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データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第22回

適性タイプ分類モデルでバランスよく多様な人財の採用に成功

  • 公開日:2023/05/08
  • 更新日:2024/06/21
適性タイプ分類モデルでバランスよく多様な人財の採用に成功

横浜銀行が浜銀総合研究所と協働し、新卒採用にピープルアナリティクスを活用して、多様な人財の採用に取り組んでいる。どのような施策を実行したのか。成功の要因は何だったのか。なぜ多様な人財を求めているのか。今後、ピープルアナリティクスをどのように展開していくのか。横浜銀行 仁平純一氏(写真右)、同 高原大輝氏(写真左)、浜銀総合研究所 中村友紀氏(写真中央)にお話を伺った。

最初の挑戦で疑問が生じて適性タイプ分類モデル構築に方向転換
これまでの新卒採用には適性タイプの偏りがあった
これがデータ蓄積からデータ活用への第一歩
背景にあるのは人財ポートフォリオ改革
ジョブフォーラムと金融ビジネススクール
人財ポートフォリオ改革は生き残りをかけた取り組みだ

最初の挑戦で疑問が生じて適性タイプ分類モデル構築に方向転換

入江:どうやって採用にピープルアナリティクスを活用したのでしょうか。詳しく教えてください。

高原:最初は、シンプルに優秀人財の採用を増やしたいと考えて、「ハイパフォーマー予測モデル」の構築にチャレンジしました。

中村:具体的には、これまでの優秀人財のデータを教師データにして教師あり学習を行い、機械学習による予測モデルの構築を目指しました。

高原:しかし、進めるなかで疑問が生じてきました。まず、今の横浜銀行では業務や価値観が多様になっているため、単一のハイパフォーマー像を置くのが難しいのではないかと思いました。また、これまでの高評価者がこれからもハイパフォーマーとは限らないのではないかとも考え、この挑戦を見送ることにしました。

次に取りかかったのが、「適性タイプ分類モデル」の構築でした。これが今日の本題です。

仁平:なお、これから紹介する取り組みは、私たち横浜銀行の人財部と、グループ会社の浜銀総研のコラボレーションの成果です。中村をはじめ、何名かの浜銀総研社員が週1回、グループ内副業の形で横浜銀行に出社し、協働しています。つまり、これはグループ内越境プロジェクトでもあります。

これまでの新卒採用には適性タイプの偏りがあった

入江:適性タイプ分類モデルとはどのようなものですか?

高原:簡単にいえば、営業向き・企画向き・デジタル向きといった「適性タイプ」別に分類した人財モデルです。

中村:私たちはまず、若手社員の適性検査データを分析して、10タイプの適性モデルを構築しました。そこに希望職務アンケートの結果を掛け合わせ、適性と希望を踏まえたキャリアモデル分析を行いました。

次に、その分析結果を近年の採用データにあてはめ、適性タイプ別の面接通過率や採用数を可視化しました。そうしたところ、近年の新卒採用で採用されているタイプには大きな偏りがあることが分かったのです。具体的には、コミュニケーション能力の高い調整型タイプに多く内定を出していました。

高原:調整型タイプばかり採用してしまうと、将来目指す人財ポートフォリオが実現できない懸念があり、適性タイプの偏りを解消する必要がありました。

そこで私たちは、2023年入社の新卒採用から、採用プロセスや手法を適性タイプ分類モデルに合わせて変革することに決めました。具体的には、適性タイプに基づく採用計画を策定し、タイプ別の予定内定者数やプロセスごとの通過数目安を定めました。選考中はプロセスごとの通過数を常にモニタリングし、随時調整をかけてタイプ別のバランスをとっていきました。

併せて、面接のやり方を大きく変えました。従来の面接は評価基準などの面で面接官に大きく依存しており、これがタイプの偏りの一因となっていました。そこで私たちは適性タイプごとのマニュアルを作成し、面接官のみなさんにマニュアルに沿った面接をしてもらうようにしたのです。

仁平:一方で、最終面接は必ず対面で行うなどして、面接官の意向や感触も大事にした人物本位の採用を実行しました。これまでのすべてを否定するのではなく、このように従来型手法とデジタル型手法のいいとこどりをすることが大切だと考えています。

高原:以上の取り組みの結果、ほぼ計画通りの適性タイプ構成を実現することができました。バランスよく多様な人財を採用できたのです。

また、学生のみなさんからは「自分を出せる質問が多く、面接がやりやすかった」「自分をアピールしやすかった」という反応を多くいただきました。

面接官も、同じタイプのなかで比較ができ、選考しやすかったようです。「短時間のオンライン面接でも、入社後の職務をイメージしながら深掘りした面接ができた」と好評でした。

これがデータ蓄積からデータ活用への第一歩

入江:適性タイプ分類モデルは、採用に限ったものなのでしょうか。

高原:いえ、そうではありません。このプロジェクトは、元々は私たちがタレントマネジメントシステムを導入したことから始まりました。最初は、人財データの収集と蓄積を行いました。多くのデータを収集し、蓄積の仕組みもある程度整ったところで、データを分析し、分析結果を施策に生かすステージに進んだのです。そこで浜銀総研の力を借りながら、ピープルアナリティクスを開始した次第です。

採用から始めたのは、採用が最もデータを活用しやすかったからです。その意味でいえば、今回の取り組みはデータ蓄積からデータ活用への第一歩にすぎません。今後は採用だけでなく、育成・配置・評価・定着の全局面でピープルアナリティクスを積極的に展開します。適性タイプ分類モデルも、人事評価や配置、エンゲージメント向上などに活用することを想定しています。

仁平:蓄積した人財データをもとに、各支店の総合力を可視化するようなチャレンジも始めています。データを活用することで、これまで以上に公平で正当な能力評価・業績評価も可能になると考えています。

背景にあるのは人財ポートフォリオ改革

入江:この取り組みの背景には、どのような人事課題があるのですか?

仁平:一言でいえば、「人財ポートフォリオ改革」があります。

これは当行に限った話ではなく、業界全体の動向ですが、私たちは今、事務部門から、営業部門やIT・デジタル部門への人員シフト、戦略的配置転換を行っています。人財ポートフォリオ全体を大きく動かしているのです。

当然ながら、単に配置転換をすればうまくいく、というわけではありません。人財ポートフォリオ改革では、「キャリアオーナーシップ」と「リスキリング」が極めて重要です。

キャリアオーナーシップとは、全行員が自分のキャリアに責任をもつことです。自分のキャリアについては自ら考えて行動を起こし、自らの意向で自分を磨き、マーケットバリューを高めてほしい、と呼びかけています。

ただし、その際に必要なスキルを磨いたり、マインドセットを更新するための研修はできるだけ私たちが用意しています。また、行内公募を年2回から毎月の実施に変更したり、FA制度を試行的に始めたりして、手を挙げればチャレンジの機会を得られる環境の構築も進めています。

マネジャーたちは1on1でメンバーと丁寧にコミュニケーションをとって、一人ひとりの意向を傾聴し、尊重しています。マネジャーがメンバーのリスキリングに対する不安や恐れに寄り添い、共に一歩を踏み出す姿勢も大切にしています。支店長勉強会や評価者訓練にも力を入れ、マネジメント変革に努めています。

ジョブフォーラムと金融ビジネススクール

入江:具体的にはどのような改革の取り組みをしているのですか?

仁平:例えば先日は、「ジョブフォーラム」を開催しました。1日かけて、本部の全13部署が、自部署の役割や業務内容を詳しく案内し、本部の部署や仕事について知ってもらうイベントです。誰だって、異動先のことがよく分からなければ、異動希望の部署を選ぶことも、異動を目指して研鑽を積むこともできません。ジョブフォーラムのような場は、人財ポートフォリオ改革に欠かせないものだと考えています。

現在、ジョブフォーラムの内容は動画コンテンツにして、誰でもいつでも見られるようにしています。さらに今は、どの部署で働くにはどのようなスキルや経験を身につければよいか、キャリアとスキルの道標を順次用意し、案内している最中です。

それから、キャリアチェンジを果たした行員は、社内の「金融ビジネススクール」に通うことになっています。金融ビジネススクールには各業務の専任講師が十数名在籍しており、異動後の1カ月から数カ月にわたって、新業務をつきっきりで教えます。スクール卒業後も、講師が定期的に業務をモニタリングし、学んだことを実践できているかをチェックします。必要があれば、講師が支店長と面談して、メンバーに継続的な学習を促すのです。キャリアオーナーシップのある行員のリスキリングは、金融ビジネススクールがこうして徹底的に支援しています。

私たちは今、このようにリスキリングしやすい体制を整え、わざわざ転職しなくても、グループ内で目指すポジションに就き、自己実現できる組織に変えているのです。

人財ポートフォリオ改革は生き残りをかけた取り組みだ

入江:従業員のみなさんは人財ポートフォリオ改革によって、主体的にキャリアを選べるようになったのですね。

仁平:そのとおりです。昔の銀行は総合職全員がゼネラリストとして支店長を目指す単線型キャリアパスでした。

しかし、現在の銀行には、各専門部署で活躍するスペシャリストが多数在籍しています。全員が支店長を目指すのではなく、スペシャリストがそれぞれのプロフェッショナルになっていく「複線型キャリアパス」に変わったのです。そのなかでどのようなキャリアパスを選ぶかは、個人の希望と適性の掛け合わせで主体的に決めてもらいたい、と考えています。

入江:最後に、読者へメッセージをお願いします。

中村:ピープルアナリティクスは、因果関係が複雑な事象を扱う上に、内容がセンシティブで、データサイエンティストとしては難度の高い領域です。しかも、従業員のみなさんの人生がかかっていますから、何事も慎重かつ正確に進める必要があります。

しかし、これから地方銀行の再編やデジタルの高度化がさらに加速することを踏まえると、横浜銀行が人事戦略にピープルアナリティクスを活用することはますます重要になります。今後も協働しながら、分析の確度をさらに高めていきたいと思っています。

高原:私たちの事例は、地方銀行に限らず多くの企業に参考にしていただけるものではないかと考えています。私たちとしては、この事例をぜひ参考にしていただき、同様の取り組みをする企業のみなさんと情報交換ができたらと思っています。遠慮なくお声がけください。

仁平:最近では、多くの若手社員が入社前から自分のやりたいことを明確にしており、自己実現を強く求めています。私たちとしては、その想いにしっかりと応えられる組織づくりを進めなければ、優秀な人財に選んでもらえなくなり、変化の激しい時代に沈没しかねない、と覚悟しています。人財ポートフォリオ改革は、私たちの生き残りをかけた取り組みなのです。今後も、ピープルアナリティクスを最大限活用しながら、改革を進めていきます。



【text:米川 青馬 photo:伊藤 誠】

KEYWORD
HAT Lab 所長 入江の解説

今回は、ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会主催「Digital HRCompetition 2022」のピープルアナリティクス部門ファイナリストにノミネートされた、横浜銀行様と浜銀総合研究所様のもとへ取材に伺いました。

私は、上記のコンペティションでプレゼンテーションを拝聴したのですが、「適性タイプ分類を用いることの合理性・有効性」「適性タイプに合わせた面接官のアサインなどの実務への組み込み」などの取り組みもさることながら、試行錯誤のプロセスも参考になると思い、両社の取り組みをこの場で紹介させていただこうと思いました。

今回の取材では、取り組みの背景にある「人財ポートフォリオ改革」についても詳しく教えていただきました。お話のなかにあったように、キャリアオーナーシップ向上とリスキリング推進、これらなくして成功する取り組みではないと思います。しかし、両者が実現できている企業は、現時点ではそれほど多くないようにも思います。その点、横浜銀行様では「ジョブフォーラム」などを含め、両者を推進するためにさまざまなチャレンジがなされており、非常に参考になりました。

ぜひ、みなさんも、両社の取り組みにご注目ください。

※HAT Labとは

正式名称HR Analytics & Technology Lab。リクルートマネジメントソリューションズが先進技術を活用して「個と組織を生かす」ための研究・開発を行う部門。中心テーマは、データサイエンスとユーザーエクスペリエンスの向上技術。所長は、2002年入社後、一貫して人事データ解析に関する研究・開発やコンサルティングに携わる入江崇介が務める。

※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.69連載「データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 連載第22回」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE

仁平 純一(にへい じゅんいち)氏
株式会社横浜銀行
人財部 部長

1995年明治大学政治経済学部卒業。同年横浜銀行入行。自由が丘支店長、元町支店長などを経て、2020年8月から現職。

高原 大輝(たかはら だいき)氏
株式会社横浜銀行
人財部 企画グループ
ビジネスアシスタントリーダー

中村 友紀(なかむら ゆき)氏
株式会社浜銀総合研究所
情報戦略コンサルティング部 副主任研究員



バックナンバー

第17回 マーケットデザインとマッチング理論で適材適所を促進する(東京大学大学院経済学研究科教授 東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長 小島 武仁氏)

第18回 経営と目線を合わせたピープルアナリティクスが今後の鍵になる(早稲田大学 政治経済学術院 教授 経済産業研究所 ファカルティフェロー 大湾 秀雄氏)

第19回 「人事の脱エクセル」が進む可視化中心のピープルアナリティクス(LINE株式会社 Employee Success室 HR Data Managementチーム 佐久間 祐司氏)

第20回 「信頼」を科学してイノベーションを生み出す日本にしたい(株式会社シンギュレイト 代表取締役 鹿内学氏)

第21回 社員の「ワクワク感」を高めるEX観点を日本の常識にしたい(PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 土橋隼人氏)

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