換してびっくりした。「MD,MBA」という記載がある。つまり医師(メディカルドクター)でありながら、経営学修士の学位も取得しているのだ。日本に30万人ほどいる医師のなかで、こんな人は稀だろう。

高校生のときから医師になると決めていた。動機はやや不純だった。本人が明かす。「2つ上の兄がイケメンで頭が良く、何をやらせてもできるタイプだった。その兄が医学部に行くなら、負けていられないという思いでした」

猛勉強の甲斐あって、金沢大学医学部へ進学。在学中の2004年、臨床研修の制度改編が行われた。新臨床研修制度の導入である。それまで、医学部卒業生は大学の医局に残り、専門分野を決めて臨床研修を積むのが通例だったが、そのことが視野の狭さを生み、地域との接点も希薄化させるという批判が起き、出身大学以外の指定病院でも臨床研修が受けられるようになったのだ。

そうなると、大学での教育が臨床に直結しないことになる。「大学の勉強はまず病気ありきなのですが、実際の病院は違って、患者の具体的な症候から入ります。それを大学では教えないので、テキストをもとに自分たちで学び合うワークショップを企画しました。最終的に100人くらいが参加する大がかりなものになりました」

自ら希望してハードな研修先へ
医師の腕は上がったが数字が……

いよいよ卒業。希望した研修先は、ハードな勤務で知られた沖縄県立中部病院だった。ここで、ワークショップで学んだ机上の勉強が大いに生きた。その病院では上司と同僚の医師、それに看護師による360度評価が行われており、常にトップ評価だった。「大事なことを学びました。医師が偉いわけではない、医療はチームプレイだということです。真夜中の当直の際、看護師が困って電話してくると、眠いから、そちらで処置しといて、という医師も少なくありませんでしたが、僕は分かりましたと言って受話器を置くと、すぐにダッシュして現場に向かいました」

研修期間は5年あったが、3年で別の病院に移った。研修体制の改善を病院トップにかけ合ったものの、聞き入れられなかったからだ。向かった先が同県内の久米島という離島にある公立久米島病院だった。「7名いた医師のうち6名が辞めるという話を聞き、仲間を誘って、移ったんです。その多くが高齢者である8800人の島民が、島内でいきいきと健康に暮らせるよう、持続可能な医療サービスを供給する。これが僕らのミッションでした。在宅医療を立ち上げたり、ヘリコプター搬送をやったり、予防医療に取り組んだりしました。今まではミスしてもカバーしてくれる人がいましたが、規模が小さな病院ですから、失敗がすべて自分に返ってくる。きついけど、それが仕事の面白さでもありました」

そのうち、山田氏はあることに気付く。病院の経営数字が極端に悪いのだ。どうしようかと、たまたま手にとったのがMBAの解説本だった。そこには経営管理の理論と実務が紹介されており、これ幸いと、実務に適用してみた。「ことごとく失敗しました。医療サービスの質を上げる。これは医師としての職務をまっとうすればいいので、比較的簡単なんです。でも組織全体を動かすマネジメントは滅茶苦茶難しいことを痛感しました」

朝から晩まで勉強漬け
アルバイト先で得た疑問

2010年4月、上京する。MBA本の監修元である慶應義塾大学ビジネス・スクールへ進んだのだ。「2年間のブランクができるので、親や兄からは猛反対されました。でもどうしても行きたかった。経営の真髄を学び、病院立て直しのノウハウを身に付けたかったのです。目の前の課題を解決することが何より大事だと私は思っています。給料をもらっている組織が大赤字なんですよ。頬かむりなんてできません」

授業は予想以上にハードだった。課題も山ほど出され、睡眠時間を削って取り組んだ。そのうち、チンプンカンプンだった日経新聞が面白くなってきた。貸借対照表が読めるようになり、リーダーシップの重要性が改めて身に沁みた。

2年目になると、空き時間が少しできた。そこで、大船にある心療内科と内科が併設されたクリニックで週1回、アルバイトを始めた。「それまでに忸怩たる思いをしたことがあったのです。私は内科医なのですが、動悸やめまい、腹痛を訴えてくる患者さんを治せないことがよくありました。問診や検査をやっても何の異常もなく、『内科的には問題ありません』と帰していた。メンタルを診察できるスキルがあれば、違った処置を施せただろうにと、その言葉に自分でも大きな矛盾を感じていたのです。その弱点を補うために、心療内科で出稼ぎを始めたのです」

1日に70人ほどの患者の診察を担当した。そのうち、20〜30名が高血圧や糖尿病といった生活習慣病で、残る40名ほどがメンタル不全だった。しかも、その8割あまりが就業者だった。「心を病んでいる働く人がこんなにも多いのかとびっくりしました。一定規模以上の職場には産業医をおき、労働者の健康管理にあたらせることが企業に義務付けられています。産業医がなぜもっと機能しないのだろうという疑問が湧き上がりました」

ビジネス・スクールの友人と起業
満を持した新サービスが登場

ビジネス・スクールに在籍する企業人事の同級生に産業医の役割について聞くと、「判子を押しているだけだよ」と。また別の同級生の在籍していた企業では、過労のため、突然死してしまった先輩がいた。山田氏は「働く人の健康管理という領域で何かやれることがあるはずだ」と思い、同級生と共に起業を決断する。在学中の2011年6月、企業のヘルスケア管理を支援するiCAREを立ち上げた。

具体的にどんな事業をやるのか。議論した結果、出てきたのが産業医の「ブラックボックス」という言葉だった。「一般の医療には、病名や診断内容を分類し、それに応じて一日当たりの入院費用が決まる包括医療費支払い制度や電子カルテなど、第三者がチェックできる標準化されたシステムが導入されているのに、産業医が管轄する分野は違います。何が行われているかがそもそも分からず、完全なブラックボックスです。そこで、それを見える化しようと、従業員の健康に関する情報をクラウド上で一元管理するサービスを開発することにしたのです」

2013年12月、「Catchball」をリリース。が、売れ行きは芳しくなかった。「敗因は、産業医や保健師にとっては非常に便利なサービスなのですが、人事、つまり経営に響くものではなかったこと。そこで、ヘルスケアの本質を改めて考えてみた結果、2つのキーワードを抽出することができました。医師や保健師などの専門家と従業員の間で起こっている『情報の非対称性』と、いつ誰が発症するか分からないという『不確実性』です。この2つを念頭に入れて、なおかつ、企業のヘルスケア管理がすべて足りるワンストップサービスを新しく開発することにしたのです」

それが2016年3月にリリースされた「carely(ケアリー)」だ。病院に行って治療を受けることを促進するのではなく、病気予防を促進するweb上の保健室というのがコンセプトだ。予防のための新しい病院機能を「クラウドホスピタル」と呼んでいます。具体的には、従業員の勤怠を含めた人事労務情報、健康診断やストレスチェックの結果、産業医などとの面談情報をすべてクラウド上にアップしてもらう。保健師などの専門家が、それらの情報をもとに、従業員からの相談にチャットで応じる。その際、専門家は食事や運動といった生活習慣のアドバイスを行ったり、健康プログラムやアプリ、ヨガ教室を推薦したりする。

「従業員と専門家がいかに良い関係を構築できるか。これが非常に重要です。僕らはそこをタッチポイントと呼んでいます。電話より気軽に相談できるチャットを選んだのもそのためです。しかも、チャットの内容はすべてテキスト化し、良い対応・悪い対応を分析して、保健師全員で共有しています」

働く人なら誰でも日々、課題に直面している。その課題を「我がこと」として捉えるか、「よそごと」だから自分には関係ないと見て見ぬふりをするか。山田氏を起業家たらしめたのは間違いなく前者の資質だ。

総括

山田氏のイノベーション創出ストーリー、いかがでしたか? 医師になるという動機は、失礼ながら若干不純だったとはいえ、その視座は高く、視野は広く、行動はダイナミックそのものです。話しぶりもエネルギッシュ。インタビューしていた私は思わず山田氏の世界に引き込まれてしまいました。それでは、さっそく山田氏のイノベーションの道程を振り返っていきましょう。

現地・現物・現場・現実
対象に棲み込んで前に進む

山田氏のiCARE設立と事業推進に至るまでのキャリアのなかで、常に実践されてきたモットーともいうべきものがあります。それは「我がこと」として課題を捉えることです。金沢大学医学部での新臨床研修制度導入におけるワークショップの企画・実施。沖縄県立中部病院や公立久米島病院での24時間体制の医療。心療内科での経験から得たメンタルケアの状況把握。これらはすべて、「我がこと」として山田氏の課題解決行動に連なっていきます。

それは、現地・現物・現場・現実の重視であり、対象に棲み込むことでひたすら前進しているといってもいい。問題意識をもつ人は数多く存在しますが、「我がこと」として行動する人は少ない。山田氏はヘルスケアという日本の大きな社会課題を、その行動力で解決に繋げているのです。

医は仁術
一方、持続可能性も大切

医は仁術(じんじゅつ)という言葉があります。「医は人命を救う博愛の道である」ことを意味する格言であり、その思想的基盤は平安時代まで遡るといわれています。西洋近代医学を取り入れた後も、長らく日本の医療倫理の中心概念として用いられてきました。山田氏の活動はまさに、「医は仁術」を体現しています。

一方、日本は医療費をはじめとするヘルスケア領域の厳しい現実を抱えています。地方自治体や病院では、継続的な医療体制を維持することが困難な状況に陥っているところもあります。

持続可能性を追求するために山田氏が注目したのはビジネスの論理でした。事業は何よりも継続性を強く求められます。その教典ともいえるMBAの学位をとることで、仁術がより永続性を増すと考えたのです。医療とMBA。山田氏の行動自体が、イノベーションの開祖でもあるシュンペーターが提唱する新結合からのイノベーションそのものといっても過言ではありません。

医師だからこそ辿りついた
予防の大切さ

山田氏がiCAREで取り組んでいるのは病気予防の促進サービスです。そこには、医師である山田氏だからこそ辿りついた予防の大切さの認識があります。心療内科で治療をしていくうちにメンタル不全者の多さにも気付きます。彼らの動悸やめまい、腹痛を治せないことが、内科医が専門の山田氏には耐えられなかった。そこで、「我がこと」として、組織内の従業員と専門家とのコミュニケーションを基軸にした予防促進サービスを始めるのです。そのダイナミックなイノベーション創出ストーリーはご覧いただいたとおりです。

山田氏が提唱する「クラウドホスピタル」が、予防の世界の病院としてのディファクト・スタンダードになる日がすぐそこまできています。

(総括(文):井上功 /インタビュー(文):荻野進介)

PROFILE

山田 洋太(やまだ ようた)氏
金沢大学医学部医学科卒業後、2005年沖縄県立中部病院研修。
2008年離島医療(久米島)に従事。
2012年3月、慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。
大学院と並行して心療内科を学び、すでに2万名以上メンタル不全者と関わる。一般内科とともに現場での診療も継続中。
病院再建では経営企画室室長としてマネジメントも実践。産業医としても活躍中。
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