イノベーション研究 第22回 オービックシーガルズ トップダウンからボトムアップへ 「選手が主役」でつかんだ史上初4連覇

執筆者情報
HR企画統括部
リサーチ&デザイン部
エグゼクティブプランナー
井上 功

本研究では、組織の中でのイノベーション創出のヒントを得るために、イノベーターの方々にインタビューを実施しています。

第22回は、オービックシーガルズの大橋誠氏にご登場いただきます。大橋氏は、実業団のアメリカンフットボールに、選手時代から数えると25年余り関わってきました。2000年代は主にヘッドコーチとしてチームの勝利に貢献してきました。しかし、2005年の7年ぶり3度目の日本一獲得以降、勝ちから見放されます。そして、2009年。大橋氏は、チームを根本的に変える、という大きな決断をします。その結果はライスボウル4連覇。なぜこんなことができたのでしょうか? どんな秘策があったのでしょうか?

では早速、大橋氏のイノベーションストーリーをご覧ください。


シ−ガルズ、その20年の歴史

日本のアメリカンフットボールの頂点を決める、学生と社会人の王座決定戦、それが毎年1月3日に行われるライスボウルだ。昨年のライスボウルで、関西学院大学を34対16で破り、史上初の4年連続日本一を達成したのがオービックシーガルズである。最多記録を更新する7度目の日本一、社会人としては最多となる8度目のライスボウル出場、という輝かしい記録も手にした。

その強さの要因はどこにあるのか。

それを探る前に、時計の針を少し巻き戻してみたい。

シーガルズが産声を上げたのは1983年。その年、リクルートの社員有志が集まって誕生、翌1984年に社内の同好会に昇格する。名前の由来はリクルートの当時のロゴマークがカモメ(=sea gull)だったからだ。

1988年に転機が訪れ、実業団チームに転身、チーム名がリクルートシーガルズとなった。翌1989年には実業団2部から1部リーグ入り、1995年にはリーグ戦全勝で初優勝を果たした。1996年には念願の社会人選手権初優勝。勢いを駆って出場したライスボウルで京都大学を破り初の栄冠に輝いた。

1998年には二度目の王座を奪取、実業団トップチームとして不動の地位を確立するが、翌1999年4月、親会社リクルートの方針変更により、運営形態を実業団からクラブチームにシフトすることになった。チーム名からリクルートが外され、シーガルズになったのである。

その後、2002年には社会人選手権を制し、4年ぶり3度目のライスボウル出場を果たしたものの、立命館大学に完敗を喫し日本一は逃してしまった。その後もクラブチームとして順調な成長を遂げていたものの、運営資金が枯渇、チーム存続の危機に瀕してしまう。それを救ったのが情報システム企業のオービックだった。2003年7月に支援を発表、クラブチームという形態のまま、オービックシーガルズという名前で新たなスタートを切ったのである。

勝てない、同じパターンで敗北
優勝から遠ざかった4年間

このシーガルズで2000年から野球やサッカーの監督にあたるヘッドコーチの任にあるのが大橋誠氏だ。元リクルートの社員で、1989年にシーガルズに入団、1996年から選手兼コーチとなり、ヘッドコーチには2000年に就任している。

先述したように、チームは2002年に社会人ナンバーワンとなり、チーム名と形態を変えた2年後の2005年にはライスボウルを制し、7年ぶり3度目となる日本一の王座についた。

大橋氏は当時のマネジメントについて、こう振り返る。「われわれはクラブチームなので、選手たちは平日はそれぞれの仕事に従事しており、練習や試合に使えるのは基本的に土日だけです。一方で、われわれコーチやフロントはプロであり、これでお金をもらっています。それ故、自分たちの役割は選手の負担をできるだけ取り除くことにあると考えました。具体的には、練習のメニューや試合で使う戦術はわれわれコーチがもっぱら考え、選手にはその通りにやってもらう、というトップダウンのやり方を強めていきました。そのために優秀な若手コーチを何人もスカウトしました」

しかし、優勝の翌年からなぜか勝てなくなった。社会人選手権も優勝できず、同じ相手に同じようなパターンで負けるという、よくない状態が続いた。

コーチ辞退を申し出るも
選手の反対で踏みとどまる

大橋氏は勝てない原因をこう考えた。われわれコーチが選手に与える助言や戦術の質が下がっているのではないか、つまり、コーチのキャパシティが限界に突き当たっているのではないか、と。それを改善するには、コーチを変えるしかない……。またしても不本意な結果に終わった2009年のシーズン終了後、大橋氏はトップにこう言った。「私、辞めます」と。

チームに波紋が広がった。なかでも、「大橋さんに辞められると、チームの土台が失われてしまう」と、ベテラン選手が異を唱えた。その土台とは何か。「私はコーチ主導のトップダウンのやり方を強めたのは確かですが、一方で、個々の選手の思いや考えていることを大切にするやり方も模索していたのです。私は選手一人ひとりがフットボーラーとして優秀であると同時に、ビジネスパーソンや社会人としても魅力あふれる人間であってほしいと思っています。私が辞めたら、トップダウンがより徹底され、選手はますます、コーチから言われた通り身体を動かすだけの“コマ”のようになっていくのではないか。フットボールがうまいだけの人間が集まる深味のないチームになっていくのではないか。そういう危機感をベテラン選手たちがもっていたのです」

大橋氏は考え直した。まずは気持ちを入れ替えて3年間、もう一度ヘッドコーチをやらせてもらう。それも、これまでとはまったく新しいやり方で優勝を目指そう。新たな申し出を、トップはもちろん了承した。

どんなフットボールがやりたいか
選手全員と毎年、個別面談

早速やらなければいけないことがあった。自分が見込んで連れてきたコーチに辞めてもらうという辛い仕事だった。その数6人中3人。「コーチありきのチームではなく、選手が主役のチームをつくる。そういう方針を掲げた以上、コーチとしての才能がいくら素晴らしくても、選手を主役にできる能力がない人には辞めてもらうしかなかったのです」

選手を主役にするには、コーチは技術や戦術へのこだわりを捨て、彼らの思いや意見を吸い上げる必要がある。大橋氏はアメフトのチームでは前代未聞のことをやり始めた。新たな体制と気持ちで臨んだ2010年のシーズンが始まる前、その年どんなフットボールをやりたいか、をテーマに70人あまりの選手全員と個別面談したのだ。

その後、各選手は各ポジションのコーチ(※アメフトには、ディフェンスコーチ、オフェンスコーチ、キックコーチの3名がいる)とも同じように面談を行った。「私との面談では、言いたいことを全部吐き出してもらいました。内容は、こういうプレイ、こういう戦術をやりたい、といったことから、日本一になりたい、試合でもっと目立ちたい、そもそも試合に出たい、といったことまで、選手によって千差万別です。ポジションコーチとの面談では、君のここに期待している、ここをもっと改善してほしい、といった、こちら側の要求も伝えました。翌年から、これをシーズン終了直後に行うようにしたのです」

選手も変わった、コーチも変わった
結果はすぐ出て、ライスボウル優勝

これはコーチ陣にも新たな能力を要求した。アメフトにはそれぞれのポジションごとに戦術の型がいくつかあって、コーチは自分がいいと思う型を選手に植え付けようするのが一般的だ。ところがこの新しいやり方だと、まずは選手の意見を聞くところから始まるので、自分のお気に入りの型にこだわってはいられない。しかも一人ではなく、複数の意見を取り入れて最善のものにコーディネートしなければならない。毎年、コーチにも新たな勉強が必要になったのだ。「もちろん、選手にも負担が増えます。こういうフットボールをやりたいと主張するからには、他チームの動向をしっかり把握しておく必要がある。選手にも、はっきり言いました。一人ひとりに責任が分配されるのだと。その瞬間から、チームに対する彼らの関わり方が大きく変わりました」

どういうことだろうか。「それまでは、土日にグランドに来て、コーチに言われたそのままをフィールドで表現すればよかった。それが平日も、身体はともかく、頭だけは休めなくなったのです。ほんの少しの時間でいいからフットボールのことを考え、俺はこうしよう、皆はこうして欲しい、ということを土日に持ち寄ろう。そうしないとチームが機能しないと。そう突きつけると、選手は大きく変わりました。練習にせよ、試合にせよ、“やらされ感”がなくなり、何ごとも前向きに取り組んでくれるようになったのです」

結果はすぐに出た。その2010年に社会人選手権のみならずライスボウルも制して日本一。翌年も同様に日本一となり、結局、冒頭に書いたように史上初のライスボウル4連覇を達成したのである。

明確なゴールセッティングと
よくわからないチャレンジの両立

選手の意見を聞き、それに応じた練習メニューやプレイスタイルを追求するだけで、ここまで強くなれるのか。その答えはおそらく否である。というのも、大橋氏いわく、現在のシーガルズでは、次の2つが重視されているからだ。

1つは明確なゴールセッティング。1年間にどんな結果を出したいか。そのためには、いつまでに何をやるか。これをコーチと選手がしっかり共有する。ここは先ほどのボトムアップに関係しているが、もう1つある。それは「よくわからないチャレンジ」だ。「一見相反するこの2つをこなしていることが強さの秘訣」と大橋氏はいう。「ゴールセッティングをしっかりやらないと、自分の居場所も行きたいところも分からなくなる。だからそれをしっかりつくると。一方で、勝負の世界は非連続であり、これだけ頑張ったからこれだけの成績が約束されるという保証がありません。だから、砂浜を走らせるとか、クロスカントリーをさせるとか、効果がよく分からないことも、できるだけさせるようにしているのです。これはトップダウンですね」

野山を長距離で走るクロスカントリーは嫌う選手が最も多い。当然だろう。時間はかかるし、アップダウンも激しい。当然、身体が消耗する。フットボールの試合で勝つこととも関連も薄そうだ。「目的地を告げずにバスに乗せ、クロカントリーコースに連れていったこともあります。文句を言う選手が大部分ですが、なかには、『せっかくだから思いっきりやろうぜ』と前向きになってくれる選手がいる。そういう選手がチーム全体の雰囲気を変えていくんです。しかもそういう選手ほど、試合で底力を発揮してくれます。うちのチームは劇的な逆転劇で勝つことが多いのですが、この『よくわからないチャレンジ』のおかげだと思っています」

なぜそんな苦しいチャレンジをプロでもない選手に課すことができるのか。「シーガルズの選手はフットボールを仕事にしていません。趣味でやっているわけです。でも趣味だからこそ、いい加減にやることは許されない。自分がわくわくし、観る人もわくわくさせたいから、貴重な時間を費やしてフットボールをやっているわけです。そのためには勝たなければならず、そのためには日々変化し続けなければならない。そのためには、そう、よくわかるチャレンジとともに、よくわからないチャレンジも実行しなければならないのです」

心技体を言う前に
選手の志を鍛えよ

スポーツの世界では心技体という言葉がよく使われる。精神力(心)、技術(技)、体力(体)の3つがバランスよく維持されて、はじめて勝負に勝てる、という意味だが、大橋氏はこの解釈は間違っているという。「心技体を言う前に重要なものがある。志です。どんな思いでフットボールを始めたのか、今は何を目指しているのか、という志を持ち続けることによって、選手はきつい練習を長時間こなせる。それによって体がつくられる。あるいはプレイの質を向上させられる。それによって技が高度化するわけです。その体と技を極めた人のみが経験できるのが一つひとつのプレイに心が完全に同一化した状態だと思うんです。いずれにせよ、志を見失わせないようにして、日々強化していくか、そこがコーチの最も重要な役割だと思います」

アメフトはさすがアメリカが生んだスポーツだけあって、トップが戦略を決め、ボトムが実行するアメリカ企業の経営を彷彿とさせるものがある。大橋氏はそのやり方に限界を感じ、それぞれの思いや志を大切にするボトムアップという日本企業の得意技を持ち込んだ。いわば日本型経営とアメリカ型経営のハイブリッドというわけだ。

さて、オービックシーガルズは前人未到のライスボウル5連覇を達成できるか。最終的な結論は来年1月3日に出るはずだ。

総括

大橋氏のライスボウル4連覇のストーリー、いかがでしたか。

いつものようにイノベーション研究モデルの領域をイメージしながら総括をします(図表01参照)。注目するのはイノベーション戦略と、思いつく、磨く、事業化との接点です。

今回のインタビューのきっかけは、常勝集団は常勝だからこそ『変化』しているのではないか、との仮説です。前人未到のライスボウル4連覇は同じことの繰り返しでできることではないでしょう。全体戦略や、フォーメーションなどの戦術に始まり、コーチの考えや選手個々人の戦闘能力やモチベーション、性格に至るまで、競合チームに研究し尽されているに違いありません。どうすればシーガルズに勝てるのか? どうすれば自分たちが日本一になれるのか? 虎視眈々と狙っているライバルがひしめいているのです。

そんななか、大橋氏は勝ち続けている。そんなことがなぜ出来たのか? ゲームという一見極めて偶然性が支配しそうに思える世界でこれだけ実績をあげ続けているのは、何か秘密があるのではないか? 自らが日々変化し続けているとして、どのように『変化』しているのか? 大橋氏には、そんな疑問に答えてもらうかたちになりました。

『勝つ』ということと、イノベーションを創出する、ということは一見違うことのように思えるかもしれません。しかし、組織が変化し続けることは、組織の中からイノベーションを興す絶対的な必要条件だと考えます。そんな観点で、大橋氏の活動を振り返ってみましょう。

図表01 イノベーション研究モデル

自律を促し寛容を担保する
『変わる』と『変える』の相克と両立

かつてT型フォードシリーズを数千万台生産し、自動車業界の基礎をつくった偉人であるヘンリー・フォードは、「両手だけが欲しいのに、なぜ頭がついてくるのか」と言ったといいます。【工場で働く工員の人たちのアイデアや考え、動機や意欲といった頭はいらない。作業をする両手だけが欲しい】という意味です。一人ひとりがまさに“コマ”や“歯車”のようになって、ただ単に働く(動く)ことが求められている組織。正にチャップリンのモダンタイムスで見られるような世界です。そこには工夫が入り込む余地がなく、ましてや個人の思いなどどうでもいい。粛々と機能をこなすだけです。

2009年のシーズンまでのシーガルズは、さすがにそこまでの状況ではなかったでしょう。ただ、プロのコーチとフロントのもとで、決められた戦略や戦術に則って、選手は与えられた役割を果たしていく。自律とは反対の状態だったに違いありません。そして勝てなくなります。結果がでず、悶々とした日々が続きます。トップダウンで戦略を推進している以上、結果がでないのはコーチとフロントの責任。そう考えた大橋氏はやり方を変えます。経営者の承認を得て、今までとは全く異なる方法で優勝を目指す途を模索し始めるのです。

先ず選手全員に自律を促します。「自分はフットボールを通じて何をなし得たいのか?」を問い続けるのです。それは、目的・目標・手段をはっきり分けて考える、ということだと思います。選手一人ひとりにとって、フットボールをやる目的は何か? 目標は何か? そしてそのためにどんな手段をとるのか? ライスボウルでの優勝は、目標であっても目的ではない。目的はあくまでも魅力溢れる人になることではないのか? そう問い続けるのです。

次にリストラを敢行します。リストラとは人員削減のことではありません。リ・ストラクチャリング、即ち再・構造化を実施するのです。選手が主役、選手が完全に自律している組織。そのために必要なコーチやフロントの構造を変えていくのです。ここは大きな痛みを伴ったと思われます。しかし、大橋氏は合目的的にリストラを推進していきます。

新たなコーチ陣には、トップダウンではなくダイアローグ型のコミュニケーションが求められました。自律を促した選手の考えを完全に引き出し、チームとしての能力を最大化させなければなりません。そのために、「こうしろ」「なぜできない」というWhat、Why型のコミュニケーションから、「どうすればできる」というHow 型のダイアローグが求められました。それは決して楽ではない。コーチ自身が培ったやり方を根本的に変えなければいけないので、想像を超えた労苦があったことでしょう。

選手の自律を促すことを皮切りに、大橋氏はマネジメントの全てを変えました。インタビューをしていて、『変える』ことに執念のようなものを感じました。そうでもなければ、様々な壁にぶち当たり、結果がでていなかったに違いありません。そして、『変える』前提に、選手やコーチ、フロントなどの組織全員の『変わる』があったのです。『変わる』と『変える』の相克と両立。そこが結果を出し続けている大橋氏のマネジメントの強さだと感じました。

問いかけ、対話する
【価値】を引き出し、【勝ち】を導く

大橋氏は、オービックシーガルズの『変わる』と『変える』の両立を促していきました。ここで大橋氏の『変わる』を促すコミュニケーションと、イノベーションを促す言葉(対話)について、もう少し掘下げてみようと思います。

相手の意志を引き出し、相手に自律を促していくことに大切なのは、選手やコーチの『変わる』ことを内面から引き出していくことだと思われます。「お前、変われ」といったところで人は変わりません。

イノベーションの世界でも、このようなコミュニケーションロスが多くの組織で見られます。
 ●イノベーションを起こせ!
 ●なんで実績のないことを敢えてやるの?
 ●それって儲かるの?
 ●これをやると既存事業はどうなるの?
 ●(こいつの言っていることは分からない・・・)
 ●(どうせ無理だろうな・・・)
 ●全部数字で説明してくれ
 ●他社がやってないのであれば、リスクがないとは言えない
 ●コンプライアンス上の問題があるからダメだ
 ●お前の意見は、まず直属の上司に上げろ

このような会話が日本企業の組織の中で、たくさん交わされているに違いありません。こんな状態で、イノベーションが興きるでしょうか? 『変わる』意志を促すことができるでしょうか?

一方、こんな働きかけがあったらどうでしょう。
 ●お前はどうしたい?
 ●君のアイデアはなんだ?
 ●できたら凄いよね
 ●同業他社がやっていない? ならやってみよう
 ●過去の成功は捨てよう
 ●本当に価値のあることだったら、利益は後からついてくる
 ●長い目で見てください。今これをやっておかないと、数年後の楽しみはありません
 ●まったく違う世界の人と触れ合うことが大切だ
 ●上手くやろうとするな

多少情緒的でウェットな対話かもしれませんが、何か前に進む感じがありませんか?

イノベーション誘発のコミュニケーションと同様に、大橋氏の対話の要諦は、相手の意志を確かめ、相手の目的を踏まえ、動機を促していることにあります。それは、シーガルズという組織やメンバーの中の新たな【価値】を引き出し、ライスボウルでの【勝ち】を獲得したコミュニケーションということができるでしょう。

不確実なことを実現するために
偶有性対処能力を身につける

イノベーションを我々は、【経済成果をもたらす革新】とおいています。そして、イノベーションの2つの困難さを想定しています。1つは、そもそもイノベーションは今までにない初めてのことを実現するため、実現可能性や経済成果そのものが不確実であるということ。2つめは、イノベーションの芽は不確実であるが、普及していかないと経済成果が得られない、ということです。つまり、そもそも不確実なものに対して資源動員を図り、確実に儲かるようにすること自体が矛盾だということです。それは二重のパラドックスともいうべきものです。インクリメンタルなイノベーションなら漸進的な要素が含まれるので、成功確率は想定できる可能性がありますが、ラディカルで非連続なイノベーションであれば困難さは一気に増します。

一方、フットボールのようなスポーツの世界ではどうでしょうか? 戦略を徹底し、戦術・戦闘モードを高め準備を怠らないことは、偶然性を排除しゲームに勝つには必ず必要でしょう。ただ、実際は何が起こるか分からない。これだけ準備して努力したから成績が約束される、という保障はありません。勝負の世界もイノベーションと同様に、非連続であり不確実なものでしょう。

そこで、大橋氏は「よく分からないチャレンジ」を、「明確なゴールセッティング」と共に重視します。それは、偶有性に対処する能力を身につける、とでもいったらいいでしょうか。何が起こるか分からない状況下で、瞬時に何をすべきかを決断して動くことは、イノベーションの創発の過程でも必要かと思われます。

一見意味のないように思えることに意味を見出す。全く関係のないことを強制的に繋げて考える。そうすることで思考が広がり、点から線、線から面、面から立体になることでアイデアが豊かになっていくということができます。

大橋氏は、予定調和を徹底的に廃し、何があっても考え行動できる、いわば【価値】と【勝ち】創造のマネジメントを実行しているのかもしれません。

【総括(文):井上功 /インタビュー(文):荻野進介】

PROFILE

大橋 誠(おおはしまこと)氏
1965年6月9日生。都立西高でフットボールを始め、早稲田大学米式蹴球部では4年時に副将を務める。1989年リクルート入社、主に一部上場企業をクライアントとした求人広告営業として8年間勤務。1996年より当時の実業団フットボールチーム「リクルートシーガルズ」をクラブチームに転換するプロジェクトへ希望を出して移動、総務部付として6年間を過ごす。2002年より進学情報誌の配本インフラ整備・管理の責任者としてビジネスフィールドに復帰、BPRを実施。2006年3月をもってリクルートを退社し、プロのフットボールコーチとなり、現在に至る。
2010年・2011年・2012年・2013年シーズンで、史上初の日本選手権4連覇を達成。

1996年 日本選手権優勝(リクルートシーガルズ 選手)
1998年 日本選手権優勝(シーガルズ 守備コーディネーター)
2002年 日本社会人選手権優勝(オービックシーガルズ ヘッドコーチ)
2005年 日本選手権優勝(オービックシーガルズ ヘッドコーチ)
2010年 日本選手権優勝(オービックシーガルズ ヘッドコーチ)
2011年 日本選手権優勝(オービックシーガルズ ヘッドコーチ)
2012年 日本選手権優勝(オービックシーガルズ ヘッドコーチ)
2013年 日本選手権優勝(オービックシーガルズ ヘッドコーチ)

1999年第1回W杯日本代表チーム守備コーチ、
2003年第2回、07年第3回、11年第4回W杯日本代表チーム守備コーディネーター。

座右の銘は幕天席地(ばくてんせきち:士気が壮大な形容)

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