国際経営研究の現場から 第5回 制度の多様性〜「ゲームのルール」の国際的な違い〜

今回は、文化と並び、国際的な違いの源泉の1つである「制度」について考えたい。ただし、制度といっても、人事制度のお話ではなく、社会においてビジネスを行う上での慣行や規制、法律等、いわゆる「ゲームのルール」についての議論である。


企業の形態はなぜ似通っているのか

本題に入る前に、少々回り道であるが、1つの質問について考えてみていただきたい。以下の質問について、皆さんはどうお考えになるだろうか?

「世の中にある企業はほぼすべてと言って良いくらい、階層型の組織になっていて、事業と機能に基づく部門に分かれている。そして、年に1回予算を立て、それに基づいて活動を管理している。また、業務をルーティン化し、何らかのフォーマットに基づいて書類やデータを管理している。なぜ、事業そのものは多様なのに、企業の形態はこんなにもお互いに似通っているのだろうか?」

経営学上は、この問いに対して大きく3つのアプローチが提唱されている。

まず1つ目は、Weber(1921)が、近代の大組織に見られる「官僚制」の特徴を紐解くなかで主張した考え方で、「これらの仕組みは効率が良いから」というものだ。彼は、近代的組織は「部門を業務ごとに分割し、意思決定の権限を部門、階層ごとに規定し、文書とルーティンによって業務を管理する仕組み(=官僚制)」を導入することで、前近代的な組織で一般的だった個人の恣意的な判断を抑制し、業務に安定性と予測可能性をもたせることに成功した、と主張した。そして、それによって高い効率性が実現するため、あらゆる大組織が官僚的な仕組みを導入するであろう、と述べている。

これに対して、Hannan and Freeman (1977)が主張したのが、「企業が似ているのは、企業間での多様化と生存競争の結果である」という考え方である。彼らは、ダーウィンの進化論の考え方を経営学に持ち込み、企業はそれぞれ独自の組織運営のやり方を生み出す(突然変異)が、それらのうち、競争環境に適応したものが生き残る(適者生存)と主張した。さらに、企業の組織運営には慣性があり、一度確立した組織運営のやり方を彼らはあまり変えることができない、と考えた。生存競争の結果として、相対的に効率の良い組織運営の形態を確立した企業が生き残り、結果として、互いに似たような企業ばかりになるのだ、と主張したのである。Weberが、組織が運営形態を自分たちで変更できる、と考えたのに対して、それほど組織にフレキシビリティはないのではないか、という視点に立脚している点が大きな違いである。

そして、3つ目の考え方が、本稿の議論のベースとなるDiMaggio and Powell (1983)らが提唱した新制度主義といわれる考え方である。彼らは、現代の大組織の複雑さを考えれば、特定の仕組みが組織効率を高めるかどうかを合理的に事前評価することは難しい、と考えた。そのため、実際には、本当に自社にとって効率が良いかどうか、というよりもむしろ、「他社で成功している」「社会的に広く認められている」といった情報をもとに仕組みの導入が行われるのだ、と考えた。その結果、企業は互いに似たような姿になっていく、と主張したのである。これは、Weberが主張するような合理的な判断ではなく、社会的な同調圧力という、ある種、非合理的な判断を前提にしたという点が非常に面白い考え方である。

この考え方については、思い当たる節がある方が読者の皆さんのなかにも多いのではないだろうか? 筆者のコンサルタントとしての経験のなかでも、経営者が、他社での取り組みを例に挙げて「うちでも検討しよう」と社内に指示を出し、その結果として検討が始まった、ということは少なくない。また、逆に人事の方々から、経営に対して新しい仕組みの導入を提案する際に、「他社事例があった方が社内的に話を通しやすいので、事例を提案書に加えてほしい」という要望をいただいた経験もある。

典型的な例としては、90年代後半から2000年代前半にかけての(所謂)成果主義の導入が挙げられるだろう。バブル崩壊後の景況感を受けて人件費を抑制する必要があった、また、個人の業績による給与の差別化で意欲を引き出す必要があった、等のさまざまな合理的な説明はもちろん存在する。しかし、経営ボード、人事部門が成果主義導入を決めた背景には「他社が続々と導入している」あるいは「欧米企業では成果主義が当たり前だ」といった考えが、少なからずあったのではないだろうか?

この考え方のポイントは、特定の仕組みがもつ「社会的な正当性」にある。社会的に「正当だ」と見られる仕組みは、組織において導入されやすく、また、そのことが社内的にも社外的にも受け入れられやすいのである。逆に、社会的に「正当だ」とみなされている仕組みとは異なる仕組みを導入することは、なかなか理解されず、時に内外から批判を浴びたり、疑問をぶつけられたりするため、説明コストがかかる。結果的に、企業には、他社と同じような仕組みを導入する同質化圧力が働くことになる。

このような社会的正当性と同質化圧力は、大きく3つの要素によって生まれる、とDiMaggio and Powell は整理している。1つ目は、法律や規制による強制的圧力である。法律や規制は、社会で正当だとみなされる考え方が、政治的なプロセスを経てルール化されたものだ。そして、一度ルール化されると、今度は法律や規制そのものが正当性の源泉になる。例えば、昨今多くの企業で導入された定年後再雇用の仕組みは、法律が企業間の類似性を生み出している、とみなせるものだ。もちろん仕組みの詳細は個々の企業で異なるのだが、60歳の時点で再雇用し、65歳までは働く機会を提供する、という基本的な仕組みのデザインは、多くの企業で共通している。これは厚生労働省が定めた「高年齢者雇用確保措置義務」が、65歳までの雇用機会の提供を義務づけていることを、ストレートに反映している、といえるだろう。

2つ目は、模倣的圧力である。権威のある企業が導入している仕組みや、多くの企業が導入している仕組みは、真似されやすい、というものである。優れた業績をあげている企業の仕組みは、なにかと魅力的に見えるものだ。また、多くの企業が導入している、ということは、ある一定の効果が証明されている、という風に解釈できる。問題は、個々の企業によって事業内容や既存の仕組みは異なるため、必ずしもそれらの仕組みを模倣しても上手くいくとは限らない、という点である。しかし、上述のように、それを実際に検証することは難しい。それ故に、模倣が行われやすい、という訳である。

そして、最後の原因が、規範的圧力である。何らかの権威ある存在が、「これが良いのだ」と主張することで特定の仕組みに権威が生まれる、というものだ。有名な経営学者やコンサルタントが書籍を出すことで、特定の仕組みが流行する、というのはまさにこれにあたる。また、経団連のような機関による提言や勧告も、規範的圧力をもつことがある。採用活動に関する倫理憲章は、その良い例といえるだろう。

このような、広く共有され、それに沿うことが正当性を生むルールや暗黙の了解、社会的な共通認識を、経営学では「制度」と呼ぶ。本稿では、こうした制度が、国の間で異なっていることに焦点を当て、そのことが多国籍企業へ及ぼす影響について議論する。

国際的な制度の違い 〜資本主義の多様性〜

制度は同調圧力を生み、それに従うことが正当性の源泉になる。そして、必ずしも法律のような公式なルールに限られず、業界慣行や社会的通例といった暗黙的、非公式なものも含まれる。こうした制度に国際的な違いがあるということは、90年代以降、広く注目を浴びるようになった。こうした議論が深まったきっかけの1つは、日本の国際的な躍進である。他の先進国と大きく違う経済システム、企業行動を取っている日本が成功していることを受けて、「上手く機能する社会の仕組みは1つではない」という認識が広まったのである。また、ヨーロッパ内における多様性も同様に、こうした認識が広まるきっかけとなった。こうした、国レベルでの制度環境の違いについて、本章では、大きく3つの研究をご紹介したい。

まず1つ目は、特に企業と企業を取り巻く制度のあり方に注目して分析の枠組みを提供した、Hall and Soskice (2001)の論考である。彼らは、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本の4カ国を2つに分類し、アメリカとイギリスをLiberal Market Economies (LMEs)、ドイツと日本をCoordinated Market Economies(CMEs)と名付け、両者は根本的に異なる原理で運営されている、と指摘した。彼らによれば、LMEsにおいては、不特定多数のプレイヤーによる、市場を通じた競争的な取引が重視されるのに対し、CMEsでは、特定少数のプレイヤー間での信頼と相互理解をベースにした調整が重視される。

労働市場について比較してみよう。LMEsでは、賃金水準は、需給バランスと個別交渉によって決まることが大きく、個々の企業、労働者によりまちまちであるが、CMEsでは、団体交渉や業界内での横並びの調整を通じて、企業間でほぼ共通の水準となっていることが多い。前者では解雇が行いやすく、後者では雇用者保護の要素が強い。日本やドイツにおいては、経営側が組合の考えに配慮した意思決定を行うことが広く一般的なのに対して、アメリカやイギリスでは、経営側と組合が利害の違いを互いに主張し合うことがよく見られる。労働市場の流動性は、LMEsでは高く、CMEsでは比較的抑えられており、社内での登用や異動が活用されやすい。

これらは、あくまでも典型的にはこういう仕組みが多く採用されている、という話であり、さまざまな企業があることは当然である。しかし、一方で、上述したような正当性に基づく同質化圧力が働いていることもまた、見てとれる。例えば、日本において、企業側の都合による解雇は、法律、判例によってかなり厳しく制限されている。しかし、企業が解雇をしない理由はそれだけではない。雇用責任という言葉に代表されるように、企業は安定的な雇用を提供する責任がある、といった社会通念がある。そして、企業の経営者は、そうした通念に反すると企業の評判を傷つけるのではないか、ということを意識した判断を、少なからず行ってきたように思われる(こうした考え方に、Hall & Soskiceの論考の時点から現在にかけて変化が見られる点については、後ほど議論する)。

また、資金調達、コーポレートガバナンスに関する制度についても、両者の間では大きな違いが見られる。LMEs(アメリカ、イギリス)においては、株式や社債といった、市場を通じて取引される証券を用いた、不特定多数の投資家、運用者からの資金調達が広く行われる。それに対して、ドイツや日本といったCMEsにおいては、メインバンクやグループ企業といった、限られた資金源から、市場を通さない、直接のやり取りによる資金調達が広く行われてきた。

前者は短期的な業績により市場での評価が変動することから、短期的なプレッシャーが働くため、雇用調整につながりやすい。一方、後者は、企業の内実をよく知るメインバンクやグループ企業が「我慢強い」資金の提供者となることで、長期的な視点からの経営判断が行われやすい。雇用面では、長期的な人材開発投資や安定的な雇用につながることが知られている。このように、雇用と金融という、一見別々の分野に見える制度間には相互に関連性があるのである。

労働市場、金融市場以外にも、Hall & Soskiceが提唱した枠組みには、教育・訓練のあり方、企業間連携のあり方といった観点も含まれる。そして、彼らの議論は、こうしたさまざまな領域において、LMEsでは市場を通じた競争が主要な役割を担うのに対して、CMEsでは長期的な関係をもつ少数のプレイヤー同士の調整が主要な役割を担う、という一貫したパターンが見られる、ということを示している。日本における「当たり前」とは全く違う原理によって運営される社会の仕組みが存在することがよく分かる、という点で、日本のビジネスパーソンの皆さんにとっては非常に示唆に富む研究だと筆者は考える。残念ながら、彼らの著作は研究者向けの書籍であるため、ビジネスパーソンには難解な面もあるが、日本語でも出版されているため、ぜひ興味のある方はご一読されてはいかがだろうか(ピーター・A. ホール、デヴィッド・ソスキス著『資本主義の多様性―比較優位の制度的基礎』ナカニシヤ出版、2007年)。

ただし、彼らの枠組みについてはいくつかの批判が存在することも、同時にご紹介しておく必要があるだろう。代表的なのは、LMEsとCMEsという2分類は単純すぎる、世界はもっと多様である、というものである。また、企業の活動に強い焦点が置かれており、経済活動において国家が果たす役割について殆ど議論が行われていない点についても、批判がある。

こうした課題にアプローチした研究として、Amable(2004)の研究をご紹介したい。Hall & Soskiceの枠組みが、企業を取り巻く制度に強く焦点を当てているのに対し、Amableは経済における国家の役割にも着目している、という点でより広い視野をもった枠組みである。また、より多くの国(北欧や南欧、韓国)も分析対象に加え、幅広い国々を包括した枠組みである、という点も彼の論考の特徴である。

Amableの枠組みは、「金融市場vs労働市場のどちらが企業行動に強い影響を及ぼすか」という軸と、「国がどれくらい社会保障に関与するか」という軸からなるマトリックスで整理される(図表01参照)。1つ目の軸において対照的な配置になっているのが、アメリカ・イギリスといったアングロサクソン国家と、イタリアやスペインといった南欧諸国である。Hall & Soskice がLMEsに分類したイギリスやアメリカは、金融市場が大きな影響力をもつ制度環境として位置づけられる。一方、南欧諸国は、労働市場が硬直的で、企業行動が労働市場にかなり制約を受けることが特徴だ。これら南欧諸国は、EU危機の震源になり、現在はECB(ヨーロッパ中央銀行)やIMFといった国際機関からの財政支援の代償としてさまざまな改革を要求されている立場にあるが、その中核的要素の1つが、こうした硬直的雇用制度の改革である。この点からも、南欧における制度環境の特徴が、雇用制度にあることが見てとれるだろう。ちなみに、日本やドイツは、この軸において中庸的な位置にポジショニングされている。

図表01 Amableのマトリクス

出所:Amale(2004)を参考に筆者が作成

次に、第2の軸において明確な対比をなすのが、日本や韓国と、スウェーデンやノルウェーといった北欧諸国である。北欧諸国において、失業保険や介護・育児に対する支援等、幅広い社会福祉が充実している点はよく知られている。一方で、Amableの分析によれば、日本や韓国は社会福祉への国の関与はかなり低い、という分類になっている。ここで指摘しておきたいのは、Amableが議論しているのは、絶対的な社会福祉のレベルではなく、そこにおいて国が果たしている役割だ、という点である。確かに、日本においては、企業年金や健康保険など、企業で正規雇用されている人には手厚い社会保障が提供される。また、育児支援等においても、充実したサポートを提供している企業は少なくない。しかし、そうした社会保障はあくまでも雇用とひもづいたものであり、正規雇用の枠組みから外れる人々に対するサポートはかなり限られる。そう考えれば、確かに日本は国による社会福祉の提供のレベルは相対的に低い、といえるだろう。逆に言えば、他国では国が提供しているような社会保障の機能を、企業が担うことが期待されている、ということでもある。

余談だが、このことは「2030年の働き方」に関する議論で重要性が指摘されている、フレキシブルな働き方(例えば、人生の時期によってフルタイムとパートタイムを切り替えて働く、また、企業を一時的に離れて学び直しを行う、さらに個人事業主として場所や時間にとらわれずに働く、といったこと)の広まりに、大いに影響するだろうと思われる。あくまでも正規雇用が社会保障のベースとなっている限り、正規雇用から離れることの個人にとってのデメリットが大きいためだ。社会的なフレキシビリティを高めるためには、国と企業の社会保障における役割を見直していくことが、同時に必要だろう、と筆者は考えている。

さて、話を戻そう。3つ目の研究として、Witt and Redding (2013)によるアジアについての分析をご紹介したい。彼らの分析によれば、アジアの諸国家においては、国家が特定産業の育成に積極的に関わる、開発経済の色合いが伝統的に広く見られる。また、共産主義下で一般的だった国有・公有企業が、今でも存在感を発揮している国も存在する。この結果、国によって、多様な制度体系が存在しており、インドや中国、韓国、台湾、インドネシアやシンガポールといったアジア諸国を制度の面でひとくくりに扱うことはできない、と彼らは主張している。また、既存の欧米や日本に関する分析の枠組みでは、上手くアジアの国々を捉えきれない。そして、日本はアジア諸国との制度的類似性がかなり低く、むしろ、ドイツやフランスとの類似性が高い、ということが示されている点も興味深い。日本はアジアとは地理的に近く、心理的にも親近感がある。しかし、制度的な面では大きな違いがあるのである。

このことは、アジアに成長機会を求める日本企業にとっては大きな示唆をもつ。まず、アジア諸国を制度環境として互いに類似していると想定するのはお勧めできない、ということだ。アジア統括拠点を設け、各国の人事の仕組みを共通化しよう、という取り組みが困難に直面することは、想像に難くない。もちろん、だから共通化をすべきではない、あるいは無理だ、と主張する訳ではないが、各国の違いを踏まえておきたい、ということである。加えて、アジアは日本に近い、という無意識の思い込みにも注意が必要である。もちろん、地理的には近い。そして、時差は少なく、距離が近い、ということは、事業運営上は優位に働く。しかし一方で、制度が異なるということは、日本の当たり前の組織運営が必ずしもフィットしない、ということを意味する。アジア域内において、日本はそのなかでもかなり他国から乖離した存在なのだ、ということを踏まえて意思決定を行う必要があるのである。

制度の多様性と多国籍企業

では、こうした制度の多様性は、企業の活動にどのような影響を与えるのだろうか?

Bartlett and Ghoshal(1989)が指摘したとおり、多国籍企業は「グローバル統合」すなわち、世界中に分散した組織を一体として運営することと、「地域への適応」すなわち、個々の国や地域の特性にあわせた運営を行うことを両立していく必要がある。本社との一貫性を考えれば、本社において用いている人事の仕組みを現地法人にも導入することが考えられる。しかし一方で、先ほどから議論してきたとおり、現地には現地の「ゲームのルール」が存在する。言い方を変えれば、日本で一般的な人事の施策は、必ずしも海外においては一般的だとは限らない。それゆえ、本国から組織運営の仕組みを持ち込むことは、社会的な正当性に欠ける、と見られやすい(Zaheer, 1995)。特に、先行研究からは、人事は他の分野と比較して相対的に現地の制度環境の影響を受けやすい、ということが指摘されている(Rosenzweig & Nohria, 1994)。

しかし、一方で、正当性に関しては、逆のロジックも成り立つ点に注意したい。多国籍企業の国際的な規模は、ともすると、一国にも匹敵する。そのことは逆に、「多国籍企業のグローバル標準の人事施策」だということが、正当性の源泉になりうる、ということを指し示している。現地の人材からは、自国企業で一般的な仕組みよりも、むしろ、進出してきた多国籍企業の仕組みの方が立派で良いものに見えるかもしれない、ということだ。

また、さらに言えば、多国籍企業の影響によって進出先の制度環境が変化する、ということもある。例えば、中国では欧米企業の施策を中国企業が活発に取り入れようとしている、といった報告もある(Cooke, 2011)。また、政治的な影響力を用いて、多国籍企業が進出先の制度環境を改変しようと試みる、ということも見られる。これらのことを考えると、多国籍企業は、必ずしも、一方的に現地の制度に対して受け身の存在である訳ではない、という風に考えられるのである(Kostova, Roth & Dacin, 2008)。

また、グローバリゼーションの一環として進む、世界的な制度の統合化も、興味深い現象である。TPP等の自由貿易協定の交渉過程では、さまざまな制度の共通化が行われたり、個々の国に固有の慣行が非関税障壁とみなされ撤廃を求められたり、といった議論が行われている。こうした制度の共通化は、国ごとに適応するコストが不要になる、という点で、多国籍企業にとっては有利に働く。ただし、一方で、個々の国の制度環境は、その国の経営の独自性につながっている。例えば、Hall and Soskice は日本やドイツの制度環境は、両国における自動車や精密機器、素材等の産業の優位性に密接に関連している、と主張している。そう考えると、制度の統合化は、各国企業の独自性を失うことにつながるかもしれない。

いずれにせよ、文化と比べ、制度はより短期で変化する可能性がある点に特徴がある。文化は言語や宗教といった歴史的な蓄積により形づくられていく価値観や信念の体系であり、社会に深く根ざしたものだ。それ故に、長期的に形成されていくものである。それに対し、制度は、政治的・経済的なプロセスを通じて形成される。実際、日本の労働市場において、解雇に関する考え方が過去10年の間に徐々に変化してきていることを感じておられる読者の方も多いのではないだろうか。また、コーポレートガバナンスに関して、社外取締役等、さまざまな制度的改革が行われてきたことも、ご存じのとおりである。そして、それらの環境変化に、企業自身が関わっている。

ここから読み取れることは、制度環境を「所与」と考えすぎるべきではない、ということだ。制度は変化するし、企業がそこに積極的に関わることも可能なのである。もちろん、個別企業の影響力は限られるかもしれない。しかし、経済団体等を通じて政治的な影響力を発揮することや、また、独自の施策を行い、成果をあげることで、社会的な認知を変化させていくことは、個別の企業にも十分可能なのである。

終わりに

本稿では、「制度」という切り口で世界のビジネス環境の多様性について議論を行った。冒頭で議論したとおり、制度が組織運営の仕組みの正当性に関わるものである以上、文化と並び、制度の相違も重要な観点として、企業は捉えていく必要がある。各国でビジネス活動を行う人々にとっては、その国の制度環境が「当たり前」で、慣れ親しんだものだ。しかし、他国から参入した企業にとってはそうではない。馴染みのない環境を理解し、どのように適応するか、あるいは適応しないか、そしてさらには制度環境に対し政治等を通じて働きかけるか、といったことを多国籍企業は考える必要がある。

REFERENCES

Amable, B. 2004. /The Diversity of Modern Capitalism//. /Oxford: Oxford
University Press.
Bartlett, C. A. & Ghoshal, S. 1989. Managing Across Borders: The Transnational Solution Boston: Harvard Business School Press.
Cooke, F. L. 2011. Human resource management in China: New trends and practices. NY: Routledge.
DiMaggio, P. J. & Powell, W. W. 1983. The Iron Cage Revisited - Institutional Isomorphism and Collective Rationality in Organizational Fields. American Sociological Review, 48(2): 147-60.
Hall, P. A. & Soskice, D. 2001. Varieties of Capitalism: The Institutional Foundations of Comparative Advantage. Oxford: Oxford University Press.
(ピーター・A. ホール、デヴィッド・ソスキス著『資本主義の多様性―比較優位の制度的基礎』ナカニシヤ出版、2007年)
Hannan, M. T. & Freeman, J. 1977. The population ecology of organizations. American journal of Sociology: 929-64.
Kostova, T., Roth, K., & Dacin, M. 2008. Institutional Theory in the Study of Multinational Corporations: a Critique and New Directions. Academy of Management Review, 33: 994-1006.
Rosenzweig, P. M. & Nohria, N. 1994. Influences on Human Resource Management Practices in Multinational Corporations. Journal of International Business Studies, 25(2): 229-51.
Weber, M. 1921. Bureaucracy, Economy and Society. Barkley, CA: University California Press.
Witt, M. A. & Redding, G. 2013. Asian business systems: institutional comparison, clusters and implications for varieties of capitalism and business systems theory. Socio-Economic Review, 11(2): 265-300.
Zaheer, S. 1995. Overcoming the Liability of Foreginness. Academy of Management Journal, 38(2): 341-63.

PROFILE
吉川 克彦(よしかわ かつひこ)氏
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 客員研究員

1998年リクルート入社。
コンサルタントとして、経営理念浸透、ダイバーシティ推進、戦略的HRM等の領域で、国内大手企業の課題解決の支援に従事。
英London School of Economicsにて修士(マネジメント)取得。
現在は同校にて博士課程に所属する傍ら、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所客員研究員を務める。

※記事の内容および所属は掲載時点のものとなります。

次回連載:『国際経営研究の現場から 第6回 文化・制度の違いとリーダーシップ』

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