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連載・コラム

国際経営研究の現場から 第10回

「境界を超える」個人とその効用

  • 公開日:2016/09/16
  • 更新日:2025/04/15
「境界を超える」個人とその効用

これまでの連載では、制度や文化といったマクロな社会環境に関する議論、そして、海外赴任や人事制度、リーダーシップ といった、人事施策における主要テーマに関する議論を取り上げてきた。
今回からは、国際経営におけるさまざまなタイプの「個人」に焦点を当てた研究を取り上げたい。具体的には、boundary spanners(境界を超えて動く人々)、self-initiated expatriates(企業派遣ではなく、自ら海外に赴き、現地で職を得る人々)、bi/multi-culturals(複数の文化的ルーツのなかで生まれ育った人々)、 gender diversity(性的多様性)などのキーワードで議論をしていく。

本シリーズ記事一覧
国際経営研究の現場から 第15回
言葉の違いへの対処 ~ Language Barriers in International Business ~
国際経営研究の現場から 第14回
企業公用語としての英語 ~English as a corporate language ~
国際経営研究の現場から 第13回
国際経営における女性の活躍 ~Women in International Business~
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複数の文化を生きる「バイ/マルチカルチュラル」な人たち
国際経営研究の現場から 第11回
自ら海外に飛び出し、現地で就職する人々
国際経営研究の現場から 第10回
「境界を超える」個人とその効用
国際経営研究の現場から 第9回
テロリズム、紛争と国際ビジネス 〜危険にどう対処するか〜
国際経営研究の現場から 第8回
「遠くの親類より近くの他人」は正しいか?〜国際経営における距離〜
国際経営研究の現場から 第7回
人事施策を統合するのか、それとも現地化するのか
国際経営研究の現場から 第6回
文化・制度の違いとリーダーシップ
国際経営研究の現場から 第5回
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国際経営研究の現場から 第4回
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国際経営研究の現場から 第3回(前編)
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自分を何者と捉えるか?〜グローバル組織におけるアイデンティフィケーション〜
国際経営研究の現場から 第1回
なぜ、日本企業では“組織の国際化”が進まないのか
「boundary spanners」とは何か
境界線を超えた知識の流れを担う「boundary spanners」
実証研究が示す知識移転の実態
国際経営における「boundary spanners」の重要性

「boundary spanners」とは何か

今回のトピックは「boundary spanners」である。
国際経営の文脈でboundaryといわれると、「国境」が思い浮かぶが、マネジメント研究における一般的な意味でのboundaryとは、「組織の内側と外側の境界線」のことを 指す。そして、boundary spannersとは、「組織の内側と外側の境界線にある人々」と定義される。

こうした人々は、組織内に外からの情報をもたらしたり、組織外に組織を代表した何らかの働きかけを行ったりする (Aldrich & Herker, 1977) 。企業全体を「組織」と見なせば、 営業、マーケティング、調達、採用などの組織外との接点にある業務を担う人たちがこれに当たる。

国際経営研究においては、こうした人々に加え、多国籍企業の社内のユニット(例えば、本社と海外拠点)を「組織」と見なし、そうしたユニット間の境界上に位置する人々をboundary spannersとする研究も多い。典型例としては、 本社からの赴任者、現地拠点から本社への逆赴任者、海外拠点間の異動者などが挙げられる。また、頻繁に出張し、複数の拠点の間をつなぐような仕事をしている人や、バーチャルチームとして拠点をまたぐプロジェクトに参加しているような人々も、boundary spannersといえるだろう。

境界線を超えた知識の流れを担う「boundary spanners」

Boundary spannersがマネジメント研究において注目されてきた理由の1つは、彼らが境界線を超えた知識の流れを担う、ということだ。知識が重要な経営資源の1つであることはいうまでもない。市場環境を理解すること、また、調達先などから新たな技術に関する情報を得ることは、戦略的意思決定に関わってくる。境界にいる人々が、外部から情報を入手し、取捨選択、解釈、要約し、内部に共有させる機能を発揮することが、企業の環境への対応のクオリティに影響するのだ。

組織内の境界を超えて共有される知識は、企業外の情報だけでなく、企業内の経営管理手法や技術、ノウハウ、意思決定の基準や考え方なども含まれる。 多国籍企業においては、拠点間で知識を移転することが、競争力の根幹となる。一度開発した知識を多くの市場で使い回すことで、規模の生産性が得られること(Bartlett & Ghoshal, 1989) 、また、世界各国の多様な市場に向き合うなかで生み出したイノベーションを他の市場に広げることで、独自性を発揮できる(Govindarajan & Trimble, 2012)からだ。

ただし、 ここで重要なのは、必ずしも 知識は流れやすくない、ということだ(Brown & Duguid, 2001)。必要な知識を資料にまとめてメールで送るだけで相手に伝わるのであれば、どれほど楽だろうか。だが、現実にはほとんどそんなことは起きない。実際に使える形で知識を移転するためには、山本五十六の有名なセリフにあるように、噛んで含めて話をし、実際に一緒にやってみる、といった手間をかけることが必要なことが多い。ここに、組織の境界を超えて動き、境界の両側にいる人たちと接点をもつboundary spannersの意義がある。知識の移転には、人が関わる必要があることが多いのだ。

海外赴任者や逆出向者の役割は、第一に「自分自身が知識の担い手として境界を超えて動く」ということが考えられる。本社からの赴任者であれば、これまでの本社での経験から学び取った知識を、現地で活用し、現地の人材に展開していく、ということになるし、海外拠点からの逆出向者であれば、現地の市場や人々に関する知識を本社にもち込む、また、元の海外拠点に戻る際に、本社の考え方を学んで戻る、といったことが考えられる。第二に、これらの人々は、人脈のネットワークを形成する、 という役割も担う。海外拠点からの逆出向者は、仮に元の拠点に戻ったとしても、本社出向中に作った本社との人脈を保ち続ける。こうしたネットワークがさらに知識の移転を促進する可能性があるのだ (Reiche, 2011)。

実証研究が示す知識移転の実態

こうしたboundary spanners の知識移転への寄与を実証的に調べた研究としては、Harzing, Pudelko and Reiche (2015)がある。この研究は、ヨーロッパ(イギリス、ドイツ、フランス、スペイン、北欧諸国)、アジア(日本、中国、韓国)、オセアニア(オーストラリア、ニュージーランド)に本社のある多様な産業の多国籍企業の海外拠点817拠点からの大規模な調査データに基づくものだ。
この分析からは、拠点トップあるいは部門トップの立場に赴任者がいる場合、本社から拠点への知識移転が促進されること、また、逆出向経験者が拠点にいる場合、本社から拠点、拠点から本社への双方向の知識移転が促進されることが示された。また、赴任者についてポジションごとに影響を分析したところ、特にロジスティックス部門や人事部門トップに赴任者がいる場合は、(本社から現地への移転に加えて)現地から本社への該当部門での知識移転が促進されることも明らかになった。これらの部門が、現地の従業員や物流などの状況を踏まえた判断 が重要な機能分野を担っていることが影響しているのだと思われる。

また、最新のMinbaeva and Santangelo (2016)らによる研究は、「企業内外の境界上」のポジションに「いる」というだけでは、必ずしも boundary spanners として機能を発揮してくれる訳ではない、ということを示している。彼女らは、デンマークを本拠地とする多国籍企業において、 「企業内外の境界」に当たるポジションにいる従業員と、それ以外の従業員で行動にどのような違いがあるかを分析した。
その分析結果からは、(1)前者の従業員の方が、より積極的に組織内知識共有行動(社内他部門の従業員から知識を得たり、彼らに知識を共有したりする行動)をとっていること、ただし、(2)そうした従業員が「上司や同僚から評価されたい」 というモチベーションを強くもっている場合、(1)の効果が弱まってしまうことが明らかになった。(2)に関しては、自分が評価されたい、という欲求が、知識の共有ではなく、「知識の囲い込み」につながってしまう、ということではないかと考えられる。他の人がもっていない知識を独占することは、組織内における個人の相対的な優位を高めるからだ。

国際経営における「boundary spanners」の重要性

これらの研究は、boundary spannersに注目することの、戦略的な人事上の重要性を示している。海外拠点における顧客や調達先との接点にいる人たち、また、本社、海外拠点の間で、知識の獲得、共有、移転に関わる人たちは、戦略的意思決定、強みの源泉としての知識の移転において重要な役割を担う。事業上、どのような知識がグローバルな組織内において共有、移転されることが重要なのか、そのために、どのような人材をどのような場に配置するのか、また、どう動機づけるのか、ということを、人事が考えていく必要がある、ということだ。

また、人事部門の国際化においても同様である。グローバルな組織のなかで、本社人事が、海外拠点を取り巻く労働市場や雇用法規、また、現地の人材に対する知識をどう本社が獲得するのか、逆に、本社の考え方をどう海外拠点に展開していくのか。こうした課題に対する打ち手を考える上では、boundary spannersという考え方は役立つのではないだろうか。

参考文献

Aldrich, H. & Herker, D. 1977. Boundary Spanning Roles and Organization Structure. Academy of management review, 2(2): 217-230.
Bartlett, C. A. & Ghoshal, S. 1989. Managing across Borders: The Transnational Solution. Boston, MA: Harvard Business School Press.
Brown, J. S. & Duguid, P. 2001. Knowledge and Organization: A Social-Practice Perspective. Organization Science, 12(2): 198-213.
Govindarajan, V. & Trimble, C. 2012. Reverse Innovation: Create Far from Home, Win Everywhere. MA: Harvard Business School Press.
Harzing, A.-W., Pudelko, M. & Reiche, B. S. 2015. The Bridging Role of Expatriates and Inpatriates in Knowledge Transfer in Multinational Corporations. Human Resource Management,
Minbaeva, D. & Santangelo, G. D. 2016. Boundary Spanners and Intra-Mnc Knowledge Sharing. 2016 Academy of Management Annual Meeting. Anaheim, CA.
Reiche, B. S. 2011. Knowledge Transfer in Multinationals: The Role of Inpatriates' Boundary Spanning. Human Resource Management, 50(3): 365-389.

PROFILE
吉川 克彦(よしかわ かつひこ)氏
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 客員研究員

1998年リクルート入社。
コンサルタントとして、経営理念浸透、ダイバーシティ推進、戦略的HRM等の領域で、国内大手企業の課題解決の支援に従事。
英London School of Economicsにて修士(マネジメント)取得。
現在は同校にて博士課程に所属する傍ら、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所客員研究員を務める。

※記事の内容および所属は掲載時点のものとなります。

次回連載:『国際経営研究の現場から 第11回 自ら海外に飛び出し、現地で就職する人々』

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