データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第8回 伝え方次第でデータの効果は0にも100にもなる

スポーツの世界でも、データサイエンス、すなわちスポーツアナリティクスが発展している。日本のスポーツアナリストの草分けであり、日本スポーツアナリスト協会(JSAA)代表理事の渡辺啓太氏に、スポーツアナリティクスの現状と将来について伺った。


重要性を増すスポーツアナリストの役割

入江:最初に、「スポーツアナリスト」について簡単に教えてください。

渡辺:スポーツアナリストは、「選手及びチームを目標達成に導くために、情報戦略面で高いレベルでの専門性を持ってサポートする職業」です。トップスポーツの現場では、データの収集・分析を基にした戦略構築が勝利を左右することも珍しくなくなり、アナリストの役割は重要性を増しています。バレーボール、ラグビー、野球、サッカーなど、多くのスポーツでアナリストが活躍しています。

私は、大学時代にアナリスト活動を開始して、2006年に日本バレーボール界初のナショナルチーム専属アナリストとなりました。当時すでに、ライバル国の代表チームでは専属アナリストが一般的になっており、日本もデータ分析に注力しようということで、私に白羽の矢が立ったのです。その後、私は2016年まで全日本女子チームでアナリストを務めながら、2014年にJSAAを設立しました。JSAAでは、競技の枠組を超えて多様なアナリストが集まり、連携強化や次世代育成に取り組んでいます。

入江:野球で言えば、映画化もされた『マネー・ボール』(マイケル・ルイス、2013、早川書房)が有名ですね。

渡辺:はい。『マネー・ボール』では、野球のさまざまなデータを統計学的に分析して、選手の評価やゲームの戦略立案に役立てる「セイバーメトリクス(R)」が鍵になっていますが、それと同様のことが、実は10〜20年ほど前から、多くのスポーツで行われてきているのです。

基本的な役割は企業のデータサイエンティストと同じ

入江:アナリストは具体的にどのようなことをするのでしょうか?

渡辺:スポーツアナリストのミッションは、データを集めて分析し、それを監督・コーチ・選手に伝え、チームの勝利や選手の成長に貢献することです。基本的な役割は、企業におけるデータサイエンティストとほぼ同じです。ビジネス界から学べることも多く、日々、セミナーや書籍を通して、ビジネス界のデータサイエンス活用の手法や事例を学んでは、バレーボールに応用できるだろうかと知恵を絞っています。

例えば最近、相手チームのセッターが次にどこにトスを上げるかを予測する機械学習システムの開発を進めているのですが、これは小売店がレシートにクーポンを出すロジックを参考にしています。誰のレシートにどのクーポンを出すと効果が高いかの予測と、相手セッターがどこにトスを上げるかの予測は、原理的に似ているのです。

入江:アナリストが入ることで、スポーツはどう変わったのでしょうか?

渡辺:1つ明らかに変わったのは、「評価指標」です。私たちは、チームや選手のパフォーマンスを評価する新しい指標を生み出してきました。

例えば、バレーボールのテレビ中継などでは、アタックがどれだけ決まったかを示す「アタック決定率」がよく使われます。しかし、現在のトップチームはアタック決定率よりも、「アタック効果率」を重視しています。アタック効果率とは、アタック決定率に、アタックミスや相手のブロックによる失点を加味した数値です。

なぜなら、アタック決定率がいくら高くても、失点の方が多ければ勝てないからです。目標がチームの勝利である以上、成功だけを表すアタック決定率より、成功と失敗の両方を表すアタック効果率の方が、より信頼が置ける指標だというわけです。

これは、私がアナリストとして全日本チームに加わってから変化したことです。このように既存の指標を疑い、より信頼できる指標を生み出すことは、アナリストの重要な仕事の1つです。

チームや選手に伝わらなければせっかくのデータも水の泡

入江:渡辺さんが、アナリストとして大切にしていることは何ですか?

渡辺:今お話ししたように新たな指標を作ったり、データを分析したりすることも重要ですが、もう1つ極めて大切なのが、「伝え方」です。なぜなら、伝え方次第で、データの効果は0にも100にもなるからです。優れた分析をしても、それがチームや選手に伝わらなければ、水の泡なのです。ですから、私はいつも、どのように伝えたらデータを有効活用してもらえるのか、チームを変えられるのか、選手の成長を促せるのか、といったことを考え、さまざまな工夫を凝らすようにしています。

例えば、数字をグラフに置き換え、直感的に分かりやすくするのは、私たちの基本テクニックです。また、映像も多用しており、チームの皆さんに映像を見てもらいながら、分析結果を伝えることがよくあります。私が長々と説明するよりも、実際の映像を見てもらう方が、アスリートの研ぎ澄まされた感覚にダイレクトに伝わることが多いからです。

データ分析が、監督の選手選考に影響を及ぼすケースもあります。例えば、2012年のロンドンオリンピックの3位決定戦は、韓国が相手でした。それまでの試合では江畑幸子選手の調子が非常に良く、その一戦も江畑選手のスタメンが有力視されていました。しかし一方で、過去のデータからは、迫田さおり選手の韓国戦でのパフォーマンスが極めて高いことが明らかだったのです。眞鍋政義監督にその情報を伝えたところ、監督は最終的に迫田選手をスタメンに起用。それが大当たりして、迫田選手は大活躍し、28年ぶりの銅メダルを決めた最後のアタックも迫田選手が叩き込みました。

このようにして、データが監督の意思決定に生きることも多々あります。私はこうした場面では、監督の観察眼や直感を極力邪魔しないように、議論がある程度進んでから伝えるようにしています。

伝え方で上回っている限りAIに置き換えられることはない

入江:今後、スポーツアナリストの仕事はどう変わっていくと思いますか?

渡辺:データ取得は、テクノロジーに置き換わる部分があるでしょう。例えば、サッカーでは「トラッキングシステム」が急速に発展しており、今やJリーグでは、試合が終わるとすぐに選手の走行距離やスプリント回数などが公表されるようになっています。他のスポーツでも同様の技術が発達するはずです。

ただ私は、2つの理由から、今後も引き続きスポーツアナリストは必要だと考えています。1つは、「正確性」です。どこまで正確なシステムが作れるのかは、競技や目的によって異なります。トップスポーツはデータの高い正確性が求められますから、それが高まらない場合、今後もアナリストが判断しながらデータをとることになるでしょう。

もう1つは、やはり「伝え方」の問題です。例えば、調子を落としている選手に、「この数値が悪いです」などとはっきり伝えてしまうことは基本避けなくてはなりません。しかし、AIがそこまで気が利くかといえば、しばらくは難しいのではないでしょうか。伝え方でコンピュータを上回っている限り、アナリストがいなくなることはないはずです。

【text:米川青馬】

HRアナリティクスに携わる方々と話をしていると、よく出る話題の1つがスポーツアナリティクスです。現在立ち上がり段階にあるHRアナリティクスを推進していく上で、スポーツアナリティクスの領域を開拓してきた渡辺さんのお話をぜひ伺いたいと思っていました。

ビジネスの仕組みが変化したり、個人と組織の関係性が変化したりしているなか、「評価指標」をどのように見直していくか。また、人事と経営、人事と従業員の間でデータからの発見を有効に活用するための「伝え方」をどのように洗練させていくか。人事領域でも大きなチャレンジだと思います。

スポーツアナリティクスをはじめとする他領域に、多くのヒントがあることを実感しました。皆さんと共に、今後も学びを深めていければと思います。

【インタビュアー:HAT Lab 所長 入江崇介】

※HAT Labとは
正式名称HR Analytics & Technology Lab。リクルートマネジメントソリューションズが先進技術を活用して「個と組織を生かす」ための研究・開発を行う部門。中心テーマは、データサイエンスとユーザーエクスペリエンスの向上技術。所長は、2002年入社後、一貫して人事データ解析に関する研究・開発やコンサルティングに携わる入江崇介が務める。


※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.54連載「データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 連載第8回」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
渡辺 啓太(わたなべ けいた)氏
一般社団法人 日本スポーツアナリスト協会(JSAA) 代表理事

専修大学バレーボール部時代に独学でアナリスト活動を開始。2006年、日本バレーボール界初のナショナルチーム専属アナリストに抜擢され、数々のメダル獲得などに貢献。2014年に日本スポーツアナリスト協会を設立して現職。著書に『データを武器にする──勝つための統計学』(ダイヤモンド社)など。

バックナンバー第1回 「統計モデリング」には人事のあり方を変える力がある(専修大学 岡田謙介氏)

第2回 これからの人工知能はパーソナル化して“感性”に最適化される(SENSY株式会社 渡辺祐樹氏)

第3回 ピープルアナリティクスで人財ポートフォリオの転換、社員の活躍促進を目指す
(株式会社日立製作所 システム&サービスビジネス統括本部 ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ People Analytics Lab 主任 中村亮一氏)


第4回 人事部門に必要なデータ活用には特有の難しさがある(滋賀大学 河本 薫氏)

第5回 最後のフロンティア“脳”の計測技術が生活の質を向上させる(株式会社NeU〈ニュー〉長谷川 清氏)

第6回 人事系データの分析課題の多くは「可視化」で解決できる(株式会社イノヴァストラクチャー 三好 淳一氏)

第7回 グローバル市場で技術力で勝つ日本企業を増やしたい(ファインディ株式会社 山田 裕一朗氏)

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