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THEME 理論/技術

連載・コラムデータサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第16回

負荷を増やさずに人事データを民主化し意思決定を変える

負荷を増やさずに人事データを民主化し意思決定を変える

人事データを良い意思決定につなげる「人事分析ツール(BIツール)」が充実してきた。その1つ「パナリット(Panalyt)」は、人事や現場の負荷を増やさず、手軽に「人事データの民主化」を図れるツールだ。パナリット株式会社 Co-founder/ COOのトラン チー氏に伺った。

人事データの民主化を図る人事分析ツールの開発

入江:パナリットとは、いったいどのようなツールですか?

トラン:パナリットは、一言で言えば、「人事データの民主化」を志す人事分析ツールです。

ヒト・モノ・カネのうち、カネに関しては財務諸表という民主的なデータがあります。B/S(貸借対照表)、P/L(損益計算書)、C/F(キャッシュフロー計算書)は、今や現場部課長レベルでもある程度は読み解くことができると思います。経営と現場が、財務諸表に基づいて意思決定できるようになってきたのです。また、モノについては、SCM・CRM・SFAなどの各種SaaSが発展したことが大きく、やはり組織がデータに基づいた意思決定をしやすくなりました。

こうした現象を、まとめて「データの民主化」と捉えることができます。現在、企業では経営・現場・専門部署が同じデータを見ながら、誰もが納得のいく、より良い意思決定ができるようになってきたのです。

ところが、ヒトのデータは民主化がほとんど進んでいません。人事と経営と現場が、同じ人事データを見て判断する環境が整っていないのです。そこで私たちは、人事データの民主化を押し進めるべくパナリットを開発しました。

シンプルなテンプレートは「人財のための財務諸表」

入江:パナリットの強みを具体的に教えてください。

トラン:大きく3つの強みがあります。

1つ目は、BIツールの「シンプルなテンプレート」です。パナリットでは、誰もが重要だと考える必要最小限の人事指標を厳選し、グラフや切り口も絞り込んで、可能な限りシンプルなテンプレートを開発しました。

なぜなら、人事データの民主化を起こすには、人事や経営だけでなく、現場の部課長も無理なく理解できるデータを用意する必要があるからです。シンプルなテンプレートが、人事データの民主化を後押しするのです。

そうなればパナリットは、いわば「人財のための財務諸表」の役割を果たせると思っています。私たちは、パナリットのシンプルなテンプレートを、誰もがそれを見て語り合える人事界のデフォルトにしたい、と構想しているのです。なお現在は、組織の全体像・採用・給与報酬・多様性・勤怠・離職率・組織のネットワーク分析などのテンプレートを用意しています。

入江:シンプルなテンプレートによって、具体的に何を実現できますか?

トラン:例えば、「離職率」テンプレートでは、部署や勤続年数などの属性ごとの離職率が分かります。これだけのことが分かるだけでも、組織の意思決定を変えられるケースがあるのです。

ある部門長が、自部門の増員を望んでいました。本当の問題は、その部門の離職率の高さだと人事は分かっているのですが、明確なデータがないために伝えにくく、仕方なく増員していたと聞きます。人事と現場の力関係にもよりますが、どの企業でも似たことが起こり得るはずです。

パナリットを導入したことで、その部門の離職率が他と比べて高いことが一目瞭然となりました。そのデータを基に、増員の前にリテンション施策に力を入れてほしい、という要求を伝えられたというケースがありました。

基本的なデータをシンプルに見せるだけでも、実はこうした効果が多方面で期待できます。データ分析には可視化・予測・処方の3段階がありますが、第1段階の「可視化」だけでも、このようにさまざまな局面で意思決定を改善できる可能性があるのです。

もちろん、離職率テンプレートはそれだけではなく、入社3カ月以内離職率、入社1年以内離職率、慰留対象離職率(会社側が慰留を望む社員の離職率)なども分かるようになっています。離職率ひとつとっても多様な切り口で集計・可視化するだけで、より構造的な要因仮説の分析、そして判断が可能です。

なお、私たちは今、第2段階の「予測」にも踏み出しており、客観的かつリアルタイムに組織内のエンゲージメントを把握できたり、潜在的なハブ人材を発掘したりする「ONA(組織ネットワーク分析)」の展開も始めています。

バラバラな人事データをキレイに整えて適切につなげる

入江:2つ目の強みは何ですか?

トラン:一言で言えば、「データ取得・統合・運用のテクノロジー」です。

人事データの民主化がこれまで実現しなかった要因の1つは、人事データがバラバラに存在していることです。最近でこそ、Workdayのような一元的人事管理ツールを導入する企業がありますが、ほとんどの日本企業の人事部は、勤怠・採用・給与・配属などに別々のツールを使っています。

そのため、人事分析ツールを開発するには、各ツールから人事データを適切に取得し、統合する「データパイプライン」と、統合したデータを格納する「データウェアハウス」の構築が必須です。すべての人事データを適切に収集し、データウェアハウスの正しい場所に格納する技術を実現しない限り、人事分析ツールは機能しないのです。

私たちは、こうしたデータ取得・統合・運用のテクノロジーが、人事分析ツールにとって最も重要だと考えています。パナリットは、バラバラな人事データをキレイに整え、適切につなげてシンプルに見せられるツールなのです。

データの取得・統合・運用を強みにしているからこそ、パナリットは人事の皆さんの負荷を増やすことがありません。一度導入すれば、あとはパナリットが各人事データを自動的に収集し、BIツールに落とし込んでいきます。

負荷を増やさないどころか、パナリットを導入すれば、人事業務の効率化を進めることができます。最も初歩的な例でも、パナリットは社員数や離職率などの人事指標を属性別に自動的に計算するので、定期的な計算が必要なくなります。従来はデータの依頼・抽出・分析・レポーティングに1カ月かかっていたところ、パナリットによって15分に短縮した事例もあります。パナリットは、忙しい人事の皆さんの助けになるツールです。

「人事部はデータの宝庫だ」という事実に気づいてほしい



入江:3つ目の強みを教えてください。

トラン:「簡単かつ柔軟な閲覧権限の設定」です。役職・職位・職種などの簡単なルールだけを決めることで、誰にどこまでデータを見せるかを設定できるようになっています。簡単かつ柔軟な閲覧権限の設定もまた、人事の負荷軽減に欠かせない仕組みです。

入江:人事の皆さんに対して、何か伝えたいことはありますか?

トラン:人事の皆さんの多くは恐らく、「人事部はデータの宝庫だ」という事実に気づいていません。もし人事データを最大限に活用できれば、経営や現場もまだ気づいていない組織課題を提起するといった「攻めの人事」を実現しやすくなるはずです。

こうした「揺るぎないファクト」を、閲覧権限に配慮しながらも、経営層や現場の管理職がいつでも自分でも確認できる状態にすることで、組織や人事に関わる意思決定のコミュニケーションコストは劇的に改善されます。そして、経営・現場・人事をデータによってつなぎ合わせ、三者を一枚岩にできるのです。人事データの有効活用が進めば、文字どおり「わが社の最大の資産は社員です」と標榜できると思います。

【text:米川青馬】


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所長入江の解説


アナリティクスというと、難しい分析というイメージをもつ方もおられるかもしれませんが、パナリットのテンプレートのように、シンプルな指標を多角的に捉えることも大切なアナリティクスの1つだと思います。

一方、シンプルな指標であっても、その可視化にはデータの統合をはじめ、案外時間と労力がかかります。それを解消するために、パナリットは大きな手助けになると思います。

トランさんは、シンプルな指標だからこそ、経営層や従業員の方も利用でき、共通言語として人事との対話が進むと話をされていましたが、そのとおりだと思いました。多くの人、そして組織が恩恵を受けられるような「人事データの民主化」の実現が楽しみです。

※HAT Labとは

正式名称HR Analytics & Technology Lab。リクルートマネジメントソリューションズが先進技術を活用して「個と組織を生かす」ための研究・開発を行う部門。中心テーマは、データサイエンスとユーザーエクスペリエンスの向上技術。所長は、2002年入社後、一貫して人事データ解析に関する研究・開発やコンサルティングに携わる入江崇介が務める。


※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.63連載「データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 連載第16回」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE

トラン チー(Chi Tran)氏
パナリット株式会社 Co-founder/ COO

大学卒業後、ボストン コンサルティング グループ、リクルートホールディングス、グーグルなどで、新規事業開発・DX・組織の意思決定支援システムに関わるコンサルティング、事業推進、営業推進などに従事してきた。2019年にパナリット(現パナリット株式会社)を共同で立ち上げて、現在に至る。

バックナンバー
第11回 アナリティクスを人事の現場に普及させたい(スターツリー株式会社 代表取締役 山田隆史氏)

第12回 スマートビルが横や斜めのつながりを増やして創発を促す(株式会社日建設計 デジタル推進グループ 中村公洋氏)

第13回 他社が始めたから自分たちも、という意思決定でよいのか(慶應義塾大学 システムデザイン・マネジメント研究科 特任助教 佐藤 優介氏)

第14回 データサイエンスとビジネスの橋渡しが最も大事で難しい(三菱ケミカル株式会社 人事部 労制・企画グループ 大村 大輔氏)

第15回 人的資本投資の開示・マネジメントツールISO30414(一般社団法人 ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 副代表理事 加藤茂博氏/研究員 小澤ひろこ氏)

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