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インタビュー

イノベーション研究 第13回 アイスタイル

ベンチャーを脱する脱常識のマネジメント

  • 公開日:2014/01/22
  • 更新日:2024/03/31
ベンチャーを脱する脱常識のマネジメント

本研究では、組織の中でのイノベーション創出のヒントを得るために、イノベーターの方々にインタビューを実施しています。

第13回は、東証一部上場企業の社長にご登場頂きます。アイスタイルの吉松徹郎氏です。アイスタイルは設立15年の間に、東証マザーズを経て東京証券取引所一部に上場を果たしました。その意味で、成熟した企業ということができます。では、ベンチャービジネスではないのか、と問われるとその答えに悩みます。【創造力・開発力をもとに、新製品・新技術や新しい業態などの新機軸を実施するために創設される中小企業】。広辞苑にあるベンチャービジネスの説明です。アイスタイルはこの15年で新機軸を社会に打ち立てた会社です。まさにベンチャーといっていい。ただ、新機軸はいつしか成熟します。普及が進むにつれ、新しいことは陳腐化していきます。

吉松氏は、クチコミサイト「@cosme」を核とした事業を実施しながら、新しい機軸を打ち立てるべく経営を推進しています。成熟企業でありながら、ベンチャー。起業家と事業家。効率と混沌。これらが吉松氏のインタビューにおけるキーワードでしょう。それは、「組織の中でのイノベーション創出」研究にとって、思索を深めるきっかけでもありました。それでは、さっそく吉松氏に語って頂きましょう。

どんな企業も最初はベンチャーだ
起業家から事業家へ
必要なのは起業家ではなく経営者
「それを知ってどうするんですか」
理想は「白線のマネジメント」
経営はアシモに学べ
アイスタイルの目指すもの
総括

どんな企業も最初はベンチャーだ

大企業からのスピンアウト組を除けば、どんな企業も最初はベンチャービジネスの形をとる。ソニーしかり、楽天しかり、グーグルしかりである。

危険を顧みず行う冒険的な事業、それがベンチャービジネスである。広辞苑には、ベンチャービジネスの説明に、「創造力・開発力をもとに、新製品・新技術や新しい業態などの新機軸を実施するために創設される中小企業」とある。

そうやってスタートした企業がいつから「ベンチャー」と呼称されなくなるのか。これはケースによってさまざまだろう。例えば、上場による株式公開を果たせばそうではなくなるかもしれないし、従業員や売上規模が相当ある「大企業」にまでならなければ、という考え方もあるかもしれない。

日本で最も人気のある化粧品のクチコミサイト「@cosme (アットコスメ)」を運営するアイスタイルの場合はどうか。

1999年7月、3人のメンバーで有限会社の形で創業。文字通りのベンチャーであった。当時、化粧品のクチコミサイトは他になく、ユーザー数は右肩上がりで伸びていった。資金繰りの悪化など、ベンチャーにつきものの危機も何度かあったが、無事に乗り越え、2012年3月には東証マザーズに上場、同年11月には東証一部に市場変更している。

起業家から事業家へ

アイスタイルはまだベンチャーなのか、それとも成熟した一企業なのか。微妙なところだろう。同社社長、吉松徹郎氏もそのことを認めている風だ。本人が話す。「当社の事業はまだアットコスメを主体にした“一本足”にとどまっています。化粧品を扱う通販事業、および同じく化粧品の実店舗事業、それに美容サロン関連のサイト運営事業、そして、アットコスメのアジア展開と、次につながりそうな小さな“足”は出てきていますが、まだ頼りない。しかも当社の売上はまだ100億円に満たない状態です。関連子会社も7つしかない。企業価値1000億円になって証券会社の専門アナリストがつくといいますから、1桁足りないわけです」

吉松氏の見るところ、同じネット企業でいえば、楽天、サイバーエージェント、GMOインターネットなどの会社は一本足、すなわち冒険段階のベンチャー企業から脱し、成熟した企業の域に達している。「楽天は扱っている品目やサービスの数が多く、売上げ大きい。サイバーエージェントは広告事業からスタートし、ブログサイトのアメーバ事業、そしてゲーム事業と順調に事業領域を広げてきました。GMOインターネットはそれぞれの規模は小さいのですが、GMOを冠した子会社が50社近くあるんです。これらを率いる3人の社長は、起業家というより事業家だと思います」

起業家から事業家へ

吉松氏もその事業家を目指しているのだろう。

そのために、どうやったら一本足から移行できるのか。既存事業とシナジー効果が出そうな事業を外から買う、というのも有用な選択肢だ。現にアイスタイルの場合、美容サロン関連のサイト、アイスポットは2012年7月に買収しグループ傘下に収めたものだ。が、いつでもふさわしい案件があるわけではない。組織の中からイノベーションを起こし、新たな事業につなげていく努力を忘れるわけにはいかない。

必要なのは起業家ではなく経営者

だとすると、一本足を脱するために、社内起業家をたくさん作りださなければならないということだろうか。吉松氏に尋ねると、意外な答えが返ってきた。「必要なのは起業家より経営者です。今の日本は起業のハードルが下がってきているので、ある人が考えついたネタが社内で認められなかった場合、退社してしまうかもしれない。会社の中で起業家を育てるのはそういうリスクがあるのです。もちろん、経営者にも起業家的素養が必要で、それがない人はただの事業部長です。経営者の仕事は、そうした起業家的素養を発揮しながら、組織を動かし、数字を達成すること。そういう経営者を育てて、しかるべき機会に抜擢し、例えば子会社の社長にする。資本関係もこちらが50%未満でもいいですし、人事も何も全部任せる。最終的に資本を入れてもいい。彼らが仕事をしやすい環境を、そうやって作っていけば会社は自然に成長するし、もう一本の足が育ってくるのではないでしょうか」

そう考えるきっかけがあった。「創業当初、社員が入社するとき、彼らはビジョンだけではなく『吉松を助けてやろう』という気持ちをもって来てくれている部分もあったと思います。その後、起業する環境が会社にあるからこそ、やはり起業したいという声も聞くようになった。そのとき、起業ではなくて、あくまで会社の中で会社のリソースを使ってできないのだろうか?と。会社に残ってやるために、彼らがやりにくいことをひたすら取り除いていくことが重要なのだと思いました。」

「それを知ってどうするんですか」

それから吉松氏は変わったのだろう。

最近こんなことがあった。グループ全体の経営会議でのできごとである。子会社のある事情について、吉松氏がそのトップに質問を投げかけた。それを聞いた他のメンバーが吉松氏にこう尋ねた。「それを知ってどうするんですか」と。吉松氏が言う。「ぐっとつまりました。僕は社長ではないから、確かにそんな細かいことまで把握しておく必要はないし、僕が逆の立場だったら、結局、自分を信頼して任せてくれないのか、と面白くないはずです。僕も時々、子会社のマネジメントを見ていますが、それをいちいち全体のグループ会議にあげるのが面倒くさくて仕方ありません(笑)」

社長に向かって、「それを知ってどうするんですか」と言えるメンバーの度胸も大したものだが、そう言われても立腹せず、その通り、と引き下がる吉松氏の度量の広さも特筆すべきだ。

理想は「白線のマネジメント」

そんな吉松氏が人から教えられ、気に入っている言葉がある。「白線のマネジメント」である。

だだっ広い土地にたくさんの人がいる。目印も何もないので、人々はあちこちに無秩序に散らばっている。ところが真ん中あたりに白線で白い円が描かれると、誰に命じられたわけでもないのに、皆が白い円の近くに集まってくる。ある人が白線に沿って歩き始めると、あら不思議、その後に続く人ができ、最後はほぼ全員が列をつくって、白線をなぞって歩く――。「これがマネジメントの理想だと思う。これが1本の線ではなく平行した2本の線で、その線の中、要は道を作ってその道の中を歩けというと、皆歩きたくなくなる。うるさいことを言わずにただ1本の線を引いておくだけ。企業の場合、自分たちのビジョンがその白線になるのが理想です。アイスタイルのビジョンは『生活者中心の市場創造』。そう、われわれは化粧品だけにこだわっているわけではなくて、このビジョンに合致するものなら、何でもやれるんです」

経営はアシモに学べ

吉松氏はこうも言う、組織は不安定なほうがいい、と。

ホンダのアシモに代表される二足歩行の人型ロボットがある。なぜ人間のように歩けるのかというと、上半身に秘密がある。不安定なのだ。当然、倒れそうになる。そうすると倒れないために、どちらかの足が出る。今度はもう一方に身体がかしぐ。そうすると片方の足が出る。そうやって前に進んでいく。「最初からバランスを取って歩かせようとしたら、うまく行かなかったそうです。発想を変えて、頭を常時、前に出し不安定な状況にしておき、その状態を安定化させるというアプローチに変えた途端、プログラムもシンプルになり、うまく歩けるようになった。組織も同じです。不安定な状態にしておくと、自然に安定させようと、何かが動いたり、生まれたりする。不安定であり続けるためには、頭が前に出なければならない。頭は僕です。社長の僕が常に前のめりになっていなければならないのでしょう」

アイスタイルの目指すもの

ここまでをまとめてみる。

吉松氏が志向しているのは、一人の強力なリーダーをトップに戴く上意下達の官僚型組織ではなく、複数のリーダーが自由闊達に動くフラット組織であることは間違いない。

そう考えると、3つの話が実によく符合するのだ。最低限の枠のみがある自由なフィールドに、起業家的要素をもった経営者が切磋琢磨し、全体はいつも不安定で混沌としており、だからこそ安定を求めて動き続けている――。

上意下達で有無を言わさず発破をかけるやり方に比べ、随分効率が悪そうだが、最後は兎が亀に負けるという話もあるではないか。

別の“足”を生み出す舞台装置と方法論は整いつつある。あとは種が芽を吹き、花が咲き、実がなるのを待つだけだ。

総括

吉松氏の新機軸を創りつづける経営のストーリー、いかがでしたか。

いつものようにイノベーション研究モデルに則って、幾つかの観点で話を振り返ってみたいと思います(図表01参照)。

今回注目する領域は、【イノベーション戦略】に尽きると思います。ただしそれは、必ずしも、【イノベーション戦略】ではないのかもしれません。経営戦略そのものともいえるものです。そのあたりを少し分解していきます。

図表01 イノベーション研究モデル

図表01 イノベーション研究モデル

枠組みはある
あとは任せる

弊社では、売上が兆円規模の大手企業や設立十数年のベンチャービジネスから、相当数のビジョン、ミッション、バリュー策定の相談を受けています。また、実際に策定や浸透のコンサルティングを受諾しています。ビジョンを基に、自事業の何かしらのフェアウェイを決めたい。ミッションを軸に、自社の存在意義を再定義したい。バリューを踏まえ、社員の行動規範を決めて、効率的に事業推進したい。このような話は枚挙に暇がありません。

吉松氏も同様です。「アイスタイルの『生活者中心の市場創造』というビジョンが、白線のマネジメントの白線になるのが理想だ」と話しています。しかし、「ビジョンに合致しているものであれば、何でもやれる」とはっきり話す経営者は、この種の仕事を数多く受諾している我々も殆ど聞いたことがありません。ましてや、『生活者中心の市場創造』という非常に包含的なビジョンの範囲内でなら「何をやってもいい」と、代表取締役自らが明言することは稀といってもいいでしょう。

そして、吉松氏は経営を完全に任せるのです。エンパワメントとは権限委譲と訳して差し支えないですが、「個人や集団が自らの生活への統御感を獲得し、組織的、社会的、構造に外郭的な影響を与えるようになること」、という、その根底のそして真の権限委譲を、アイスタイルでは実践しているのです。

こう書くとごく簡単に思えますが、実現は非常に難しい。任せる側は好き勝手なことをされると非常に不安になるでしょう。任される側はそれだけ責任を果たさないといけません。数々の危機や上場を経て得られた信頼関係があってこそ、このエンパワメントが実現しているといえます。それは、当事者でない我々が言葉にすることなどできない、深い絆のなせる業なのかもしれません。

必要なのは経営者
その真の意味は

では、経営者に求められることは一体何でしょうか? 吉松氏は、経営者にも起業家的素養が必要と語っています。また、起業家的素養がない人はただの事業部長、とも話しています。事業部長と経営者では何が異なるのでしょうか?

ドラッカーは、経営者の仕事をイノベーションとマーケティングの2つだけ、と喝破しています。イノベーションには、さまざまな定義あり、この企画の中での定義は、『経済成果をもたらす革新』です。新しい何か、だけではなく、経済的価値を生むものだけでもない。革新的な事象が経済成果をもたらすこと、と定義しています。マーケティングとは、その言葉通りに捉えると、市場を創造すること、つまり顧客を創ることです。経営者は、経済成果をもたらす革新を常に醸成しつつ、既存や新規事業を問わず市場や顧客を創り続けていく存在です。

一方事業部長はどうでしょうか? 事業部長には、○○事業という与えられた範囲があります。その範囲の中で、組織を動かし、数字を達成しないといけません。その意味で、経営者より、より○○事業にコミットせざるを得ない。ドラッカーのいう経営者の2つの仕事のうち、マーケティングに特化した仕事をする人が事業部長といってもいいでしょう。

吉松氏は自分も含めた複数のリーダーが、強固な信頼関係で結ばれ、自律的に経営、即ちイノベーションとマーケティングを行っている状態を目指し、実践しています。そうだとすると、「必要なのは起業家ではなく経営者」と話したことにも合点がいきます。経営者は価値創造と市場創出を不断に続けなければいけない存在なので。

カオスを創りつづける
そのために前のめりになる

事業を推進していくと、どうしても既存事業の考え方や判断基準、コミュニケーションをする関係者などに縛られていきます。関係集団やその慣習のことをバリューネットワークと称し、判断基準のことをフレーミングといいます。バリューネットワークやフレーミングはコミュニケーションコストの観点で考えると効率的ですが、研ぎ澄まされていくと排他的になってきます。

一方、イノベーションには多様性や寛容が必要です。効率一辺倒では新たな価値の創造は覚束きません。吉松氏は常に新しい発想を生むために、不安定な組織を創りつづけています。不安定な状態こそが、安定させるために何かが動いたり生まれたりするということを強烈に意識しています。

不安定。混沌。経営者として敢えてカオスを創りつづけることに、とてつもない苦労やさまざまな工夫が必要なのは想像にかたくありません。一部上場企業なら、投資家からの短期的利益創出の期待も極めて高いと思われます。にも関わらず、吉松氏は不安定な状態を創出しています。そうすることで、安定を求めて組織が動き続けることに確証があるのです。そして、不安定さを創りだすために、社長自身が徹底して前のめりになるのです。

実現するのは矛盾のマネジメント

吉松氏のインタビューを通じ、経営の観点からイノベーション創出を俯瞰してきました。図表01にある【イノベーション戦略】です。

経営はイノベーションとマーケティングであり、経営者は価値創出と市場創造を行う存在。それはまさに両利きの経営であり、多くの日本企業に求められていることということができます。そのことを、アイスタイルは実践しています。

一方、確固たる意志をもって、かつ淡々と語る吉松氏の語り口から、今までにインタビューしたイノベーターの方々にはないことも感じられました。それは、矛盾のマネジメント、というものです。

経営者は常に矛盾的状況に晒されています。短期的視点と長期的視点。多様性と凝集性。論理と感情。競争と調和。ラーニングとアンラーニング。顧客と効率。外部適応と内部統合。こういった相反する矛盾をマネジメントするのが経営者ともいえるでしょう。イノベーションとマーケティングも、この矛盾のひとつといえるかもしれません。経済成果をもたらす革新は市場創造が大前提であるものの、市場創造が必ずできるイノベーションはあり得ないからです。正・反に対して合。二項対立ではなくてブレークスルー。経営者は常にこのことを求められ、また実践しています。

組織の中からイノベーションを創出すること。これは、まさしく【合】であり、【ブレークスルー】が実現できて初めて成しえるものかもしれません。

【総括(文):井上功 /インタビュー(文):荻野進介】

PROFILE

吉松 徹郎(よしまつ てつろう)氏

吉松 徹郎(よしまつ てつろう)氏

1972年、茨城県生まれ。
東京理科大学基礎工学部生物工学科卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。1999年、同社を退職し、有限会社アイスタイルを設立。
化粧品クチコミサイト「@cosme」を開設。2000年に株式会社アイスタイルに組織変更。前例のない同社のビジネスモデルは、ニュービジネス協議会主宰「第6回ニュービジネスプランコンテスト」優秀賞、「日経インターネットアワード2002ビジネス部門」日本経済新聞社賞など受賞歴多数。
2012年3月に東京証券取引所市場マザーズに上場。同年11月東証一部へ市場変更。
2013年12月「EY Entrepreneur Of The Year 2013 Japan」アクセラレーティング部門にてファイナリスト選出。

執筆者

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サービス統括部
HRDサービス共創部
Jammin’チーム
マスター

井上 功

1986年(株)リクルート入社、企業の採用支援、組織活性化業務に従事。
2001年、HCソリューショングループの立ち上げを実施。以来11年間、(株)リクルートで人と組織の領域のコンサルティングに携わる。
2012年より(株)リクルートマネジメントソリューションズに出向・転籍。2022年より現職。イノベーション支援領域では、イノベーション人材開発、組織開発、新規事業提案制度策定等に取り組む。近年は、異業種協働型の次世代リーダー開発基盤≪Jammin’≫を開発・運営し、フラッグシップ企業の人材開発とネットワーク化を行なう。

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