イノベーション研究 第4回 日東電工 知の探索活動を組織化した画期的仕組み

執筆者情報
HR企画統括部
リサーチ&デザイン部
シニアコンサルタント
井上 功

本研究では、組織の中でのイノベーション創出のヒントを得るために、イノベーターの方々にインタビューを実施しています。
第4回では、日東電工株式会社の金戸正行氏にご登場いただきます。金戸氏がグループ長を務める組織が非常に独創的です。それは、技術者が既存事業や自分の専門から一旦離れて、ゼロベースで新しい事業につながる研究テーマを考える「場」です。自由に発想してそれを検証・討議しながら、よりよいコンセプトに仕上げていくプロセスを試行されています。それでは、この「場」即ち「新規軸探索グループ」で金戸氏が実現しているイノベーション創出支援のストーリーをお楽しみください。


事業、技術、専門を忘れ
ゼロベースで考える

山椒は小粒でもピリリと辛い。そんな言葉を思い起こさせるのが高度な粘着技術や塗工技術を武器に、「グローバルニッチトップ」という戦略を掲げる日東電工である。

同社の研究開発本部にはユニークな組織がある。その名を新規軸探索グループ、略して【研探索】という。既存事業とは関係なく研究テーマをグループメンバーからボトムアップで設定すること。そのことを通じて、起業家的リーダーを養成すること。その2つがグループのミッションだ。

2007年から研究調査グループという名称で2年半ほど活動して現在の名称になったのは2010年4月とのこと。2009年1月からグループ長を務める金戸正行氏が話す。「世の中がこれからどう変わるのか、そうなったら誰が困って、誰が嬉しいのか。それに対して、どんな商品やサービスが必要とされるのか。1人1テーマを基本に、既存の事業や技術、自分の専門をいったん忘れ、まったくゼロベースの発想で考えていくのです」

メンバーの数は毎年5名から10名の少数精鋭で、現在は7名だ。在籍期間は2年が目安だが、もちろん長短はある。どんな人がメンバーにふさわしいのかといえば、“事業の芽”を育てるわけだから、何よりアントレプレナーの素質を備えていなければならない。「とんがっていて鼻っ柱の強い人材を入れたいのが正直なところです。またエース人材は他部署や他チームで活躍しているので、どんなテーマに取り組むか自体を構想していく【研探索】に入ってもらうことが難しい。ただ、そんな素質のある人材は、海外研修制度を利用しようと手を挙げることが多いので、研修後に帰国したタイミングで来てもらう例が多い」(金戸氏、以下同)。

事業化は1人では達成できず、他者との協働が不可欠なのでコミュニケーション力が必要不可欠だ。大学教授など外部の専門家に相談する機会も多いので、まずは日東電工とはどんな会社か、というところから話せなければ務まらない。つまり、ある程度の社歴が必要で、年齢でいえば30代前半が中心だ。

主観、客観の両面から
テーマの真贋を判断する

金戸氏がグループ長に就任以来、頭を悩ませたのは、さまざまな種類の探索活動が将来の事業のネタとなるべき研究テーマに近づいているかを判断するにはどうしたらいいか、ということだった。半年ほど考え抜いて、ようやく答えが得られた。キーワードは「共感」である。「同じグループ内の隣のメンバーが『面白い』と共感してくれたか、上司、他部署の人間、社外の専門家や大学教授、顧客として想定した企業人が同じように共感してくれたか。そうした共感をどれだけ集められたかが、探索対象の意義を見極める尺度になると考えたのです。何の変哲もないことでしたが、これを活動プロセスにきちんと組み込むことで探索活動の進捗も定義できるようになりました」

いくらメンバーの主観的な思いが強くても、独りよがりでは共感は得られない。そこで鍵となるのが、「差別化」と「ポジショニング」である。これらをヒアリングや予備実験の結果を集めて示すことで客観性も担保した「共感」が得られる。

日東電工が定義する差別化とは、「時間上の先行性」を意味する。あらゆるイノベーションは長続きしない。競合が現れたり、まったく別の形で競争優位が覆されたりする。いわゆる「イノベーションのジレンマ」である。そのリスクをできるだけ減らすため、「その技術が他の類似技術と比べて、時間的にどれだけ先行しているか」を見るのだ。

一方のポジショニングとは、「その技術が、利用される事業全体の中で、どんな位置を占めるのか」を意味する。それをしっかり決めるには、社内外含め、他のソリューションとの比較はもとより、想定事業のバリューチェーンまでも構想する必要がある。また、社外で共感を得るためには、自分のコンセプトをどんな形で訴求するのかを考え、知的財産も事前にとっておかねばならず、自然とさまざまな活動を結び付けながら探索をすすめていくことになる。

こうやって、「主観軸」・「客観軸」、この2つの軸でテーマ候補を精査していくわけだ。「それらを簡単なチェックリストで、本人はもちろん、上司である私、それに他のメンバーが相互に評価します。探索段階では、組織として大きなリソースをかけず、あくまで個人活動ですが、そのような相互評価が非常に重要です。口頭でもアドバイスし合って、みんなで向上していくわけです。そうでなければ、同じグループである必要がないでしょう」

多くの共感を獲得し、差別化とポジショニングが明確になった案件は晴れて、人、物、金がつく公認のテーマに格上げされる。このテーマアップまでが【研探索】の役割だ。

そうやって走り出したテーマの1つにヤモリテープがある。

ヤモリの指の仕組みを真似た
カーボンナノチューブ製のテープとは

ヤモリはトカゲ目ヤモリ科の爬虫類であり、ご存じのように、指の下面に特徴がある。吸盤状になっていて、壁や天井に自在に掴まることができるのだ。

ヤモリのこの仕組みが電子顕微鏡で解明されたのは2000年頃のこと。ヤモリの指先に、先端がいくつも分岐している無数の細かな毛が密生していることが分かった。それらの毛が対象物に近距離まで接近するため、原子や分子間に働くファンデルワールス力が働き、類稀な吸着力を実現させているのである。

そのヤモリの指をカーボンナノチューブで真似て作ったのがヤモリテープだ。わずか1平方センチメートルのテープで500グラムの物体を保持できる。強い接着力を備えながら、めくれば簡単に剥離でき、従来のテープのように粘着剤が残ることもない。テープ自体も繰り返し利用できる。耐熱性が高く、マイナス150度からプラス500度という幅広い温度帯で活用できる、まさに優れものだ。

開発者は、【研探索】所属の前野洋平氏だ。もともと同社内にある粘着剤を扱う研究所に在籍しており、従来の粘着剤の枠に留まらない新しい粘着システムを考えていたとき、ヤモリの指の仕組みに行き当たった。

前野氏は当時、研究の最先端を走っていた米カリフォルニア大学バークレー校に留学する。そこで、ポリイミド繊維でヤモリの指の構造を再現してみたところ、繊維同士が凝集してしまい、接着機能が発現しなかった。毛の先端部が細かく分かれているのは凝集を防ぐという意味があったのだ。
しかし、毛の先端部を分岐させるには非常に手間がかかる。分岐させずに凝集を防ぐ方法はないものか。答えは見つかった。高い剛性をもつ材料を使えば分岐させずとも凝集を防げる。その材料とはカーボンナノチューブ。そこで大阪大学教授の中山喜萬氏らと共同で、カーボンナノチューブをヤモリの指の毛のように並べたテープを開発したのである。案の定、凝集は起こらず、想定していた粘着性を実現することができた。

ところが、そうやってテープは完成したものの、難題が立ちふさがった。「簡単につけて剥せる」イメージのみが先行して、既存の汎用テープで十分機能するような引き合いしか得られなかったのだ。そんな折、【研探索】への異動を発令された。2011年8月のことである。【研探索】では、テーマを一から考えるだけではなく、こういう形で、すでに開発した技術を持ち込む例もある。

材料としてではなく、
分析サービスの中での事業化

前野氏は「共感」を得るために社内外を歩き回った。「差別化」と「ポジショニング」を真剣に考えた。そのうち光が見えてきた。確かに粘着性は高いがはがすのは簡単、カーボンナノチューブの低温から高温まで幅広い温度領域で使用可能といった特徴をよく考えていくうち、「逆に、汎用粘着剤が嫌われる極所環境で使うのにふさわしい」という考えに達したのだ。そしてそのような空間はないか、という問いを立て、「分析装置の中で使えばいい」というアイデアに至ったのである。

日東電工のグループ会社に日東分析センターという会社がある。そこが原子レベルの物質を顕微鏡で観察しながら分析する際、分析材料を固定する部材としてヤモリテープを使うことにしたのだ。分析試料への汚染やその固定ずれを抑えながらより正確な分析結果が得られるサービスを考えながら、前野氏は日々、奔走している。

金戸氏が解説する。「もし既存事業のほうから、ヤモリテープの事業化を考えたら、途中でストップしたでしょうね。事業の論理は、ニーズがあるか、そのニーズで価格があうかと、もっとドライですから、分析サービスの一形態としてスタートして、ニーズ自体も創出するようなアイデアは生まれず、埋もれてしまったのではないでしょうか」

ニューヨーク州立大学で教鞭をとる経営学者、入山章栄氏によれば、イノベーションを効率的に興す仕組みとして、世界的に「両利きの経営」に関心が集まっている(『世界の経営学者はいま何を考えているのか』英治出版)。両利きとは、「新しい知の探索」と「既存の知の深化」を同時に、バランスよく行う経営のことだ。多くの企業は、「知の深化」はともかく、「知の探索」がおろそかになり、「片利きの経営」にならざるを得ないが、日東電工の【研探索】こそ、「知の探索」を意識的に、そして組織的に行う仕組みに他ならない。「両利き」イコール「二刀流」、つまり日東流ということか。

知の探索が成果に結びつくのには時間がかかる。これから続々とその成果が積み上がっていくだろう。

総括

アンゾフ以前から存在
【三新活動】のダイナミズム

金戸氏の技術者の可能性を解き放つ新規軸探索グループのストーリー、いかがでしたか。ここからは、金戸氏の組織の中でのイノベーション創出支援のポイントを、研究モデルに沿って振り返ります。

図表01 本事例における仮説モデルの該当要素

まず、上記モデルの上位に位置づけされるイノベーション戦略について言及します。日東電工では、【三新活動】というものが存在します(図表02参照)。市場を既存と新規に、技術を既存と新規に分け、現行事業からの事業シフトを促しています。新製品開発、新用途開発、新需要創出で【三新】というわけです。このマトリクス、どこかで見たことがないでしょうか? そう、アンゾフのマトリクスです。縦軸を技術から製品に置き換えると、まさにアンゾフモデルになります。驚くべきは、この【三新活動】が日東電工で提唱されたのが、1954年ということです。戦後10年経たないうちに、かつアンゾフ氏が唱える3年前に、すでに同様のコンセプトが同社内で語られ実践されていたのです。日東電工は周辺的多角化経営を実践しています。それは、多軸化、ともいうべきものです。金戸氏の組織名称が新『機軸』ではなく、新規『軸』であるのもその表れです。会社の中に脈々と流れる【三新活動】の精神が、日東電工のイノベーション戦略の根底にあると言っても過言ではないでしょう。その根本思想を基に、今日も【研探索】の活動は続きます。

図表02 日東電工の三新活動とアンゾフのマトリクス

情理と合理の目利き基準
「両利きの経営」の実現

次に注目すべきは、テーマが事業化に値するかどうかを判断する基準です。モデルでは、「磨く」、の領域に該当します。

イノベーションは、扱うテーマの確実性がそもそも低く、その不確実なものに資源(人、物、金等)を配分しなければならない非合理性をもつという、二重の意味での不確実性をもっています。一方、どの企業も持続的成長を求められています。日東電工も他ではありません。【研探索】での活動も、ボランティアではないでしょう。企業は事業活動をしている以上、最終的に経済性や効率性が求められます。ただ、活動の最初から効率性を求めると、自由な発想や大胆な行動が制約を受けてしまいます。さあ、どうするか?

イノベーションは、組織の中での資源動員のプロセスと言っても過言ではありません。1人のアイデアがいかに秀逸であっても、それが普及し社会に対して価値を発揮し、経済的成果を産まない限り、それはイノベーションではありません。アイデアが磨かれ、形になり事業になっていく過程で、多くの資源が必要になります。【研探索】は小さなグループで基本的には個人活動です。そのテーマ探索段階では企業全体としてはわずかな人的リソースしかあてません。メンバーは、その中で思いつくアイデアを試していくことになります。

金戸氏が考えたのが、主観と客観の双方向の刺激です。まずは「これをやってみたい」主観的判断です。初めは独りよがりかもしれません。逆に弱い主張なのかもしれません。それを「それ面白いね」とか「なるほど、事業に繋げられるかもしれない、でもこんな課題は解決してみたらもっと良くなるよ」といった客観的な共感を得ることで、もとの主観が自信になって、さらにより大きな共感を求めて活動が進むことになります。
共感する対象は上司に限りません。コンセプトを磨きながら、同僚、他部署の社員、大学教授、その分野の専門家、パートナー企業、顧客等へと共感を成長させることで、新しい事業上の価値に繋げることになります。また、この経験を通じて社内でより多くのリソースを求める起業家資質を育成しようと考えたわけです。

「自分以外の関係者からアドバイスをもとめることは当たり前のことです。ただ初めのコンセプトに固執せずに、専門家に近づきながら、徐々に顧客を明らかにして、もとのコンセプトを磨いていくことを活動指針にすることで、ゼロベースからのテーマ設定を行っていくことになるのです」

客観的判断基準は、差別化とポジショニングです。これをエビデンスを集めながら、論理立てていきます。差別化に関しては、キャッチアップされるまでの時間的優位性に焦点をあてています。そして、ポジショニングに関しては、代替ソリューションと比較しながら、自社の技術・ドメインとの接続性やビジネスモデルの検討がポイントになります。

このように、【研探索】では、右脳的判断と左脳的判断の両方でイノベーションの目利きを推進しているのです。まさに、情理と合理の経営、が実践されているのです。

人材マネジメントを科学する

最後のポイントが人材マネジメントです。日東電工では、人の可能性の最大化に創業以来取り組んできました。CTOであり、【研探索】の産みの親でもある表利彦氏は、「人の成長こそが組織の成長を実現する」と言い切ります。そして、「人材マネジメントはまだまだ科学されていない」とも語っています。

日東電工のコーポレートR&Dでは、以下のような人材ポートフォリオをイメージしながら、人材の気質を科学できないかと考えています(図表03参照)。

図表03 日東電工人材ポートフォリオ

近い将来には、このモデルを基に、日東電工では人材マネジメントを推進できればと期待しています。ここでも新たな価値の創出が非常に重要視されています。そして、持続的価値提供を実現するために、人材能力と組織力の最大化を図っているのです。人のもつ可能性の最大化を組織として担保・支援しながら、組織の力を個人の能力拡大や提供価値の伸長に繋げていく。それを科学の力を活用して推進しているところに、日東電工の凄みが宿っているといえるでしょう。

【インタビュー・文:井上功 /文(事例):荻野進介】

PROFILE

金戸正行氏 
日東電工株式会社 研究開発本部 新規軸探索グループ長

1986年 日東電工株式会社入社 
主に電子材料開発・製品化に従事
1995―99年 米国シリコンバレー駐在
2003―08年 ベルギー駐在 
半導体や情報機器企業や大学研究機関との技術開発に従事
2009年より現職(研究開発本部新規軸探索グループ長)
2011年 大阪大学産学連携教員(招へい准教授)兼務
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