連載・コラム
データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第13回
他社が始めたから自分たちも、という意思決定でよいのか
- 公開日:2021/02/15
- 更新日:2024/05/20
佐藤優介氏は、アクセンチュアに入社し、戦略コンサルタントとしてデータ分析に携わった後、人事部に異動して採用業務などにいち早くデータ分析を持ち込んだ1人だ。現在は、慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科で組織デザインを研究する佐藤氏に詳しくお話を伺った。
- 目次
- 一度試して成果を出したらデータ分析を信頼してもらえた
- 科学的なエビデンスを皆さんに分かりやすく届けたい
- 「従業員のチャンピオン」視点を人事は忘れてはならない
- 中立的な立場を生かして「人事の共通化」を成し遂げたい
一度試して成果を出したらデータ分析を信頼してもらえた
入江:まずは自己紹介をお願いします。
佐藤:2007年にアクセンチュアに入社し、戦略コンサルタントとして金融系プロジェクトに入りました。そこで携わったのが、今で言うデータサイエンスだったのです。当時はそんな名前はほとんど使われていませんでしたが、予測モデルを構築したり、経営シミュレーションシートを作ったりと、現在のデータサイエンティストとほぼ同様の業務をしていました。
そこから人事に移った理由はいくつかあります。1つ目は、2012年に子どもが生まれ、1年間の育児休暇をとったことです。すくすく育つ我が子を見て、成長に関わる仕事がしたいと思いました。2つ目に、実は当時、並行して高校生・大学生向けのキャリア教育支援NPOを運営しており、その面からも人材育成に興味をもっていました。3つ目に、妻が別の会社で人事をしており、彼女の話を聞いて、面白そうな仕事だと感じていたからです。そうした理由が相まって、人事部への異動願を出しました。
入江:なぜ人事部でデータ分析をするようになったのですか?
佐藤:中途採用チームに入ったのですが、すぐに、慣例と他社動向を基準とする意思決定に疑問を感じ始めました。例えば、「他社が始めたから、自分たちも始めよう」「他社がやっているから、自分たちもやろう」「これまで続けてきたから、今年も続けよう」という感じで意思決定するケースが多かったのです。それまでデータ分析をしてきた私としては、分析せずに決めてよいのだろうか、それで本当に最適な意思決定ができているのだろうか、と思ったわけです。
そこで自らデータを分析して、「データ上では、意思決定をこう変えた方がいいです」と、上司や同僚に提案して回りました。最初は「常識に反する」などと却下されたのですが、私が責任をとるからと言って、試しに1つ、データ分析を基にした意思決定をしたところ、成果が出たのです。それで部内の空気が変わり、徐々にピープルアナリティクスを信頼してもらえるようになりました。新卒採用にも導入し、人事業務の自動化なども推進しました。
その後、2018年に人事戦略担当になったのを機に、慶應義塾大学大学院で組織デザインを学びました。HRM、システム思考、デザイン思考、エンプロイー・エクスペリエンス、システムズエンジニアリングなどを深く知ることで、人事をより広く見渡せるようになりたいという気持ちがあったからです。しかし、学ぶうちに、私は企業よりも大学で人事を極める方が向いているのではないか、と思うようになり、2020年に慶應義塾大学の特任助教となって今に至ります。
科学的なエビデンスを皆さんに分かりやすく届けたい
入江:どのような研究者を目指しているのですか?
佐藤:人事出身の研究者として、理論と実践の両輪を回しながら、大学の研究成果と人事の皆さんを橋渡しできるような存在になれたらと考えています。
入江:研究者として、人事の皆さんに何かアドバイスしていただけますか?
佐藤:経営や人事の世界では、実はすでに統計的・科学的に明らかになっていることがいくつもあります。組織をデザインしたり、人事制度を構築したりする上で役立つ知恵が多くあるのです。実際アメリカでは、科学的研究のエビデンスをマネジメントに生かす「エビデンス・ベースド・マネジメント」が盛んになっており、経営や人事などの意思決定に、研究成果を反映することが当たり前になってきています。
しかし残念なことに、日本ではまだエビデンスが十分に整理されておらず、人事の皆さんに伝わっていません。それらをきちんと整理して皆さんに分かりやすく届けるのは、今後の私の仕事の1つだと思っています。ただ現時点でも、何かしら判断に困ったとき、経営学や心理学の論文などを調べると、助けになる知恵が見つかるケースが多いはずです。ぜひ調べてみてください。
その際に注意が必要なのが、どの企業にも適用できるエビデンス「ビッグイー(E)・エビデンス」と、ある企業の特殊な状況下でしか成り立たないエビデンス「リトルイー(e)・エビデンス」の判別です。実は、リトルイー・エビデンスがけっこう多いのです。分かりやすく言い換えると、他社のベストプラクティスを自社に適用できるかどうか、よく見極めなくてはならない、ということです。「他社が始めたから、自分たちも始めよう」という意思決定は、やはりリスクがあるのです。
「従業員のチャンピオン」視点を人事は忘れてはならない
入江:他に、何かアドバイスしていただけることはありませんか?
佐藤:データを扱う際には、「リフレーム(視点の転換)」を意識することをお薦めします。ウルリッチ教授は、人事の役割を戦略パートナー・管理のエキスパート・従業員のチャンピオン・変革のエージェントの4つに分けました。人事は、その4視点を切り替えながら考える必要がありますが、特に忘れてはならないのが「従業員のチャンピオン」です。
例えば、ピープルアナリティクスは社員の「活躍予測」や「エンゲージメント予測」に使われることがあります。しかし、これらの予測は、戦略パートナーや管理のエキスパートの視点です。従業員のチャンピオンとして見れば、適性の高いキャリアに就くことで、多くの社員が活躍できるのですから、活躍予測モデルよりもキャリア適性を詳しく見たり、適正配置モデルを作ったりした方がよいのでは、という結論に至るはずです。同様に、エンゲージメント予測よりも異動制度やキャリアパスを充実させた方が、前向きな解決策になる可能性があります。
人事には経営・管理者視点も必要ですが、つい忘れがちだからこそ、従業員視点を意識する必要があると思います。
中立的な立場を生かして「人事の共通化」を成し遂げたい
入江:今後、どのようなことに取り組みたいと考えていますか?
佐藤:実現したいことの1つが、「人事の共通化」です。人事には、どこでも同じように行う共通業務と、会社によって異なる個別業務があります。そのうちの共通業務に関しては、企業が協調して共通化を図ればよい、と思うのです。具体的には、人事専門の組織を立ち上げ、そこが共通業務のプロフェッショナル・サービスを提供するのです。そうすることで、各企業の人事は、自社を強くする個別業務に集中できる、というわけです。
ただ、そのためには、共通業務に関する情報の共有が欠かせません。実は、私は研究の傍らで、HRコミュニティ「HR Buddy」を運営しており、その仲間内では徐々に情報共有の機運が高まっています。さらに、日本でも情報銀行の仕組みが普及して、パーソナルデータの使用権を個人が管理するようになれば、人事データの共有化も行われるようになるかもしれません。
人事の共通化は、中立的な立場にある大学研究者が中心になって取り組むべきことでしょう。実現に向けて、本格的に進んでいけたらと考えています。
【text:米川青馬】
今回は、HRアナリティクスの実践家から、アカデミアへと転身した佐藤さんにお話を伺いました。
HRアナリティクスの質を高めるためには、分析技術をもつだけではなく、「従業員のチャンピオン」視点をもつこと、また、学術的な視点を活用することが必要であるということを、改めて認識する機会となりました。
また、個人、あるいは1つの組織に閉じるのではなく、さまざまな人や組織と協調することの大切さについても、ご自身がコミュニティを運営しているからこその説得力をもってビジョンを語っていただきました。
佐藤さんがハブとなり、さまざまな人と企業、また産業界と学術界がつながり、新たな人事の知恵が生まれることが非常に楽しみとなりましたし、私たちもその場に加わりたいと思いました。
※HAT Labとは
正式名称HR Analytics & Technology Lab。リクルートマネジメントソリューションズが先進技術を活用して「個と組織を生かす」ための研究・開発を行う部門。中心テーマは、データサイエンスとユーザーエクスペリエンスの向上技術。所長は、2002年入社後、一貫して人事データ解析に関する研究・開発やコンサルティングに携わる入江崇介が務める。
※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.60 連載「データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 連載第13回」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
佐藤 優介(さとう ゆうすけ)氏
慶應義塾大学 システムデザイン・マネジメント研究科 特任助教
大学時代にベンチャー企業での新規事業立ち上げ・起業を経て、アクセンチュアに戦略コンサルタントとして入社。主に金融機関向けのプロジェクトに従事。1年間の育児休暇を経て、人事部に異動。人事部では、中途採用担当、新卒採用チームリード、複数の人事戦略プロジェクトなどを経験。2020年より現職。現在、同研究科博士課程1年でもある。
バックナンバー
第8回 伝え方次第でデータの効果は0にも100にもなる(一般社団法人 日本スポーツアナリスト協会〈JSAA〉 代表理事 渡辺啓太氏)
第9回 NAONAで1on1ミーティングをもっと良いものに(株式会社村田製作所 モジュール事業本部 IoT事業推進部 データソリューション企画開発課 マネージャー 前田頼宣氏)
第10回 創造性を科学し社会価値創造のエコシステムを作る(VISITS Technologies 株式会社 Founder/CEO 松本 勝氏)
第11回 アナリティクスを人事の現場に普及させたい(スターツリー株式会社 代表取締役 山田隆史氏)
第12回 スマートビルが横や斜めのつながりを増やして創発を促す(株式会社日建設計 デジタル推進グループ 中村公洋氏)
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