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職場に活かす心理学 第9回

職場・仕事で築かれるべき「信頼関係」とは

  • 公開日:2014/05/29
  • 更新日:2024/05/16
職場・仕事で築かれるべき「信頼関係」とは

最近、企業や組織にまつわる問題の原因として、信頼(trust)の低下が挙げられることが増えたように思います。例えば、職場のメンタルヘルスの悪化の原因として、職場の人間関係や従業員間の信頼関係の低下が指摘されています。また、企業業績の悪化に伴い、やむを得ずリストラを行う企業が出るなかで、経営に対する社員の信頼の低下が生じています。さらに、信頼感が低下した組織では社員の士気が上がらず、従業員間のコミュニケーションも円滑に行われなくなるといった、良くない現象が生じると考えられています。

「信頼」という概念については、組織行動や心理学のみならず、政治や経済、医療など、さまざまな分野で数多くの研究が行われてきました。例えば、政府や国に対する信頼や、インターネットでの商取引に対する信頼、医者に対する信頼などが扱われてきました。今回は、社会心理学や社会学が扱ってきた「対人信頼」を中心にいくつかの研究を紹介しつつ、今日の企業組織に見られる信頼にまつわる問題点について、考えてみたいと思います。

「信頼」とは何か
信頼関係はどのように始まるのか
リスクのある環境下で増す信頼の重要性
2種類の信頼感「互恵的な交換」と「交渉による交換」
危機の状態にある企業と信頼
日本企業において信頼はどのように醸成されるか

「信頼」とは何か

「信頼」という言葉は私たちにとって非常に身近な言葉ですが、心理学分野では、例えばRousseau et al.(1998)は、「信頼とは、他者の意図や行為に対する好意的な期待に基づき、自己の脆弱性をよしとする意図を生じさせる心理的状態のこと」と定義しています。

つまり、信頼する相手は、自分に意図的に損や害をもたらすようなことはないと思われるため、ある程度のリスクをとって何かを委ねることができるのです。リスクといっても、自分の将来がかかっている場合と、頼まれて1万円を貸す場合ではかなり異なるでしょう。しかし、いずれも相手に「頼る」という点では、同じです。

信頼関係はどのように始まるのか

どのようにして見知らぬ相手との信頼関係が始まり、築かれるのかについて、ゲームを用いてさまざまな研究が行われてきました。例えば、相手の善意を信じると自分が最も得をするが、相手が裏切ると大きく損をする、逆に相手を信じない選択をした場合は相手の出方により、そこそこの得と損をする構造になっているゲームにおいて、ゲームの参加者は意思決定を求められます。ゲームの利得の構造は、研究者の関心によってその都度異なりますが、「相手の善意を信じる行動をとるか」が信頼の指標となります。

ゲームを用いた研究では、初対面の相手に自分のリスクを委ねる行動をとる程度を信頼として扱うこともあれば、相手の反応も見つつ、互恵的な交換を繰り返すことで構築される信頼を扱うこともあります。一般には、自分がリスクをとると、相手もそれに返報し、さらに自分が応える。このようなやり取りが何度か繰り返されることで、信頼関係が築かれると考えられています。

このような実験を通して、個人差はあるものの、私たちには一般に、相手を信頼する傾向がある程度備わっていることが分かってきています。私たちは社会的動物であるため、人からの協力やサポートなしでは難しいことがたくさんあります。人を信頼することは、自分自身にとっても重要な意味があるのかもしれません。

Ashrafら(2006)は、人が相手を信頼する選択は、「相手がどの程度、信頼に足るかを予測した」結果によるものか、それとも相手がどうかは関係なく、当人が「そうすることが望ましい」あるいは「そうしたい」と思うことによるものかを、米国、ロシア、南アフリカで、ゲームを用いて検証を行いました。ゲームのなかで、trustorは持ち分から自分の好きな割合のお金をtrusteeに渡し、trusteeはもらったお金のうち好きな割合をtrustorに返しました。分析の結果、trustorが渡した額は、trusteeがどの程度返してくれるかの予測に大きく影響されましたが、それとは別にtrustorが類似の状況下で一般にどの程度のお金を渡すかの傾向によっても影響を受けていました。Ashrafらは、後者が、相手の行動予測とは関係のない、信頼行動をとりたい、とるべきだと思うことの影響だと論じています。加えて、trustorが渡す額には、3つの国で違いが見られなかったことも報告しています。どの国においても、渡す額には個人差があるのですが、2割程度かそれ以下しか渡さない人と、ちょうど半分程度渡す人と、全部渡す人に大きく分かれる傾向がありました。なぜこのような個人差が生じるのか、また、なぜ国や文化によって割合が異ならないのか、といったことも興味深い研究テーマだといえるでしょう。

図表01 信頼ゲームにおける相手に渡すお金の額

図表01 信頼ゲームにおける相手に渡すお金の額

出所:Ashraf, Bohnet, & Piankov (2006)

リスクのある環境下で増す信頼の重要性

Cook(2005)など複数の研究者が指摘していますが、信頼はある種のリスクや不透明さを有する環境において、重要性が増すと考えられています。社会が固定化し限られた人間関係のなかで生活する場合には、対人関係における多くのルールがあり、それに従うことで、他者と協力して生活することが可能です。ところが、社会の成熟や経済の発展により、少なくとも先進国では、社会は以前より流動化しています。職業生活ひとつとっても、親の職業をそのままついで一生その仕事をしていた時代から、今では職業選択は個人の自由になり、職業を変えることもあれば、複数の企業で働いたり、複数の国で働くといったことが、珍しくなくなっています。仕事における人間関係は、自ずと広くなり、より緩やかな対人ネットワークをもつ時代になったといえるでしょう。

対人関係を円滑に進めるための、以前のようなルールによる統制が難しくなると、対人関係は「信頼」によって築かれるようになります。自社の技術だけでは困難な商品開発を行う際に、社外の誰に相談を持ちかけるでしょうか。自社にない技術分野に詳しそうな友人や、同僚の友人といったツテと紹介を通じて、パートナーを探します。その際に、会って話をしてみた結果で、この人となら一緒に商品開発ができそうだという判断をどこかで行うのではないでしょうか。もちろん技術的に優れていることは必要かもしれませんが、それ以外に「この人なら途中で投げ出すことなく、一緒に頑張ってくれそうだ」と思うことは、パートナー選びに重要ではないでしょうか。その思いを伝え、さらに相手の意思を確認し、開発がスタートし、その後も壁に当たったときのその人の頑張りを見て、さらに信頼が増すといったことがあるかもしれません。

一方で、最近、日本企業や社会が気にする「信頼」は、上記のようなダイナミックな対人関係における信頼ではなく、所属する会社や社会に対する信頼や、普段一緒に仕事をする上司や同僚への信頼です。日本における信頼研究の第一人者である山岸俊男氏(Yamagishi & Yamagishi, 1994)によれば、固定の関係性における自集団内の他者との関係は、その人が既存集団のルールに従うかどうかで判断されるもので、これを「安心」(assurance)と呼び、「信頼」(trust)とは異なるものとして区別しています。

しかし、一般に企業における信頼を扱う場合には、上記のような区別をすることがないため、ここでは、安定した自集団内の他者であれ、初対面の相手であれ、その他者に対して、ポジティブな行動を期待しつつ、何らかのリスクをとる限りにおいては、信頼として扱うこととします。もちろん、流動性の高い状態に比べると、所属する組織や社会におけるリスクはおそらく小さいと思われます。

2種類の信頼感「互恵的な交換」と「交渉による交換」

信頼感は、その形成過程の違いによって、性質が異なることが指摘されています。Molm, Schaefer & Collett(2009)は、2者間の「互恵的な交換」と「交渉による交換」が、その結果形成される信頼感の構築にどのような影響を及ぼすかを検討しました。「互恵的な交換」とは、事前の取り決めなく行われる交換で、どの程度相手を信頼した行動をするかはそれぞれが独立して選択します。一方、「交渉による交換」は、自分が提供するものと相手から得られるものが、事前の交渉の結果で決まっている場合です。明らかに後者の方がリスクは少ないのですが、前者の互恵的な交換により形成された信頼感の方が、利得のあるなしを超えて、相手に対するポジティブな感情や評価といった情緒的な要素を含むものになっていたことが示されました(図表02)。

図表02 互恵的な交換と交渉による交換による感情的な信頼感の醸成

図表02 互恵的な交換と交渉による交換による感情的な信頼感の醸成

出所:Molm, Schaefer & Collett (2009)

さらにChasireら(2010)は、互恵的な交換関係から、交渉による交換関係に移行した場合に、信頼感が低下することを実験によって示しました。協力レベルが高い場合には、互恵的な交換関係から、交渉による交換関係に移行した場合、交渉結果を履行する拘束力の有無にかかわらず、信頼感が有意に低下しました。一方、協力レベルが低い場合には、交換関係の移行によって信頼感に有意な変化は生じませんでした。互恵的な交換においては、協力するか否かは、相手の善意によるものと考えられるのに対して、交渉による交換では、相手の協力は決め事に従っているのであり、必ずしも善意があるとは限らないため、信頼感の低下を招いたと考えられます。協力レベルが低い場合には、互恵的な交換の際にもさほど高い信頼感は持っていないため、交換関係が変化しても、信頼感には影響が出なかったのでしょう。この実験の結果からは、私たちが他者への信頼感を高める要因として、相手が協力行動を示すかと、それが相手の善意によるものと推測できることの両方が重要であると言えます。

図表03 互恵的な交換から交渉による交換に移行した場合の信頼感の変化

図表03 互恵的な交換から交渉による交換に移行した場合の信頼感の変化

出所:Cheshire, Gerbasi, & Cook (2010)をもとに作成

日本企業が成果主義に移行した際に、なるべく合理的に、成果に応じて公正に処遇を決定することを志向した制度改革を行ったのですが、これはひょっとすると社員には契約による交換関係と捉えられたのかもしれません。もし社員がそれまで、自分たちの貢献も、会社から与えられた安定や処遇も、互恵的な交換関係によって成り立っていると考えていたならば、上記の実験のような交換関係の移行が生じたと解釈することが可能です。このように考えると、なぜ成果主義の導入が社員の組織への信頼を低下させたのかが、説明可能となるでしょう。

危機の状態にある企業と信頼

前述したように、交渉した結果築かれた信頼よりも、互いを信じてリスクをとることで構築された情緒を含む信頼の方が、状況の変化に強いと考えられます。そして企業が何らかの危機に直面した際に力を発揮するのが、後者の情緒的な要素を含む信頼関係です。

上司が理不尽と思われる判断をした際、もともと交渉をベースに関係が築かれている場合には、交渉した結果が守られないと、関係は即座に解消します。一方、上司への信頼が互恵的な交換をベースに築かれている場合には、上司への信頼に対するダメージは軽減されるでしょう。互恵性による信頼の場合、特定の交渉で築かれた信頼関係ではありませんから、1つ約束が破られたからといって、すぐさま信頼関係がだめになることはないのです。図表02の結果を見ても、互恵的な交換では、約半分以上の機会において相手が信頼に足る行動をみせると(グラフの横軸の値が5を超えると)、相手に対する感情的な評価は増加し続けています。

つまり、互恵的な交換における信頼が一定以上の強さで形成されると、信頼は情緒的なものに裏打ちされ、強くなることが予測されるのです。

Mishra(1996)は、危機に瀕した産業に属する企業のトップ33名からの聞き取り調査において、信頼に関する発言がしばしば聞かれたことを述べています。そのような企業における信頼は、難しい状況に置かれた場合も、意思決定を現場に任せること、ゆがめられたコミュニケーションをしないこと、組織内での協力を高めることを促進する効果があるのではないかと論じています。

日本企業において信頼はどのように醸成されるか

ここまで、実験を中心として、どのように信頼が形成されてきたかを述べてきました。それでは、私たちの職場における信頼の実態はどのようなものでしょうか。図表04は、筆者が行った研究※の結果です。データは、日本企業で働くホワイトカラーから集めたものです。これを見ると、上記で説明したいくつかの要素が含まれています。

「企業組織における信頼の意味を考える」(日本社会心理学会第50回大会、日本グループ・ダイナミックス学会第56回大会 合同大会 発表論文)

「対人信頼感」とは「一般対人信頼」のことで、対象は関係なく一般に人は信頼できると思っている程度を表す個人差です。これは上司への信頼にも、組織への信頼にも、直接影響を及ぼしていて、一般に他者を信頼する傾向のある人は、上司にも組織にも高い信頼を示す傾向があることが分かります。上司や組織との関係は、契約に基づくものというより、比較的時間をかけて形成されるもので、情緒的な要素を含む互恵的な交換による信頼であると考えられます。

米国の先行研究では、上司が、(1)能力があり、(2)モラルの高い人間であり、(3)自分に対する配慮があると信頼感が上がることが多くの研究で示されています。ところが日本のデータでは、(1)能力があることは、信頼感には影響せず(したがって分析モデルから削除したため、下記の図表にも入っていません)、(3)自分への配慮を感じられるかが、信頼感を規定する最も大きな要因でした。能力やモラルなどの、その人に任せれば大丈夫といった意味合いの信頼ではなく、自分も頑張るのでそれを見て、評価してほしいといった、まさに互恵的な交換が信頼を形成している可能性が示されています。ちなみに、組織への信頼が高いと上司への信頼が低くなる傾向がありますが、これは、組織は自分を悪いようにはしないだろうという認知があると、リスクが軽減するため、上司との互恵関係を重視しなくなるためではないかと考えられます。

図表04 日本企業における上司への信頼・組織への信頼に影響を及ぼす要因
(Amosを用いた共分散構造分析の結果)

図表04 日本企業における上司への信頼・組織への信頼に影響を及ぼす要因 (Amosを用いた共分散構造分析の結果)

出所:今城・繁桝・菅原(2009)

これまでの研究から示唆されることは、誰かを信用するというのは、相手の自分に対する善意を信じるということであり、私たちには信じたいと思う傾向がある程度備わっているということです。信頼の効用として、企業では監視リスクの軽減や、社員のやる気の向上、協力関係の強化などが期待できます。しかし、今後企業が置かれる環境を考えると、社内外を問わず、交渉による交換の機会は増えるかもしれません。その場合も、単に契約に従っているだけでなく、こちらに善意があることをしっかり伝えていくことが、強い信頼関係の構築には欠かせないでしょう。

次回連載:『職場に活かす心理学 第10回 コントロール感の効用と幻想』

執筆者

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技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保

1988年リクルート入社。ニューヨーク大学で産業組織心理学を学び修士を取得。研究開発部門で、能力や個人特性のアセスメント開発や構造化面接の設計・研究に携わる。2013年、東京大学から社会心理学で博士号を取得。現在は面接評価などの個人のアセスメントのほか、経験学習、高齢者就労、職場の心理的安全性など、多岐にわたる研究に従事。

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