国際経営研究の現場から 第11回 自ら海外に飛び出し、現地で就職する人々

海外で働く日本人といえば、一般的に想像するのは「勤め先からの人事発令で現地に赴任している人たち」、すなわち、「海外赴任者」だ。
しかし、筆者がイギリスで4年間を過ごし、現地の日本人の方々と少なからず交流の機会をもってみて分かったのは、実態は少し違う、ということだ。現実は、もっと多様なのだ。


3タイプに分かれる海外で働く人たち

筆者なりにロンドンで働く日本人の方々を大別してみると、次のような3タイプのようになる。

まず1つ目のカテゴリーは、「赴任者」である。企業の人事異動の一環として海外拠点に赴任している人たちだ。このなかには、トレーニーとして海外経験を積むこと自体を目的に派遣されている人たちもいるし、一方で、管理職、あるいはプロフェッショナルとして、現地法人の経営管理や、現地へのノウハウ・技術の移転に携わる人もいる。
2つ目のカテゴリーが「自ら現地で起業をしている」人たちだ。筆者の周りでいえば、イギリスの大学に通って卒業後に起業をした人や、欧米で何年も赴任者として働いた後にそのまま現地で起業をした人がいる。
そして3つ目のカテゴリーが「現地で就職をしている」人たちだ。筆者の周囲では、イギリスの大学を卒業後、イギリスで就職しているケースが多い。このなかには日本企業のロンドン拠点で働いている人もいるし、欧米など、他の国の多国籍企業のロンドン拠点で働いている、というケースもある。
ちなみに、2つ目、3つ目のカテゴリーに当てはまる人たちのなかには、国際結婚の結果ロンドンに住むことになり、現地で起業したり働いたりしている、という人ももちろん含まれる。

筆者は研究などの関わりで時々中国にも訪問するのだが、上海はかなりの数、3つ目のカテゴリー(現地で就職)の人がいる、という印象がある。日本企業で働いている場合もあれば、それ以外の多国籍企業の場合もあるし、あるいは現地資本の企業で働いている、という人にもお会いしたことがある。

「赴任者」と「現地で就職する人」は何が違うのか

国際ビジネス研究においては、こうした、3つ目のカテゴリーの人たちを、”self-initiated expatriates(以下:SIE)”(本人主導の赴任者)と呼んで、1つ目のカテゴリーである企業の人事発令で現地に送り込まれた人たち(assigned expatriates, 以下:AE)と区別をしている。
SIEの規模について公式な統計はどうやら存在しないようだが、Vaiman, Haslberger and Vance (2015)らは、OECDなどの統計を基に、OECD諸国だけでも数万人から数十万人は存在するのではないか、と推測している。

今回は、SIEの特徴や、企業にとってのこうした人たちを雇用するメリットについて考えてみたい。

SIEは、企業からアサインされたわけではなく、自らの意思で海外に出ている点、また、同じ企業内で国を移動するのではなく、働く先の企業自体が変わる点で 、AEとは赴任に至る経緯に大きな違いがある(Andresen, Bergdolt, Margenfeld & Dickmann, 2014)。
企業主導のAEであれば、派遣にあたり、事業運営上、人材育成上のねらいが企業側にあって、それに合わせて人を派遣することになる。 一方、本人主導であるSIEは、個人的な関心(特定の文化に対する興味や、キャリア発展上のねらい)や、家族の事情(パートナーの転勤や子供の留学など)がドライバーとなる。

Andresen, Biemann and Pattie (2015)らの研究によれば、企業内のAEが伝統的に男性で占められてきたのに対し(これは日本企業に限らず欧米企業でも見られる傾向だ)、SIEは相対的に女性が多い傾向があるようだ。
筆者らは、女性がSIEに多く見られる要因として、多くの国に存在する男女の活躍機会の差(いわゆる“ガラスの天井”)に対し、海外に出て国際的な経験を積むことでキャリア発展の機会が掴める点や、女性の方が男性と比べてパートナーのキャリアに追随して国を移ることが多い(例えば、夫の赴任に合わせて会社を辞め、夫の赴任先で就職し直すなど)点があるのではないか、と指摘している。

(ただし、日本人女性の場合、海外にキャリア機会を求めて、というケースはあるように思われるが、夫の赴任に伴って海外に移った人が、現地で就職するという例は個人的に見聞きする範囲ではあまり多くないように思う。上記の議論は、欧米諸国出身のSIEを想定した議論だと考えられる。出身国による労働市場やキャリア観の違いが、影響している可能性がある)

企業はなぜ現地就職者を雇用するのか

では、多国籍企業にとって、このような人たちを雇用するメリットは どのようなものがあるだろうか。具体的にいえば、日本企業のロンドン拠点が、現地に住んでいる日本人SIEを採用するメリットにはどんなものがあるだろうか、ということだ。

まず1点目に考えられることは、現地の人材を雇用する、あるいは、赴任者を派遣するのと比べ、文化的なブリッジの役割を果たしてくれる可能性が高い、ということだ (Vaiman et al., 2015)。
SIEは、出身国(上記の例の場合は日本)の文化と言語に馴染みがあるため、本社とのコミュニケーションという点で、現地の人材に比べて優位にある。これは特に、本社の従業員の、グローバル言語としての英語のスキルに限界がある場合には重要なポイントだろう。
また、SIEたちは現地に住んでいる、という点で現地の文化と言語に馴染みがある。その意味では、現地経験がないAEを新たに本社から送るのと比べれば、SIEを現地で採用した方が現地適応に問題が少ない、と考えられる。赴任者の不適応のリスクがあることを考えると、このことは、重要なポイントといえるだろう。

2点目に考えられることは、コスト上のメリットだ。
赴任者を日本から送る場合には、家族の帯同費用や、一時帰国の費用など、さまざまな付帯的なコストが発生する。しかし、すでに現地に住んでいるSIEを雇用する場合には、そうしたコストが発生しない可能性が高い。
もちろん、 現地の労働市場の相場が日本よりも高い場合や、SIEが社内にないような特殊な経験、スキルを保有している場合に、給与水準自体が高くなる可能性はある。それでもなお、そうした人材を本社で採用し、送り込むことと比べれば相対的にコストが抑えられる可能性がある。

「現地で就職する人」を活躍させるには

また、興味深いことに、同じようなバックグラウンド(教育や年齢、性別など)のAEと比べて、SIEは責任や権限の限られた立場の業務についている場合が相対的に多いようだ(Andresen et al., 2015)。このことは、AEが本社を代表して現地の活動をコントロールする役割や、本社からの技術やノウハウの現地への移転に関わる役割を期待されて送り込まれるケースが多いことを考えれば自然な結果と考えられる。
しかし一方で、SIEが、彼・彼女らのもつ知識や経験を十分に発揮できるポジションについておらず、宝の持ち腐れになっている可能性もあり得る、ということでもある。

筆者の経験から判断するに、 ロンドンや上海のような国際的な都市においては、そうしたプロフェッショナルとしてのSIEが一定数、現地の労働市場に存在するようだ。そうした人々を、海外法人でどのように発掘し、中核的な戦力として活用するか、というのは、人事上の興味深いテーマといえるだろう。
ただし、SIEは第一に特定のロケーション(都市や国)に惹きつけられており、必ずしも企業に惹きつけられているわけではない(Doherty, Richardson & Thorn, 2013)、という点や、そもそも、特定の企業にとどまることを志向しているわけではない(Andresen et al., 2015)ということを考えると、日本人だといっても、おそらく本社の人材とは異なるアプローチが必要になるだろう。

参考文献
Andresen, M., Bergdolt, F., Margenfeld, J. & Dickmann, M. 2014. Addressing international mobility confusion - developing definitions and differentiations for self-initiated and assigned expatriates as well as migrants. International Journal of Human Resource Management, 25(16): 2295-2318.
Andresen, M., Biemann, T. & Pattie, M. W. 2015. What makes them move abroad? Reviewing and exploring differences between self-initiated and assigned expatriation. International Journal of Human Resource Management, 26(7): 932-947.
Doherty, N., Richardson, J. & Thorn, K. 2013. Self‐initiated expatriation: Career experiences, processes and outcomes. Career Development International, 18(1): 6-11.
Vaiman, V., Haslberger, A. & Vance, C. M. 2015. Recognizing the important role of self-initiated expatriates in effective global talent management. Human Resource Management Review, 25(3): 280-286.


PROFILE
吉川 克彦(よしかわ かつひこ)氏
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 客員研究員

1998年リクルート入社。
コンサルタントとして、経営理念浸透、ダイバーシティ推進、戦略的HRM等の領域で、国内大手企業の課題解決の支援に従事。
英London School of Economicsにて修士(マネジメント)取得。
現在は同校にて博士課程に所属する傍ら、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所客員研究員を務める。

※記事の内容および所属は掲載時点のものとなります。

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