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データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 第14回

データサイエンスとビジネスの橋渡しが最も大事で難しい

  • 公開日:2021/03/29
  • 更新日:2024/05/20
データサイエンスとビジネスの橋渡しが最も大事で難しい

最近、ピープルアナリティクスを推進する日本企業が増えてきている。三菱ケミカルもその1社だ。同社でピープルアナリティクスを担当する大村大輔氏に、始めた経緯や取り組み、現在の課題と目標などについて詳しく伺った。

分析環境とデータ収集が整い現在はデータ分析を実行中
現場では専門用語を使わないように注意している
機械学習・AIは理由を説明してくれないのが難点
回帰分析ができる人事が増えたら経営が変わる

分析環境とデータ収集が整い現在はデータ分析を実行中

入江:御社はどのような経緯でピープルアナリティクスを始めたのですか?

大村:2017年に三菱ケミカルホールディングス(三菱ケミカル、田辺三菱製薬ほか2社の持株会社)で2つの取り組みが始まりました。1つはDX人材を増やし、製造部門などのDXを強力に推進し始めたこと、もう1つは、健康情報を管理・分析する健康サポートシステム「i2 Healthcare」を構築したことです。2つの取り組みによって、ホールディングスにデータサイエンティストが増え、健康情報が蓄積されました。

また、人事領域のDXの機運が高まり、2019年、三菱ケミカルの人事部にHR-ITチームが発足しました。そのなかで、RPAなどの業務効率化、チャットボット運営、SAP SuccessFactors導入と共に、ピープルアナリティクスへの本格着手がスタートしました。

入江:これまでの取り組みについて教えてください。

大村:私たちは、ピープルアナリティクスの状況を5段階で捉えており、現在はフェーズ3の状況にあります(図表)。

ピープルアナリスティクスの5フェーズ

2019年、私が真っ先に取り組んだのは、フェーズ1「データ分析環境の整備・構築」でした。まずは、ホールディングスのデータサイエンティスト、三菱ケミカルシステムのITエンジニア、弊社情報システム部門との協力体制・信頼関係を構築しました。そして社内クラウドに専用サーバを構築し、Python・R・Tableauなどのツールを導入して、フェーズ2に移りました。HRダッシュボードの構築、エンゲージメントサーベイ「MCC&me」の刷新など、「データの収集と可視化」を進めたのです。

2020年の初めにフェーズ2の基本が完了し、現在はフェーズ3「データの分析」に取り組んでいます。特に複数のデータを組み合わせたクロス分析を積極的に進めており、MCC&meとi2 Healthcareの健康情報のクロス分析などに挑戦しています。また、テレワーク下での生産性と健康状態を分析する「テレワーク調査」も行いました。

現場では専門用語を使わないように注意している

入江:大村さんはどのような役割を担っているのですか?

大村:主な仕事は、データ分析の専門家と人事・現場の橋渡しです。私はもともとデータサイエンティストで、人事知識はほとんどなかったのですが、三菱ケミカル入社後は、現場にデータ取得の協力を求めたり、人事部内のデータ・リテラシーを向上させたりといった調整業務を担っています。

実際に携わってよく分かりましたが、データサイエンスとビジネスの橋渡しが、ピープルアナリティクスを実現する上で最も大事で、かつ難しいことです。だからこそ、今後も橋渡しの役割を極めていきたいと思っています。

入江:現状はいかがですか?

大村:三菱ケミカルは、ピープルアナリティクスを行いやすい会社です。製造業だけにデータに関心の強い社員が多く、チームワークを重視する社風でもあるため、データ提供やサーベイに感動するほど協力的なのです。分析フィードバックにも真摯に耳を傾けてくれます。

また、上司や経営が「どんどんやりなさい」と背中を押してくれる会社で、チャレンジしやすい環境もあります。

入江:現場と接する上で心がけていることはありますか?

大村:データ分析の専門用語をあまり使わないように気をつけています。例えば、「統計的に有意」とは言わずに、「こういう結果が出ています」と平易な言葉遣いで説明するようにしています。

機械学習・AIは理由を説明してくれないのが難点

入江:今後の展開を教えてください。

大村:データ分析がある程度進んだら、機械学習やAI を積極的に活用し、フェーズ4「データの予測」に注力します。

先駆けとして、「リテンション分析」を進めています。後ろ向きの理由で離職する可能性がある社員を見つけ出し、適切にサポートする仕組みを整えたい、という想いがあるからです。また、弊社の異動制度が手挙げ制中心に変わったこともあり、社員一人ひとりの自律的なキャリア選択をサポートするリコメンドシステムの開発も進めています。

ただ、どちらも難しいのは「理由の説明」です。機械学習・AIはブラックボックスで、なぜ離職可能性があると予測したか、なぜそのキャリアが最適だと予測したかを説明してくれないのです。現在はスモールスタートで試行錯誤しながら、そうした悩みを解決しています。

そのほか、休職者予測、組織ネットワーク分析、コロナ禍発生前後の行動・コミュニケーションの比較分析なども行いたいと考えています。

最終的な目標は、フェーズ5「データドリブンな人事」です。従業員自らが人事データを利活用して自律的に行動し、イキイキと働ける会社を作りたいのです。また、SAP SuccessFactorsのグローバル導入を完了したら、グローバルデータの比較分析にもチャレンジする予定です。一方で、各事業所やグループ会社などにも、データドリブンな考え方を浸透させるべく行動を起こしています。

回帰分析ができる人事が増えたら経営が変わる

入江:人事部内のデータドリブン人材の育成にも取り組んでいるそうですが、どのように進めていますか?

大村:早稲田大学の人事情報活用研究会で共に学んだり、人事部内で人事データ分析の勉強会を開催したりしています。目標は、人事のメンバーに簡単な回帰分析を習得してもらうことです。そこまで理解できれば、データサイエンティストと組んで分析プロジェクトを進められるようになるからです。

ありがたいことに、人事部内でのピープルアナリティクス理解は徐々に高まっています。アンケートのテキストマイニングなどの簡単な分析を重ねるうちに、データの利活用が重要だと気づくメンバーが増えてきたのです。最近は、「この課題を分析できませんか?」「このデータはどう扱ったらよいですか?」といった質問が多くなりました。

入江:経営や人事の意思決定をデータドリブンに変革する際にも、回帰分析まで理解しておくと役立ちますよね。

大村:おっしゃるとおりです。回帰分析ができる人事が何人も出てきたら、人事部全体、ひいては経営が大きく変わっていくと考えています。

【text:米川青馬】

KEYWORD
HAT Lab 所長 入江の解説

今回は、過去2年連続でDigital HR Competitionのピープルアナリティクス部門のファイナリストに選出された、三菱ケミカルの大村さんにお話を伺いました。

一番の驚きは、現時点で専任者2名という体制にもかかわらず、わずか2年でピープルアナリティクスの基盤を整え、すでに一部予測的分析にまで着手していることでした。

その成功要因は、データサイエンティストの素養をもつ大村さんが、データサイエンスとビジネス・ニーズをコトとしてつなぐことにとどまっていない点にあると感じました。

お話を伺うなかで、人事の同僚、協力者、そして従業員の方々と、相手の立場に立ったコミュニケーションをとり、丁寧な関係構築をすることの重要性を、改めて教えていただきました。

※HAT Labとは
正式名称HR Analytics & Technology Lab。リクルートマネジメントソリューションズが先進技術を活用して「個と組織を生かす」ための研究・開発を行う部門。中心テーマは、データサイエンスとユーザーエクスペリエンスの向上技術。所長は、2002年入社後、一貫して人事データ解析に関する研究・開発やコンサルティングに携わる入江崇介が務める。

※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol. 61連載「データサイエンスで「個」と「組織」を生かす 連載第14回」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
大村大輔(おおむらだいすけ)氏
三菱ケミカル株式会社 
人事部 労制・企画グループ

大学院修了後、生命保険会社・コンサルティングファーム・ITベンチャー企業にて、データサイエンティストとしてAI・機械学習などによるデータ解析に携わってきた。2019年8月、三菱ケミカルに入社して現職。現在は、社内のピープルアナリティクスの推進役、データサイエンスとビジネスの橋渡し役として活躍している。

バックナンバー


第9回 NAONAで1on1ミーティングをもっと良いものに(株式会社村田製作所 モジュール事業本部 IoT事業推進部 データソリューション企画開発課 マネージャー 前田頼宣氏)

第10回 創造性を科学し社会価値創造のエコシステムを作る(VISITS Technologies 株式会社 Founder/CEO 松本 勝氏)

第11回 アナリティクスを人事の現場に普及させたい(スターツリー株式会社 代表取締役 山田隆史氏)

第12回 スマートビルが横や斜めのつながりを増やして創発を促す(株式会社日建設計 デジタル推進グループ 中村公洋氏)

第13回 他社が始めたから自分たちも、という意思決定でよいのか(慶應義塾大学 システムデザイン・マネジメント研究科 特任助教 佐藤 優介氏)

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