イノベーション研究 第5回 AIU損害保険 本質論でチームを結束させ、個別論で難題を突破する

執筆者情報
HR企画統括部
リサーチ&デザイン部
エグゼクティブプランナー
井上 功

本研究では、組織の中でのイノベーション創出のヒントを得るために、イノベーターの方々にインタビューを実施しています。
第5回では、AIU損害保険株式会社(以下、AIU)の大坪浩子氏にご登場いただきます。大坪氏がAIUに入社してから現在まで、僅か4年ほどしか経っていません。経験した人には分かると思いますが、転職先の企業の意思決定の基準や仕事のお作法、職場風土や社員の雰囲気、コミュニケーションの方法などに馴染むまで、かなり時間がかかります。それにもかかわらず、大坪氏はこの短い期間に大規模な業務改革と画期的な新商品の開発の2つの大きな仕事を成し遂げています。どうやってそれらを実現したのか? 今回は、今までにない商品開発のストーリーをイノベーション創出の流れに合わせて探っていきます。それでは、大坪氏の大胆な発想と行動をお楽しみください。


海外進出中小企業向けの画期的保険

「日本支店」という立場から脱して日本事業の法人化を実施した結果、この4月に誕生したのがAIU損害保険株式会社である。それと同時に発売されたのが、海外に進出する中小企業向けの保険「WorldRisk(R)(ワールドリスク)」だ。

補償内容は、自社製品はもちろん、現地の施設や業務に関して引き起こされた賠償、社員によるレンタカー運転中の事故、政情悪化が引き起こす輸出不能による損害、社員の金銭・有価証券詐取問題、危機発生時のメディア対応まで、実に広範に及ぶ。他社も同じような海外進出企業向け保険をすでに発売しているが、その中身は自社製品に関する賠償に対応するくらいで、その先進性が光る。

しかも、従来、複数の国で企業活動を行う場合、国別に個別に保険に加入する必要があったが、このWorldRisk(R)は簡単な告知書に日本語で記入すれば多くの国で加入できる(アメリカ合衆国とカナダを含めた一部の国を除く)。手続きの簡素さも魅力だ。

この保険商品の開発プロジェクトの中心にいたのが、同社の大坪浩子氏である。大坪氏が同社に入社したのは2009年3月のことで、それ以前は畑違いの金融業界にいた。「損保の商品にも数字にもまったく強くない」という氏がなぜこのような画期的商品の開発をドライブすることができたのか。

アメリカのコピー商品ではない

実はこの保険は米国AIGですでに中小企業向けに開発され、販売されている。名称も同じだ。

アメリカ本社のコピー商品か、それなら商品開発も簡単だろう、と思ったら大きな勘違いを犯すことになる。なぜなら、日本とアメリカでは保険ビジネスの構造が大きく違うからである。もちろん規制も違う。最大の違いは、その販売チャネルである。アメリカの保険会社は保険商品の「メーカー」ともいうべき存在で、そこで開発・製造された商品を外部のブローカーが仕入れ、自分たちの才覚と裁量で販売する。販売の主体はブローカーである。

それに対して、日本の保険会社はメーカーであると同時に、販売チャネルを自社で開発、保有している。日本の損害保険業界では、重要なチャネルである販売代理店という独立した組織も社外にあるものの、AIUでは過去60年以上にわたり、その独自開発、育成とパートナーシップの拡大・維持には大きく会社自身がコミットしている。つまり、販売責任は保険会社にあるといっていい。大坪氏が明かす。「そうした代理店や営業担当社員に、お客さまの中小企業から、具体的な海外リスクに関する細かな質問や相談が来た場合、十分な対応やきちんと説明ができる人材がどれだけいるのか。アメリカでは販売がうまくいかなかったらブローカーの責任だと言うことも可能ですが、日本の場合、そうは言えません。海外進出企業向けの保険商品という意義だけは分かってもらえたものの、社内の関係各担当からは『開発できない理由』があがってくるばかりでした」

価値(お金)の流れの可視化
すべてはそこから始まった

それを突破するために、大坪氏がファシリテーターとなり、数度にわたって実施したのがワークショップだった。メンバーは、商品開発担当者、営業担当者、そして、それぞれの上司などを含め、10数名である。日本人ばかりではなく外国人マネジメントも加わった。
そこで行われたのは、単なる会議ではない。保険を必要とするお客さまは誰なのか?そのお客さまが行う海外ビジネスの流れやパターンは?そのお客さまが海外で直面するリスクはどういったものがあるのか?それに対して保険会社はどういった補償を提供できるのか?そしてこの商品が届ける補償・サービスは、お客さまにとって、代理店にとって、営業担当および商品担当にとってどのような価値があるのか?等について付箋を使って可視化していった。その価値の流れは、お客さまが支払った保険料というお金が代理店に、そして本社に入金されるまでの過程を示したのである。その付箋群を前に、大坪氏はこんな話をした。

「自分たちは最終的に何がしたいのか。会社としてお金をたくさん儲けることか。それは事業を営む上では大事なことだが、そればかりではないだろう。それを実現するためには、まずはお客さまを私たちの事業でハッピーになってもらうことが必要だ。お客さまが満足した結果、代理店もハッピーになる。そして、最終的には会社、すなわち私たち営業担当者も、商品開発担当者もハッピーでなければならない。その四者がハッピーになるためには、何が必要か。まずは、保険料を払うお客さまのリスクが適切かつ的確にカバーされ、お客さまに安心していただけることだろう。それがあって初めて、お客さまに保険料を払っていただけ、ビジネスとして成立するのだ」と。「仕事に対する心構えはどうあるべきか、何のためにこの商品を出さなければならないか、なぜ今、AIUがそれに取り組まなければならないのか、その本質とビジネスの目的を徹底的に議論するよう、追求しました」

そうこうするうち、明らかに「場」が変化してきた。これまでは同じ事項を議論する際にも、営業担当と商品開発担当という立場の違いで、使う言葉や表現が微妙に異なり、会話のすれ違いが多く発生していた。それが、同じ言葉や表現が使われるようになったのだ。お客さま視点で、全員の意識が統一されたからではないか。皆が同じ“船”に乗った瞬間だった。

「どっぷり」の定義とは

さて、次はワークショップのフェーズ2である。商品開発にもコンセプトにも同意した、ではどうやってそれを実現するのか?「出来る方法を考える」セッションである。商品を具体的な形にするために、それぞれが悩んでいること、ボトルネックだと感じていることをすべて付箋に書き出してもらい、ホワイトボードに貼り付けていった。それも参加者全員が同じ船に乗り続けるために、日本語と英語、2つの言葉で記した。

そうしたなかで出てきた悩みの1つが、ターゲットとなる企業の選別についてだった。それを考えるには、「企業の海外進出の度合い」がメルクマールとなる。保険事業は「現地主義」であり現地で保険に入ることを求める国が多いため、海外進出の度合いが高いと現地主義を意識する企業が増える。かといって、海外進出しておらず、予定もない企業もターゲットにはならない。その中間にある海外進出企業を狙わなければならないのだ。

「どっぷり海外進出している企業は、主たる対象とはならないんだよね」とある商品開発担当者がつぶやいた。そこで大坪氏がすかさず、「その『どっぷり』を定義してください。例えば何人日本人が駐在しているレベルですか。50人ですか。100人ですか。それとも、工場や営業店をもっているレベルでしょうか?」と突っ込んだ。

国ごとの様々な規制内容も調べなければならない。その規制は何に関わるものなのか?AIG本体が持っている各種情報について担当者に共有してもらった。「英語でしか情報がないのか?日本語で各国情報が欲しい」という営業担当者には、「外資系に勤めているのだから、英語は自己責任。大意をつかむだけなら、たとえばグーグル翻訳を使ってみればいい」と発破をかけた。そうやって、それぞれが考える課題、不安や懸念、新しいモノ・変化に対する無意識な恐怖心を徹底的に開示させ、それらを1つひとつ、つぶしていったのである。

大坪氏のアプローチは、何かをブレークスルーさせるに足るメンバーを集め、まず原則とビジネスの現状、ゴールを全員で確認して共有し、「できない理由」を1つひとつつぶしていき、最後には必ず形にしていくというものだ。今回はたまたま新商品開発だったが、大坪氏は同じやり方で販売チャネルの業務改革にも取り組み成果を出してきた。

GE流のファシリテーション

大坪氏は大学卒業後、10年間、生保の太陽生命保険で総合職として働いた。AIUに入る直前の3年間はGEのコンシューマーファイナンス部門に在籍していた。大坪氏のファシリテーション技術はそのGEで培われたものだ。「GEでは、物事は絶対にあきらめるべきではない、あきらめなかったら必ず結果を出せる。変化することを楽しみ、変化し続けることで成長を目指す、ということを実践で徹底的に叩きこまれました。WorldRisk(R)の開発も、私が絶対にあきらめなかった理由は、「これこそ市場が望んでいる商品だ」ということを強く確信していたからです。テレビのビジネスニュースで海外進出の話題が出ない日はまったくありません。刻々と変わる世界情勢と日本市場の中で、規模の大小にかかわらず、日本企業にとって海外に行くことはそれほど日常化しています。でもそのリスク、特に中小企業の海外進出リスクを必要十分にカバーする保険商品は日本市場にまだない。だったらAIUがやるべきだと。日本の中小企業にもっと元気に、安心して海外市場に打って出て、もっと強くなってもらうこと、それがこの仕事に携わる私の使命だと思っています」

大坪氏は自分で「幸せ基準」を決めているのだという。そこに大坪氏の強さの原点があると見た。「社内の後輩にも、お金なのか、ポジションなのか、達成感を味わえる仕事なのか、結婚や子育てなのか。自分が幸せを感じる物事の優先順位をつけておきなさい、とよく言うんです。それさえつけておけば、人間、いざというとき、とてつもなく強くなれる。私の場合、優先順位ナンバーワンは、自分がその挑戦を納得でき、ワクワク楽しみながら実行し、達成感を感じられる仕事ですね。人生は一度きりです。自分の意思に反して、白を黒と言い含めなければならない事態になったら、そんな仕事は辞めて、別の仕事を探します」

周囲を慮るあまり、またヒエラルキーの中で自分の意見をなかなか言えない人たち−多くは男性−だらけの日本の企業社会にあって、大坪氏は「異端」を自称する。でもその異端が目指していることは、とてもユニークだ。「私がやりたいのは、大きな山を動かすこと。そのためには物事の本質を追究し続けなければならない。あなたは何をしたいのか。そのビジネスはどんな意味があるのか。そういう問いを発し続ける人間が1人くらい、社内にいてもいいでしょう」

総括

大坪氏の「WorldRisk(R) (ワールドリスク)」開発ストーリー、いかがでしたか。
今までの研究インタビューと異なり、今回のイノベーション創出は、商品・サービスを「思いつく」領域が対象ではありません。すでにアメリカで開発・販売済みの商品だからです。ただし、その磨き方や事業化に向けたアプローチで大坪氏が実施したことは非常にユニークです。今回はそのあたりに焦点をあてて振り返ってみたいと思います(下記図表01参照)。

図表01 本事例における仮説モデルの該当要素

どこまでも合目的的に
そうすることで、「場」の一体感を醸成する

何か物事を成しえるために必要なのは、【目的】【目標】【手段】の3つでしょう。本来ならばこの順番で全体の構造を考え、【手段】を実行することで【目標】を達成し、それによって【目的】を成しえていきます。ところが、現実のビジネスやイノベーション創出において、得てしてこの順番が入れ替わる、もしくは内容そのものがなくなることが生じます。「売上300億円を目指そう」と単なる【目標】を【目的】的に言ってみたり、「このキャンペーンを完遂することで目標を達成しよう」といった【手段】と【目標】のみがあり、【目的】が不在の仕事が行われたりするのです。そういった例は枚挙にいとまがありません。

大坪氏のアプローチはこうです。最初はワークショップという手段を使い、メンバーを招集します。そこでは、可視化をしながら常に「自分たちは最終的に何がしたいのか?」「関係集団がすべてハッピーになるためには何が必要か?」といった合目的的な質問を投げかけ続けます。常に「何のために」とか「なぜ必要か」「なぜわれわれがやるのか」といった根源的な問いは、問われた相手の本性を、最初はオブラートに包んだ形で、最後は本音剥き出しの形で露わにしていきます。それこそが大坪氏のねらいです。しつこくくどいやり取りのなかで、メンバーの目的観が再形成されていきます。同じ“船”に乗ったと皆が思えば、プロジェクトはほとんど終了したようなものでしょう。

経営に関する寓話で、レンガ積みの話があります。旅人が道程で3人のレンガ積みに会いました。最初の人に旅人が尋ねました。「何をやっているんですか?」。最初の人は答えました。「見れば分かるだろう。レンガを積んでいるんだ」。2番目の人は、「レンガを積んで壁を作っているんだよ」。そして、最後の人はこう答えました。「レンガを積んで、壁を作って、天井を張って、鐘楼を作って、最後は教会を作るんだ。そして布教を徹底し、世界を平和にしたいのさ」

大坪氏はこのプロジェクトで世界平和を実現したいわけではないと思いますが、関係者のハッピーの醸成を考え続け、問い続けていく姿勢は、まさに3番目のレンガ積みを想起させます。イノベーション創出の後半のプロセスに特に必要なことは、大坪氏が実施した合目的的の徹底であるということができます。

可視化を徹底し、曖昧さを削除

大坪氏は言葉の定義にこだわります。物事を曖昧なままで済ませず、徹底してメンバー同士の物事の捉え方や言葉の意味の共有を図っています。イノベーション創出の後半では、発散系ではなく収斂系のプロセスが必要と考えますが、必要なのは集団の力であり、団結力でしょう。その際に各々のメンバーが考えていることがバラバラでは、大きな力になりません。

われわれは相手とコミュニケーションする際に、何となく分かって済ませていることがないでしょうか? 例えば多義語の意味。マネジメントという言葉を挙げてみます。【管理】【やりくり】【監督】といった解釈に始まり、【評価】【分析】【選択】【改善】【回避】【統合】【計画】【調整】【統制】【組織化】【気付きの醸成】など実に多くの意味をもつ言葉です。「マネジメントを強化しよう」といった場合、何の強化なのかがはっきりしていないことが往々にしてあります。捉え方が異なると、得られる結果が大きく狂うこともありえます。

大坪氏は、曖昧さを許容しません。曖昧なままでは共有がなされません。そして、言葉という形式をもってでしか物事を共有できないと信じています。以心伝心や俺の背中を見て理解しろという暗黙的な交流も必要であり大事ですが、外国人がプロジェクトに入ってくるとそうもいきません。目は口ほどにものを言う、ということもありそうですが、それだけでは覚束ないのです。オブジェクトがないとその先に進めないでしょう。

そうすることで、可視化が進み、収斂がなされていく。ダイバーシティ推進が叫ばれる時代、今まで以上に言葉を大切にし、共有して組織の力を高めていくことが必要となるでしょう。

“不要な”空気は読まず、ゴールまで突き進む

インタビューの時間を通じて、自身を「異端」と語る大坪氏からその一端を垣間見ることができました。大坪氏は信念を通す人であり、それは決して揺るぎません。「白を黒と言い含めなければならない事態になったら、そんな仕事は辞めて、別の仕事を探します」。こうはっきり言い切る大坪氏は、決して“不要な”空気を読みません。タテ社会、ムラ社会の多くの日本の組織が、新しい価値を創出しなければならないという必然的状況に置かれている現在、このような強さは激しく必要とされるでしょう。自身の「幸せ基準」に従って、仕事の、そして人生の優先順位をつけています。「大きな山を動かすこと」と言い切る大坪氏の発言から、動かせない山はない、という明確な意志が伝わってきました。そして、自分が女性であることも意識した上で、オトコ社会で山を動かし続けています。同質化したオトコ社会のなかでこそ、異質・異端の発想力や着眼点、そして推進力が活かされていくのでしょう。

そして、それには、異端の受け手である組織側の寛容さも必要であり、AIUにおいてそれが結果的に発揮されていることも非常に大きいと思われます。それは、アメリカ企業の日本支店から脱し、株式会社として法人格を獲得し、日本における価値提供にギアシフトしたAIUの当然の帰結だったのかもしれません。

【インタビュー・文:井上功 /文(事例):荻野進介】

PROFILE

大坪浩子氏
AIU損害保険株式会社 秦泉寺執行役員室 シニアマネージャー

大学卒業後、太陽生命保険(現T&Dホールディングス)にて総合職として10年勤務。
GEエジソン生命に転職。eビジネスに携わる。その後、GEコンシューマーファイナンスに転職し、オペレーション部門に在籍。東南アジア地域におけるアウトソーシング戦略策定に従事する。2009年3月 AIU保険会社(現AIU損害保険株式会社)に移り、現在に至る。

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