- 公開日:2022/10/24
- 更新日:2024/05/16

株式会社シンギュレイト 代表取締役の鹿内学氏(写真左)は、日本のピープルアナリティクスの草分けで、現在も先頭を走る1人だ。今、鹿内氏は何を目指し、どんなことに取り組んでいるのか。日本の企業と社会をどう変えたいと願っているのか。詳しく伺った。
- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第28回
- ピープルアナリティクス浸透のカギは文化とリーダーシップ
- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第27回
- テクノロジーに精通したヒューマニストでありたい
- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第26回
- 仏教×データ分析で働く人の幸福度を高め企業創りを支援する
- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第25回
- 生成AIが普及したら人間ならではの仕事を行う姿勢が大事になる
- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第24回
- データ活用の際に人事に必要な調査リテラシーは何か
- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第23回
- 定量・定性の両面から現場にアプローチして人と組織を理解する
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- 適性タイプ分類モデルでバランスよく多様な人財の採用に成功
- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第21回
- 社員の「ワクワク感」を高めるEX観点を日本の常識にしたい
- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第20回
- 「信頼」を科学してイノベーションを生み出す日本にしたい
- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第19回
- 「人事の脱エクセル」が進む可視化中心のピープルアナリティクス
- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第18回
- 経営と目線を合わせたピープルアナリティクスが今後の鍵になる
- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第17回
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- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第15回
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- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第11回
- アナリティクスを人事の現場に普及させたい
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事業のキーワードは「信頼」
入江:最初に、シンギュレイトの紹介をお願いします。
鹿内:私が経営するシンギュレイトは、科学で「人の関係と関係性」を読み解き、組織開発を支援する会社です。キーワードは「信頼」で、組織内外の信頼を高めて、人と人との新しい関係や関係性を作り、新結合(イノベーション)を増やすことを目指しています。
信頼を高めるための手段が、ピープルアナリティクスです。例えば、私たちが開発したツールに1on1サービス「Ando-san(あんどうさん)」があります。Ando-sanを使えば、1on1時の上司・部下のコミュニケーション行動を計測して、コミュニケーション行動を変えていけます。こうしたデータを活用したサービスを提供することで、組織内の信頼を高めていきたいのです。
意思決定スピードに惹かれて 大学からビジネスの世界へ
入江:なぜ鹿内さんはピープルアナリティクスを始めたのですか?
鹿内:もともとは大学教員でした。京都大学の大学院で、特定助教/特定研究員として脳活動画像データ、生体データの計測・分析などをしていました。その後、国家プロジェクトでの研究員を経て、ある人材企業に入社しました。そこでピープルアナリティクスに出会ったのです。その後、会社に在籍しながら2016年にシンギュレイトを設立し、現在に至ります。
入江:なぜ大学からビジネスの世界へ移ったのですか?
鹿内:研究員をしていたとき、あるきっかけでキャリアアドバイザーに出会い転職活動を始めたら、あっという間に話が決まったからです。
そのとき、私は民間企業の意思決定の早さに興味をもちました。何しろ水曜に話が来て、土曜に面談、日曜には内定が出たのです。入社の決め手は、そのスピード感と、私が人材ビジネスをよく「知らない」ことでした。未知の分野に挑戦したい、と思ったのです。
いくつかの偶然が重なって大学からビジネスの世界に移り、たまたまピープルアナリティクスを始めたというわけです。ただ、ピープルアナリティクスに携わり、働く人たちのデータを扱うことに魅力を感じたのは確かです。ピープルアナリティクスに大きな可能性を感じて、ここまで続けてきました。
山岸俊男さんの「信頼」が企業内の関係性を変える
入江:なぜ「信頼」を事業のキーワードにしたのですか?
鹿内:山岸俊男さんの「信頼研究」に強い影響を受けています。山岸さんとは、京都大学を離れる間際に、とある研究会でお会いして、お話ししたことを覚えています。そのときは、信頼研究を強く意識はしていなかったのですが、今になって、つながっています。
山岸さんは信頼と安心を明確に区別しました。信頼とは、働くなかでいうと、「大きな不安や不確かさがあるなかで、すなわち、相手の行動いかんによっては自分がひどい目にあってしまう状況でも、お互いの利益のために相手が働いてくれると期待すること」です。対する安心は「そもそもそのような不安や不確かさがないと感じること」です(参考:『安心社会から信頼社会へ』中公新書)。
かつての日本社会は、安定した集団や関係の内部で社会的な不確かさを小さくすることによって、お互いに安心していられる「安心社会」を形成していました。しかし、今や日本の安心社会は完全に崩壊しています。山岸さんは常々、日本を安心社会から「信頼社会」に変えなくてはならない、と主張していました。私は、社会的な不確かさが高まる一方の今こそ、日本に信頼社会を形成するときだ、と考えています。
なぜなら、お互いを信頼し合うことが関係性の質を高めるからです。そして、良い関係こそがイノベーションを生み出す原動力となるからです。不安がある初対面の相手ともいきなり握手してチームを組める組織に変われば、イノベーションは間違いなく増えます。私は、組織内外の関係性の集合が、組織、社会のイノベーション力だと考えています。
つまり、私は働くなかでの信頼を科学して、イノベーションを生み出す企業を支援したい、そういう日本にしたい、と考えているのです。
入江:お客様企業の反応はどうでしょうか。最近の取り組みについて教えてください。
鹿内:まだ詳しくはお話しできないのですが、「信頼をもとにした組織を作りましょう」という私の思いに共感してくださる企業と一緒に、実験的な施策を進めている真っ最中です。そのなかで最近ようやく、ピープルアナリティクスを通じて、実際に個人の行動変容を起こして信頼を高めることができる、という具体的な展望が見えてきました。
ピープルアナリティクスでノーベル経済学賞をとりたい
入江:ピープルアナリティクスの魅力はどのような点にありますか?
鹿内:私は大学では脳科学を研究していましたが、脳は神経細胞のつながりで、組織は従業員のつながりでできていて、その意味では似ています。ただ、神経細胞は決して脳から飛び出すことがありませんが、組織には従業員の入退社があり、社内にいても社外の人々と手をつなぐこともよくあります。組織の膜は脳と比べると面白いほど緩やかで、頻繁な情報の出入りがあるのです。私はその点にも魅力を感じています。
今日も、入江さんとお話ししているうちに、だんだん入江さんの脳とつながっている感じがしてきました。相手を信頼できれば、そうやって良い関係を築いてイノベーティブな話し合いを展開できるのです。私は、そうした関係性に注目しています。
別の言葉で言えば、「社会関係資本」が組織の力になるわけです。経営人材にとって、社会関係資本は極めて重要なものの1つです。しかし、本当は全従業員に社会関係資本があり、その資本の大きさがイノベーションに関与しています。社会関係資本の可視化は、必ず組織活性の役に立ちます。
入江:今後の目標を教えてください。
鹿内:私は、日本の企業が信頼組織に変わり、イノベーションが増える社会にしたい、と思っています。
例えば、アメリカには革新的な製品を買う層が分厚く存在し、現状の完成度がそれほど高くなくても、画期的な製品が登場したら積極的に購入します。それは製品を創造したイノベーターを信頼し、彼らに期待しているからです。
しかし、比較して、日本にはイノベーティブな製品を買う企業が少ないという印象があります。完成度の高さが極めて重視される社会なのです。それではイノベーションは増えません。だからこそ、日本にも見知らぬイノベーターを信頼できる企業、初対面の相手やあまり知らない相手と握手できる企業組織を増やしたいのです。
私は、ノーベル経済学賞を目標にしています。2021年のノーベル経済学賞は、「自然実験」と呼ばれる手法を確立して、社会実験で仮説を証明し、労働市場に関する新たな知見を提供した研究が受賞しました。同じように、ピープルアナリティクスによって組織内の信頼を高めることが、組織のイノベーションにつながるということを実証したい。また、サービスを通じて、そういう社会や企業組織を作ることに貢献していきたいです。
【text:米川青馬 photo:伊藤誠】


本連載は、今回で20回目を迎えました。そこで、1つの節目として、草創期からピープルアナリティクスを推進している、鹿内さんにお話を伺いました。
鹿内さんは、起業家と科学者という2つの顔をおもちです。それゆえ、「イノベーション」と、それを生み出す要素であり、科学性の高い知でもある「信頼」を大切にしているのだと思います。
鹿内さんのお話を伺い、イノベーションは、イノベーターだけでなく、フォロワーが存在してはじめて実現するものだと改めて認識することができました。
ともすれば無味乾燥と思われるデータ、それによって組織内、そして、組織を超えた信頼のネットワークを活性化していこうという鹿内さんのチャレンジは、非常にエキサイティングです。ぜひ、皆さんも鹿内さんと共にチャレンジをしていただければと思います。
※HAT Labとは
正式名称HR Analytics & Technology Lab。リクルートマネジメントソリューションズが先進技術を活用して「個と組織を生かす」ための研究・開発を行う部門。中心テーマは、データサイエンスとユーザーエクスペリエンスの向上技術。所長は、2002年入社後、一貫して人事データ解析に関する研究・開発やコンサルティングに携わる入江崇介が務める。
※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.67連載「データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 連載第20回」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
鹿内 学(しかうち まなぶ)氏
株式会社シンギュレイト 代表取締役
奈良先端科学技術大学院大学情報学研究科で学位を取得し、京都大学などでの教員・研究員として、認知神経科学の基礎研究に従事。2015年に人材企業に入社し、ビジネスサイドに軸足を移す。在籍中の2016年にシンギュレイトの設立にかかわり、ピープルアナリティクスに先駆的に取り組む。
バックナンバー
第15回 人的資本投資の開示・マネジメントツールISO30414(一般社団法人 ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 副代表理事 加藤茂博氏/研究員 小澤ひろこ氏)
第16回 負荷を増やさずに人事データを民主化し意思決定を変える(パナリット株式会社 Co-founder/ COO トラン チー氏)
第17回 マーケットデザインとマッチング理論で適材適所を促進する(東京大学大学院経済学研究科教授 東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長 小島 武仁氏)
第18回 経営と目線を合わせたピープルアナリティクスが今後の鍵になる(早稲田大学 政治経済学術院 教授 経済産業研究所 ファカルティフェロー 大湾 秀雄氏)
第19回 「人事の脱エクセル」が進む可視化中心のピープルアナリティクス(LINE株式会社 Employee Success室 HR Data Managementチーム 佐久間 祐司氏)
- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第28回
- ピープルアナリティクス浸透のカギは文化とリーダーシップ
- データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第27回
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