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職場に活かす心理学 第6回

仕事で大切なのは責任か夢か

  • 公開日:2013/10/23
  • 更新日:2024/05/16
仕事で大切なのは責任か夢か

「仕事は自分が面白いと思うことを追求したり、実現するものである」

「仕事では、自分が果たすべき責任や周囲からの期待に応えることが重要である」

これは両極端な仕事の捉え方ですが、皆さんはどのように自分の仕事を捉えているでしょうか。ひょっとすると今の仕事では前者だが、以前の仕事は後者だったという方もいるかもしれません。また、自分の周りを見渡したときに、自分とは異なる捉え方をしている人はいるでしょうか。そして、あなたはそういった人に対してどのような感情や評価を抱くでしょうか。

心理学では、「制御焦点理論;regulatory-focus theory」(Higgins, 1997, 1998)という理論が提唱され、これに基づく多くの研究が行われています。この理論を用いると、上記のような仕事の捉え方の違いが仕事にどのような影響をもたらすかを説明することができます。そこで、今回はこの理論がどういったものかを簡単に説明した上で、その知見はどのように仕事場面に適用することができるかをご紹介します。

目次
制御焦点理論とは
制御焦点と仕事の動機づけ
制御焦点と他者との関係

制御焦点理論とは

快楽に接近し、苦痛を回避する2つの自己制御システム

古代ギリシャ哲学から、近代の心理学に至るまで、「人は快楽に接近し、苦痛を避けるように動機づけられる」とする「快楽原則」が繰り返し論じられてきました。この原則は、おそらく人だけでなく、多くの動物において見られると思われます。

Higginsが唱えた「制御焦点理論」もこの考え方に基づいているのですが、この理論では人がどのように快楽に接近し、どのように苦痛を回避しようとするのかについて、2つの自己制御システムがあると論じています。1つは利得を得ることを志向する際の「促進焦点」で、もう1つは損失を回避することを志向する際の「予防焦点」です。「促進焦点」の場合は、利得を得ることが快であり、利得を得られないことは不快です。「予防焦点」の場合は、損失を回避することが快であって、損失を出してしまうことは不快です。つまり、制御焦点の違いによって、異なる快の状態と不快の状態があると考えます。

例えば、大学生が学期末試験に向けて勉強することを考えてみましょう。通常の快楽原則では、よい成績をあげることは快で、失敗して単位を落とすことは不快です。ここに、制御焦点理論を当てはめて考えると、話はやや複雑になります。促進焦点にあるAさんは、「自分の目標とするよい得点をとること」が目標です。その得点に届けば快ですが、その得点に届かない場合は、試験に通ったとしても目標は達成できず不快です。予防焦点にあるBさんは、「この試験の単位を落とすことは許されない」と考えています。無事、試験に通れば快ですが、試験に失敗して単位がもらえない場合は、大変不快な状態となります。

状況の捉え方によって、用いる自己制御システムが変わる

制御焦点の考え方のポイントは、人が自分の目指すべき目標をどう捉えるかにあります。
私たちは、状況に応じてどちらの自己制御システムを用いることも可能です。冒頭で述べた仕事の捉え方ですが、仕事に求められるものの違いによってこれが異なるのは当然です。例えば、責任や確度が重視される仕事では予防焦点が、理想や夢を追い求めるタイプの仕事では促進焦点が用いられることが多いと考えられます。一方で、どちらの制御焦点を用いることが多いかには個人差があることも分かっています。その場合は、同じ仕事に従事していたとしても、仕事の捉え方は異なってきます。自分の仕事の捉え方が仕事の特徴からくるものであるのか、あるいは自分自身の物事の捉え方に起因するものであるのかを振り返ってみることもできるでしょう。

また制御焦点理論では、ある状況を利益を得られる場面と捉えるか、損失を出す可能性がある場面と捉えるかによって、その人の抱く感情や動機づけが異なると予測します。例えば、同じ快の状態であっても、促進焦点のときは嬉しさや高揚感といった強い快の感情を経験しますが、予防焦点の場合は安心や安堵を感じます。逆に不快な状況の場合、促進焦点では落胆や悲しみを感じますが、予防焦点では脅威や焦りといった強い感情を感じます。感情には動機づけの効果があるといわれていますので、促進焦点ではますます快の感情を感じようと動機づけられ、予防焦点では不快な感情から逃れようと動機づけられると考えられます。

以下に紹介する研究のいくつかは、制御焦点を実験のなかで操作しています。つまり、一定の状況下で、人が同じ制御焦点を用いることを利用した実験です。また、それぞれの制御焦点を用いる程度の個人差を測定して、その違いが感情、認知、行動などに及ぼす影響を見た研究もあります。

制御焦点と仕事の動機づけ

制御焦点と目標設定理論

仕事への動機づけを扱った理論に、「目標設定理論」があります。この理論によると、人は漠然とした状況ではなく、何か目標があるとその達成に向けて動機づけられるとしています。企業での目標は通常、部や課の達成課題に応じて定められます。この場合、目標が動機づけの機能をもつためには、押し付けられたと思うのではなく、その目標を自分のものとして受け入れる必要があるのです。

ここで制御焦点の考え方を用いれば、自分のよく用いる制御焦点と同じ制御焦点の目標の方が、異なる制御焦点の目標よりも受け入れやすいと考えられます。例えば、長い間商品デザインなどクリエイティブな仕事に従事している人の場合、仕事において促進焦点を用いることが多く、それに慣れているとします。その人が突然、予防焦点が主として用いられる商品の品質管理の仕事をやることになった場合、確実性高く業務を遂行するとの目標を受け入れるのは難しいと思われます。

制御焦点と期待価値理論

同様に仕事への動機づけを考える際に用いられる理論として、「期待価値理論」があります。この理論によれば、私たちは価値があると思う結果につながるときほど、またその結果を得られる期待が高いときほど動機が高まるとしています。

ところが、Shah & Higgins (1997)では、期待価値理論は促進焦点のときのみ当てはまることが示されました。促進焦点では、結果の価値が高い場合に、またその結果を得る期待が高まるほど動機が高まりましたが、予防焦点では、結果の価値が高い場合は常に動機は高く、結果の価値が低いときにのみ結果を得られる期待が動機を高めました(図表01)。

予防焦点の場合、課題を成功させることは責任であり、しなくてはならないことです。こう考えると結果の価値が高い場合は、成功の期待云々にかかわらず、何としても成果をあげなくてはなりません。結果の価値が低い場合には、上記のような結果に対する責任感は薄れるため、期待の高さに応じた動機が生じたと考えられるのです。

図表01 結果の価値や期待が動機づけに及ぼす影響(制御焦点の違い)

図表01 結果の価値や期待が動機づけに及ぼす影響(制御焦点の違い)

制御焦点と他者との関係

環境との相互作用によって決まる制御焦点

制御焦点理論は自分自身を制御するシステムの理論ですが、近年、個人と他者や集団との関わりを理解するために、この理論が用いられるようになりました。

通常、私たちの仕事は多くの人との関わりで成り立っています。自分自身が用いやすい焦点と、上司の用いやすい焦点が異なっているときに、どのようなことが起きるでしょうか。例えば、「仕事は自分が興味をもって主体的に取り組むものだ」と思っている人が、「仕事は責任を果たすことこそが重要であり、自分の意見は二の次である」と思っている上司のもとにつくと、仕事がやりにくくなることは容易に想像できます。

ポジティブなロールモデルが動機づけにマイナスになること

Lockwood, Jordan, & Kunda (2002) は、促進焦点の人にとっては当該分野で成功をおさめたポジティブなロールモデルが、予防焦点の人にとってはその分野で失敗したネガティブなロールモデルが、それぞれ動機を高めることを示しました。この結果は、実験操作によってもたらされた制御焦点でも、一般にどちらの焦点を用いることが多いかといった制御焦点の個人差においても得られています。さらに、促進焦点の人にネガティブなロールモデルを提示したり、予防焦点の人にポジティブなロールモデルを提示することは、動機づけにマイナスの影響を及ぼすことも示しました。

企業が従業員に自分のキャリアを自律的に考えてほしいと思う場合には、自律的なキャリア形成で成功したロールモデルを示すことが多いのですが、従業員が「会社は自分たちに辞めてもらいたいと思っているのだ」と感じている場合は予防焦点にあるため、ポジティブなロールモデルは効果がないばかりか、自律への動機を低めてしまう危険性があるということです。

ポジティブ/ネガティブなフィードバックのどちらが動機づけを高めるか

ポジティブなフィードバックとネガティブなフィードバックの効果も、受け手の制御焦点によって異なることが示されています。

Van-Dijk & Kluger (2004) の研究では、研究の参加者になぜ自分が今の仕事を選んだかを書かせて、その記述をもとに職業選択理由における促進焦点群、不確定群、予防焦点群に分けました。また、この参加者の仕事を「芸術的・探究的な仕事」と「慣習的・現実的な仕事」に分け、前者を促進焦点を必要とする仕事、後者を予防焦点を必要とする仕事としました。参加者はネガティブなフィードバック(課題に失敗した)を受けたシナリオか、ポジティブなフィードバック(課題が非常にうまくいった)を受けたシナリオを読み、次に向けてどのくらい頑張るかを回答しました。

その結果は、図表02のとおりです。促進焦点の人にはポジティブなフィードバックが、予防焦点の人にはネガティブなフィードバックが、今後への動機づけを高めたことが示されました。この結果から、上司がフィードバックを与える際には、部下にどちらの制御焦点での動機を高めてほしいのかを意識することが重要であるといえるでしょう。

図表02 ポジティブフィード/ネガティブなバックが努力する意志に及ぼす影響(制御焦点の違いによる検討)

図表02 ポジティブフィード/ネガティブなバックが努力する意志に及ぼす影響(制御焦点の違いによる検討)

動機づけを高める仕事の仲間

職場で関わる他者の制御焦点によって、動機づけが促進される効果があることも分かっています。具体的には、促進焦点の人でのみ、同じ促進焦点の他者といることで動機づけが高まることが、Righetti, Finkenauer, & Rusbult(2011)の研究で示されました。一方で予防焦点の人にとっては、同じ予防焦点の他者も、反対の促進焦点の他者も動機づけには影響を及ぼしませんでした。

Righettiらは、予防焦点の場合に他者との制御焦点との適合が効果を発揮しなかった理由についてさらに研究を進め、予防焦点の人は促進焦点の人と比べて他者からの情報提供やアドバイスを求める傾向が弱いこと、また予防焦点の人は他者の制御焦点がどちらかを正しく認知していなかったことを示しました。つまり、目の前の仕事を確実に行うことに動機づけられている予防焦点の人にとって、他者からのアドバイスは必要なものとの認識があまりなく、そちらに注意が向かないため、他者の制御焦点には影響を受けなかったものと考えられます。

この研究結果に沿って考えると、もともと予防焦点型の組織が、変革型の組織文化を形成したいと思う場合、促進焦点の人間を新たに採用して職場に配置したとしても、すでに予防焦点で働いている従業員からは望むような効果は得られないかもしれません。まず、仕事の進め方や評価を促進焦点に沿ったものに変えることが必要であるといえるでしょう。

動機づけを高めるチームの構造と課題の性質の組み合わせ

最後に、チームの構造と制御焦点の関係について検討した実験研究を紹介します。Dimotekis, Davison, & Hollenbeck(2011)では、チームの構造を機能チームと分業チームに分けました。前者はチームメンバーの役割が機能で明確に分けられており、メンバー間の機能には重複があまりありません。後者は、各メンバーは1人でさまざまな機能を担っており、メンバー間で機能には重複が多くあります。前者は、個々人の責任範囲が明確であって、自分の役割を責任をもって果たす必要があるため、予防焦点で仕事を進めることが求められます。後者は自分一人でさまざまな機能を果たすことができるため、個人の裁量が大きく、促進焦点で仕事を進める傾向が強いといえます。それぞれのチームに促進焦点を必要とする課題か、予防焦点を必要とする課題のいずれかを与えました。

結果は、図表03のとおりです。機能チームの場合、予防焦点の課題の方がパフォーマンスのレベルは高く、分業チームの場合は、促進焦点の課題の方がパフォーマンスレベルは高いという、予測通りの結果が得られました。

この研究では個人特性としての制御焦点による影響ではなく、チームの構造と課題の性質といういずれも環境の要因の影響を検討しました。この結果からは、うまく組織構造を作ったり、仕事の進め方を工夫することで制御焦点を操作できることが示唆されており、組織が社員の動機づけのための介入を考える際のヒントが得られるでしょう。

図表03 チームの構造と制御焦点の交互作用の検討

図表03 チームの構造と制御焦点の交互作用の検討

この理論の利点は、制御焦点の違いがさまざまな場面で見られることにあるといえます。例えば、Brockner&Higgins(2001)は組織変革への抵抗の理由が、制御焦点によって異なる可能性を指摘しています。組織変革に際して、予防焦点の人は、新たに与えられる仕事の責任を果たせるかどうかや自分の仕事がなくなってしまうのではないかとの不安から、促進焦点の人は、将来の目標や夢をあきらめなくてはならないことへの抵抗から、変化を避けようとするかもしれません。このような違いに着目すれば、前者には新しい仕事やその責任を明確に示して安心を与えることが効果的ですし、後者には、彼らを変革のプロセスに巻き込み、変革が自分の新たな目標であると思ってもらうことで協力を引き出すことが考えられます。何らかの介入や問題解決のための施策を実行しようとする場合、仕事や対人環境を整えることによって、あるいは従業員が用いやすい制御焦点を知ることで、より効果的な打ち手を講じることができるでしょう。

次回連載:『職場に活かす心理学 第7回 自律的行動とその意味とは~どうしたら人は自律的に動けるのか~』

執筆者

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研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保

1988年リクルート入社。ニューヨーク大学で産業組織心理学を学び修士を取得。研究開発部門で、能力や個人特性のアセスメント開発や構造化面接の設計・研究に携わる。2013年、東京大学から社会心理学で博士号を取得。現在は面接評価などの個人のアセスメントのほか、経験学習、高齢者就労、職場の心理的安全性など、多岐にわたる研究に従事。

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