人事データ活用 はじめの一歩 人事データ分析を阻害する「3つの壁」と「1つの落とし穴」

執筆者情報
HR Analytics & Technology Lab
所長
入江 崇介

HRアナリティクス、ピープル・アナリティクス、データドリブンHRといった、「人事データ分析」に関連するキーワードを目にすることが増えてきた。
一方で、そのようなトレンドと自社の実態に大きな隔たりを感じている方も多いのではないか。
本稿では、そのような方に対して、人事データ分析の「はじめの一歩」を踏み出すためのヒントをお伝えしたい。


人事データとは

本稿では、さまざまな場面で取得・蓄積された、人と組織の状態を表すデータを「人事データ」と定義している。例えば、適性検査の結果、人事考課の結果、異動履歴、自己申告内容などの「人事情報」、また、労働時間、休日取得状況などの「勤怠情報」がこれにあたる。

それらにとどまらず、個人と組織のコンディションを示す組織活性度調査や意識調査の結果、またメールでの社内コミュニケーション状況など、さまざまなデータが人事データとして利用できる。

人事データ分析の 4 類型

では、人事データはどのように分析し、活用することができるのだろうか。ビジネスにおけるデータ分析であるビジネス・インテリジェンス、ビジネス・アナリティクスで用いられる類型に基づき、人事データ分析のイメージを具体化したい(図表1)。

記述的分析

記述的分析とは、データの特徴把握のために作図・作表や平均値の算出などによりデータの要約・見える化を行うことである。例えば離職率を時系列で整理することによって、「自社の離職率が高くなっているのか、低くなっているのか」というトレンドを把握することができる。また、職種などの属性別に離職状況を確認することで、「どのような人材の離職率が特に高まっているのか」を把握することもできる。

それによって、仮説の検証、あるいは検証すべき観点の発見ができる。そして、対策の是非の判断や、施策の絞り込みなどの意思決定に生かすことができる。

診断的分析

しかし、記述的分析だけでは、「具体的にどのような手を打てばよいのか」についてヒントを得ることは難しい。そこで必要になるのが、「なぜ、離職率上昇という現象が起きているのか」という原因究明のための分析である。これが診断的分析である。

例えば、事業の急拡大により、経験の浅い管理職が増えているため、それらの管理職のもとに配属されたメンバーの離職率が高くなっているという仮説があるとすれば、「経験の豊富な管理職のもとのメンバーと、経験の浅い管理職のもとのメンバーとの離職率の差」を確認することが第一歩である。同時に、研修受講履歴など管理職の経験の長短に伴う差、管轄している業務特性の差も分析に加えることによって、より精緻に原因を特定し、それに応じた対策をとることができる。

予測的分析

「誰の離職リスクが高まっているか」を発見するための分析が予測的分析である。

例えば、「離職者に特有の勤怠状況、満足度調査の回答傾向などの特徴」が分かれば、その特徴との合致度合いが高い人材は、「離職リスクが高い人材」とターゲティングすることができ、その人材に対して早期にフォローを行うことによって、離職を防止することができる。

処方的分析

「離職リスクが高い人材」に対して、さらに「どのようなタイミングでアクションを起こせばよいのか」について、過去の事例データからよりよいタイミングを抽出し、上司にリコメンデーションを行うことが可能である。さらに、自動的にメンバーと上司との面談を設定することも可能である。

このように、データに基づき、とるべきアクションを示す、あるいは実際にアクションを起こすような手法は、処方的分析といわれる。

人事データ分析の意義

記述的分析→診断的分析→予測的分析→処方的分析の順で、より高度な方法を用いて、積極的にデータを活用することとなるが、そのことは必ずしも「処方的分析が最も優れている」ことを意味するわけではない。

そこで、前節をもとに、Excelや統計解析ソフトにより実施する「統計分析アプローチによる記述的分析・診断的分析」と、機械学習などにより予測やリコメンデーションのアルゴリズムを構築・実装する「人工知能アプローチによる予測的分析・処方的分析」に二分して、それぞれの人事における意義を確認したい。

統計分析アプローチによって、人事のPDCAが回る

記述的分析・診断的分析は、勘と経験で行ってきた状況把握や意思決定について、データに基づく根拠を与えるものである。それによって、「人事の説明責任、透明性を高める」という効果が期待できる。さらに、データに基づき要因構造が明らかになることによって、属人性の低減や、再現性の向上を期待することもできる。

これらは、大湾氏の述べる「データを活用した人事のPDCAサイクル」を回すことであり、人事施策の持続的なレベルアップにつながる。

人工知能アプローチで、人事の余力が生まれる

予測的分析や処方的分析を行うことによって、これまで人事が行ってきた業務がコンピュータによるアルゴリズムや人工知能によって自動化・半自動化されることになる。また、問題の発生を未然に防ぐことによって、問題対策にかかっていた時間を削減することもできる。

これらによって生み出された時間を使うことによって、人事はこれまで十分な時間を割くことができなかった長期的な人事戦略を考えることや、人事と従業員との間のコミュニケーションの頻度・密度を高めることができるようになる。すなわち、人事が本来やるべき仕事に集中し、人事の質を高めていくことが期待できるのだ。

「3つの壁」と「1つの落とし穴」

では、皆様の所属する企業は、どの程度人事データ分析が実践できているだろうか。図表1を参考に、自社の現状を確認していただきたい。

これまで私が人事の方と対話してきたなかでは、「記述的分析にとどまる」あるいは「記述的分析にも着手できていない」という企業が少なくない。

ここでは、人事データ分析を一歩進めようと考えている方を対象に、人事データ分析を阻害する「3つの壁」と「1つの落とし穴」をご紹介する(図表2)。

「データ不在」の壁

最初の壁は、
・もともと人事データ分析を意図していたわけではないので、「利用したいデータがこれまで取得・蓄積されていない」
・人事部門内外に人事データが散在していて、「分析できる形で整理されていない」
のように、「分析にふさわしいデータがない」というものである。

「専門家不在」の壁

専門的な分析を行おうとすると、統計学や機械学習について知識のあるスタッフの存在が不可欠である。しかし、そのような人材が人事部門に配置されていることはほとんどない。

一方で、マーケティング部門などにはデータ解析の専門家がいるにもかかわらず、「人事データは聖域である」ということでデータの共有がためらわれ、社内での人事データ活用が進まないというケースもある。

「人工知能への不安」の壁

予測的分析、処方的分析は、機械学習など「人工知能」の技術を応用することが多い。その場合、「なぜそのような結果が出たのか」がブラックボックスになっているケースもある。

それゆえ、「経営や現場に対して、『人工知能による分析結果です』以上の説明ができない」ということで、説明責任が果たせないことへの不安から、これらの手法の導入が見送られることも多い。

「とりあえず病」の落とし穴

例えば人事データ分析の第一歩である記述的分析は、平均値など簡易な統計量の算出や、集計・グラフ化であるため、Excelでも実施できる。それゆえ、「従業員意識調査の結果を性別、年代別、部署別、最終学歴別……」とさまざまな切り口で分析することも時間をかければ行うことができる。しかし、手軽さゆえに、作業が膨大になり、工数がかさむことも多い。そして、「かけた手間のわりに、大した発見がなかった」ということも少なくない。

目的が明確でなく、「とりあえず分析をする」ことによって、上記のような苦い経験をし、人事データ分析に対してネガティブな印象を抱いてしまった結果、その後本腰を入れた取り組みができないということもある。

3つの壁と1つの落とし穴への処方箋

人事データ分析で実現したい成果を明確にする

このことは、人事データ分析の推進担当部署のモチベーションを保つために欠かせないことである。また、新たな人事データの取得や散在するデータの収集、場合によっては分析のために他部署からの理解・協力を得るためにも不可欠である。同時に、効果の薄い分析を回避するためにも、重要なものである。

その際には、「経営・人事にとっての意義」に加え、「現場や従業員にとっての意義」を考慮することも忘れてはならない。「現場や従業員にとっての意義」を伝えることができれば、「自分のデータが勝手に使われることは嫌だ」という感情的な反発や、「人工知能による判断は気味が悪い」という不安を払拭することができる。

できることから一歩一歩始める

人事データ活用の意義を示すためには、「実際の成果」を示していくことが大切である。有効な発見があれば、さらに有効な発見のためにデータの収集や分析に協力が得られる好循環が作れる。

人工知能アプローチによる先進的な事例に目を奪われがちだが、リクルートHDの事例にあるように、まずは手元にある人事データを用いて、小さな実験を積み重ね、その成果を共有し、人事データ活用の機運・風土を社内で高めていくことが大切である。

データの精度を高める

しかし、実際に人事データを分析すると、思ったようなインパクトのある結果が出ないことも多い。

その理由の1つに、「人事データの不安定さ」がある。例えば、「人事考課」は、評価が甘い企業であれば、高い評価に固まっており、個人の業績の弁別機能がほとんどないことが多い。このような指標を用いた分析では、精度の高い結果を出すことは難しい。

このような場合、先々に向けては、評価制度の見直しなどを行い、データの精度を高めていくことが必要になるが、その成果は短期では実を結ばない。

よって、人事データ分析の初期段階では、「離職」など、より客観的な事実であり、分析結果の出やすい精度の高い指標を用いた分析からスタートすることをお勧めする。

おわりに

ピープル・アナリティクスの先進的な事例が紹介されつつあるなか、「早く、人工知能を活用して、先進的な分析を行わなくては」と焦っている企業も少なくないのではないか。

しかし、本稿で述べたとおり、人事データ分析を行っていくためには、着実に土台を作っていくことが重要である。まずは、自社の状況に合わせて、一歩ずつ人事データ活用を進めていただくために、本稿が参考となれば幸いである。


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.47 特集2「人事データ活用」より抜粋・一部修正したものである。
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