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公開日:2024/01/29
更新日:2024/01/29

THEME 理論/技術

連載・コラムデータサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第24回

データ活用の際に人事に必要な調査リテラシーは何か

データ活用の際に人事に必要な調査リテラシーは何か

労働政策研究・研修機構(JILPT)は、厚生労働省が所管する独立行政法人で、労働政策の企画立案などに資する調査研究に取り組んでいる組織だ。藤本真氏は、JILPTで約20年にわたって多種多様な調査研究を行ってきたエキスパートである。藤本氏に、データ活用の際に人事に必要とされる調査リテラシーについて伺った。

 

これまでに携わった調査研究



入江:自己紹介をお願いします。

藤本:私は大学・大学院時代から産業社会学・労働社会学を研究し、2004年にJILPTに就職して、以来ずっと調査研究に携わってきました。実は、就職前の博士課程時代にも、JILPTで研究助手として約5年働きましたから、実質25年ほど、JILPTで調査研究を行ってきたことになります。

入江:現在の仕事を教えてください。

藤本:JILPTは、大きく6部門に分かれています。「労働市場・労働環境部門」「職業構造・職業指導部門」「人材開発部門」「多様な人材部門」「多様な働き方部門」「労働法・労使関係部門」の6つです。私は、人材開発部門で調査研究を行っています。

私の調査研究を少し紹介すると、例えば2023年には「デジタル人材の能力開発・キャリア形成に関する調査研究」を発表しました。この研究は、これまでの調査研究を整理したもので、DX推進とリスキリングへの取り組みとの間には一定の相関が見られること、リスキリングやデジタル・リスキリングに取り組む程度は職種によって大きな差が見られることなどが分かりました。

2020年から2022年にかけては「ミドルエイジ層の転職と能力開発・キャリア形成」のアンケート調査・インタビュー調査を行いました。このアンケート調査では、転職先で自らの知識・スキルをより活用できていると感じている転職者ほど、勤務先が職場になじむようにと行ってくれた取り組みをより多く経験する傾向があることなどが分かりました。

他にも、雇用労働分野に関わる調査研究を多様に行ってきました。

公的統計やJILPTの調査は企業人事には扱いにくい



入江:藤本さんは、雇用労働分野の調査研究に長年携わるなかで、日本企業の人事の皆さんと関わることも多かったと思います。最近の企業の人事データ活用をどのように見ていますか?

藤本:まず、私たちJILPTが実施する調査や、国や地方公共団体が作成する「公的統計」は、企業人事の皆さんには少々扱いにくいデータ群だろうと感じています。

なぜなら、公的統計やJILPTの調査は、全体傾向や規模別・業種別・年代別などの傾向を捉える上では有用ですが、変数間の関係性はあまり公開されていないからです。

公的統計やJILPTの調査からは、継時的な分布や広がり、変化などを知ることができます。例えば、総務省統計局の「国勢調査」を見れば、日本の生産年齢人口(15〜64才の人口)が1995年にピークを迎え、そこから減少が続いていることがすぐに分かります。こうしたことを知りたいときは、公的統計が便利です。

しかし、企業人事の皆さんがデータ分析で知りたいのは、「リスキリングにどのような効果があるのか?」とか、「どの施策がウェルビーイング向上を実現するのか?」とか、「学習効果の高い研修方法は何か?」といったことでしょう。こうしたことを知るためには、変数間の関係性分析をする必要があります。しかし、公的統計やJILPTの調査は個票データを広く開示しているわけではないため、関係性分析には使いにくいのです。

JILPTの調査の場合は、研究者の皆さんに申請してもらえれば、調査に使用した個票データを提供することが可能です。しかし、公開までにはタイムラグがあったり、求めるデータを特定してもらう必要があったりします。JILPTのデータを使って、簡単かつリアルタイムに変数間のデータ分析ができるようにはなっていません。

また、公的統計も含め、企業が個票データを手に入れるのは難しいのが現実です。それには明確な理由があります。公的統計を使って、「弊社はDXナンバー1企業です」というように宣伝する企業が出てくることを避けなくてはならないからです。公的統計の悪用を防ぐために、その個票データは伏せられているのです。

しかも、公的統計やJILPTの調査には、流行をなかなか取り入れられません。DXやリスキリングや人的資本経営などといった流行りの現象を柔軟に取り込んで調査するようなことが少ないのです。なぜなら、公的統計やJILPTの調査は社会の変化を正確に捉えるため、継続性を重視しているものが多いからです。何年も同じ調査をする以上、設問や調査項目を簡単に変えるわけにはいかないのです。

JILPTの調査を最も活用しているのは、企業の皆さんではなく、国や地方自治体で政策を作っている人たちで、企業人事の皆さんが活用しやすいようには作られていないのが現実です。

アンケート調査がしやすくなり民間企業の調査が増えた



入江:そこで今、人事の皆さんに活用されているのが、民間企業などの各種調査データということですね。

藤本:そのとおりです。私は大学・大学院で教えているのですが、最近は彼らが論文を書くときにアンケート調査やモニター調査をすることが増えています。一昔前は、学生がそうした調査をするのは予算的に無理でした。しかし現代ではWEBサービスを使って、手軽かつ安価にアンケート調査・モニター調査ができるようになったのです。民間企業も、以前より調査研究しやすくなっているのは間違いありません。

結果的に、WEB上には民間企業などが特定テーマで調査したデータが非常に増えています。例えば今なら、リスキリングに関する調査データを検索すると、さまざまなデータを見ることができます。

こうした特定テーマの民間企業調査のデータのメリットの1つは、実施主体側で変数同士の関係性の分析がなされていて、その結果が公開されているケースがよくあることです。例えば、「リスキリングに成功している会社と失敗している会社の違い」を知りたいとき、この種のデータから示唆が得られることもあるはずです。

入江:民間企業の調査データを扱うときの注意点はありますか?

藤本:そのデータが「全体を示しているわけではない」ことを忘れないでください。こうした種類のデータは、日本全体や規模・業種・年代全体を代表していないことがしばしばあります。ある調査データが「リスキリングを希望する人が90%だった」とき、日本企業全体もそうだと思い込んではいけないのです。その点で、民間企業の調査は、公的統計やJILPTの調査とは性質が異なります。

「n数」「偏り」「設問」に注目するとリテラシーが高まる



入江:企業人事の皆さんが調査データの活用をする際、どのような点に気をつければよいでしょうか?

藤本:調査データリテラシーを高めるためには、やはり数多くの統計調査に触れるのが近道です。

その際、調査の「n数」「偏り」「設問」に注目するとよいでしょう。「n数」とは、調査アンケートに答えてくれた人数(サンプルサイズ)のことです。n数は多ければ多いほど信頼度が高まります。反対に、n数が数十程度と極端に少ない場合は、その調査を信用するのは危険です。いったん留保しましょう。

「偏り」とは、属性などの比率の偏りのことです。男女・年齢層・職位・雇用形態など、調査にはさまざまな偏りがあります。例えば、30代以下が7割の調査と、50代以上が7割の調査では、「リスキリングしたいですか?」という同じ質問を投げかけたときに異なる結果が出るのが自然です。正社員が7割の調査と、非正規社員が7割の調査でも、さまざまな結果が異なるでしょう。このような偏りに注目しないと、調査データの意味を理解し損ねる可能性があるのです。

「設問」は、文字通り、アンケート設問のことです。設問の意味が同じでも、質問の仕方によって結果が変わることがよくあります。ですから、調査データを正確に理解しようと思ったら、設問まで見なくてはなりません。

その他に、「回収率」の数値もあります。回収率とは、回答をお願いした調査アンケートがどのくらい返ってきたかを示す値であり、回収率が高いほど代表性のある調査になり得ます。最近は回収率が全体的に下がっており、個人的には20%に到達すればかなり高いと考えています。

なお、公的統計の「復元」についても念頭に置いた方がよいでしょう。復元とは、サンプル調査を行い、そのデータを抽出率に合わせて全数調査に近い数字に戻す作業です。多くの公的統計は、調査結果をそのまま発表しておらず、この復元作業を行っています。場合によっては、回収率や復元についても踏まえた方がよいことがあります。

調査概要や調査票が未公開のデータに注意せよ



藤本:問題は最近、n数や偏りや設問が分からない調査データが増えていることです。n数や偏りは調査概要に、設問は調査票に記されていますが、調査概要や調査票が公開されていない調査データが多くなっているのです。

私たちJILPTの場合は、n数がどれだけ少なくても、どのような偏りがあっても、調査概要や調査票を公開しています。今説明したとおり、n数や偏りや設問まで見ないと、調査データの意味を正確に理解できないからです。

しかし、WEB上にある民間企業の調査データのなかには、調査概要や調査票が未公開のものが多数含まれています。これらのデータをしっかりと理解・信頼するのは難しいのが実情です。データを扱うときには、くれぐれも調査概要や調査票に注意してください。

2種類のデータを区別して両方を使いこなそう



入江:最後に、読者へメッセージをお願いします。

藤本:おそらく人事の皆さんにとってより有益なのは、変数間の関係性分析をするためのデータです。しかし、労働や雇用を考える上では、分布や広がりや変化を示す公的統計やJILPTの調査も欠かせないものです。

大事なのは、2種類のデータをしっかりと区別して、両方を使いこなすことです。そのために、ぜひ数多くの統計調査データに触れ、n数・偏り・設問に注目してもらえたらと思います。その経験を積み重ねるうちに、調査リテラシーが高まっていくはずです。

最後に少しだけ補足します。ここまで一貫して統計調査データ(量的調査)についてお話ししてきましたが、統計調査の内容を本当に理解するためには、一方で現場のインタビュー調査(質的調査)も欠かせません。

例えば、統計調査データからリスキリングに効果があると分かったとき、それが本当かどうか、なぜ効果があるのか、どのような効果があるのかを見極めるには、リスキリングした人たちにインタビューする必要があります。

統計調査とインタビュー調査は、基本的には両輪で進めた方がよいのです。JILPTも両方を行うことで、調査研究の信頼度を高める努力をしています。



【text:米川 青馬 photo:伊藤 誠】


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所長入江の解説


私は調査研究を行う仕事柄、JILPTをはじめとする調査・統計データを日々、目にしています。また、お客様から、「能力開発施策の一般的な導入傾向が知りたい」などという質問をいただいたときに、調査・統計データの紹介をすることもあります。私たち自身、研究機関として、さまざまな調査研究も行っています。

しかし、例えばリスキリングの実施状況など、調査によって実施率の傾向が大きく異なることもあります。その理由は、藤本さんがおっしゃるとおり、対象者が調査によって異なったり、調査によって質問の仕方が異なったりすることに起因しています。

企業の現場では、自分が進めたい企画の承認を得るために、自分に都合の良い結果を用いるという選択肢もあるかもしれません。しかし、世の中の実態を正しく反映したデータを用いなければ、判断を誤るリスクもあります。

ぜひ、まずは、藤本さんのアドバイスにあるように、「n数」「偏り」「設問」を意識して、統計データ内容を精査することをお勧めします。また、調査の際に、この3点が大切なことは、社内で行う意識調査などにも共通することです。社内での調査の質、それに基づいた意思決定の質を高めるためにも、これらの観点をぜひ大切にしてみてください。



※HAT Labとは

正式名称HR Analytics & Technology Lab。リクルートマネジメントソリューションズが先進技術を活用して「個と組織を生かす」ための研究・開発を行う部門。中心テーマは、データサイエンスとユーザーエクスペリエンスの向上技術。所長は、2002年入社後、一貫して人事データ解析に関する研究・開発やコンサルティングに携わる入江崇介が務める。


※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.72連載「データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 連載第24回」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE

藤本 真(ふじもと まこと)氏
独立行政法人 労働政策研究・研修機構 人材開発部門 主任研究員

1972年広島県呉市生まれ。私立愛光中学校、愛光高等学校、東京大学文学部を経て、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程を単位取得退学後、2004年から労働政策研究・研修機構に勤務。産業社会学、人的資源管理論専攻。人材開発に関するテーマを中心に調査しており、同機構内外における著作物・論文・書籍などが多数ある。



バックナンバー

第19回 「人事の脱エクセル」が進む可視化中心のピープルアナリティクス(LINE株式会社 Employee Success室 HR Data Managementチーム 佐久間 祐司氏)

第20回 「信頼」を科学してイノベーションを生み出す日本にしたい(株式会社シンギュレイト 代表取締役 鹿内学氏)

第21回 社員の「ワクワク感」を高めるEX観点を日本の常識にしたい(PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 土橋隼人氏)

第22回 適性タイプ分類モデルでバランスよく多様な人財の採用に成功(株式会社横浜銀行 人財部 部長 仁平 純一氏、株式会社横浜銀行 人財部 企画グループ ビジネスアシスタントリーダー 高原 大輝氏、株式会社浜銀総合研究所 情報戦略コンサルティング部 副主任研究員 中村 友紀氏)

第23回 定量・定性の両面から現場にアプローチして人と組織を理解する(株式会社デンソー 人事企画部 制度企画室 担当係長 藤澤 優氏)

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