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職場に活かす心理学 第15回

「人はどのようにして道徳的な判断を行うのか」

  • 公開日:2016/10/07
  • 更新日:2024/03/30
「人はどのようにして道徳的な判断を行うのか」

ニュースを見ると、毎日のように道徳的判断に関する問題が取り上げられています。
例えば、1人の人質の命を助けるために、国や企業が身代金を誘拐犯に渡すことは、正しいことでしょうか。支払ってしまうと、今後その国や企業に所属する人は、同じような誘拐犯のターゲットになる危険にさらされるかもしれません。また暴力によって欲しいものを手に入れる行為を許すことは、社会に対して好ましくないメッセージを発することにならないのかという問題も出てくるでしょう。

さまざまな社会科学の分野はこのような難しい判断についての研究を行ってきました。そして心理学においても倫理観や道徳的判断に関する研究が行われてきました。上記のような人命が絡んだ問題だけでなく、ここではわたしたちが企業組織のなかで接する、そして人命は絡まないまでも、かなり難しい倫理的な判断や、何が「正しい」判断かについて、考えてみたいと思います。

道徳的な判断は直感と理性からなる
感情と反する合理的な判断はできるのか
ビジネスにおける非倫理的行動はどのように生じるのか
非倫理的行動を抑えるために、組織は何ができるか

道徳的な判断は直感と理性からなる

心理学において道徳が扱われるようになったのは、道徳心の発達に関するもので、コールバーグ(Lawrence Kohlberg)が唱えた道徳性発達理論が有名です。
ここでは道徳的判断は理性的なものであるべきで、模範となる道徳的判断のやり方があって、そこに向かって発達することが望ましいとされてきました。その後比較的近年になって、心理学者は道徳的判断における直感や、感情といったものに着目するようになりました。そして現在では、道徳的判断には感情的・直感的な側面と、理性的・熟慮的な側面があることが、脳画像を用いた研究などでも示されるようになっています。道徳的判断においてこれらの両側面があることは、どのような意味をもつのでしょうか。

社会心理学では、道徳心の研究でよくトロッコ問題が使われます。以下のような状況で、あなたが1人の命を犠牲にして、5人の命を救う選択を行うかどうかを問われるものです(図表01)。状況AとBではあなたの判断は変わるでしょうか。

図表1 トロッコ問題

状況Aでは多くの人が1人の命を犠牲にする選択をするのですが、状況Bでは逆の結果となり、1人(橋の上に立つ人)の命を犠牲にしないという選択をすることが、分かっています。

どちらの状況も、5人の命を救うために1人の命を犠牲にするかを問われている点で、問題の構造は同じです。なぜ2つの状況で、判断に違いが生じたのでしょうか。
さまざまな研究から、わたしたちは状況Aでは、合理的、功利主義的な判断(1人の命を犠牲にする)をするのに対して、状況Bでは感情的な判断(1人の命を犠牲にしない)をする傾向があることが分かってきました。
道徳研究の第一人者であるジョシュア・グリーン(Joshua D. Greene)によれば、状況Bにはわたしたちの感情を動かすような要素が含まれるというのです。5人の命を救うためとはいえ、自分の手で1人を殺してしまうという行動には、スイッチを入れ替えることよりも感情的な忌避感が強いのでしょう。

感情と反する合理的な判断はできるのか

トロッコ問題のような人命にかかわる道徳判断とは性質が異なりますが、企業組織においても、道徳的に(というよりも倫理的といった方が良いかもしれませんが)正しい判断が求められる場面はたくさんあります。

例えば、会社の存続が危うくなったときに、企業は人員削減に踏み切ることがあります。この判断は、社員の雇用を守ることも仕事であると思っている人事責任者にとって、とても難しいものだと思われます。多くの社員の雇用を守るための人員削減は、合理的判断としてはありうるのでしょうが、感情的には痛みを感じるかもしれません。グリーン氏の研究のような身体的な害を及ぼすケースではありませんが、リストラされる社員の心情を想像すれば、おそらく感情が動くのではないでしょうか。

エリノア・アミットとジョシュア・グリーン(Elinor Amit and Joshua D. Greene, Department of Psychology, Harvard University, 2012)は、上記のトロッコ問題を用いて、次のような研究を行いました(図表02:出所※1)。
研究の参加者は、それぞれの状況について、「犠牲になる1人」について、「助けられる5人」と比べて、どの程度目の前にあることのように鮮明に(vivid)イメージできるかを評定しました。7段階評価で、真ん中の4は「1人」と「5人」のどちらのイメージも同様で、それから評定値が小さくなるほど「1人」のイメージの方がより鮮明に感じられたということです。
結果は下図のとおり、状況Bでは「5人」よりも「1人」の方が、より鮮明なイメージが持てたという結果でしたが、状況Aではそのような違いは見られませんでした。さらに、「1人」についてより鮮明なイメージを持った人ほど、「1人」を犠牲にして「5人」の命を救う選択をしない傾向があったことも、報告されていました。

図表2 トロッコ問題における犠牲になる「1人」のイメージの比較

人に害を及ぼす可能性がある状況の判断の際に、被害を受ける人の状況を想像しやすい人の方が同情的な判断を行う傾向があるということには、納得感があります。また、多くの場合その判断は、人を傷つけないという重要なモラルをベースとしている点で正しいことに思えます。
ただし、上記のリストラの例のように、それでも感情に反する選択肢を検討する必要が生じたときに、わたしたちは合理的な判断を行うことができるのでしょうか。

状況Bのような場合でも、一般に分析的な考え方をする傾向の強い人ほど、1人の命を犠牲にするいわゆる合理的な判断を行う傾向があることも分かっています。また、認知テストに回答することで合理的思考を用いた後には、合理的判断が増加することなども研究で示されています。つまり、その気になれば感情的判断のみに流されることはなくなるともいえるでしょう。

ビジネスにおける非倫理的行動はどのように生じるのか

ビジネスにおける倫理的判断はどうでしょうか。上記のような道徳心の研究とは別に、ビジネス倫理に関する研究も多く行われています。そのなかでは、たとえ妥当な倫理的気づきがあったとしても、合理的正当化や周囲からの影響によって、倫理的行動が阻害されるプロセスについて研究が行われています。

アダム・バースキー(Adam Barsky, Department of Management and Marketing, The University of Melbourne, 2011)は、ホワイトカラーを対象とした調査の結果、非倫理的な行動を正当化する程度が強い人ほど、その行動を起こす傾向があることを示しました。さらに、その傾向は本人が仕事での目標設定に関与する程度が低いほど、顕著に現れることを示しました(図表03:出所※2)。目標設定関与が高く、自分の意思や責任において仕事を行っているとの認識が高まると、たとえいったん周囲に流され正当化したとしても、行動にまでは及びにくいと考えられます。

図表3 目標設定の関与度と非倫理的な行動を正当化する程度の関係

この研究で扱われた「非倫理的な行動」とは、自分や自社にとって都合の悪い情報の隠蔽や、情報の改竄などです。このような場合、どちらかといえば、正しくない行動かもしれないという気づきは比較的直感的なもので、それを正当化したり、言い訳をする場合に、理性的な視点が入っています。トロッコ問題とは異なり、理性的思考は感情的判断を促進する結果になっているようです。

実は道徳的判断においても、道徳心やポジティブ心理学の研究で著名なジョナサン・ハイト(Jonathan Haidt, Stern School of Business, New York University, 2001)は、「直感的な判断が先にあって、合理的判断は後の理由付けにすぎない」という論を、展開しています。上記の研究結果はハイト氏の主張に符合するものです。つまり、その気になれば感情的判断に流されないことを支持する研究もありますが、その逆を支持する研究もあるということです。
道徳的、あるいは倫理的な判断をする際には、感情的な善悪の判断が生じやすいのですが、まず感情がどのように影響しているかに自覚的になることが必要かもしれません。

非倫理的行動を抑えるために、組織は何ができるか

ここまでは、個人の道徳的判断に着目して話を進めてきましたが、社員や管理職の仕事における倫理的判断では、組織ができることも大きいと考えられます。道徳心の研究でも、時代とともにモラル判断の基準が異なること(ex., 性的差別というモラルの出現)などを例に挙げて、環境の影響を研究する重要性を強調する研究者もいます。

企業は社会的責任を果たすために、社員教育やルールづくりなど、さまざまな努力を行っています。このような施策を成功に導くためには、どのように環境が個人の倫理的判断や行動に影響を及ぼしているかを正しく把握することが重要になります。

例えば、バレンタインとベイトマン(Valentine & Bateman,2011)は、営業担当者を対象とした調査研究で、営業として倫理に反する行動(顧客に贈り物をする)を他の営業担当がとると思うほど、また、営業担当者間での競争が激しいほど、非倫理的行動をとる意図が高まったことを報告しています。

またアキノら(Karl Aquino, University of British Columbia; Dan Freeman, University of Delaware; Americus Reed II, University of Pennsylvania; Vivien K. G. Lim, National University of Singapore; Will Felps, Erasmus University, 2009)は、状況がどのように個人に影響を及ぼすかについて、次のような実験を行いました。
実験参加者は、組織の代表者として、中途入社希望者と報酬に関する交渉を任されます。実験参加者は、入社希望者には伏せた、そのことが相手にとって交渉を不利にするような事実をいくつか知っています。実験は、参加者がなるべく低い報酬額で中途入社希望者の同意を得られれば、実験参加の謝礼として結構な額のお金を受け取るチャンスが得られる場合(成果謝礼条件)と、謝礼で高額のお金を受け取るチャンスをランダムに与えられる場合(ランダム謝礼条件)のいずれかで、行われます。交渉時に、実験参加者のみが知っている事実について「嘘をつく」「隠す」「答えない」「真実を話す」の4種類の行動をカウントします。
実験前の質問紙によって、実験参加者をモラル意識の高い人(高モラルアイデンティティ群)とモラル意識の低い人(低モラルアイデンティティ群)に分けて分析した結果を示したものが図表04(出所※3)です。

図表4 中途入社希望者との報酬に関する交渉 実験結果

モラル意識の高い人においてのみ、ランダム謝礼条件に比べて成果謝礼条件で、嘘をつく人の割合が大きくなったことが分かりました。低モラルアイデンティティ群では、謝礼条件の違いにかかわらず、嘘をつく人の割合に違いはありませんでした。一見意外な結果に見えますが、アキノらは、高いモラルアイデンティティをもっている人は、通常(ランダム謝礼条件)は嘘をつかないのですが、自己利益が顕在化する状況下(成果謝礼条件)では、モラルアイデンティティが弱まるため、倫理的行動はとりづらくなったのだと説明しています。一方、低モラルアイデンティティの人にとっては、嘘をつくかどうかはモラルと関係なく決定するため、謝礼の条件によって影響を受けなかったと考えられます。

社員一人ひとりの倫理意識を強めることはもちろん重要ですが、どのような環境下でそれが阻害されやすいかを知ることで、より有効な対策が考えられるようになります。インフォーマルに自己や会社の利益を促進することが倫理的判断に優先されるとの風土がある限り、非倫理的行動を抑えることは難しいといえるかもしれません。

道徳や倫理にかかわる案件は重要な問題であるがゆえに、感情が判断に影響する可能性が高まること、逆に理性的判断は正しく使われればいいのですが、お金や自己利益と他者に及ぼす害をドライに天秤にかけてしまう危うさももっていることがこれまでの研究からは示唆されています。その上で、今後自分たちはどのように「正しい」判断を行ってゆけばよいかを、個人も、組織も、社会も考える必要に迫られているように思います。

【出所】
※1: Amit, E., & Greene, J. D. (2012). You see, the ends don’t justify the means visual imagery and moral judgment. Psychological science, 23(8), 861-868.
※2:Barsky, A. (2011). Investigating the effects of moral disengagement and participation on unethical work behavior. Journal of business ethics, 104(1), 59-75.
※3:Aquino, K., Freeman, D., Reed II, A., Lim, V. K., & Felps, W. (2009). Testing a social-cognitive model of moral behavior: the interactive influence of situations and moral identity centrality. Journal of personality and social psychology, 97(1), 123.

次回連載:『職場に活かす心理学 第16回 信じるものは救われる?』

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技術開発統括部
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組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保

1988年リクルート入社。ニューヨーク大学で産業組織心理学を学び修士を取得。研究開発部門で、能力や個人特性のアセスメント開発や構造化面接の設計・研究に携わる。2013年、東京大学から社会心理学で博士号を取得。現在は面接評価などの個人のアセスメントのほか、経験学習、高齢者就労、職場の心理的安全性など、多岐にわたる研究に従事。

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