東京大学 教授 大湾 秀雄氏 データを活用した「PDCAサイクル」で人事の質を高める

人事経済学の一領域であるインサイダー・エコノメトリクス(内部者計量経済学)に取り組む「企業内データ計量分析プロジェクト」では、産学官連携で人事情報を科学的に活用するための研究会である「人事情報活用研究会」を2014年に発足した。そのリーダーでもあり、『日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用』を出版された東京大学 社会科学研究所 大湾秀雄教授に、人事データの活用について、お話を伺った。


人事情報活用研究会の発足

私の専門は、労働経済学の一分野である人事経済学です。ミクロ経済学の手法を用いて、人事施策の問題点を分析したり、制度分析のフレームワークを考えたりする分野です。

経済学において、データは理論を検証するのに不可欠です。北欧諸国では、政府が全労働者の属性、職位、給与に関する時系列データを管理しており、この分野の実証研究を牽引しています。一方、欧米ではビジネススクールの地位が高く、教授が受講生との個人的関係を通じて、企業内データを手にする機会に恵まれています。

どちらのインフラも貧弱な日本で、何とか実証研究を進めるためにと、2009年に産学官連携プロジェクトを立ち上げました。また、研究の成果を社会還元し、かつさらなる研究のための協力企業を募ることをねらって、2014年に発足したのが人事情報活用研究会です。

現在、3期目の活動中で、15社の人事マネジャーが集まり切磋琢磨しています。

男女賃金格差を計測するには回帰分析が有用

初回のテーマは「研修」で、事前課題として『昨年度1年間の自社の研修をリストアップし、選抜型、非選抜型、自己研鑽型に3分類した上で、それぞれについて、参加人数、所要時間、予算配分、プログラム設計を外注しているか、内製しているかを一覧にする』を提示しました。

労働経済学では自社内でしか通用しない技能を「企業特殊的人的資本」、社外でも通用する能力を「一般的人的資本」と定義します。そのうち、前者を習得させる研修は外注できず、内製するしか手がありません。

研究会では、3つの研修タイプ別内訳と平均研修外注度に従って各社をプロットしました。そうすることで、その位置が各社のビジネスモデルや人材育成の方針と密接に関係していることがよく分かるのです。

選抜型と自己研鑽型の比率によって各社をプロットした場合には、40代以降の「遅い選抜」を行う伝統的日本企業はどちらの数字も低く、若手リーダーを積極的に育てようとしている成長企業は選抜型の数字が、優秀な人材の獲得に熱心なベンチャー企業は自己研鑽型の数字がそれぞれ高いという結果になりました。

こうやって他社との比較を行うと、自社の特徴が分かり、今後の研修方針をどう改善していけばよいかを考えるヒントになるのです。

一方、個人のデータを使って分析することも有用です。次の回は男女の賃金格差の計測をテーマにしました。最近、多くの企業が女性の活躍推進を目標に掲げており、その進展度合いを見るのに最も良いデータといえます。

その場合、男女の平均賃金を比べても意味がありません。男女間では学歴や年齢、勤続年数や職種といった属性ごとの構成が異なります。女性の賃金が低いのは、結婚や出産に伴うブランクによるものかもしれませんし、賃金が低い特定の職に女性が偏っているからかもしれません。労働時間の短さが賃金を抑えている可能性もあります。

そうした要因をコントロールし、同じ属性をもった男女間で賃金の差を比べなければならない。そのためには、変数と変数の間の相関関係や因果関係を特定できる回帰分析が必要になるわけです。それを使えば、賃金格差の程度を把握し、必要に応じた対策を打つことができます。

「経験と勘」に基づく人事から「データと分析」重視の人事へ

ビジネスの基本は、何ごとかを計画(Plan)、実行(Do)し、その結果を評価(Check)し、さらに改善のための行動(Act)を起こすことですが、こと人事についてはPlanとDoはともかく、評価と改善活動が抜け落ちています。

人事データの活用とは、この評価と改善を適切な方法で行うことに他なりません。つまり、人事データをうまく活用できれば、人事のPDCAサイクルを回せるようになるのです。

こんな大切なことが、これまでの日本企業ではなぜ行われてこなかったのでしょうか。

まず考えられるのは、人事部員には統計リテラシーの低い文系の人材が多く配属されてきたということです。大学などの研究者も「人的資源管理論」という名のもと、数字を扱わない定性的研究を中心に行ってきました。ですから、人事管理の参考書を開いてもデータ活用についての記述はほとんど出てきません。

新卒一括採用と終身雇用という日本企業特有の事情も、データ活用の必要性が高まらなかった要因です。社員の中心は男性正社員で、画一的な人材育成を行い、しかも「辞めない」のが前提ですから、経験や勘に基づくマネジメントでもやってこられたわけです。しかし、今は違います。グローバル化が進み、ダイバシティーも増し、社員もキャリアパスも多様になり、経験と勘だけに基づくマネジメントがうまく機能しなくなってきたのです。

われわれの活動も刺激の1つになったのか、最近では人事データの活用に積極的な企業も出てきました。統計解析の重要性をよく理解し、統計解析に長けた人材を人事部内に配置する企業も見受けられます。

特に重要なのは、理解ある上司や役員の存在です。そうした後ろ盾となる人たちがいる会社は、今後の活用が大いに期待できます。

AIも活用すべし
ただし、課題設定は人間にしかできない

では今後、人事データを積極的に活用していくには何に留意すればよいでしょうか。

何といっても重要なのがデータの蓄積です。人事の意思決定に用いたデータをすべてデジタル情報として保管しておくことをお勧めします。というのも、当たり前ですが、データを保存していなければ、それが蓄積されるまで、活用することができないからです。

釈迦に説法かもしれませんが、例えば採用に関しては、SPIの点数や面接での評点をはじめ、全部保存してください。採用した人はもちろん、不合格とした人、内定を出したものの辞退した人も含めてすべてについてです。

さらに大切なのは一元管理をすることです。データごとに担当部署が異なり、それぞれが異なるシステムで管理されている場合、データごとに担当者の許可を得る必要が生じ、その調整にエネルギーと時間が失われます。重要なデータが消失するリスクも高まります。

最近、AI(人工知能)を人事業務に活用する企業が出てきました。例えば、採用の書類選考では最初の選考通過・不合格を人間の意思決定をまねて自動で振り分けてくれます。AIが最も入り込みやすいのが、この分野です。

あとは異動でしょう。チームの過去の業績データと構成メンバーの属性データをもとに、あるポジションの適任者を探してくるといった作業をAIに代行させる使い方が考えられます。

ただ、AIは、なぜここの人材をこのポジションに配置したら業績が上がると予想するのかを説明することはできません。

仮説の裏のロジックまでAIに考えてもらうには、AI 自体の進歩が必要です。物事には単なる相関と因果があり、人間は区別できますが、今のAIにはできません。仮説は人間が頭を振り絞って考え、人間が検証するものです。人事にも一層のレベルアップが求められるのです。そのために、経済学的な理論に基づく仮説を導き出す人事経済学を皆さんに知っていただきたいと考えています。

【text :荻野進介】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.47 特集2「人事データ活用」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE
大湾 秀雄(おおわん ひでお)氏
東京大学 社会科学研究所 教授

1964 年生まれ。東京大学理学部卒業後、野村総合研究所を経て留学。コロンビア大学経済学修士。スタンフォード大学経営大学院博士。ワシントン大学オーリン経営大学院助教授、青山学院大学国際マネジメント研究科教授などを経て2010 年から現職。著書に『日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用』(日本経済新聞出版社)。

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