イノベーション研究 第38回 ファンデリー 病院を基盤とした唯一無二のインフラ その上に乗る事業は無限だ

執筆者情報
ビジネスフロンティア部
エグゼクティブプランナー
井上 功

本研究では、組織の中でのイノベーション創出のヒントを得るために、イノベーターの方々にインタビューを実施しています。

第38回は、株式会社ファンデリー代表取締役の阿部公祐氏のご登場です。年間300万部発行される健康食の宅配カタログ『ミールタイム』をご存じでしょうか? 健康に留意したお弁当を全国に届けてくれるビジネスを推進しているのは、もともとは損害保険会社の営業マンだった阿部氏です。その行動は大胆にして繊細。発想は現場密着型であり柔軟です。ファンデリーは、2015年には東証マザーズへの上場も果たしています。それでは、さっそく阿部氏のイノベーション創出ストーリーをご覧ください。


栄養士がメニュー開発し、注文を聞く
年間300万部発行のカタログが強み

東京の赤羽のとあるビルの3階に、2015年6月に東証マザーズに上場を果たした、健康食の宅配事業を手がけるファンデリーのコールセンターがある。インカムをつけた女性たちがずらりと並ぶ。通常のコールセンターと違うのは、彼女たちがすべて栄養士であること。約50名いる社員のうち、8割近くを栄養士が占める。

同社の栄養士には大きく2つの役割がある。1つは、メニュー開発だ。糖尿病、高血圧、脂質異常症、痛風といった生活習慣病から、重い食事制限が必要な腎臓病まで、あらゆる病気に対応した食事づくりに日々いそしむ。もう1つが、顧客接点を担う、電話応対だ。最初の注文を受ける際、医者から指示されている食事制限の内容や血液検査の結果を詳しく聞き取り、カウンセリングを行った上でその人に合ったメニューを手配する。全国どこでも冷凍された健康食を一食600円程度で届けてもらうことができ、顧客は約18万人いる。
顧客に同社の存在を知らせるツールが『ミールタイム』という健康食のカタログで、全国約1万8000カ所の病院や保健所、介護施設、調剤薬局などから配布されている。『ミールタイム』は、健康や食に関する情報も掲載され、年4回、年間300万部発行という巨大部数を誇る。それとは別に、調剤薬局経由で届けられる『ミールタイムファーマ』は、年2回、年間50万部が発行されている。表紙には血液検査データや主治医の名前が書けるようになっている。食事制限は自宅での対応が難しい。そういう人にとって、非常に便利なツールになっていることが想像できる。

もとは保険営業マン
目指すのは一食二医の社会

ファンデリーの社長を務める阿部公祐氏が話す。「われわれが目指すのは『一食二医』の社会を実現すること。健康を維持するためには、第一に食事のコントロールが大切で、それでも駄目な場合に医者にかかるのが理想と考えています。そうすれば、医療費の増大も抑えられます」

もともと食との接点は薄かった。大学卒業後の1996 年、朝日火災海上保険に入社する。担当は企業相手に提案をし、社内に損保の代理店を設置してもらう営業だ。特に阿部氏は、上場を目指しているベンチャー企業を訪問することが多かった。トップの決断で代理店を設置してくれるケースが多かったからだ。阿部氏が振り返る。「それまでは起業にまったく興味がなかったのですが、考えが変わりました。お会いしたトップの方々が魅力的な方ばかり。生き生きとした目の輝きに、私も彼らみたいに挑戦してみたい、起業しよう、と刺激を受けました」

2000年1月に会社を辞めたものの、実はどんな事業を行うか決めていなかった。「当時はITの分野での企業が注目され始めた頃で、私も検討したのですが、一生をかけてまで取り組みたい事業がなかなか思いつきません。そのうち、やはり多くの人に喜んでもらえる仕事がしたいと考えるようになり、衣食住の分野に絞ることにしたのです。とりわけ医療費の削減という社会課題を解決したいという想いから、そのなかで選ぶなら、食だろうと」

起業のことを話すと、複数の人から「栄養士を活用するといい」と助言をもらった。なるほど、調べてみると、栄養士はすごい能力をもった方々なのに、十分に活用されていないようだった。そこで、栄養士が考えた健康に良いレシピと共に、栄養士自身が食材を宅配し、自宅でカウンセリングを行うというビジネスを思いついた。宅配にしたのは、資金力がない段階で店舗を構えると機動性が損なわれる上、近隣にライバル店ができるリスクも大きいと考えたのだ。

2000年9月、赤羽でファンデリー設立。翌年4月から業界で初めてとなる栄養士による宅配サービスを開始するが、なかなか業績は伸びなかった。せっかく栄養士が届けても、カウンセリングを行うどころか、会話も交わさず、「玄関に置いといて」という顧客が大半だった。もう1つの誤算もあった。宅配費用が高くついたのだ。いくら顧客が増えても、一向に利益の出る気配がない。あれも欲しい、これも買いたい、という顧客の要望を聞いたため、買い物代行業のようにもなっていた。

顧客の声と知人の助言で
ビジネスモデルを大転換

いつまで経っても利益が出ない。運転資金もアイスクリームが溶けるようになくなっていった。とうとう貯金も底をついた。

そんなとき、ある客がこうつぶやいた。「私は糖尿病なのだけれど、自分で料理するのが手間なので、本当はできあがっている食事が欲しいのよね」

阿部氏はその声で決断した。病気をもっている方や、予防したい方に調理済みの食事を作ってクール宅配便で届ける。ビジネスモデルの大きな転換である。

ただ、製造委託先を確保する必要がある。片っ端から連絡しては片っ端から断られた。社員数名の企業と組んでもメリットがないと見られたのだ。が、捨てる神あれば拾う神あり、ようやく1社が手を組んでくれることになった。

それと並行し、阿部氏はカタログづくりにも取りかかった。本来ならばチラシでよかったが、印刷費もなかった。知り合いの出版社の人に話をしたら、「チラシを作るお金がないならカタログを作ればいい」と助言してくれた。「カタログを作って広告をとれば、それだけでデザイン費と印刷費、配布コストが賄えるというのです。その手があったか、と思いました。さっそく、紙を折り畳んで、ページ構成を考え、広告を販売するための媒体資料も作りました。配布先は絞りに絞って、病院一本。ターゲットである、病気のために健康食が必要な方に直接提案に行くより、そういう方々が集まる病院という“関所”でカタログを配ってもらおうと考えたのです」

一番苦労したのは広告取りだった。『会社四季報』に掲載されている食品メーカーに次々に電話をかけた。ある企業は担当者がつかまらず数十回も電話をしたほどだ。「普通ならストーカー扱いですよね(笑)。連日、真夜中まで仕事をしており、メールのやりとりなどは、他の仕事がない夜遅い時間が最適なわけです。ところがそんなに遅くまで社長が働いていると経営が苦しい会社だと思われる危険性もある。そこで、この企業には昼間に、この企業は逆に熱意をアピールするため夜中の3時に送ったり、などと策を考えました。営業出身という経歴がそこで活きました」

そうした努力が実り、第1号のカタログは9社から合計500万円近くの広告を獲得することができた。

やるべき仕事はさらにあった。配布先の病院チャネルの開拓だ。「知人に紹介してもらったり、飛び込みで訪問したり、あるいは電話をかけて担当者に会いに行ったりしました。栄養士が作った健康食で、注文の電話をとるのも栄養士、しかもただのカタログではなく、健康に関する情報も掲載されていることを強調しました。配布を了承してもらったら、カタログの申込依頼書として担当者の直筆のサインをもらうことを徹底しました。これも損保会社での経験によるもので、それだけでトラブルが防止できるのです」。人間、やったことに無駄はないのだ。

医療機関のネットワークを活かし
食品メーカーのサンプリングを代行

かくして、2004年4月に『ミールタイム』創刊。発行部数10万部だった。その数が現在は年間300万部と10年あまりで30倍にまで拡大している。「宅配事業には顧客の新規獲得コストと配送コストという2つのコストがあります。後者はゼロにはできませんが、このカタログがあるおかげで、前者はわが社においては実質ゼロ円なんです」

しかも、こうした病院とのネットワークが別の事業も生み出した。食品メーカーの商品のサンプリングを受諾するサービスである。病院とのネットワークが重要な経営資源となっているのだ。

「今やファンデリーの事業は健康食の宅配だけではありません。今後はヘルスケアの総合企業を目指したい。食を通じてお客様を健康にする事業を展開していくと、薬の情報が知りたい、運動のやり方を教えてほしい、健康に関するいい本が読みたい、といった声を自然と耳にするようになるからです。私は人に喜んでもらうことが大好きなので、いろいろなことをしてあげたいと考えています」

学生時代、阿部氏は何もない空間に、人々が楽しんで生活できるインフラとしての街を作りたいと思っていた。病院との間で張り巡らされたネットワークも、目に見えない1つのインフラである。その上にどんな事業を展開し、人々の幸福度を上げるか、阿部氏の夢は尽きない。

総括

阿部氏のイノベーション創出ストーリー、いかがでしたか? 自分のやりたいことに忠実であり、自発的前進を続ける阿部氏の行動をさっそく振り返っていきましょう。

多くの人と多くの人を繋げる
新しい価値が創出される

阿部氏が推進しているファンデリーの事業の中心に栄養士の存在があります。調べてみると栄養士の有資格者は全国で約100万人(2012年度)。看護士の約150万人(2012年度)と比べてもかなりの数であることが分かります。ただ、その能力や技術を活用している人は意外と少ないことに阿部氏は気付きます。資格を活かしたいと思っている栄養士という多くの人に注目したのです。そして、健康を維持するために悩んでいるもう一方の多くの人に繋げていくのです。

多くの人やもの同士を繋げて考えると、そこに新しい価値の創出の均衡点が生まれることが多いものです。スーパーやコンビニエンスストアなどのリアルな場や、ネットショッピングやオークションといったウェブサービスがその代表的な例です。阿部氏は多くの人と人を結んでイノベーションをおこしているのです。

現場の声を聴き
素早くピボットする

ピボットという言葉をご存じでしょうか? もともとはpivotという英語で、枢軸とか旋回軸、要点といった意味です。イノベーションを推進する際に、当初設定した仮説とはまったく違う顧客・顧客価値・収益モデル・競争優位性などが見えてきて、大胆に事業の中身を変えるときに、「ピボットする」と使われます。バスケットボールで片足を軸足(ピボット)にして体の向きを変えて、まったく異なる方向にパスを出すことから想起され、イノベーションのプロセスでたびたびいわれるようになりました。

阿部氏は正に、ファンデリー設立当初に大胆にピボットしています。ここで大切なのは、ピボットを顧客の声を根拠にして行っていることです。顧客価値そのものを変えるような大きなピボットから、附帯サービスを付け加えるような小さなピボットまで、イノベーションのプロセスでは日々ピボットが繰り返されます。阿部氏は顧客に真摯に耳を傾けてそのリアリティを獲得し、調理済みの食事を作ってクール宅急便で届けるという事業に大胆にピボットしたのです。

広告の概念を入れることで
ビジネスモデルを刷新

当初阿部氏は事業推進のためにチラシを作ることを考えていましたが、カタログ作成と配本という方法に変えています。これもピボットですが、そこで広告に注目したのは刮目に値します。広告というビジネスモデルは非常に強力であり、スマートフォンによりインターネットがごく普通になり星の数ほどのウェブサービスが登場している現在でも、その本質的価値は変わっていません。フェイスブックやツイッターといった数十兆円もの時価総額を誇る企業も、その収益を広告に依存しています。技術の進化に伴い広告の価値提供の方法は変化していますが、その本質的強さは変わっていません。阿部氏はそこに注目し、カタログに広告を載せることで事業のブレークスルーを果たすのです。

ヘルスケアの総合企業を目指す阿部氏は、物事の本質を捉え、これからもその行動力でさまざまなことを成し遂げていくのでしょう。

【総括(文):井上功 /インタビュー(文):荻野進介】

PROFILE

阿部 公祐(あべ こうすけ)氏
1972年11月15日生まれ。学習院大学経済学部卒業。
卒業後、朝日火災海上保険株式会社にて法人向け提案営業に従事。
2000年9月、株式会社ファンデリーを設立、代表取締役に就任。
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