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THEME 理論/技術

連載・コラムデータサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第17回

マーケットデザインとマッチング理論で適材適所を促進する

マーケットデザインとマッチング理論で適材適所を促進する

近年、マーケットデザインとマッチング理論という経済学の研究分野が注目されている。その世界的リーダー、アルビン・ロス氏のもとで学び、共に研究してきた東京大学マーケットデザインセンター・センター長 小島武仁氏に、研究内容や社会実装の実例などについて詳しく伺った。

ある企業での新入社員配属

入江:先日のピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会でのお話、面白かったです。最初に、その事例について改めて教えてください。

小島:私たちは今、ある日本の製造業の会社と共同研究を行っています。私たちが開発したマッチングアルゴリズムを使い、新入社員の配属を決定する研究です。早速、2021年4月入社の新入社員をアルゴリズムで配属しました。

まず配属部署と新入社員の両者にアルゴリズムの説明をしました。次に、各部署は新入社員に業務内容をプレゼンテーションし、新入社員は各部署に向けて自己PRをする場を設け、最後に各部署・新入社員双方の希望を受けた上で、マッチングアルゴリズムが配属を決定する、という試みです。

入江:結果はどうでしたか?

小島:配属部署、新入社員、人事の三方から良い感想をいただき、手応えを感じています。部署・新入社員の両者の納得度を高めると同時に、人事の皆さんの工数を大幅に削減できました。

マッチングアルゴリズムでより良いマッチングを追求する

入江:小島先生の研究の全体像を簡単に教えていただけますか。

小島:私の専門は、マーケットデザインとマッチング理論です。

「マッチング理論」とは、数理的アプローチで、人と人、人とモノ・サービスをどうマッチさせたらよいかを研究する学問です。冒頭で紹介した配属以外にも、採用・入試など、世の中にはさまざまなマッチングがあります。そこにアルゴリズムを使い、より良いマッチングの実現を模索しています。アメリカでは企業人事にマッチングアルゴリズムを導入する事例が増えつつあり、有名なところではGoogleが社内異動に活用しています。

ちなみに冒頭の事例もそうでしたが、良いマッチングを行うためには、個人の希望を大切にする必要があります。希望を無視した配属を行えば、モチベーションが下がり、最悪の場合は離職につながるでしょう。安心して本音で希望が出せる工夫が求められます。

「マーケットデザイン」とは、マッチング理論を応用し、マッチングに関わる制度設計を研究し、社会実装するムーブメントを指します。マーケットと言っていますが、ビジネス市場や労働市場だけでなく、人事制度・入試制度・待機児童問題・ワクチン配布問題など、さまざまな制度のデザインを視野に入れています。

私自身は、2020年に「東京大学マーケットデザインセンター」を立ち上げ、仲間たちと共に、社会実装に向けた実践的な研究を進めています。

アメリカでは1990年代後半から社会実装が進んだ

入江:マーケットデザインとマッチング理論の歴史を教えてください。

小島:1962年、D・ゲールとL・シャプレーによって、金字塔の論文が書かれました。これがマッチング理論の始まりです。このとき2人が提唱した「GSアルゴリズム」は、マッチング理論の基本的なアルゴリズムとして、いまだに多くの場で活用されています。冒頭で紹介した事例もその応用です。

しかし、1980年くらいまで、マッチング理論は一種の数学パズルとして扱われ、社会に役立つとは思われていなかったのです。この理論が現場で活用できるのではないか、と言われ始めたのは1980年代になってからです。1990年代後半から社会実装が本格的に進み、研究が盛り上がって今に至ります。

1984年の論文で、アメリカの研修医マッチング制度のアルゴリズムが、GSアルゴリズムとほぼ同じものであることを発見し、社会実装の可能性を見出したのが、私の指導教官で、後に同僚となったロスでした。その後、彼や共同研究者たちは学校と生徒をマッチングするアルゴリズムを設計して、アメリカの学校選択制度を新たにデザインし、現在、ボストン、ニューヨークなどで実際に採用されています。他にも多くのプロジェクトを推進し、マーケットデザインの道を切り拓いてきました。

2012年、シャプレーとロスは共同でノーベル経済学賞を受賞しました。そのときようやく、日本でもマーケットデザインという言葉が広く知られるようになったのです。

現場の制約や問題は私たちの大切なヒント

入江:小島先生が社会実装の現場で感じていることを聞かせてください。

小島:社会実装には、面白さと難しさの両方があります。難しさからお話しすると、このような技術ドリブンのアイディアを社会実装する際、受け入れ側がすぐに納得するケースは多くありません。そこで、何をするかを丁寧に説明する、プログラムを実際に書いてプレゼンテーションする、といった地道な努力が欠かせず、ロスはそうしたことを率先して行ってきた1人でもあります。私も冒頭の事例のように、関係者の皆さんに理解を深めていただきながら、研究・実装を進めるよう努めています。

また、実装には、現場ごとにさまざまな制約があります。GSアルゴリズムは汎用性が高いのですが、制約があるとカスタマイズが必要になるケースがあります。制約によっては計算上解けないこと、解が存在しないこともあり、カスタマイズは簡単ではありません。その一方で必要だと思っていた制約が実は実現したい目的のためには不要であったと後で分かることもあり、実装の成功には、現場の皆さんとの密なコミュニケーションが欠かせません。

ただ、これらは難しさでもあり、面白さでもあります。社会実装を志す以上、現場の制約や問題は避けられませんが、それらを乗り越える方法を編みだすことで研究を深めたいのです。制約・問題や現場のフィードバックは、私たちの大切なヒントとなるのです。

経済学の知見をより多く活用してほしい



入江:今後の展望を教えてください。

小島:専門的なことを言えば、将来はルールベースAI(与えられたデータを明確なルールのもとで処理して結果を出力するAI)と機械学習の使い分け、あるいは組み合わせをしていきたい、と考えています。

冒頭の事例のような配属マッチングアルゴリズムは、誰がどのような希望を出してどこに配属されたか、そしてどういう理由で配属されたのかが分かる方がよく、そうした点で透明性が高いという性質があるルールベースAIが適しています。そのため現状、マーケットデザイン研究者がマッチングアルゴリズムを実装する際にはルールベースAIを用いるのが主流になっています。

一方、機械学習で「このタイプの人はこの部署に向いている」のように、人間が特定のルールを明示的に指定することなく全て自動的にマッチングする世界も想像できますが、タイプと部署の望ましい結びつけは現状では難しく、マッチングシステムに本格的に機械学習を導入するのはこれからの課題です。

日本でマーケットデザインとマッチング理論の社会実装が始まったのは、ごく最近のことです。アメリカの20年前に状況が似ています。ただ、当時のアメリカと大きく違うのは、私たち研究者の知見が豊富に蓄積されている点です。経済学のような社会科学にも、人事領域で有効に活用できる知見があります。ぜひ経済学にもアンテナを張ってみてください。皆さんと、より多くの共同研究ができたら嬉しいです。

【text:米川青馬】


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所長入江の解説


待機児童問題や学校選択、社内での人材配置など、世の中にはマッチングに関する各種の社会課題があります。研究活動を行いつつ、これらの課題解決にも挑む小島先生にお話を伺いました。
実務家の抱える課題に真摯に向き合いながら、その解決に向けた社会実装や共同研究を行い、得られた学びを社会で応用できるように理論化されている、先生の取り組みに感服しました。

先生は現在、このような取り組みをUTMDセンター長として、お仲間、そして企業や自治体と共に、加速・拡張を試みています。センター内のプロジェクトには「労働市場」も掲げられており、今後新たに数多くの知見が生み出されると思います。皆さんもぜひ、先生のご活躍にご注目ください。

※HAT Labとは

正式名称HR Analytics & Technology Lab。リクルートマネジメントソリューションズが先進技術を活用して「個と組織を生かす」ための研究・開発を行う部門。中心テーマは、データサイエンスとユーザーエクスペリエンスの向上技術。所長は、2002年入社後、一貫して人事データ解析に関する研究・開発やコンサルティングに携わる入江崇介が務める。


※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.64連載「データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 連載第17回」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE

小島武仁(こじまふひと)氏
東京大学大学院経済学研究科教授
東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長

経済学者。1979年生まれ。2003年東京大学経済学部卒業(経済学部総代)、2008年米ハーバード大学で経済学の博士号(Ph.D.)を取得。米イェール大学(博士研究員)、スタンフォード大学(助教授、准教授、教授)などを経て2020年より現職。専門はマーケットデザイン、マッチング理論、ゲーム理論。

バックナンバー
第12回 スマートビルが横や斜めのつながりを増やして創発を促す(株式会社日建設計 デジタル推進グループ 中村公洋氏)

第13回 他社が始めたから自分たちも、という意思決定でよいのか(慶應義塾大学 システムデザイン・マネジメント研究科 特任助教 佐藤 優介氏)

第14回 データサイエンスとビジネスの橋渡しが最も大事で難しい(三菱ケミカル株式会社 人事部 労制・企画グループ 大村 大輔氏)

第15回 人的資本投資の開示・マネジメントツールISO30414(一般社団法人 ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 副代表理事 加藤茂博氏/研究員 小澤ひろこ氏)

第16回 負荷を増やさずに人事データを民主化し意思決定を変える(パナリット株式会社 Co-founder/ COO トラン チー氏)

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