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インタビュー

イノベーション研究 第40回 トレーフル・プリュス

西から吹いてきた医療維新の風

  • 公開日:2016/03/23
  • 更新日:2024/03/31
西から吹いてきた医療維新の風

本研究では、組織の中でのイノベーション創出のヒントを得るために、イノベーターの方々にインタビューを実施しています。

第40回は、トレーフル・プリュスという健康増進施設の館長であり医師の沼田光生氏にご登場いただきます。沼田医師は山口大学医学部を卒業後、大阪大学医学部附属病院特殊救急部、阪和記念病院を経て地元周南市に戻ってきます。そこで予防医療に注目するのです。今でこそ、予防医療ということは普通に語られていますが、当時は予防という概念は医療分野にはありませんでした。沼田氏は中医学や漢方医学を学び、独自の方法で予防医療を進めていきます。その行動は大胆で独創的です。

それでは、さっそく沼田氏のイノベーション創出ストーリーをご覧ください。

最先端の検査が受けられる 「遊びに行ける診療所」
脳外科は手術しても完治しない 関心は治療ではなく予防へ
針一本で難病が治る! 自分でもやってみたらできた
予防医療の伝道師 健康増進マイスター
総括

山口県周南市の住宅街の道路に面して、黒い鉄骨にガラス張りの瀟洒な3階建てのビルが立つ。健康増進施設のトレーフル・プリュスだ。1階にカフェと鍼灸接骨院、2階にトレーニングスタジオと診療所、3階に心理カウンセリングルームも兼ねた多目的ルームがある。できたのは2011年8月のことだ。

トレーフルとはラテン語で三つ葉のこと。プリュスとは「プラス」という意味だ。3つに1つを足して、幸福のシンボルである四つ葉のクローバーになるというわけだ。

精神と血流と栄養と 予防医療「三本の矢」

その3つとは何か。トレーフル・プリュスの館長を務める医師、沼田光生氏が話す。「健康は精神と血流、栄養の三要素から成り立っています。それぞれを良い状態に保つことで健康が維持されるのです。それらを良い状態に保つポイントが『ニコニコ・テクテク・カムカム』で、その順番に重要なのです」

ニコニコとは笑顔を意味する。テクテクとは「てくてく歩く」で、運動を示す。カムカムは噛むこと、すなわち食事を暗示した言葉だ。笑顔を心がけて精神的なストレスをなくし、日頃から欠かさず運動を行い、栄養バランスの良い食事を毎回しっかり噛んで味わう。

ニコ・テク・カムには、この3つが揃えば病気知らずの健康体で日々暮らせるというメッセージが込められている。「われわれが行っているのは予防医療です。精神的ストレスの軽減から始まって、運動や食事で生活習慣の改善を行い、病気にかかりにくい身体を作ります。それは病気になってしまった人向けにも大きな効果があります。1階のカフェで良い食事をとり、あるいは痛みを和らげるために鍼や灸を受け、2階のスタジオで運動不足を解消してもらい、3階では個人向け心理カウンセリングやメンタルマネジメントの勉強会が受けられます。それを統合するのが、私が院長を務める2階にある海風診療所です。女性が来やすい美容外来も備えています。最後のプリュスになるのが、医療というわけです」

最先端の検査が受けられる 「遊びに行ける診療所」

施設の核となる海風診療所を訪れる人の9割が、保険外の診療(自由診療)を希望する患者さんである。病気からの根本治療を希望する患者さんや予防医療を希望する患者さんが主体である。近隣の住民がほとんどだが、遠方の県内、そして東京や大阪、名古屋、広島から訪れる人も多い。

コンセプトが「遊びに行ける診療所」。実際、診療所の内部も木をふんだんに使った落ち着いたつくりで、病院らしからぬ雰囲気だ。自由診療を受ける場合、最初に医療カウンセリングを受けてから、必要な検査を受ける。精神(ニコニコ)面では自律神経の機能とバランスを分析する検査、運動(テクテク)面では部位別の筋肉や脂肪の量を測る検査や動脈硬化測定検査、栄養(カムカム)面では分子整合栄養医学的血液検査(通常の検査に加え、不足しているビタミンやミネラル、栄養分の消化吸収状況が分かる)である。こうした最先端の検査が、予防医療の根底にあるわけだ。これらをすべて受けたうえで診察してもらうと3万円ほどかかる。

検査結果に応じ、精神面を改善する場合は心理カウンセリングや自律神経免疫療法、鍼灸療法、脳幹療法など、運動面の改善では加圧トレーニング、運動指導、血流改善のための点滴、温熱療法など、栄養面では食事指導、漢方薬やサプリメントの処方、ビタミン点滴を受けることになる。「外来で通ってくる人の多くががん患者です。がんの原因に多く関係しているのは仕事のストレスや家族の死など、精神的なストレスです。それが自律神経の働きを乱し、結果、免疫力が低下しがんの発症につながるのです。がんに限らず、病気からの根本治療や予防医療には、こうした心のケアの役割が非常に大きい」(原田恭子氏 海風診療所看護師長、トレーフル・プリュス ゼネラルマネージャー)

脳外科は手術しても完治しない 関心は治療ではなく予防へ

沼田氏は地元の周南市育ちだ。祖母の口癖が「医者になれ」だった。「医者にしようと思って育てた長男を戦争で亡くしたため、孫にその夢を託したのです。孫全員にそう言っていたのですが、僕が唯一、ばあさんの夢を叶えた形になりました」

山口大学医学部を卒業し、大阪大学医学部附属病院特殊救急部に研修医として勤務する。救急医療には専門分野がない。2年目、指導教授から「最低一つは自分の得意な分野をもっておけ」と言われ、当時、最も人気のなかった脳外科に行くことになり、最初に赴任したのが大阪市内にある阪和記念病院である。「そこが運命の別れ道でした。脳外科はいくら手術が成功しても、患者に後遺症が残る場合がありますし、植物状態になってしまうこともある。大きな後遺症を残したため、退院して帰る後ろ姿がすごく悲しげというケースもよくあり、手術が成功すれば病気が完治する場合が多い消化器外科とは大違いなのです。一生懸命患者さんのために治療を施していたにも関わらず、十分なやりがいが感じられませんでした」
沼田氏の関心は病気の予防に向かう。脳出血、脳梗塞をおこさせないためにはどうしたらいいのか。当時は予防医療という言葉すらなく、養生という概念がある中医学や漢方医学を学ぶしかなかった。「健康を白、病気を黒とすると、西洋医学は黒を定義し、治そうとするんです。でも、白黒が判然としないグレーゾーンの大きな慢性疾患がはびこっているのが現代です。黒になって治療が始まるのでは遅くて、グレーの人が黒にならないうちに白に戻してあげないと。そのためには、心と運動、食事が重要であることはその頃から分かっていました」

針一本で難病が治る! 自分でもやってみたらできた

大阪で5年間ほど脳外科医として働き、周南市に帰郷。父親の知人だった地元クリニックの院長に請われ、勤務医となる。やっと予防医療が実践できる! 目の前の病気だけに対処するのではなく、食事や運動指導まで行うと、親切な先生だと評判になり、患者がどんどんついた。

ここでまた転機が訪れる。「針一本で治療する福田先生という方が新潟にいると聞き、そこへ見学に行ったのです。アトピーで皮膚がどろどろになった患者の身体に針を指していました。血があちこちからダラダラ出て、患者は痛がっていました。こんな手荒い治療で治るのか、半信半疑でしたが、1カ月後、送られてきた写真を見てびっくりしました。きれいさっぱりアトピーが消えていたのです」

針一本で治すその医療は、自律神経免疫療法と呼ばれていた。自律神経のバランスが崩れると免疫力が低下して病気になり、逆に自律神経のバランスを整えると免疫力が高まって病気が治る、という理論が下敷きになっている。針で治す医師が福田稔氏、その実践を理論で裏付けしたのが元新潟大学医学部教授の安保徹氏だったため、「福田―安保理論」と呼ばれる。

沼田氏は見学に行っただけで、実践しようとは夢にも思わなかったが、その理論を紹介する本を出していた東京の出版社から、「先生もやってください」と懇願され、「実践医療機関リスト」に掲載されることに。どうせ田舎だから患者さんは来ないだろうと高を括っていたら、押し寄せてきた。「仕方なく見よう見まねで治療をやってみたら、良くなったんです。大学病院もお手上げの難病患者さえころりと治りました。僕も驚きました」

2005年5月、保険外医療という“異端”の針療法を極めるべく、クリニックを退職し、実家の一階を改築して診療所を立ち上げる。それが海風診療所だ。しばらくは一人で切り盛りしていたが、患者が増えると共にスタッフも充実していった。2011年、以前は大手住宅メーカーの支社だった物件が安く借りられるようになったため、やりたかった予防医療を本格的に行うトレーフル・プリュスを創設したのである。

予防医療の伝道師 健康増進マイスター

それから4年あまりが経つ。その間、最も苦労したのが一般の人も入れる1階のカフェ運営だった。

健康にこだわった食事を出すと、食材がどうしても高くついてしまう。予防医療を本格的に語れるよう、スタッフ教育にも力を入れ、しかも数多くカフェに配置した。結果は大赤字だった。「3年目に方針を変えました。野菜も完全な無農薬にはこだわらない。その代わり、ミネラル水でしっかり水洗いする。スタッフにはカフェ内での接客に注力してもらい、予防医療に関する情報が欲しいお客様は看護師が降りてきて、上(診療所)にお連れすればよいと。スタッフ間の連携を高めたわけです」(原田氏)

トレーフル・プリュスが施設運営以外に今力を入れているのが、「健康増進マイスター養成講座」だ。健康増進マイスターとは、一般社団法人健康増進マイスター協会が認定する資格で、「予防医療の知識を持ち、医療チームと連携しながら、健康増進の輪を広げていく人材」をいう。いわば予防医療の伝道師だ。
予防医療の知識を得る第一ステージ、前述した各種検査で自分の心身の状態を知る第二ステージ、予防医療を実践する第三ステージ、それを指導する第四ステージという4段階を4日間で学習する。最後に試験があり、合格すると認定証書が授与される。「この講座は対象を一般人に想定していたのですが、医師や歯科医師、健康食品を販売している会社に勤めている人など、仕事に直接関係がある人の受講が目立っています。この講座を、産業医の協力を得て、今後は企業に広めたい。産業医は予防医療の実践者であるべきです。各企業の人事部に健康増進マイスターが必ずいるという状態にしたい」(沼田氏)

今後の日本に間違いなく必要なこうした動きが、なぜ東京から生まれないのか。歴史を紐解けば新しい動きは周縁から生まれる。かつての明治維新がそうであったように。予防医療という維新が、再び長州・山口から広がろうとしている。

総括

沼田氏のイノベーションストーリー、いかがでしたか? 山口県周南市でおきている予防医療の革新。ダイナミックだったと思います。それではさっそく、沼田氏の行動を振り返っていきましょう。

国家財政状況を踏まえると
医療費軽減は急務

日本全体の1年間の医療費をご存じでしょうか? 厚生労働省によると、2013年度の国民医療費(確定値)は前年度比2.2%増の40兆610億円であり、初めて40兆円の大台を突破しています。40兆円という数字がどのくらいのものなのかは分かりにくいと思いますが、年間の一般会計の国家予算が概ね90兆円強なので、約半分が医療費ということになります。人口減少に歯止めがかからないなか、税収が飛躍的に増える可能性が低い状況で、由々しき事態であることには間違いない。この状況に、国が手をこまねいているわけではありません。健康寿命延伸事業をはじめとする、さまざまな、いわば国民が健康になることを促す施策を実施しています。

一方、医師の役割とはなんでしょうか? 医師とは、「医療および保健指導を司る医療従事者。医学に基く傷病の予防、診療および公衆衛生の普及を責務とする」といった定義があり、医師免許を取得して初めて医師と呼ばれ、自由診療(保険外診療)を行うことができます。さらに、保険医の認定を得れば保険診療を行うことができるのです。日本の健康保険制度は国民皆保険であるため、必然的に医師の大半は保険医となり、保険者が決めたルール(保険適用)のなかで診断・治療を行っています。診断・治療行為につけられた点数を基にして、医師には報酬が支払われることになっています。病気を治すことが医師の仕事、といっていいでしょう。

現実的にはほぼあり得ない話ですが、日本国民が全員健康になったら医師はどうなるのか? 日本の医師の人数はおよそ30万人。健康な人ばかりならば、診断や治療といった行為は不要となります。そうなると、医療費はゼロとなり、国民の負担は軽減されますが、30万人の医師の仕事もなくなることになります。

予防医療に注目
自らの対抗軸を作る

沼田医師は山口大学医学部、大阪大学医学部附属病院特殊救急部、阪和記念病院、大阪脳神経外科病院を経て地元周南市に戻って勤務医となっています。そこで実践したのが予防医療。この予防医療という言葉は、言葉自体が自己矛盾を抱えているようにも映ります。予防という概念は治療を受けないようにすることであり、医療は治療を伴う行為ともいえます。

沼田氏は、養生という概念をもつ中医学や漢方医学に注目し、白黒つけるのではなく、グレーの状態、つまり未病の状況にある人を白に戻していくことに注力を入れ始めます。このことは、自らの対抗軸を自ら作る、ということにも繋がります。未病の人がどんどん健康になることで、診断や治療が必要でなくなるのです。

第12回のインタビューでご登場頂いたライオン株式会社の竹森氏のイノベーションを想起させます。竹森氏は、『ルック おふろの防カビくん煙剤』という商品を開発しています。風呂のなかでバルサンのように煙を燻すと、その後3カ月はカビが生えないというものです。この商品が普及し切ると、ルックに代表されるライオンのカビ取り商品が売れなくなるのは自明です。それは、自らの対抗軸を自らが作った、といっても過言ではありません。

沼田氏は、医療分野で自ら対抗軸を作ることで、イノベーションをおこしているといえるのです。

普及してこそイノベーション
日本を健康国家に

沼田氏は、自らの予防医療を普及させるべく動きます。この研究インタビューでのイノベーションの定義は、『経済成果をもたらす革新』です。革新が普及してくると、経済成果が得られ、それが持続可能になっていくのです。予防医療を普及させるために、沼田氏は「健康増進マイスター」という認定資格に注力しています。予防医療の知識をもち、健康増進の輪を広げる人材を増やそうというのです。それは、健康増進の伝道師といってもいい。伝道師が日本中に広がり、健康増進が促され、日本が健康国家になっていくのです。沼田氏にはそのシナリオが描けていて、日本の未来が見えているに違いありません。

(総括(文):井上功 /インタビュー(文):荻野進介)

PROFILE

沼田 光生(ぬまた みつお)氏

沼田 光生(ぬまた みつお)氏

昭和39年生まれ、山口県出身。平成2年山口大学医学部卒業後、大阪大学医学部付属病院・特殊救急部、平成3年阪和記念病院・脳神経外科、平成5年財団法人大阪脳神経外科病院勤務を経て、平成7年同志の複数の医師とともに、「21世紀の医療・医学を考える会」を設立(平成15年にNPOへ)。平成13年「21世紀の医療・医学を考える会」の活動のひとつとして、インターネット上でガン患者のサポートを行う「e‐クリニック」を設立。平成15年 山口県周南市築港町に海風診療所を開業。平成23年 周南市梅園町に予防医療の総合施設「トレーフル・プリュス」を開業(海風診療所は施設内に移転)。主な著書に、「脳幹マッサージ」「生体ミネラルが生命の核をつくる!」「首を温める」と万病が治る」など。

執筆者

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井上 功

1986年(株)リクルート入社、企業の採用支援、組織活性化業務に従事。
2001年、HCソリューショングループの立ち上げを実施。以来11年間、(株)リクルートで人と組織の領域のコンサルティングに携わる。
2012年より(株)リクルートマネジメントソリューションズに出向・転籍。2022年より現職。イノベーション支援領域では、イノベーション人材開発、組織開発、新規事業提案制度策定等に取り組む。近年は、異業種協働型の次世代リーダー開発基盤≪Jammin’≫を開発・運営し、フラッグシップ企業の人材開発とネットワーク化を行なう。

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