職場に活かす心理学 第17回 心理的安全性;職場は心安らぐ場所か?

執筆者情報
組織行動研究所
主幹研究員
今城 志保

少々前になりますが、Googleの人事データの分析チームが、チームの成否に影響を及ぼす唯一の要因がチームメンバーの感じる「心理的安全性」であったことを発表して以来、この少々変わった言葉をよく耳にするようになりました。

心理的安全性について学術研究から明らかになったことは、弊社機関誌『RMS Message 48号』(2017年11月末発行予定)を参照いただければと思うのですが、Googleだけでなく多くの研究で職場の心理的安全性が高い場合に、仕事の成果が高まったり、チームメンバーのコミットメントが高まったりと、よい効果が報告されています。

しかし、なぜ個人が心理的安全性を感じたり感じなかったりするのかについては、実は十分分かっているとはいえません。そこで、今回は、個人がどのようなときに心理的安全性を感じるのか、また心理的安全性がその個人の行動にどのような影響を及ぼすのかについて、関連すると思われる先行研究を紹介しながら、考えてみたいと思います。


職場における「心理的安全性」とは

交通安全や家内安全ではなくて、心理的安全性とは何なのでしょうか。エドモンソン(Edmondson, 1999)は、職場の心理的安全性とは「チームが対人リスクをとるのに安全な場所であるとの認識をチームメンバーが共有する状態」であると定義しています。つまり、チームメンバーみんなが、思ったことを自由に発言したり、行動に移したりすることで対人関係を損なうことはないと思っている状態が心理的安全性があるということになります。

一方で、いやいや、仕事は緊張感をもって活動すべき場所であるとのご意見や、自分の発言には責任をもつべきであり、軽々しく考えを口にすべきではないとの考えをもつ方もいるのではないでしょうか。どのような組織でも、どのような仕事でも、どのような立場の人にとっても、心理的安全性は常によい影響があると、結論づけられているわけではありませんし、おそらくそうはならないように思います。しかし、心理的安全性には、確かによい効果が示されていますし、その効果のなかには創造性など、今の企業が強化したい要素が含まれていることが、何よりも魅力なのでしょう。

ちなみに、私たちは自分のよく知っている環境や、よく知っている人たちといると安全だと感じるのではないでしょうか。確かに心理的安全性は高そうですが、よく知っている環境のなかだと、新たな気づきがなく、創造性は生まれにくそうです。安全と感じることと、創造性が高まることとの間には、どのような関係があるのでしょうか。

心理的安全性がどのように形成され、個人にどのような影響があるのかを分かってこそ、上記の疑問に答えることも、適切に活用することも可能になります。そこでまず、働く個人の立場から、職場において安全であると感じるというのはどういったことなのか。それによってわたしたちの職場での行動はどう変わるのか、について考えてみたいと思います。

心理的脅威とは

みなさんは、職場にいるとき、どの程度自分は安全だと感じるでしょうか。例えば建設現場での仕事など、危険と隣り合わせの仕事をしている場合と異なり、ホワイトカラーの人は身体的な危険を職場で感じることはほとんどありません。特殊なケースでは、職場内暴力があるのですが、ここでは扱わないものとします。それでは“心理的”に安全となるとどうでしょう。ホワイトカラーにとって、職場でどのようなことが心理的脅威になり得るのかについて、まず考えてみたいと思います。

ホワイトカラーの心理的安全性が脅かされる場面というのはどのような場面でしょうか。例えばこれまで経験したことのない難しい仕事を行うことになったとき、失敗すると面子や自尊心が損なわれると思うと、心穏やかではありません。また、一緒に仕事をする上司と考え方が合わない、あるいは同僚とうまく一緒に仕事ができず、職場にいづらいといったこともあるかもしれません。そこまでではないものの、なんとなく漫然と仕事をしていて、楽しくないし、自分の力が発揮できているとは感じられない、といった経験は多かれ少なかれあるのではないでしょうか。

シャーマンとコーエン(Sherman & Cohen, 2006)は、職場に限ったことではなく、私たちは日々心理的な脅威にさらされており、そしてそれに対して心理的な防衛機能を発揮させているのだと主張しています。図表1は彼らがまとめた、自己の統合性を脅かす可能性のある要因です。ポイントは脅威のなかでも自己に注目している点にあります。つまり以下のような要素について、自分の評価やイメージが損なわれる懸念が脅威になるとしているのです。

仕事における自己を考えた際に、「目標」は最も分かりやすいものでしょうが、それ以外の要素についても、関わる可能性があります。例えば、前に述べた仕事で思ったような成果を上げられないかもしれないときは、“役割”が果たせない脅威や、周囲の人から今後信頼されなくなるかもしれない“人間関係”の脅威にもなり得るのです。自分自身が“価値”を置く、仕事のできる人間のイメージに反してしまうかもしれません。

心理的脅威の影響

心理的脅威がある場合、私たちはどのような反応をするのでしょうか。数多くの研究が、少数派のステレオタイプの影響について行われています。マーフィーら(Murphy,. Steele, & Gross, 2007)が行った実験では、理数系専攻の大学生を対象としてカンファレンスのビデオを見てもらうのですが、実験群の学生はカンファレンスの参加者の男女比が4対1と圧倒的に男性が多いものを、統制群は男女比が1対1のものを見ました。その後、もし自分がカンファレンスに参加した場合に、どの程度所属感をもてると思うかを尋ねました。結果は、図表2のとおりです。

男性は参加者の性別比に影響を受けなかったのですが、女性の場合、女性の参加者が少ないことによって、所属感が低くなることが分かりました。つまり普段から、マイノリティであることを脅威に感じる理数系の女子学生は、カンファレンスの参加者の性別比というサインによって、脅威を予感して、所属感を低くしたと解釈できます。男子学生には意味をなさない参加者の性別比は、女子学生には大きな意味をもつ情報だったわけです。

私は毎年アメリカの産業組織心理学会に参加していますが*1、参加するたびに、白人以外の参加者の少なさと、女性の参加者の多さが気になっていました。もし居心地の悪さを感じていたとするならば、この場合は性別ではなく、人種での自分の特殊性を意識してしまったということでしょう。

*1 学会レポート「SIOP(米国産業・組織心理学会)2017 参加報告」

日本企業では女性社員がまだ少ない現状があるでしょうし、その傾向は役職が上がるとさらに顕著になります。また日本企業で働く外国人はこの先も少数派であり続けるでしょう。どうしても特定の対象者がマイノリティになる状況が避けられないことは多くあります。しかし先の学会の例では、研究者として海外学会で認められている人は、そういった居心地の悪さを感じていないようです。このような研究者は、研究者としての自己肯定感が高く、人種や性別の違いを感じません。実は、自然と喚起されてしまう脅威を抑える方法として、自己肯定感を喚起する方法が効果的であることが実証研究によって示されています。

自己肯定感によって脅威はなくなるのか

自己肯定感を高める操作は、実験のなかでは、自分にとって重要なこと、価値のあることを書いたり、それについて考えたりするという方法でよく行われます。クレスウェルら(Creswell, Welch, Taylor, Sherman, Gruenewald, & Mann , 2005)は、上記のような方法で価値の確認を行った群と、そうでない群に、後に重要な場面でそれが評価されることを伝えた上で、自己アピールの文章を書くなどのストレスのかかるタスクを行わせました。ストレスの状況を唾液中のコルチゾールで測定すると、自己肯定群ではストレスのレベルが低く抑えられていたことが分かりました。自己価値を確認するという簡単な操作ですが、自分に対する脅威が減ったことがうかがえます。

自己肯定によって脅威がなくなると、自己防衛的でなくなる

自己肯定によって脅威がなくなると、防衛的ではなくなることが示されています。例えば、シャーマンら(Sherman, Nelson, & Steele, 2000)の研究では、まず学生がカフェインの摂取による健康被害について書かれた文章を読みます。その後自己肯定操作を行う群とそうでない群にランダムに分けられます。さらにその後に、文章に書かれたことを受け入れる程度についてたずねます。結果は図表4のとおりで、そもそもコーヒーを飲まない群には操作の影響はまったく表れなかったのですが、コーヒーを飲む群では、健康な自分のイメージが阻害される脅威があるため、自己肯定を行わない場合、文章のメッセージを受け入れませんが、自己肯定を行った群では、逆にメッセージを受け入れていることが分かります。

同様の結果は、例えば交渉の場面において、自己肯定感を高めた場合の方が、相手の意見を受け入れることなども示されているようです。

組織において、相手にとって耳の痛いフィードバックを行うときや、そのようなフィードバックを受け取るときに、防衛的にならずにフィードバックを受け入れる際には、受け手の自己肯定感が重要になることが分かります。

自己肯定の長期的効果

これまでに自己肯定の効果についての研究は、さまざまな対象者と脅威について行われていますが、ここでは大学生を対象にした人種のステレオタイプの脅威と、対人関係の脅威について紹介します。

教育場面において、特に米国では人種による学業成績の差が問題視されています。具体的には黒人やラテン系の学生の成績が、白人に比べると低くなるというもので、その理由は、自己をネガティブにステレオタイプ化することによるものだと考えられています。ブレィディら(Brady, Reeves, Garcia, Purdie-Vaughns, Cook, Taborsky-Barbara, Tomasetti, & Davis, 2016)は大学1、2年次に、ラテン系アメリカ人と白人系アメリカ人に自己肯定の操作を行う場合と、それとまったく関係のない操作を行った場合とで、4学期にわたって成績の変化を比較しました。その結果が、図表5です。

自己肯定の操作を受けたラテン系の学生は、1学期目には自己肯定の操作を受けた白人学生の成績を抜き、4学期目には、自己肯定の操作を受けなかった白人学生の成績と同じになりました。この研究の成果で特筆すべき点は、操作の影響が長期にわたっていたことです。対象になった学生に後に聞き取り調査を行っていますが、その結果、自分で必要に応じて自己肯定を行うようになっていたことが分かりました。

また、自己肯定は対人関係構築に問題がある場合の解決策としても、効果があるとの結果が得られています。スティンソンら(Stinson et al., 2011)は、大学生を対象に友人や家族との関係性に関する質問紙に回答してもらった後、一部の学生には自己肯定の操作を行いました。その後4週間たって、再度、関係性に関する質問紙に回答を求めたところ、最初に関係性の評定の低かった学生にのみ、自己肯定の操作の効果が見られ、2回目の関係性の評定値は有意に向上しました(図表6)。さらにこの研究では、参加者へのインタビューが行われ、インタビュアーが評定を行った対人緊張においても、同様の結果が得られています。


自己肯定と心理的安全

これまで紹介してきた自己肯定の操作による脅威の軽減は、さまざまなよい効果をもたらすことが確認されています。このような状態にある個人は、心理的安全性を感じているのでしょうか。さらに、心理的安全性は、個人というよりも、チームや組織の現象としても捉えられています。個人の感じる心理的安全性は、どのように職場やチームの心理的安全性を高めることができるのでしょうか。残念ながらこのあたりの検討を直接行った研究はこれからのようです。

コーエンとシャーマン(Cohen & Sherman, 2014)は図表7のような概念図を提示して、個人レベルでの自己肯定が、よい結果を通して、あるいは直接的に集団の成果を高める可能性を論じています。

ただし自己肯定は、もともと脅威を感じていない人にとっての効果は認められていません。職場レベルでの心理的安全は、そのような人にも何らかの効果をもたらすのでしょうか。自己脅威のない状態、あるいは感じてもそれを容易に克服できる状態は、人に対する愛情の価値を上げるといった面白い研究も報告されています(Crocker, Niiya, Mischkowski, Konstanz, 2008)。自己への脅威がなくなることで他者や集団に目を向けることができるのであれば、職場にとっての効果はより大きくなることが期待されます。このあたりに個人の安全から、職場やチームへの拡張を促すヒントがあるかもしれません。

自己肯定を利用する際の注意事項

自己肯定感を高めることは個人にとってはとてもよいことなのですが、集団での結果を求めるためには、気をつけるべきことがあります。肯定される個人の価値観が集団の目指す方向と異なる場合には、逆の効果をもたらす可能性があるのです。例えば、これまでにない新しいアイディアの商品開発を行うプロジェクトに、既存商品の品質改善こそが自社の価値であると感じている人が入ったとしましょう。この人の自己肯定を「品質改善に価値をもつ自分」で行ってしまうと、それをみんなに認めてもらおうとして、空回りするか、プロジェクトの進行を妨げてしまうかもしれません。何に脅威を感じているのか、何の要素を肯定すべきかを十分に理解する必要があるのです。


最初に疑問を述べた、なぜ心理的安全性と創造性には正の関連があるのかについて、ここまでの話をもとに考えてみたいと思います。集団での創造性を発揮するためには、メンバーが自らの知識や考え方を自由に表現することがまず必要ですが、併せて、他のメンバーがそれらを受容することが必要でしょう。また表現するだけでなく、新しいことを実行に移すためには、個人が自信をもって課題に取り組んだり、他者との協力関係を築くことが、重要だと考えられます。上記で紹介した自己肯定の効果は、これらをカバーするものであり、心理的安全性向上のための有力な候補であるといえるでしょう。ただし、個人の変化が集団に及ぼす影響は、一様ではないようです。より効果的で、意図的な心理的安全性の活用策を考えるためには、その解明が必要ではないでしょうか。

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