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データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第18回

経営と目線を合わせたピープルアナリティクスが今後の鍵になる

  • 公開日:2022/05/09
  • 更新日:2024/05/16
経営と目線を合わせたピープルアナリティクスが今後の鍵になる

早稲田大学教授 大湾秀雄氏は、日本のピープルアナリティクスを黎明期から牽引してきた第一人者だ。『日本の人事を科学する』の著者である大湾氏に、日本のピープルアナリティクスの最新動向を伺った。

急速に裾野を広げた日本のピープルアナリティクス
データ分析担当者が1 人だとPDCAサイクルを速く回せない
ジョブ型雇用が進むほどアナリティクスが活用される
ジョブ型雇用は人事部も大きく変える

急速に裾野を広げた日本のピープルアナリティクス

入江:日本のピープルアナリティクスの現状をどのように見ていますか?

大湾:入江さんもよくご存じだと思いますが、最近はHRテクノロジーが急速に発展しています。日本でピープルアナリティクスに光が当たり始めた頃と比べると、タレントマネジメントシステムなどが格段に使いやすくなりました。

そのため、人事データの利用者層が人事部だけでなく、経営陣や現場マネジャー層に拡大してきました。例えば、人事の皆さんが人事データを可視化し、経営陣や現場マネジャーに分析結果を定期的に報告・共有することが当たり前になりつつあります。経営陣や現場マネジャーが、タレントマネジメントシステムのダッシュボードを日常的に見ている、という企業も多くなってきました。なかには、全社員に対して広く人事データの分析結果を公開している企業も出てきています。

一言でまとめると、ピープルアナリティクスの裾野がかなり広がった、という印象を受けています。

入江:ここ2、3年で、急速に発展しましたよね。

大湾:そのとおりです。同時に、人事部内にデータ収集・保存・活用の仕組みが整った企業が多くなっています。

R・Stata・SASなどの統計解析ソフトウェアはまだ扱うのが難しいですが、今後、簡単に扱える統計解析ソフトウェアが登場したら、ピープルアナリティクス人口は一気に増えるでしょう。そうした点では、私は楽観的です。

データ分析担当者が1 人だとPDCAサイクルを速く回せない

大湾:ただし、大きな前進があったのは、あくまで人事データの可視化に限ります。経営課題を踏まえて人事施策を実行し、データを用いて効果を検証し、施策を再企画・再実行して、改めてデータで検証する「ピープルアナリティクスのPDCAサイクル」を的確に回せている企業は決して多くない、というのが私の見方です。

入江:それはなぜですか?

大湾:大きく2つの理由があります。

1つは、多くの企業が「経営と目線を合わせたピープルアナリティクス」をまだ実現できていないからです。本来なら、CHRO(最高人事責任者)、CDO(最高デジタル責任者)、CAO(最高分析責任者)などが経営視点をもってピープルアナリティクスに深く関わり、経営課題を踏まえた人事データ活用を行う必要があるのですが、ほとんどの企業ではそうした体制が完成していません。今後は、経営と目線を合わせたピープルアナリティクスが鍵になります。

もう1つの理由は、人事データ分析者が足りていないからです。現状、人事部にデータ分析担当者が1人だけ、という企業が大半のように見受けられます。この人数を増やさなくてはなりません。なぜなら、1人だけだと多角的に、そしてスピーディにPDCAサイクルを回すことができないからです。PDCAサイクルを回すスピードを上げないと、経営や現場から高く評価されるピープルアナリティクスを行うのは難しいでしょう。人事業務に詳しく、かつデータ分析ができる人材の育成が急務です。

もう少し踏み込んだことを言えば、データ分析者のなかに、社会科学や経済学のフレームワークをもった人材が少ないという問題があります。人事データを適切に解釈するためには、データサイエンスや統計学に詳しいだけでなく、社会科学・経済学の枠組でデータを解釈するスキルにも長けている必要があります。こうした人材の育成は、人事経済学を研究する私の仕事の1つでもあります。

ジョブ型雇用が進むほどアナリティクスが活用される

入江:その他に何か、ピープルアナリティクスに関連する変化の兆しはありますか?

大湾:私は今後、日本でも「ジョブ型雇用」が進むと見ています。ジョブ型雇用には、「職の標準化」「人事の分権化」「自律的なキャリア形成の促進」の3つの柱があると私は思っていますが、これらはピープルアナリティクスと関係が深いものです。

「職の標準化」について言うと、それは「経験やスキルの標準化」につながります。それによって、個人ごとにどのような職能や役割を経験してきたのか、そのなかでどのようなスキルを身につけてきたのかなどを整理して、データとして蓄積することができるようになります。そうすると例えば、5年後、10年後のある職種の需給ギャップをデータから予測しやすくなります。

また、異動配置などのマッチングや、パーソナライズした人材育成計画などもしやすくなるでしょう。これらは、「自律的なキャリア形成」の促進にもつながるものです。つまり、ジョブ型雇用が進むほど、ピープルアナリティクスが実施しやすくなると同時に、活用される局面が増えていくのです。

なお、ジョブ型雇用は人的資本投資を減らすという意見がありますが、私は逆だと考えています。少なくとも経営層・マネジャー層に関して言えば、ジョブ型雇用はむしろ人的資本投資を増やす効果があるのです。

なぜかといえば、ジョブ型雇用が広まった社会では、「人材育成」が採用・リテンションの鍵を握るからです。ジョブ型雇用が一般的になれば、スキルを高めなければ給与が上がりませんから、多くの人材がスキルの向上を望みます。そのため、人材育成に力を入れる企業に優秀な人材が集まるのです。彼らはスキルを伸ばし、やがて経営陣になって、会社の価値をさらに高めるでしょう。そこから生まれるリターンが高いので、大企業は競って人材育成をアピールし、優秀層を惹きつけようとします。ジョブ型雇用社会では、流動性の高い労働市場での競争が人的資本の蓄積を促します。欧米企業が日本企業よりもはるかに人材育成投資を行っていることからも明らかではないでしょうか。

そこで肝要なのが、中間管理職育成や次世代リーダー育成にピープルアナリティクスを活用することです。私が研究に力を入れている領域の1つです。

ジョブ型雇用は人事部も大きく変える

大湾:付け加えると、ジョブ型雇用は「人事の分権化」、つまり人事権の現場移譲を促します。人事権が完全に現場に移ったときに人事部に必要なのは、制度設計を行う人事業務の専門家と、経営人材育成の専門家、そして人事データ分析の専門家くらいでしょう。ジョブ型雇用は、人事部を大きく変えることにもつながるはずです。

入江:現状はHRビジネスパートナーがまだまだ一般的ではなく、日本企業の人事権の現場移譲がすぐに進むとは思えませんが、中長期的にはおっしゃるとおり、人事部は変わらざるを得ないと思います。

大湾:最後に大きな話をすると、日本企業の人的資本投資を促すためには、今まさに金融庁や東京証券取引所が動き始めていますが、国や市場が企業に対して人的資本情報の開示を求めることが大切です。

各企業の人的資本情報が明らかになれば、投資家はもちろん、個人がそれに基づいて企業を選べるようになります。そうすれば回り回って、人的資本投資を増やす企業が増えるでしょう。人的資本情報の開示は、こうした好循環を生み出す推進力になるはずです。

【text:米川 青馬 photo:伊藤 誠】

KEYWORD
HAT Lab 所長 入江の解説

2017年発行のRMS Message47号の特集「人事データ活用-はじめの一歩を踏み出す-」にご登場いただいた大湾先生に、今回改めてお話を伺いました。

ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会の理事も務め、学界と産業界の橋渡しをしながら、ピープルアナリティクスの発展に大きく貢献されている大湾先生のお話は、非常に示唆に富むものでした。特に、ジョブ型雇用とピープルアナリティクス、また人的資本投資の関係に関するお話は、人事経済学をご専門とされる大湾先生ならではの視点だと感じました。

「 経営と目線を合わせたピープルアナリティクス」のレベルを高めるためには、社会科学・経済学などのアカデミックな知見が不可欠だと改めて思い、私自身も今後さらに知見を深めたいと思いました。

※HAT Labとは

正式名称HR Analytics & Technology Lab。リクルートマネジメントソリューションズが先進技術を活用して「個と組織を生かす」ための研究・開発を行う部門。中心テーマは、データサイエンスとユーザーエクスペリエンスの向上技術。所長は、2002年入社後、一貫して人事データ解析に関する研究・開発やコンサルティングに携わる入江崇介が務める。

※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.65連載「データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 連載第18回」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE

大湾 秀雄(おおわん ひでお)氏
早稲田大学 政治経済学術院 教授
経済産業研究所 ファカルティフェロー

東京大学理学部卒業後、野村総合研究所でエコノミストを務める。スタンフォード大学経営大学院博士。ワシントン大学オーリン経営大学院助教授、青山学院大学国際マネジメント研究科教授、東京大学社会科学研究所教授などを経て2018年から現職。著書に『日本の人事を科学する』(日本経済新聞出版)などがある。

バックナンバー
第13回 他社が始めたから自分たちも、という意思決定でよいのか(慶應義塾大学 システムデザイン・マネジメント研究科 特任助教 佐藤 優介氏)

第14回 データサイエンスとビジネスの橋渡しが最も大事で難しい(三菱ケミカル株式会社 人事部 労制・企画グループ 大村 大輔氏)

第15回 人的資本投資の開示・マネジメントツールISO30414(一般社団法人 ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 副代表理事 加藤茂博氏/研究員 小澤ひろこ氏)

第16回 負荷を増やさずに人事データを民主化し意思決定を変える(パナリット株式会社 Co-founder/ COO トラン チー氏)

第17回 マーケットデザインとマッチング理論で適材適所を促進する(東京大学大学院経済学研究科教授 東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長 小島 武仁氏)

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