イノベーション研究 第9回 国土交通省 霞が関の一角に存在する、空港改革を担う“部室”とは?

執筆者情報
HR企画統括部
リサーチ&デザイン部
エグゼクティブプランナー
井上 功

本研究では、組織の中でのイノベーション創出のヒントを得るために、イノベーターの方々にインタビューを実施しています。

第9回は、国土交通省の河田敦弥氏と高橋哲也氏にご登場いただきます。中央官庁の要衝である国土交通省と、新しい価値を創造するというイノベーション。一方は、失礼ながら『官僚主義』とか『お役所仕事』といった言葉で揶揄される、変化やクリエイティブからは非常に縁遠い存在。他方は、われわれの定義でいうと『経済成果をもたらす革新』。到底つながらない、とお考えの方も多いと思います。

ところが、取材を進めていくうちに、なるほど、と思えることが次から次へと彼らの口から語られます。当事者であるお二人が所属するのが空港経営改革推進室です。この組織のミッションは、国が管理する空港を民営化していくことです。それは、いわば日本自体の民営化のストーリーにも聞こえました。それでは、河田氏と高橋氏に語っていただきましょう。


メンバーは9名
うち7名が民間出身

東京・霞が関、国土交通省のフロアの一角。そのほぼ中央に、四方を壁で仕切られた空港経営改革推進室がある。メンバーすべてが男性という男所帯で、昼間から笑い声が絶えない。そんな様子を揶揄してか、それとも羨んでか、周囲から「部室」とも呼ばれている。

部室は机の配置も一風変わっている。お役所といえば、田の字に机を並べた島型レイアウトが普通だが、まるで違う。それぞれの机が壁に沿って、そして壁向きに並べられているのだ。これはメンバーの1人である高橋哲也氏の発案によるもの。その理由を、高橋氏が明かす。「島型だと、机の上に書類が山のように積まれてしまうので、前の人の顔が見えなくなり、向かい合っている意味がなくなってしまうのです。逆に、こうして壁向きにすると、一人ひとり仕事に集中できる一方、いざ話し合いが必要な場合、椅子をくるっと回せば全員と対面できる。要は日頃からきちんと会話ができる環境が作りたかったのです」。この環境が、おしゃべりや笑い声を生んでいるということだろう。

そもそも、空港経営改革推進室とは何をするところなのか。この組織の実質上の創設者であり、管理者でもある国土交通省 航空局 航空ネットワーク企画課 企画調整官の河田敦弥氏が語る。「その名のとおり、空港経営改革を着実に前進させるために、経営や金融、財務、法律、不動産などのプロフェッショナルを集め、空港に関係する自治体や第三セクター、民間企業からの各種相談に対応するための組織で、2012年4月に立ち上がりました」

推進室のメンバーは全部で9名、うち官僚は2名しかいない。あとの7名は公募で入ってきた任期付(通常2年)の職員と、官民交流で派遣されてきた民間企業の社員である。年齢は、下は27歳、上は47歳とかなり幅がある。前者の任期付職員とは経営コンサルタント、公認会計士、弁護士で、後者の母体である民間企業とは不動産会社、投資銀行、証券会社だ。先に紹介した高橋氏は元経営コンサルタントで、推進室の実質的なリーダーを務めている。

財政から航空業界事情まで
空港改革が必要な3つの理由

お堅いお役所のなかに、鎖国下の出島のような組織がなぜ必要なのか、空港経営改革の中身をもう少し掘り下げてみよう。

日本には現在、国が管理する28の空港が存在する(他に空港会社が管理する空港が4、地方自治体が管理する空港が65)。ここでいう経営改革とは、この28空港が対象となる。

なぜ経営改革が必要なのか。大きく3つの理由がある。

第一は財政的側面だ。景気の低迷などが原因で税収が減るなか、PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)あるいはPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)という形で、空港に限らず、独立採算で運営可能な事業はどんどん民間に委託させようという動きが強まっているのだ。

第二の理由には、これは航空行政に関わることだが、発着枠に制限を設けないオープンスカイ(航空自由)化が世界の大きな潮流となっていることが挙げられる。

第三は、そのオープンスカイ化と踵を接し、料金格安・サービス限定のLCC(ロー・コスト・キャリア)に代表されるニュータイプの航空会社が次々に生まれサービスを開始したことがある。

最初の財政的側面は分かりやすい。規制緩和と民間活力の導入である。問題はあとの2つだが、これら2つの流れが強まると、国がすべてを管理する現在の空港経営のやり方では対処するのが難しい。なぜなら、飛行機の着陸料は国の特別会計でプール管理されており、しかもその額は全国一律なので、各空港がオープンスカイの流れに乗りたいと思っても、あるいは人気のLCCを誘致しようとしても、かなわない。着陸料を安くして路線(旅客数)を増やすことができないのだ。

空港利用者が3倍に増えた
豪ゴールドコースト空港

しかも、現在の空港は各施設の運営主体がばらばらだ。滑走路や(飛行機が停まっている)駐機場は国が、物販・サービスなどの商業施設や駐車場は第三セクターなど民間事業者が運営している。河田氏が事情を説明する。「空港は公共施設ですので、管制や安全、保安体制については引き続き国がきちんと管理した上で、経営を一体化させ、さらに独立採算とし、民間に運営委託するのがわれわれの目指すところです。正確にいうと、土地は国有なので、運営権を有限でお貸しする形です。一体化が実現すると、物販や飲食などの収入を原資として着陸料を引き下げることができますので、新たな航空会社を呼び込むことが可能になります。それが交流人口の拡大による地方の活性化、ひいては日本の活性化につながることを目標にしています」

その典型的な成功例が、オーストラリア東部のゴールドコースト空港だ。経営の一体化と民間委託の推進により、2000年時、3社3路線しか就航していなかった空港が、2012年には7社15路線にまで増え、空港利用者数も約3倍に増えたという。

河田氏が続ける。「こうした施策を確実に進めるには、その接点を担当するわれわれ航空局も民営化する必要がある。一般の官僚が担当するよりも、それぞれの分野のプロフェッショナルに任せた方がいいだろうと思ったのです。空港というのは不動産でもあるし、商業施設でもあり、用地開発という点ではデベロッパー的視点も必要となる。しかもそのすべてに法律や金融や会計が関わってきて、空港運営のための上場会社を立ち上げる必要があるかもしれません。そういう理由で、今のような陣容の推進室を作ったのです」

仕事の判断基準はパブリックマインド

さて、高橋氏がこの推進室にやってきたのが2012年9月のこと。1週間ほど働いてみて最初に取り組んだのが仕事目標の設定と判断基準の策定だった。「ここに来て分かったのですが、役人の世界には目標設定がないんです。最後は政治がからんでくるので仕方ない面もあるのですが、一般の感覚からすればそれはありえないと」

皆で話し合い、決まったのが、2014年3月までに、最低2つの空港で経営一体化の合意を図ること、2015年度中に1つの空港で民間委託を開始すること、この2つだ。

高橋氏は当初、もう1つ、強烈な違和感を抱いたことがあった。「民間企業だと役職ごとの業務分担がありますが、これまた役所にはないんです。同じ役職なのに、Aさんはここまで決裁してくれるけれど、Bさんはしてくれない。結果、意思決定の時間が非常に長くなるんです。この弊害をなくすには、組織に上司部下関係は持ち込まず、完全フラット組織とし、明確な判断基準を皆で共有した上で、それに外れなければ、各自の自由に任せるというやり方しかないと思いました。責任は私と河田さんの2人で取ればいいと」

その判断基準が、以下である。

 1. 心は自由であるか?
 2. 逃げていないか?
 3. 当事者・最高責任者の頭と心で考え、行動しているか?
 4. 現実の成果に固執しているか?
 5. 本質的な使命は何か?使命に忠実か?
 6. 家族、友人、社会に対して誇れるか?
 7. 仲間、顧客、ステークホルダーに対してフェアか?
 8. 多様性と異質性に対して寛容か?

実は、これ、高橋氏が元いた経営共創基盤というコンサルティング会社で使われているもので、作者は同社CEOである冨山和彦氏である。「この内容を一言でいうと、私心にとらわれず、パブリックマインドをもって仕事をしているか、ということ。空港民営化の基盤となる運営権の設定期間は30年、あるいは50年といったスパンの長いものなのです。上の基準6に集約されていますが、今よりずっと使いやすく、発展した状態で、自分の子供や孫たちがその空港を使っている様子をイメージして仕事をしてください、とメンバーには話しています」

今年6月、空港経営改革を後押しする法律も成立

現在、重点空港をいくつか決め、主担当1人と副担当2人の3人体制で“営業”を進めている。もちろん、それぞれの空港の何が「売り」になるのか、“商品”の見立てにも余念がない。28ある空港のうち、最有力候補が仙台空港だ。震災復興の面もからみ、経営一体化と民間委託に向けた動きが着々と進んでいる。

推進室の発足後、大きな成果が1つあった。今年(2013年)6月に、「民間の能力を活用した国管理空港等の運営等に関する法律」が国会でみごと成立したのだ。まさに、推進室の存在基盤を固めてくれるような法律である。その中身の策定や、審議過程で必要となった各種資料の作成に、メンバーたちは一心不乱に取り組んだ。

こうして空港経営改革の“滑走路”は整備された。推進室という“機体”も整備十分、乗組員もやる気、能力ともに十分、あとは成功に向けて飛び立つだけだ。

総括

国土交通省のイノベーションストーリー、いかがでしたか。

いつものようにイノベーション研究モデルに則って、いくつかの観点でお二人の話を振り返ってみたいと思います(図表01参照)。今回のストーリーは、組織のイノベーションと捉えることができます。その意味では、イノベーション戦略と組織外の情報・知識を組織の内部に取り込んでいく領域が該当します。また、さまざまな分野の専門家が1つの目的のもとに集合し、侃々諤々の議論をしながら国が管理する空港の民営化を進めるプロセスは、「思いつく」や「磨く」の領域でもあります。これらを意識しながら、お二人の話を振り返ってみましょう。

図表01 本事例における仮説モデルの該当要素

国土交通省を民営化
合目的的な組織のイノベーション

国土交通省をはじめとする中央官庁の官僚の仕事とは何でしょうか? 政策の立案がその代表的なものでしょう。政策、つまり法律を作り国民生活を守り向上させ、公僕として国のために仕事をしている姿が目に浮かびます。ところが、今回の組織のミッションは、国が管理する空港の経営改革です。そもそも官僚や中央官庁と、民間や企業経営という概念が相容れないところがあります。そこで、河田氏は航空局の民営化を推し進めます。いわば、国土交通省の民営化です。

図表01の研究モデルの基となるマークI・IIを提示したイノベーションの開祖であるシュンペーターは、イノベーションの5類型を示しています。
  (1)創造的活動による新製品開発
  (2)新生産方式の導入
  (3)新マーケットの開拓
  (4)新たな資源の獲得
  (5)組織の改革
の5つです。

これはまさに組織の改革といえますが、そう簡単・単純に成し遂げられることではありません。まず、河田氏は関係する領域の専門家を外部から招聘します。不動産、商業施設、用地開発、金融、法律、会計などのプロフェッショナルたちです。そして、各々の専門分野があるが故に全体として強固なダイバーシティ組織を創りあげました。中央官庁では異例のことといっていいでしょう。たまたま現在は男性のみという意味ではモノカルチャーですが、国が管理する空港の民営化というシンプルな目的をもつ組織ということになります。誰を最初にバスに乗せるかを徹底して考え抜いて、適材を採用していったわけです。

合目的的な組織のイノベーション。空港経営改革推進室は、まさに組織のイノベーションということができます。

判断基準は【パブリックマインド】
企業経営を参照し前進

このチームのリーダーを務める高橋氏の着任時のエピソードが面白いです。「役人の世界には目的はあれども目標や仕事の判断基準がないんです」。民間企業で仕事をしていると、いつまでに何を成しえるのかといった仕事の目標はごく当たり前に思えます。高橋氏は合議の末、空港経営改革推進室の目標を決めます。

もう1つの高橋氏の違和感が、曖昧な業務分担でした。決済の範囲が人や役割によって大きな温度差があったのです。2014年3月までに最低2つの空港で経営一体化の合意を図る、という限られた時間内での目標達成には、業務分担や決済が曖昧なことは大きな弊害になります。そこで、高橋氏はフラット型の組織を導入すると同時に、明確な判断基準を持ち込みました。ウェイ・マネジメントともいえる判断基準は、その中身は経営共創基盤のものではあるものの、8つの項目に一貫して流れている思想がパブリックマインドだったことは興味深いです。それは、官と民のCSR (Corporate Social Responsibility)を軸とした一致ともいえるでしょう。

この判断基準を基に、企業経営ではごく当然のことながら既存の官僚組織と大きく異なるさまざまなこと、すなわち、目標、手段、関係集団との関係、コミュニケーションの内容・方法、求められる人材(求められるスキル・専門性、身軽さ・多様性・興味関心など)、認知と称賛、プロセスと尺度、評価方法、モチベーションの有り様などを昇華して、プロジェクトは前進し続けています。

閉じることで進化が止まる
日本には「開かれた共同体」が必要

イノベーション研究の世界的巨人である野中郁次郎一橋大学名誉教授は、イノベーションを育むのに『開かれた共同体』の重要性を挙げています。世界がさまざまな目的・対象・手段でつながり拡がり続けている現在、イノベーション、すなわち経済成果をもたらす革新を成し遂げるためには、組織は閉じていてはならないでしょう。閉じていれば情報は遮断され、対話が途絶え、理解や共感はなくなり、価値はすり減っていきます。

文中で、鎖国下の出島のような組織がなぜ必要なのか、と書きましたが、国土交通省が現在の日本であり、空港経営改革推進室がイノベーションを推進する企業や組織であるとはいえないでしょうか。周囲を海で隔てられた日本は、ただでさえその地理的条件からも開きにくい存在ということができます。そこに必要なのは、正に数多くの『開かれた共同体』です。われわれ組織の構成員が、組織の内側から変化し、『開かれた共同体』を創ることが求められているのでしょう。

開くとつながり、新結合からイノベーションは生まれます。ビューロクラシーやヒエラルキーの代表的存在である中央官庁、国土交通省において、『開かれた共同体』である空港経営改革推進室が今後どのようなイノベーションを生み出すのか、しばらくは目が離せません。

【インタビュー・文:井上功 /文(事例):荻野進介】

PROFILE

河田敦弥氏
国土交通省 空港経営改革推進室 企画調整官

大阪府出身。東京大学卒業後、1998年に運輸省(現国土交通省)入省。 バスやタクシーの規制緩和、国際航空交渉、地域の公共交通の再生・活性化に携わった後、国土交通省の採用・人材開発を担当。その後、観光庁でビジット・ジャパン・キャンペーン事業を実施。2011年より現職にて国が管理する空港の民営化を推進。


高橋哲也氏
国土交通省 空港経営改革推進室 専門官

千葉県出身。東京工業大学大学院修了。1998年清水建設入社後、伊藤忠グループのREIT運用会社を経て、2007年経営共創基盤(IGPI)に参画。IGPIでは、公共交通・自動車整備・ホテル・小売業等について、ハンズオンによる再生・成長支援、プリンシパル投資およびM&Aアドバイザリー等に従事。2012年より現職。

関連する記事

関連する調査・研究

関連するセミナー

お問い合わせはこちらから
WEBからのお問い合わせ
資料請求・お問い合わせ
[報道関係・マスコミの皆様へ]
取材・お問い合わせ
電話でのお問い合わせ
0120-878-300

受付時間
/ 8:30~18:00 月~金(祝祭日除く)

※フリーダイヤルをご利用できない場合は
03-6331-6000へおかけください。

記事のキーワード検索
Page Top