データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第4回 人事部門に必要なデータ活用には特有の難しさがある

「データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー」初代受賞者の河本薫氏が、『最強のデータ分析組織』(日経BP社)を2017年11月に上梓。“日本一有名なデータサイエンティスト”ともいわれる氏に、最近の企業データ活用ブームや人事データ活用の可能性について伺った。


データ活用によって業務改革を進め、経営に貢献する

入江:まずは、ご自身のこれまでの取り組みについてお聞きしたいのですが。

河本:私はこれまで、大阪ガスの「ビジネスアナリシスセンター」を率いていました。これはIT部門のなかに設置された10名ほどの組織で、大阪ガスグループのあらゆる組織にデータ分析ソリューションを提供するのがその役割です。ガスの需要予測、顧客ターゲティング分析、設備オペレーションの最適化など、多種多様なデータ分析を手がけています。

入江:大阪ガスは、2015年に企業情報化協会から「IT総合賞」を受賞し、情報化促進貢献個人等表彰では「経済産業大臣賞」を河本さんが受賞しています。大阪ガスが、この分野でここまで有名になった理由は何だとお考えでしょうか。

河本:ビジネスアナリシスセンターを訪れる人たちと話をすると、同じ悩みを打ち明けられました。「当社でもデータ分析専門組織を立ち上げたのだが、うまく機能しない」「これから立ち上げるので、アドバイスが欲しい」といったような相談です。そして実をいうと、当初、私は「なぜ大阪ガスに相談にくるのだろうか。もっと知名度が高く、データ分析に熱心な企業はたくさんあるはずなのに」と不思議に思っていました。

どうやら米グーグルや米アップルのような突出したIT企業ではなく、日本のガス会社という非常に身近な一般企業における成功例として興味をもってもらっていたようなのです。

私たちが重視していたのは、データ活用によって「業務改革」を進め、「経営に貢献すること」でした。それが達成できないデータ分析は、いくら優れていても意味がないと思っています。だからこそ、私たちは「業務コンサルティング力」を日々磨いていました。センターは全員で10名の組織で、メンバーのIT力や数学力は、突出して高いということはありませんが、業務コンサルティング力にはそれなりの自信をもっています。

それをうまく機能させられていた仕組みが「スポンサーシップ制度」です。各事業部から「業務委託契約」形式でプロジェクトの予算をもらう独立採算制で、これには私たちの人件費を含んでいます。この制度で、事業部は金額に見合う以上のメリットを求めることになりますし、私たちのチームも運命共同体としてコミットメントします。結果として、必要度の高いプロジェクトを優先的に手がけることができ、業務改革の実効性を高められるメリットがあります。

入江:各事業部にはデータサイエンティストやアナリストはいないのですか。

河本:在籍している部署もあります。事業部が自ら解決できることは、できるだけそうしてもらった方がお互いに良いのです。スポンサーシップ制度で運営されているので、一見するとセンターでは何でも多く受注すればよいと思われるかもしれませんが、それだと各部署ができるけれども単に面倒だと思っている「下請け仕事」的なものも増えるでしょう。それだと、全社的なセンターの役割を考えた際に、付加価値的な貢献度が低くなってしまう。事業部だけでは手に負えない課題をデータ分析で解決するのが、私たちの仕事でした。

社員1人を採用することは数億円の投資判断である

入江:最近のデータ活用ブームについて、どう感じているでしょうか。

河本:一長一短だと思っています。間違いなくいえるのは、経営陣のデータ活用に対する期待度が高まったことです。そのために予算や人的リソースが付きやすくなったり、社内で動きやすくなったりしたのはプラス面の影響です。ただ一方で、現実離れした期待感をもたれるケースも増えているようにも感じます。

入江:それは例えば、人事の方が経営から、「人事データとAIを使って、何か新しいことを始めてほしい」と言われるといったことでしょうか。そうした悩みは、私たちのラボでもよく耳にします。

河本:まさにそういった類のことです。目的や課題がなければ何もできないわけで、データ分析は魔法ではないことを分かってもらわなくてはなりません。ここ数年でデータサイエンティストはずいぶんメジャーな仕事になり、採用数も増えましたが、問題は企業が彼らを上手に使いこなせるかどうかではないでしょうか。

入江:ところで、大阪ガスでは人事系のデータ分析の実績はあるのでしょうか。

河本:いろいろと相談を受けてきましたし、実際に手がけたこともありますが、実は業務改善ほどには積極的には進めていませんでした。人事系に関していえば、その特殊性を感じています。そもそもデータ分析やAIによって自動化、効率化が図れるかのハードルが高いのです。さらにいえば、定年まで働いてもらうことを想定すれば、1人を採用・育成することは、数億円の投資判断です。であれば“効率化”のためにありもののデータを分析していく、というよりは、むしろ見極めを手厚くする方向で考えるべきではないでしょうか。

入江:手厚くするというのは、具体的にはどういうことですか?

河本:例えば、私たちは、データサイエンティスト実習コースのインターン生の受け入れを定期的に行っていましたが、このインターンは3日間です。3日あれば、私たちはインターン生のポテンシャルを明確に見極められます。いわば、これまでの“蓄積”を活用して、実地で実際に分析をする、というイメージでしょうか。採用という重要な投資判断にかける時間として、3日間は決して長くないと考えています。

人事データを扱う際のさまざまな難しさ

河本:人事データには特有の難しさがあります。例えば「どういった能力をもった人材が優秀か」という定義が難しい。研修のスコアやテストなどで“測れる”データは貴重ではあるものの、やはり人間の能力や魅力、ポテンシャルといった部分は、そのデータからは漏れるものも多いでしょう。つまり、人材の評価は、どこまでいっても主観的な基準が残る分野だといえます。

また、経営の将来的なゴールは多様であり、私たち分析者はその判断が原則的にできません。私たち分析者が経営に寄り添う必要があるのはそのためです。

そして、企業経営として考えれば、分析者が実際に「優秀人材」の評価基準化と測定ができたとしても、一律でそれにあてはまる人材ばかりを揃えるのが正しいのかという問題が残るでしょう。

入江:なるほど。ただ、離職可能性に関してはデータ分析でかなり予測できるようになりました。

河本:離職に関しては、データ分析の結果を受けてどんな行動をするかが今後の課題でしょう。離職可能性が高いと分かったところで、とれる対策はあまり多くない、という現状を打開していく必要があると思います。

最も大切なのは人の幸せ それを忘れてはならない

入江:それでは、人事データ活用は後回しにした方がよいのでしょうか。

河本:そんなことはありません。データ活用は進めた方がよいですし、できることはいろいろとあります。まず重要なのは、BIツールなどを使った「人事データの見える化」です。データ活用の上で、これは必要条件です。例えば、どの年にはどのような方針で採用したかといった情報を残すのは大切なことです。これは外部の専門家に頼らずとも、人事部内で十分に対応できることだと思います。

また、採用に関しては、意思決定の手がかりとしてデータ分析を部分的に活用することはできると思います。そのためには、ふだんからBIツールを使って、どういう人材が良いのかをデータ面から観察することが重要です。そうすれば、このゾーンは採用しない方がよいといった限定的な形式知は得られるはずです。データを完全に信用すべきではなく、グレーゾーンを残す必要がありますが、役立つ部分はあるでしょう。

それから、例えばメンタルヘルスの不調を予測・予防するといった部分ソリューションには可能性があると思います。

データを活用する上で私たちが忘れてはならないのは、「最も大切なのは人の幸せだ」ということです。そのことをいつも念頭に置き、データ活用の限界や難しさを分かった上で、これまでの勘と経験にどうやってデータ分析やAIを組み合わせていけばよいのかを追求していけば、人事系データにも十分に活用の余地があると思います。

大阪ガスを辞め、アカデミアへの転身を決断した理由

入江:河本さんは2018年の4月から、滋賀大学の教授に就任されましたが、私自身とても驚きました。今回、転身を決めた理由は何だったのでしょうか。

河本:私は、1991年入社以来、大阪ガス一筋で、27年間にわたり仕事をしてきました。

入社して7年間は世界初の家庭用ガス冷暖房機の商品開発に携わりました。

阪神・淡路大震災の復旧対応では、お客様と向かい合い、現場の責任感の大切さを痛感しました。これは今でも思い出します。

その後、米国の研究所へ留学する機会をもらい、帰国後は大阪ガスに戻り、企業内にできていた研究所に所属しました。当時は「データ分析専門チーム」と呼ばれていて、そこにいた先輩たちは、データ分析をいろいろな領域に活用しようと意気込んでいて、私もさまざまな仕事の経験をさせてもらえました。大阪ガスのDNAである「おせっかい精神」「役立ってなんぼ精神」にも通じる姿勢ですが、そこから学んだことが、今のビジネスアナリシスセンターの活動にも生かされています。私がいなくなったとしても、その姿勢は、メンバーがしっかりと引き継いでさらに発展させていってくれるでしょう。その確信がもてたことが、私の決心がついた1つの理由です。

もう1つの理由は、社会や企業の役に立つデータサイエンティストが、世の中にもっと増えた方がよいと思ったことです。それには私の大阪ガスでの経験が役に立つのではないかと思っていました。そんな折に、滋賀大学は日本で初めてのデータサイエンス学部を立ち上げました。果敢な挑戦をする面白い大学だと思い興味が湧いたのと、また、入学する学生がデータサイエンティストとして立派に活躍できるようになれば、私の念願も叶うと考えたのです。

アカデミアと企業の距離は、もっと近くてもよいのではないか

入江:河本さんの転身は、実業界とアカデミアの両方に大きなインパクトを与えたと思います。今後の活動はどのようにしていく予定でしょうか。

河本:(編集註:大阪大学招聘教授として教鞭はすでに執ってはいたがフルタイムの)大学教員に挑戦することは、会社員としての経験しかない私にとって、不安がまったくないと言えば嘘になります。そんな心中ではありますが、「学生を育てて社会に役立つ」という熱意をもって、これまでどおり地道に取り組んでいきたいと思っています。

学生には、理論的な学びに加えて、実社会での実践的な学びをたくさん積ませてやりたいと思っています。また、たくさんの企業のみなさんと一緒にデータ分析をしていける場づくりなどは意識的にやっていこうと考えています。

私自身も、大学に閉じこもることなく、これまでにお付き合いのあった方、そしてこれから私たちを必要としてくれる方と広く交流して、ビジネスとアカデミアの架け橋的なものになれればと思っています。企業とアカデミアの距離はもっと近くてもよいのではないか。企業はアカデミアにもっと社会に役立つための協力を求めてもよいと思いますし、アカデミアは企業にもっと自分たちの知見を問題解決に使ってほしいと訴えてもよいのではないかと思っています。

ビジネス界で現在のようにデータ活用が脚光を浴びるはるか前から、約20年にわたって社内のさまざまな業務の改革のためにデータ活用に携わってきた河本さんのお話は、非常に示唆に富む、学びの多いものでした。

まず、ビジネスにおいて、「経営に貢献すること」がデータ活用のゴールであるということは一見当たり前のように思われるかもしれません。しかし、分析者が手法に凝りすぎるなど「分析自体が目的化してしまう」こと、あるいは分析結果を使う側の目的があいまいで「分析結果が意思決定のために使えない」といったことは案外頻繁に起こることです。

それを避けるためには、「スポンサーシップ制度」のように、「分析結果を使う側」と「分析を行う側」が相互にコミットし合う仕組みを設けることは理に適った取り組みであり、これから社内でデータ活用を進める方にとって参考になるものだと思います。

また、長年のデータ活用経験があるからこそ、河本さんは「データ分析の限界や難しさ」を深く理解されており、データ活用に真摯に向き合っていることを非常に強く感じました。

河本さんのおっしゃるとおり、人事領域は主観の多い世界であり、かつ正解が一意に定まらないことも多い世界です。データ分析をしやすくするために、安易に課題を単純化することによって、「人を幸せにする」という人事本来の役割を損なわないよう、肝に銘じなくてはならないと改めて思いました。

河本さんは、本年4月より、大学教授としてのキャリアをスタートしました。これまでのご自身の経験をもとに、「人の幸せを実現するデータサイエンティスト」を今後数多く輩出されることが、非常に楽しみです。

※HAT Labとは
正式名称HR Analytics & Technology Lab。リクルートマネジメントソリューションズが先進技術を活用して「個と組織を生かす」ための研究・開発を行う部門。中心テーマは、データサイエンスとユーザーエクスペリエンスの向上技術。所長は、2002年入社後、一貫して人事データ解析に関する研究・開発やコンサルティングに携わる入江崇介が務める。

【text:米川青馬】


※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.50連載「データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 連載第4回」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE
河本 薫(かわもとかおる)氏
滋賀大学 データサイエンス学部 教授

1991年、京都大学大学院修了後、大阪ガス入社。1998年、米ローレンスバークレー国立研究所でデータ分析に従事。2005年、大阪大学で博士号(工学)。2011年よりビジネスアナリシスセンター所長に。2014年、神戸大学で博士号(経済学)。また2014年より大阪大学招聘教授を兼任。2018年4月より滋賀大学データサイエンス学部教授に就任。

バックナンバー

第1回 「統計モデリング」には人事のあり方を変える力がある
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