イノベーション研究 第34回 味の素株式会社 味の素株式会社が作り上げた「アミノ酸バリューチェーン」

執筆者情報
HR企画統括部
リサーチ&デザイン部
エグゼクティブプランナー
井上 功

本研究では、組織の中でのイノベーション創出のヒントを得るために、イノベーターの方々にインタビューを実施しています。

第34回は、味の素株式会社の高橋裕典氏のご登場です。高橋氏は、研究者として味の素株式会社に入社します。2000年のことです。アミノ酸の生産効率化にコミットした11年を経て、ビジネスプロデュースといっても過言ではないことを成し遂げます。

『九州力作野菜』『九州力作果物』。九州在住の方ならもしかしたら目にしたことがあるかもしれないイオンで販売しているブランド食品が、高橋氏が生み出したイノベーションです。

味の素株式会社と野菜? 研究者がブランド食品? これだけだと何のことか分かりません。いったい何がイノベーションなのか? それは高橋氏の味の素株式会社に入社して以降の話をご覧になれば、徐々に理解していただけるでしょう。正解主義ではなく行動主義。実証主義と修正主義。徹底した行動とエコシステムを見すえる俯瞰性。軽妙にして爽やかな語り口が印象的だった高橋氏のイノベーションストーリー、是非ご覧ください。


アミノ酸製造過程からできる副産物
乾燥肥料化ではない別の処理法を

イオングループが2013 年10 月から九州で販売している『九州力作野菜』『九州力作果物』という農産物ブランドがある。アミノ酸発酵副生バイオマスを混合した堆肥を使用して栽培され、土にこだわった分だけ通常の野菜や果物より味がよい。

この説明だけを読めば、今流行のエコな農産物なんだな、というくらいの認識で終わってしまうだろう。ところが、話は簡単ではない。このブランドが立ち上がるまでにはさまざまな紆余曲折があった。文字通り、さまざまな関係者が集まって「力作」したブランドであり、質の高い農産物の生産流通以外の価値も生み出した物語がその背後にある。

物語の主人公は味の素株式会社の社員、高橋裕典氏である。

2000年4月に味の素株式会社に入り、川崎市にある発酵技術研究所で6年間、アミノ酸の発酵に関する基礎研究に従事する。サトウキビや芋を原料とした澱粉を分解し、できた糖液に菌を加えて発酵させるとアミノ酸ができる。そのプロセスをいかに効率化し、アミノ酸をより多く生成させられるかを研究していた。

2006年7月、佐賀市の九州事業所内にあるバイオ工業化センターに移り、発酵技術研究所におけるビーカーレベルでのアミノ酸発酵製造技術の効率化策を工場レベルまで引き上げる「スケールアップ」業務に従事。研究の成果を実地に試す仕事だ。

その仕事を5年強、続けた後、2011年7月に同じ事業所内にある新事業グループに異動する。高橋氏が振り返る。「入社以来ずっと研究業務に携わってきたので、事業に携わりたくなり、ちょうど異動希望を出していました。それがかなえられたので喜んだ半面、戸惑いもありました。九州事業所は調味料や甘味料の原料となるアミノ酸を生産する工場がメインです。その製造過程で、毎年数千トンも発生する副産物(発酵副生バイオマス)を使い、新事業を起こせ、というのが、私に与えられた課題だったのです。しかも2年間という期限つきでした」

アミノ酸製造の効率化促進から、アミノ酸製造に伴う副生物の処理ビジネスの立ち上げへ。扱うものはアミノ酸であっても、それまでとはまったく違う仕事だった。

社内で考えても策は出ない
オープン・イノベーションを志向

当の副産物は、酒粕に似た粘土状の物質で、水分を飛ばして固形肥料として活用されていた。水分を飛ばす際、大量の重油を燃やした熱風で乾燥させていたので、コストがかさみ、採算が合わなくなっていた。「バイオ工業化センターで研究業務に携わっているときから、副生バイオマスの存在は知っていました。工場内にかなりの蒸気を使っている設備があったからです。われわれの工場は環境に配慮し、ゼロエミッション(廃棄物ゼロ)を謳っているからこそ、乾燥させて肥料にしていたわけですが、重油の燃焼により大量の二酸化炭素を発生させるのは本末転倒じゃないか、と思っていました。まさかその処理が私に任されるとは」

できるだけコストをかけずに売却できる新しい販路を見つけるしかない。土壌改良材として農業に役立てられないか、粘結剤として工場で使えないか、いろいろ考えたが、結論は出ない。高橋氏は動いてみることにした。そうしないことには、副生バイオマスの存在が世間に知られることもないからだ。オープン・イノベーションを考えたのだ。

佐賀県庁、佐賀市役所、福岡県庁、福岡市役所、北九州市役所など、まず自治体から攻めた。展示会やメッセにも積極的に出展した。かつて通っていた慶應義塾大学ビジネススクール(地域起業家養成コース)時代のクラスメイトが経済産業省九州経済産業局にいて、北九州市で環境産業を創出する仕事に従事していた。その彼が、中小企業の環境ビジネス支援を目的とした産官学のネットワーク、九州地域環境・リサイクル産業交流プラザ(K-RIP)を紹介してくれた。

そこが主宰する会員向けの勉強会兼交流会「エコ塾」にまず聴講生として参加する。2012年1月のことだ。2月には会員となり、3月にはエコ塾で副生バイオマスの事例を発表する。それまでは想定もしなかった業種の企業が関心を寄せてくれた。事例発表のスライドをホームページに掲載してくれたので、発表当日は欠席した企業からも問い合わせが絶えなかった。

農家での実験で成果が出た
収量、糖度、うま味が向上

そうしたなか、いよいよ次のフェーズがやって来る。それはK-RIPのエコ塾で知り合った人物がもたらしてくれたものだった。

その人物とは福岡市に本社がある吉良セイショーという会社の社長、田中勝美氏である。「ナックス株式会社という野菜の仲卸業出身で、農業版ISOともいわれる農業生産工程管理(GAP)にも詳しく、農業指導もお手のものという非常にユニークな人物です。その田中さんが、これはやはり肥料に使うしかない、と力説したのですが、僕は実はそれは嫌だった。なぜなら、工業に使えばせいぜい数カ所に持ち込めば終わりですが、農業の場合、農家単位ですから、そうはいかないからです。しかも、自然の営みですから、結果が出るまで時間がかかります」

ただ、高橋氏がいくら言っても田中氏が首を縦に振らない。これは絶対、肥料向きだと。しかも、高橋氏が依頼もしないのに、営業活動にいつも同行してくれる。高橋氏はその熱意にほだされ、農業向けに大きく舵を切ると共に、田中氏と味の素株式会社とでコンサルタント契約も結んだ。

2012年春、田中氏の知り合いの農家、10軒で実験が始まった。土壌にバイオマスを入れた場合と入れなかった場合とで、出来上がった作物の味や収量にどんな違いが出てくるのかを調べる実験だ。いずれも田中氏と長年付き合いがある農家ばかり。彼に対する絶大な信頼がなかったら絶対できないことだった。

結果はどうだったか。2012年夏。収穫量、味共に顕著な効果が表れた。前者は平均で8%アップ、後者に至っては糖度が1ポイント上がった。うま味成分であるアミノ酸も増えている。これはすごい!

「ぜひ使ってください。普通の肥料よりも超格安です」と農家に告げると、意外な答えが返ってきた。
「う〜ん、やっぱり要らんわ」
「なぜですか」
「だって、普通の肥料は乾燥しているから機械で撒けるけど、湿っているから手で撒くしかない。一度、機械で撒いたら目詰まり起こしちゃったよ。手撒きは手間が馬鹿にならないからね。乾燥品ができたら、使ってあげるよ」

完敗だった。重油で乾燥させたものはすでにあるのだ。探索は振り出しに戻るかに見えた。

堆肥と混ぜることで
高品質の肥料が生まれた

農家10軒のうち、9軒が同じ反応だったが、残る1軒だけが違った。人参を作る農家で、土壌にバイオマスを入れたら柿と間違えるくらい糖度の高いものが穫れたから、次も使いたい、という。

「なぜまた使いたいんですか。手間じゃないんですか」と聞くと、まったく予想外の答えが返ってきた。

「いや、堆肥と混ぜたら水分が飛んで通常の肥料と同じく機械で撒けたんだよ」

堆肥は藁や落ち葉、動物の排泄物などを積み重ねておき、自然に発酵させて作る、いわば天然肥料だ。微生物が牛糞などの有機物を約3カ月かけて微生物の力で分解する。その過程で熱が出るのだ。人参農家いわく、堆肥の熱で副産物の水分が飛べばいい、という理由で、両者を混ぜたという。「堆肥と混ぜるなんて考えもつきませんでした。田中さんもその手があったかと驚いていました。実は、副生バイオマスの6〜7割が水なんです。実際、堆肥と混ぜるとその割合が3〜4割に下がると共に、堆肥にアミノ酸が混じることで質が上がることも後に判明しました」

そこから、第3フェーズ、つまり堆肥探しの旅が始まった。

各農家に副生バイオマスを配布するのではあまりに効率が悪い。一定以上の規模の堆肥化施設を持つ農家と提携しなければ。探していくと、そういう畜産農家がいくつも手を挙げてくれた。これで、副生バイオマスの行く先が決まった。あとは、そこから生まれてくる肥料の行く先を探さなければならない。田中氏の伝手を辿り、農家にお願いに行く。すると、いくつもの農家が異口同音にこう言う。「できた野菜の売り先を見つけてくれたら、肥料を買ってあげるよ」

工場から畜産農家、栽培農家、そして小売。高橋氏の旅は思いがけない場所まで広がった。会社のホワイトボードの自分の行き先を書く欄に、生協とかスーパーと記すと、社内からは、お前、いったい何やっているんだ、という不思議な目で見られた。

イオン九州と味の素株式会社の提携が実現
佐賀市とも連携して新肥料を販売

小売の筆頭に挙がったのがイオン九州株式会社だった。田中氏が野菜を卸していたので、伝手があったのだ。

対応に当たったイオン産地開発部の福山氏が、環境と健康に配慮した製品ブランド「トップバリュ グリーンアイ」立ち上げのメンバーで、田中氏もそのプロジェクトに携わっていたこともあり、とんとん拍子で話が進んだ。味の素株式会社製品の販売を手掛ける味の素株式会社九州支社もトップ同士の会談を設定して協力した。最終的にイオン九州と味の素株式会社の提携が実現、うま味向上の試験データもあり、九州の農業を元気にするために関係者全員でプロジェクトを「力作する」という意味を込めて、ブランド化も実現した。それが、新ブランド『九州力作野菜』と同果物なのだ。もちろん、『トップバリュ グリーンアイ』のブランドもついている。イオンが10年以上手がけて培ってきた体へのすこやかさと自然環境へのやさしさに配慮した安心・安全のブランドに、「エコでおいしい」のマリアージュが実現したのだ。

2013年10月から、『九州力作野菜』の販売が始まる。最初の出荷物は白菜だった(現在は20 種類以上)。高橋氏が走り出してから2年ちょっと、工場から小売まで、長い輪がとうとう繋がった。「しかも、味の素株式会社の販売ビジネスにもきちんとリンクしています。例えば、イオンのスーパーで、九州力作野菜と味の素株式会社のだしをセットにして売ることができるんです。この野菜にも味の素株式会社は関係している。その野菜のうま味をしっかり引き出してくれるのが、このだしですよと」

この「力作」プロジェクトとは別に、高橋氏は佐賀市とのプロジェクトも同時に走らせていた。同市の下水浄化センターは堆肥化施設をもっており、下水処理の際に発生する汚泥を肥料化していた。この肥料に例の副生バイオマスを混ぜたところ、臭気が減ったばかりか、アミノ酸成分が増すなど、肥料の質が向上。そこで、市内の農家に安価で高機能の新肥料が供給されることになったのだ。

高橋氏の奮闘により、アミノ酸という資源に関する長いバリューチェーンがみごとに出来上がった。おかげで重油の消費が減り、二酸化炭素の発生量も抑えられた。何より、おいしくて安全、安心な農作物ができた。それは食べる人間を元気にする。つまり、味の素株式会社単体の利益に留まらない社会的イノベーションが形になったのだ。

農作物から生まれたアミノ酸が再び自然な形で農作物に還っていく。アミノ酸にもし言葉があれば、今までこんがらがっていた俺の辿るべき道がようやく整備されたわい、と安堵のため息をついているような気がしてならない。

総括

高橋氏のイノベーション創出ストーリー、いかがでしたか?
いつものようにイノベーション研究モデルを踏まえながら高橋氏のイノベーションを振り返ります。

高橋氏が実現したのは、社会的イノベーションのエコシステムそのものです。イノベーション研究モデルのすべての領域を網羅しているといってもいい(図表01参照)。

自社のみで解決できそうにない副生バイオマスの処理に関して、先ずオープン・イノベーションで外と繋がります。そして、田中氏という同志を得て、思いつく・磨く領域を農家と共に走ります。その結果、バリューチェーンの連鎖を起こし、最終的に自社、畜産家や下水処理場、野菜や果物の生産農家、イオンなどの流通・小売企業、そして生産物を実際に口にする消費者を繋いでいくのです。

克目すべきはその行動力と実証主義・修正主義ともいえる取り組みです。行動はあくまでも素早く、集中的に。実証しながら、適宜修正をかけていく。この繰り返しのなかから大きな価値の連鎖を創り出します。

それでは、さっそく、高橋氏の行動を振り返っていきましょう。

図表01 イノベーション研究モデル

正解主義ではなく行動主義
動くことで価値の繋がりが生まれる

高橋氏は研究者です。大学時代の研究実績を活かし、味の素株式会社に入社します。そして、アミノ酸の効率化促進に関する研究開発を11年強続けています。ところが、2011年に異動した先のミッションはアミノ酸製造に伴う副産物の処理ビジネスの立ち上げ。研究開発からビジネスプロデュースへと仕事の内容が大きく変わります。

研究者特有の思考実験を繰り返した後、高橋氏がほどなく出した結論は、【動いてみる】ということでした。今までに実現できなかったことをやるのであれば、現状に正解はない。正解を導き出すために、まず動こうというのです。
主に初等教育の場面で、「この問題、分かる人?」という教師からの問いをよくききます。皆さんも保護者参観日などで学校に行った際に、ごく普通に耳にしたことがあると思います。この問いは、正解があるからこそ活きるものです。

高橋氏が置かれた状況は真逆です。現状は、副生バイオマスは重油で燃やされて、大量の二酸化炭素を発生させていました。ゼロエミッションとは到底いえない。その処理が高橋氏のミッションになったのです。この正解のないことを成し遂げるために、高橋氏がとった方法は、正解主義からの脱却でした。とにかく動く。動いて現地・現物・現場を見て、感じる。相手と話し、胸襟を開き・開かれ、対話を繰り返す。その対象は広く深いものでした。地方自治体から始まり、アカデミズム、実業家、農家、畜産家、小売・流通、消費者、そして味の素株式会社自体の関係組織などに及びます。

正解主義を行動で打破していくと、前例が覆ってきます。そして、ある種の偶然も重なり、副生バイオマスの処理が『九州力作野菜』『九州力作果物』という大きなバリューチェーンに連なっていくのです。

動くことで自分と相手が開いていく。高橋氏は徹底した行動主義ともいうべき主体的行動で、相手との価値の繋がりを作っていったのです。

三方一両得ではなく、全部一両得
循環型のエコシステムを創りあげる

高橋氏の副生バイオマス処理の仕事は、壮大な価値の繋がりを生み出しています。では、なぜこのようなことができたのでしょうか?

価値の提供を実証的に行っていくと、提供相手の現実に直面します。農家には副生バイオマスは乾燥していないと機械で撒けない、という現実がありました。野菜の売り先を一緒に考えてほしいという強い要望を知ることにもなりました。畜産家は堆肥の有効な処理に困っていました。小売企業は安全・安心な食物を提供する責任や、トレーサビリティへの対応が求められていました。味の素株式会社は、『明日のもと』というコーポレートブランドをさらに強固なものにしないといけません。消費者はおいしくて安全・安心な食物を口にすることを願っています。

関係する人たちを繋ぐためには、価値の提供先の本音を引き出し、顧客の顧客をも見すえることが必要です。高橋氏は行動的かつ丁寧に、相手と繋がっていきます。線形の価値の移転のみを考えていたら、この仕組みは出来上がっていなかったでしょう。

そして、高橋氏は実現します。農家は安い値段で高品質な肥料を手に入れて、おいしい作物を作り、高い付加価値をつけて売ることができる。畜産家などは堆肥の処理の効率を高め、収益をあげることができる。小売企業は自社商品の差別化や販売向上、ブランドアップを果たすことができる。消費者はおいしくて安全な食物を口にすることができる。そして、味の素株式会社もゼロエミッションを加速させると共に、既存の商品の販売向上を果たす。三方一両得どころか、全部一両得ともいえる、正に副生バイオマスを柱にした究極のエコシステムを創りあげていったのです。

【総括(文):井上功 /インタビュー(文):荻野進介】

PROFILE

高橋 裕典(たかはし ゆうすけ)氏
1976年、広島県竹原市出身。味の素株式会社勤務 東京工業大学生命理工学研究科、一橋大学大学院国際企業戦略研究科修了、農業版経営管理士(佐賀大学)、中小企業診断士、。趣味はアメリカンフットボール(佐賀大学アメフト部元ヘッドコーチ兼監督)とまちおこし(「佐賀市はシシリアンライスでどっとこむ」初代シシリアンプリンス)。好きな言葉は「向き不向きよりも前向き」。

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