イノベーション研究 第35回 エンファクトリー 「専業禁止」で経営者目線を養い、相利共生のネットワークを築く

執筆者情報
HR企画統括部
リサーチ&デザイン部
エグゼクティブプランナー
井上 功

本研究では、組織の中でのイノベーション創出のヒントを得るために、イノベーターの方々にインタビューを実施しています。

第35回は、株式会社エンファクトリー社長の加藤健太氏のご登場です。加藤氏が自社で採用している理念が一風変わっています。『専業禁止』。社員に自社の業務に集中して貰うために、就業規則で兼業禁止規定を設けている企業は多い。特に大手企業では厳格に副業を禁止していることが一般的です。副業を認めている場合も、自事業と競業することはご法度。

そんな「複業(副業)」を積極的に推奨することで、企業も個人も成長しようとしている企業があります。オンラインサービスを手がける「エンファクトリー」です。創業以来掲げる『専業禁止』の理念がどのようにできたのか?なぜ、あえてパラレルワークを推奨するのか? イノベーションとはどんな関係があるのか? 百聞は一見にしかず。加藤氏のイノベーションストーリーをさっそくご覧ください。


事業への責任感が生まれ
大きな仕事を任せられるように

東京都渋谷区に本社を置くエンファクトリーは設立して4年の、まだ若い会社だ。専門家がユーザーの疑問に答える「専門家プロファイル」ほか、さまざまなWEBサービスを提供している。そんなエンファクトリーが社員の複業を推奨するようになった背景には、ある大きな決断があった。加藤氏が振り返る。

「ちょうどリーマン・ショックの頃でした。当時はまだ親会社のなかにいて、赤字がかなり膨らみ、どうしようかということになった。分社化し新たな出資先を見つけることで解決しましたが、そのときに改めてこう決意しました。これからの時代の新しい個人と会社のあり方にトライしてみよう、と」

当時は起業家マインドをもった人材ほど、早期に辞めてしまう現象にも悩んでいた。「せっかく採用したのに、辞めてそれきりになってしまうのはもったいない。退社してもなお関係性をもち続けられる組織にできないだろうか、とも考えました」

移り変わりが激しいWEB業界で、本当に財産といえるのは人だけだ。それを自社で抱え込むのではなくネットワークとしてもとう、と発想を切り替えた。そうして、会社設立の2011年4月、加藤氏が理念として掲げたのが「専業禁止」だ。

といっても、複業をしなければ罰せられるわけではない。多くの企業が就業規則で禁じる複業を社内で堂々とできるようにしたのである。会社の仕事以外にもやりたいことがある場合、従来はそれを諦めるか、独立するか、の二者択一しかなかった。しかし、その中間の選択肢があってもいい。「会社に籍を置きながら、なおかつ起業的なことにもチャレンジできれば個人にとってはリスクも少ないし、いちいち会社を辞めなくても済みます」

専業禁止を掲げて4年。約20人いる社員のうち、すでに半数が複業を経験している。職種的な縛りも特にない。ただし、目的はあくまで収入の補完ではなく、本人の成長に置いている。そのため、個人事業主や、事業経営に関わることが条件となる。

実際、夫婦でペット用の洋服・雑貨を販売するECサイトを立ち上げたり、防災専門家として活躍したり、と内容はさまざまだ。なかには、複業に挑戦した結果、両立がいかに大変であるかを実感して本業に専念しようとする者もいる。その場合でも、今の自分に何が足りなくて、本業で何を学べばいいのかが明確になるため、「個人にとっても会社にとってもプラスになる」と、加藤氏は言う。「自分ですべてをやってみれば、会社を運営していくことがどれだけ大変か、が分かります。そのためか、経営の視界を理解してもらいやすくなりました」

ビジネスに対するシビアな目も養われ、仕事への責任感も強くなる。結果、個々の社員が成長するばかりではなく、会社も強くなった。それだけでなく、本業の労働生産性も高まり、残業も削減されたという。

加えて加藤氏が強調するのは、「複業を奨励することで、ごく自然と新規事業の創造にもつながっていく」という点だ。「複業を通じた社外との人的交流も盛んになり、それをきっかけにして年2〜3件の新規事業・サービスも立ち上がっています」

外部とつながりながらオープンイノベーションが可能な環境が作り出されることも、専業禁止がもたらす大きなメリットの1つだ。むろん、複業が軌道に乗れば独立する社員も出てくるが、加藤氏はそれもあまり気にしてはいない。退職した本人の希望次第だが、会社を離れても「フェロー」としてつながりは維持できる。現在、そうしたフェローは約10人。煩わしい取り決めは一切なく、お互いが必要とするときにビジネスパートナーとして助け合う関係にある。

複業の成果は半年に一度
全社で共有する

こうした一連の取り組みの結果、現在では、エンファクトリーを中心にパラレルワーカー、フェローのほか、パートナー企業など、さまざまな縁が同心円上に結ばれる、ビジネスの生態系が構築されている。そのネットワークは日々、自律的に拡大もしている。

個人と企業が良好なネットワークを保つ上で欠かせないのが、「すべてを包み隠さず、オープンにすること」だ。「会社に隠れて複業したり、その成果を社内にオープンにしないままだと、疑心暗鬼が生じてしまう。複業をしている人とそうでない人との間に生まれがちな不信感を払拭し、会社が個人を管理・監視するのではなく、情報を共有したり、アドバイスし合える関係を作るためにも、情報の公開は必要不可欠だ」と加藤氏は指摘する。

そのため複業の中身は半年に一度、社員全員の前で発表してもらい、共有もしている。このときは、退社したフェローやパートナー企業の関係者も呼ぶ。「基本的にやりたいことをやっていますから、発表者はみんな一生懸命で前向きです。だから、聞いている方も自然と応援したくなる。『こんな人がいるから紹介するよ』と声がかかり、人的ネットワークがさらに広がるきっかけにもなっています」

社員の自立を促せば、それは独立へとつながり、競合が増えるだけだと懸念する向きもある。しかし、加藤氏の考え方は違う。「今は異分野からいつ、どんな競合が飛び出してくるか分からない時代です。それならば、気心の知れた仲間とネットワークを組み、会社という内に閉じこもらず、外の動きを敏感にキャッチできるような体制でいた方がむしろ安心だし、経営も安定するはず」

パラレルワーク導入に尻込みする大手企業に対して、加藤氏はこうも提案する。「例えば、35歳を過ぎたら複業禁止規定を外すというのはどうでしょう。40歳、50歳になって急に会社にぶら下がるなと言われても難しい。35歳でいったん起業経験をしてみたら、無理に会社にしがみつかなくてもよくなるかもしれない」

成長した個人と自立を前提にした相利共生の関係性を築くことは、企業の発展を促すきっかけにもなる。社員の複業をオープンイノベーションへとつなげていく上で欠かせないのは、相互の信頼関係である。

どんなスキルもあっという間に陳腐化していくこの時代、企業にとっても個人にとっても、この信頼関係こそが最も確実な財産だ。「信頼はそう簡単にはなくなりません。だから、会社を中心にして信頼関係に基づく生態系が構築できたら、それに勝る強みはないでしょう」

総括

加藤氏のイノベーション創出ストーリー、いかがでしたか?

いつものようにイノベーション研究モデルを踏まえながら加藤氏のイノベーションを振り返ります(図表01参照)。

エンファクトリーの専業禁止の理念は、モデルでは「組織外の情報、知識」と「思いつく」の間の領域に、緩い強制力をもたせる取り組みといっていいでしょう。社員は兼業を推奨され、自社のバリューネットワークとは異なる価値を外部で経験することになります。組織の内側や外側にベクトルが向いて、結果的に個人や会社にとっていい影響を及ぼしているのです。

それでは、さっそく、加藤氏の行動を振り返っていきましょう。

図表01 イノベーション研究モデル

兼業は経営者感覚を養う
経営そのものなので、真に迫る

エンファクトリーでは、収入の補完ではなく、社員の成長を促すために兼業を推奨しています。それは結果的に、自らベンチャーを立ち上げることや、他社の経営に関わる仕事をすることに繋がっている。リアルな経営をすると、悲喜こもごも、さまざまな出来事を経験することになるでしょう。自分の顧客は? 顧客価値は? 収益をどうやってあげるか?競争優位のポイントは? 資金繰りは? 社員にどうご機嫌に働いてもらうか? 自分の会社が成し遂げたいことは? このような自問自答が日々続くことになるのは、容易に想像がつきます。

また、そこで起きるほとんどのことが、エンファクトリーで社員として働いている自分に対してさまざまな影響を与えるはずです。コスト意識、価値へのこだわり、納期や品質の側面、事業計画……。まさにシナジー効果であり、兼業が悪い影響を及ぼすことは考えにくいでしょう。

仕事柄、経営感覚を養うための次世代リーダー研修を請け負うことが多いのですが、そのすべてのプログラムはいわば仮想のものです。ケーススタディやアクションラーニングなども、机上の(空)論に終始することが多い。一方、エンファクトリーの兼業推奨は、実際に社員が兼業で経営をすることを勧めています。法人登記し、約款を作り、事業を進めるのです。これは、経営者感覚を養うことではありません。経営者をやる、とでもいうべきものです。本気の兼業推奨が社員を経営者への道にいざない、その経験が社員の成長を促しているのです。

兼業による
ひとりの人格内での新結合

兼業では、基本的に本業の仕事とは違うことをやることになります。そうなると、本業とは異なる考え方や行動を迫られることになるのが自然でしょう。本業と兼業、両方とも真剣にやっていると、個人に2つの人格が生じてきそうです。

違うもの同士を繋げる新結合が、ひとりの人間の頭脳で起きる。本業と兼業との距離が離れていればいるほど、事業や仕事の内容が異なれば異なるほど、思いもよらぬ創造が生まれる可能性が高いでしょう。

グーグルや3Mで実施している15(20)%ルールも、このような個人内新結合をねらったものなのかもしれません。通常のミッションとは別に、自分の好きな研究開発や事業開発をするために業務時間の15(20)%であれば使ってもいい、というものです。ただし、これらはあくまでも組織のなかで組織人として仕事をやる、という条件付きです。エンファクトリーの「専業禁止」は、ベンチャー起業や他法人での勤務なども可能なことを考えると、その先をいっているといえそうです。これは、世界的に見ても非常に珍しいのではないでしょうか?

このような兼業の積極的推奨が、ひとりの人格内での個人的新結合を促し、自社にとってのイノベーション推進装置として機能している。それは、ひとりの人格内にとどまっていません。外へのネットワークがどんどん広がっているのです。

「専業禁止」による
既存事業と新規事業の両立

ここで、企業活動の4象限を提示したいと思います(図表02参照)。企業経営において既存事業推進の領域と新価値創造の領域で、それぞれ何が求められるかをイメージするために考案した表です。縦軸は経営者の役割、横軸には、既存事業の推進(マーケティング)と新価値の創造(イノベーション)を設定しています。前者はコッター、後者はドラッカーから援用したものです。企業経営において、この両立が求められることは自明でしょう。

企業活動は、この4象限のうち左側の2領域、つまり既存事業を推し進めていきます。その過程で、企業特有の顧客・市場、思考・価値観、評価基準といったものが、形づくられていきます。やがてそれが固定化すれば、今までにないプレーヤーが台頭し全く異なる価値を提供する市場ができあがったとき、その変化に対応できなくなります(イノベーションのジレンマ)。それを回避するために、企業は右側の領域(新価値の創造)にも同時に着手していかなければならないのです。

図表02 企業活動の4象限

出所:MIマトリクス(R) (Marketing Innovation Matrix)

エンファクトリーは、社員一人ひとりに対して「専業禁止」、つまり4象限の左側のみを行うことを禁止しています。それは、社員一人ひとりが、既存事業の推進と、新価値の創造を同時に行うことを促しているともいえそうです。兼業の際に得た知見が社内でオープンに共有されていることで、「知の結合」が推進され加速する。既存事業にもいい影響を与えていく。エンファクトリーは、個人と企業の新しい関係を作ろうとしているのかもしれません。

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.40 特集1「新しい価値を生み出す人・組織づくり」より抜粋・一部修正したものである。

【総括(文):井上功 /インタビュー(文):曲沼美恵】

PROFILE

加藤 健太(かとう けんた)氏

株式会社リクルートを経て、All About(現・株式会社オールアバウト)の創業メンバーとして財務、総務、人事、広報、営業企画など裏方周りのあらゆることを担当し、取締役兼CFOとして2005年に IPO。その後、現在の株式会社エンファクトリーを分社し代表に就任。
エンファクトリーでは「専業禁止!!」という人材ポリシーを打ち出して、関わる人々すべての「生きるを、デザイン」を応援中。

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