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連載・コラム

データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第5回

最後のフロンティア“脳”の計測技術が生活の質を向上させる

  • 公開日:2018/11/19
  • 更新日:2024/04/11
最後のフロンティア“脳”の計測技術が生活の質を向上させる

脳は「最後の未知の臓器」である。その秘密を解明するため、脳科学は急速に進歩してきた。「NeU(ニュー)」は、そうした脳科学研究の成果をビジネスや人々、社会に役立てようとする会社だ。そこには最先端のデータサイエンスが紐づいている。
株式会社NeU(ニュー) 代表取締役CEO 長谷川 清氏にお話を伺った。

「脳科学でQuality of Lifeの向上に貢献する」
脳の元気度を計測したり脳を鍛えて生産性を高められる
売上が上がる広告かどうかも脳活動を見れば分かる

「脳科学でQuality of Lifeの向上に貢献する」

入江:非常にユニークな試みをする会社ですよね。まずは、その設立の経緯を教えていただけますか。

長谷川:NeUは、東北大学加齢医学研究所川島隆太研究室の「認知脳科学知見」と、日立ハイテクノロジーズの「脳計測技術」を融合して、2017年に誕生しました。「脳科学でQuality of Lifeの向上に貢献する」のが、私たちのミッションです。脳は人のさまざまな機能を司っています。よって、脳が社会を形成しているともいえます。ですから、脳科学の知見を生かして、皆さんの仕事や生活の質を高め、社会をより良くすることが大切だと考えています。

具体的には、日立の20年以上にわたる技術開発力を集結し、近赤外光を使った「光トポグラフィ(NIRS:ニルス)」というセンサーを開発しました。その特長は、より日常に近い環境で脳活動(脳血流量変化)を時系列的に計測できることです。例えば、皆さんご存じのMRIは、身体の断面図情報を得る装置です。病気を調べる際には断面図情報が必要ですが、私たちのソリューションが求めているのは脳活動の時系列情報で、NIRSはそれを最も手軽に調べられるセンサーなのです。

脳の時系列情報を得る技術には、他にfMRIや脳波計がありますが、NIRSとの大きな違いは「手軽さ」。fMRIはMRI同様の大型装置ですから、設置施設まで行かなければ調べられません。頭に多くの電極をつけて脳波を調べる脳波計も、計測が簡単ではありません。その点、NIRS、特に携帯型はおでこにつけるだけで、誰でもその場ですぐに前頭前野の活動をリアルタイムに計測できます。これを使えば、オフィス内で、多くの社員がいつでも測ることが可能です。このセンサーの開発によって、さまざまな脳科学ソリューションの提供が可能になったのです。

脳の元気度を計測したり脳を鍛えて生産性を高められる

入江:どのようなソリューションを提供しているのですか。

長谷川:現在は、大きく分けて「ブレインフィットネス」「組織の活力改善プログラム」「ニューロマーケティング・感性評価」の3種類があります。

ブレインフィットネスは、弊社のCTOを務める東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授が2000年代に広めて一躍有名になった「脳トレ」の知見を生かした次世代脳トレサービスです。さまざまなトレーニングを組み合わせることで、脳の「短期記憶機能・処理速度・集中力・空間認知力・言語認知力・抑制力」などを高めることが可能です。また、NIRSでトレーニングの効果をリアルタイムで計測し、その結果をもとに難易度を調整したり、実効性を高められるのが、次世代脳トレサービスの特長です。どの年代にも効果があり、ビジネスパーソンが生産性を高めることはもちろん、シニアの皆さんの脳の健康を維持することもできます。

入江:具体的に、職場ではどのように役立つのでしょうか

長谷川:最近の例では、技能五輪に出場する日立ハイテクノロジーズの社員の皆さんに、1日15分のトレーニングを半年ほど行っていただいた結果、そのうちの1人が技能五輪全国大会で銅メダル(機械製図職種)を獲得しました。その方は、記憶量が増え、小数点以下の覚えられる桁数も増えたことで、作業が本格的にスピードアップしたそうです。「楽しんで取り組めたので今後も続けていきたい」と語ってくださいました。

2つ目の組織の活力改善プログラムは、1回5分程度の簡単な記憶ゲームとNIRSによって、社員の皆さんの「脳の元気度」を可視化し、健康経営と働き方改革を前に進めるソリューションです。

いま日本企業には「ストレスチェック」が義務化されていますが、基本的にはアンケートによる主観評価です。しかし、アンケートには「本当のことを言いにくいケースがある」「ストレスを自覚していないケースがある」などの問題があり、完璧ではありません。そこでアンケートを補完するために、私たちは社員の皆さんの脳の元気度を測り、アンケートと組み合わせてデータを分析するサービスを提供しています。

具体的に言うと、アンケートでは「ストレスがない」と答えたけれど、実際は「脳があまり元気でない」社員の方が、どの企業にも少なからずいます。また、「残業時間は少ない」にもかかわらず、「脳があまり元気でない」方もいます。こうした方々は、アンケートや残業時間だけでは見つかりません。働く人をより理解することで、健康経営と働き方改革の精度向上に貢献できます。

入江:これは、ストレスとは少し違うものを測っているのですね。

長谷川:そうです。脳の元気度、より詳しく言うと、脳の疲労度を計測しています。疲れている方は前頭前野の働きが鈍くなるのです。

また、元気度を測るだけでなく、脳を元気にするソリューションとして、ストレスコーピング、マインドフルネス、ブレインフィットネスなどを多様に用意しています。「ストレスコーピング(ニューロフィードバックトレーニング)」は、脳活動を自分で上げ下げするトレーニングで、自律神経を整え、ストレス指標が改善することが分かっています。

売上が上がる広告かどうかも脳活動を見れば分かる

入江:ニューロマーケティング・感性評価とはどのようなものですか。

長谷川:ニューロマーケティングとは、広告やロゴ、WEBサイトなどを見たときに、消費者や顧客がどう感じるかをNIRSで測り、効果を調べるサービスです。どの企業ロゴが最も印象が良いか、どういったデザインのWEBサイトなら見たいと思うかなどが分かります。

もう1つの感性評価とは、オフィスの快適さや車の乗り心地などの感性・感覚を計測するサービスで、私たちはこれまでに、知的生産性の高いオフィス空間をどう作ればよいか、どのような運転をしたときに負荷がかかるか、といったことを研究してきました。

こうしたノウハウを蓄積することで、私たちは企業のマーケティングやオフィスづくりなどにも、多様な方面から寄与できると考えています。

入江:脳の元気度を測るのを嫌がる方はいないのでしょうか。

長谷川:最初は多少の不安を感じる方もいらっしゃるのですが、しっかり説明すれば、ほとんどの方は理解してくださいますね。

入江:今後はどのような展開をしていきたいと考えているのですか。

長谷川:いまは企業向けサービスがメインですが、今後は、シニアの方々の脳の元気度を高めて健康寿命を伸ばすサービスなど、個人向けサービスも進めていきます。シニアから子どもまで、企業用途から未病まで、私たちはさまざまな場面において、これから皆さんのQuality of Lifeを高めることができると考えています。

【text:米川青馬】

KEYWORD
HAT Lab 所長 入江の解説

長谷川さんのお話から、2つのことを学びました。

1つ目は、「計測」の重要性です。NeUのソリューションは脳活動が計測でき、かつ簡便にできるからこそ実現するものです。「質の良いデータを、多様に、大量に集める」ための計測の工夫は、データサイエンスを支えるとても重要なことと再認識しました。

もう1つの学びは、「主観データと客観データを組み合わせる価値」です。「ストレス(主観)を感じていないのに、脳の元気度(客観)が低い」状態は、無理をし続けてしまう、最も危険な状態かもしれません。このような状態が把握できることの価値は大きいと思います。主観と客観、2種類のデータの特徴を生かしているNeUの取り組みの深さを感じました。

【インタビュアー:HAT Lab 所長 入江崇介】

※HAT Labとは
正式名称HR Analytics & Technology Lab。リクルートマネジメントソリューションズが先進技術を活用して「個と組織を生かす」ための研究・開発を行う部門。中心テーマは、データサイエンスとユーザーエクスペリエンスの向上技術。所長は、2002年入社後、一貫して人事データ解析に関する研究・開発やコンサルティングに携わる入江崇介が務める。

※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.51「データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 連載第5回」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
長谷川 清(はせがわ きよし)氏
株式会社NeU(ニュー) 代表取締役CEO

1985年早稲田大学商学部を卒業し、日立家電販売に入社。2007年には日立製作所コーポレート・ビジネス・クリエータ第一号に任命。2009年ブレインサイエンスビジネスユニットを設立し、ユニット長。2014年に日立ハイテクノロジーズに事業移管した後、2017年8月にNeUを設立して現在に至る。

バックナンバー

第1回 「統計モデリング」には人事のあり方を変える力がある(専修大学 岡田謙介氏)

第2回 これからの人工知能はパーソナル化して“感性”に最適化される(SENSY株式会社 渡辺祐樹氏)

第3回 ピープルアナリティクスで人財ポートフォリオの転換、社員の活躍促進を目指す
(株式会社日立製作所 システム&サービスビジネス統括本部 ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ People Analytics Lab 主任 中村亮一氏)

第4回 人事部門に必要なデータ活用には特有の難しさがある(滋賀大学 河本 薫氏)

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