米国産業・組織心理学の最新動向 SIOP(米国産業・組織心理学会)2017 参加報告

執筆者情報
組織行動研究所
主幹研究員
今城 志保

今年もSIOP(Society for Industrial and Organizational Psychology)の年次大会に参加しました。昨年はアナハイムでしたが、今年はオーランドで、2年続けてディズニーワールドのある都市での開催となりました。4月26日にはワークショップが行われ、27〜29日の3日間でカンファレンスが行われました。今年は初めて自分でも発表を行い*、同様の研究に関心をもつ研究者とのネットワークを築くことができました。

*発表資料
Does conversation change the first impression in employment interview ?


SIOP第32回年次大会概要

大会はいつにも増して盛大で、これまでで最多の4800名ほどが参加し、900を超える発表がありました。今年の学会の新しい試みとして、“再現可能な研究”(Reproducible Research)の枠が設けられました。近年の科学分野の学術研究において、データの改ざんや不適切な使用が問題になっていますが、このような状況に対応して心理学会でもデータや分析の透明性を高めようという動きが出ています。“再現可能な研究”もその1つで、再現可能なようにデータや解析のプログラムなど、通常は共有されない情報までオープンにして、アクセス可能にするものです。私もこの取り組みに参加して、60数件の“再現可能な研究”の1つに貢献しました。手間はかかったのですが、データの扱いや解析の方法についてより注意深くなる利点も、発表者にはあるようです。

発表のプログラムを概観すると、昨年に引き続きモバイル・アセスメントや、シミュレーションを用いたトレーニングなど新たなテクノロジーの活用に関するもの、それから人工知能や機械学習、ビッグデータといったデータ活用に関するセッションが多くありました。一方で、ダイバーシティやリーダーシップ、パーソナリティ、チーム、メンタルヘルスの問題などの以前から多く行われていたセッションについても、今年も多くの発表が行われていました。

今年も参加したセッションのなかから、いくつかを紹介します。まずワークショップでは、人事データの活用時代をにらんで、統計解析手法の適切な使用方法についてのレクチャーに参加したのでそちらを紹介します。カンファレンスからは、現在自分でも研究を進めているトレーニングの転移についてのセッションを取り上げます。最後に、今年初めて行われた“Shaken and Stirred”という、各分野を代表する研究者・実務家15名が持ち時間2分で“What if …?”というお題に答えていくという少し変わった試みについて、紹介します。

統計のスキルに磨きをかける:伝統的な手法からビッグデータまで

人事データの解析が着目されたり、ソーシャルメディアなど新たな方法でのデータ収集が可能になったり、ビッグデータの解析が可能になったりと、人事データを取り巻く環境はめまぐるしく変化しています。この3時間半のワークショップはHumPRO社のロッド・マックロイ(Rod McCloy)氏と、ライス大学のフレッド・オズワルド(Fred Oswald)氏によって行われました。ワークショップでは、以下の6つのトピックについて、使用する解析方法の適切な選択方法や間違いやすい使用法などについてのレクチャーがありました。

1.主成分分析は情報の圧縮、因子分析は測定の裏にあるモデルの解明
2.メタ分析の正しい実施法と解釈(概念間の関連性は状況によって異なるかもしれない)
3.同じ測定方法による測定結果の類似は、方法が同じことである以外の理由が潜んでいるかもしれない
4.実務場面で評価者間の評定の一致度を測定する方法
5.ベイズ推定の方法と理解
6.ビッグデータを用いた予測モデルの利用法

上記の1〜4は古典的な手法で、5と6が新しい手法です。例えば4については、面接評価など、応募者を面接するのがすべて同じ面接者とは限らないといったことはよくあります。面接者Aは応募者XとYを、面接者BはXとZを、面接者CはYとZを評価するといった場合です。現在よく用いられている評価の信頼性(面接者間の評価がどの程度合っているか)の推定方法では、面接者の影響を十分モデル化できておらず、実際の信頼性よりも値が低く見積もられる可能性が指摘されていました。また6の予測モデルについては、データがどの分類に属するかを予測するモデルが182種類、結果の数値を予測する回帰モデルが134種類もあるため、利用目的に応じて上手に使い分ける必要性が強調されていました。

使えるデータが増えるということは、分析によって新たな知見を得る可能性は広がるのですが、さまざまな性質のデータを用いて正しく結論を導くことの難しさをあらためて痛感しました。

トレーニングの転移に関する研究の今後

トレーニングの効果について、最近注目が集まっていますが、そのキーとなるのが「転移(transfer)」という概念です。転移というのはトレーニングで学んだことを職場に戻って実際に活用することを指します。通常のセッションとは異なり、このセッションでは実証研究やデータ分析の結果ではなく、プレゼンター自らが理論化した転移モデルについて説明を行ったり、理論モデルにそってこれまでの研究をまとめたり、今後必要とされる転移の研究はどうあるべきかの主張がなされました。

最初にボールドウィン氏たち(Baldwin, Ford & Blume)から、先行研究の結果の間に見られるギャップや研究で指摘された問題点からではなく、現実のトレーニングにおけるトレーナーや受講者に着目した研究を行うべきであり、特に今後は機械によって自動化される可能性の高いクローズドスキル(closed skill:活用する場面と発揮の仕方が固定化されているスキル、例えば飛行機のチェックインを行うスキル)ではなく、人が行うことが求められるオープンスキル(open skill:活用する場面や発揮の仕方が柔軟なスキル、例えばコミュニケーションスキル)の転移を研究すべきであるとの主張がなされました。次にブルーム氏たち(Blume, Ford, Surface & Olenick)は、ダイナミック転移モデル(Dynamic transfer model)を提案しました。このモデルの特徴は、初期の転移と転移の継続を分けて扱っていることと、個人差や環境の影響に着目した点にあります。更にサーフィス(Surface)氏は、環境によって発動される行動があるとの考え方をヒントに、転移の際にも学んだ行動を取るためのきっかけが必要であるとして、環境要因による行動発動(Determinant Activation)という考え方を提案しています。最後にオレニック(Olenick)氏は組織を複雑で混沌としたダイナミックなシステムとして捉えることで、個人の小さな変化が組織全体に及ぼす影響の可能性について言及しています。このような場合、個人の変化を追っていても、トレーニングの効果を見ていることにはならないということです。

私も同僚とともにここ数年研究の転移に関する研究を行っています*。手前味噌ではありますが、研修の転移を初期と継続に分けて検討を行うことや、個人差や環境の影響を考慮することなど、彼らの主張する方向での研究がすでに進みつつあります。あらためて転移の研究の重要性を感じることができたセッションでした。

“Shaken and Stirred”セッション:「もし……だったら」

研究者と実務家合わせて15名が、「もし……だったら」に答える形で、ひとり2分間という持ち時間で自分の考えを述べています。すべては紹介できないので、会場からの反応がよかったと思われる4つについて、簡単にまとめます。

もし仕事をしなくてよい未来がきたら What if work becomes optional in the future?
マイク・モリソン(Mike Morrison)氏 ミシガン州立大学
今後15年から20年の間にアメリカの仕事の半分は機械に取って代わられるという予測があります。多くの人が行う仕事がなくなった場合を想定して、ユニバーサルインカム(universal income)という考え方がすでに検討され始めています。生きるために働く必要がなくなった世界で、働くことはどのような意味をもつのでしょうか。研究者はもう考え始めなくてはならないと思います。

もしすべてが予測可能だとしたら What if we could predict everything?
ベン・テイラー(Ben Taylor)氏  ハイアービュー社(HireVue:ウェブ面接プラットフォーム)
コンピュータの処理スピードの飛躍によって、予測に使える情報の量は数十万倍(KBからGBへ)に増えています。いまや人間以上に、機械の予測精度は上がっているといえるでしょう。更に機械のよい点として、人のようにバイアスにとらわれることもないでしょう。ただし、予測できることと予測すべきことは異なるかもしれません。私たちはどのように判断するでしょう。

もし究極の状況想定テストができたら What if we could create the ultimate situational judgment test?
ベン・ホークス(Ben Hawkes)氏  シェル・インターナショナル社
現在の状況想定テスト(situational judgment test)も、測定手法としてはそれなりに確立されているものの、現実感がなくて退屈だったり、扱える状況が限られています。今後は文章で状況を提示するのではなく、動画や、その先にはバーチャルリアリティを用いるなどすれば、より可能性は広がるでしょう。また回答も選択肢式ではなく、自由記述や口頭での回答を採点することができるようになるでしょう。

もし性別が関係なくなったら What if gender mattered less?
マイキー・ヘブル(Mikki Hebl)氏 ライス大学
現在アメリカは、性平等におけるランキングで171カ国中45位です。相変わらずビジネスや政治の世界には女性が少ないですし、大学において多くの女子学生が性的被害にあっています。この学会でも、表彰されたり、特別なステータスの会員になるのは男性の方が多いのです。もし、性差のステレオタイプにとらわれない世界がきたら、例えばカウボーイ仕様のガンホルスター型の抱っこ紐(!)や、ドラマのなかで男性が家で掃除機をかけている風景などが日常になるでしょう。

さほどとっぴな話は出ていませんが、この学会の関連する分野の少し先を見ながら、それぞれの話者が何を考えているのかが、とてもよく伝わってくるセッションでした。取り上げた4名のうち、2名は大学の先生で、2名は実務家ですが、視界や主張の根底にある価値観には共通するものが多く、ほとんど違いを感じませんでした。また学会に参加していていつも思うのですが、彼らのプレゼンテーションのうまさには見習うものがたくさんあります。

昨年の報告では実務寄りのものを多く取り上げたのですが、今年の内容を振り返ると、最初の統計のワークショップは学者だけでなくて今後実務に携わる人間にも知ってもらうためのものでしたし、2つ目のトレーニングの転移の研究はもっと現実に即した研究を行うためのモデルを提案したものでした。最後の“Shaken and Stirred”では、研究者と実務家の視点の類似点を実感したとの感想を述べました。ここ数年、学会では実務とのつながりを強めようという動きがあり、その努力が実を結びつつあるように思えます。また、人事場面での専門性が特化したり、高度化した結果ともいえるでしょう。日本企業でも、人事の専門性について考える時期なのかもしれません。

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