連載・コラム
職場に活かす心理学 第5回
自律学習とメタ認知
- 公開日:2013/04/24
- 更新日:2024/05/16
最近、マネジメントや人材開発の文脈で、「メタ認知」という言葉を耳にすることがあります。今回は、メタ認知がどのように学習に役立つのか、心理学における先行研究をご紹介しながら考えていきたいと思います。
はじめに
メタ認知とは、「自分の考えについて考えること(Thinking about Thinking)」との定義がなされています。つまり、自分自身の認知や思考をあたかも第三者のように客観視して、これらを理解したり、振り返ったり、時にはコントロールすることです。この概念はしばしば、職場におけるマネジメントや人材開発の文脈で注目されています。
メタ認知の概念は教育場面における心理学研究において、1970年代の終わり頃から扱われるようになりました。近年は、社会心理学や臨床心理学などの分野でも研究が進められています。ちなみに社会心理学のなかでは、通常外界の刺激に対する認知を「一次的認知」、一次的認知に関する認知を「二次的認知」と呼び、この「二次的認知」がメタ認知であるとの定義がなされています。この定義に従えば、メタ認知は外界の刺激とは直接関係のない、過去の経験の振り返り、将来の予測や計画、仮想的なできごとの想像などの幅広い認知を含むことになります。例えばコーヒーを飲んで「おいしい」と思うのは一次的認知ですが、「やっぱり、疲れているときはコーヒーに限る」と思うのは、自分の疲れているという認知とコーヒーをおいしく感じるという認知をつなぎ合わせたメタ認知です。
なぜマネジメントや人材開発の文脈でメタ認知が着目されるのかは、近年、仕事や職場で私たちが直面する課題の多くが、高次な認知活動であるメタ認知を用いなければ解決できないということがあるのかもしれません。例えば、EQでも知られている感情知性(Emotional Intelligence)という概念が少し前から注目を集めていますが、これもメタ認知を含んでいます。私は不愉快だ、と感じるのは一次的認知ですが、なぜそうなのかを理解した上で、どう行動すべきかを考えるのはメタ認知です。つまり、感情知性が高いというのは、感情に関するメタ認知が優れているということができるでしょう。また創造的問題解決の場面では、既存の知識を新たな分野に適応したり、既存の知識同士を組み合わせて新たな解決方法を開発することなどが求められますが、これもメタ認知です。
メタ認知は高次な認知機能全般を包合し、私たちのさまざまな領域や場面の心理的活動にほぼ全般的なかかわりがあることがお分かりいただけると思うのですが、すべての認知分野で研究が進んでいるわけではありません。ここでは、メタ認知の概念を用いた研究が比較的進んでいる「自律的な学習(Self-Regulated Learning)」に特化して、話を進めたいと思います。
自律学習の効果を高めるメタ認知
私たちが仕事を行う際に必要とされる専門性は、より高いレベルが求められるようになっています。またグローバル化に代表されるように、働く環境の変化も激しくなっていて、自分が将来どの国で、どのような立場で仕事をするかも予測しきれないようなこともあるかもしれません。つまり、働く個人にとって学ぶべきことは多様化、複雑化すると同時に、よりスピード感をもって学習する必要性が高まってきたといえそうです。これまで日本企業が行ってきた一律の社員向けトレーニングや、比較的時間のかかるOJT(On the Job Training)だけでは限界があるでしょう。そこで何を学習し、どう学習を進めるかは、個人の自律性にゆだねられるようになりつつあります。
メタ認知が自律的な学習において担う役割は、学習課題の理解や自己理解、学習に活用可能な資源の理解などの学習にまつわる知識(Metacognitive Knowledge)と、実際に学習を行う際のモニタリング(Monitoring)、学習方略の構築や選択(Control)の3つがあるといわれています。高校生を対象とした研究ではありますが、実はメタ認知は、一般に学習に影響が強いと思われる知的能力以上に、学習結果を高める効果が示されているのです(Zimmeman&Martinez-Puns(1988))。
■学習課題を設定する場面でのメタ認知
自律学習の必要性は、組織で働く個人にとって重要なこととして認識されつつありますが、働く個人は学習に際して十分にメタ認知を活用しているといえるでしょうか。
例えば、将来海外の支店で仕事をしたい、と思う人がいるとします。この人の学習課題の1つは、ビジネス英語を習得することです。海外の支店での仕事は、具体的に何を行うことでしょうか。複雑な契約交渉をすることでしょうか、海外市場の情報を収集して日本に送ることでしょうか、海外顧客に向けて自社商品をセールスすることでしょうか、定期的に商品の発注を受けることでしょうか。いずれにしても一定レベルの英語は必要ですが、その先、どういった英語の能力がどの程度必要かは、仕事の内容によって異なると考えられます。
特に学習内容が、現在の職務遂行に直結する場合や、会社から資格を取ることを求められている場合を除くと、働く個人が何をどの程度学習するかを明確に意識することは、それほど多くはありません。一方で、学習の際に自分で何を学習するかを選択するかが、学習の効果に有意な影響を及ぼすことが示されています。図表01は、自分が学習したいと思う問題を選んでもらった後、学習対象として自分が選択した問題が異なる割合で出題される条件下で、実際に学習を行った結果の成績を見たものです。自分が選ばなかった問題ばかりを学習した場合は、半分は自分の選択した問題が含まれていた場合や、すべて自分が選択した問題を学習した場合に比べると、成績が統計的に有意に低かったことが分かりました。
図表01 自分で選択した問題を学習した割合の違いによる学習後の成績
出所:Kornell & Metcalfe (2006)
■学習計画を立てる場面でのメタ認知
先の例で、必要な英語能力の領域とレベルが特定できれば、次は学習方法を選択したり、学習の計画を立てる必要があります。過去の経験から、自分に向いていると思える学習方法を選択することがあるかもしれません。例えば、自分は記憶をするのが得意だから、とりあえずキーフレーズを片っ端から覚えてしまおうとか、意味のない単語やフレーズの記憶は無理なので、文脈のなかで新たな表現方法を学ぼうとかいったものです。ところが、英語の学習方法については、あまりに数多くの方法が用意されているため、効果があるように思えるものを、どんな“効果”かを意識することなく、なんとなく選んでいる人が多いのではないでしょうか。仕事のなかでは話すことよりも書類のやり取りが多いにもかかわらず、会話ができるとかっこいいと思って英会話の学校を選ぶのは、少なくとも海外支店で仕事を行うとの目的に照らしたときに、あまり効率的ではないかもしれません。
計画を立てるときに、効果を意識することなく学習方法を選ぶということに加えて、私たちは将来の自分のパフォーマンス予測を甘く見積もる傾向もあります。英語の学習を3カ月続ければ、自分でも気づくくらい力が付くはず、と思う人が意外と多いように思われます。もちろん自分がとる学習方法や、費やす学習時間によって学習の進み具合は異なるのですが、これまでの研究では、一般的に学習の効果を甘く見積もる傾向があることが示されています。
■学習の継続とメタ認知
計画を進める段階になると、「実際にやってみると思ったほど進まない」「なんとなく効果がない気がして、続けず途中でやめてしまう」といった現象もよくあります。MetcalfeとKornell (2005) は大学生を対象に、新しい言語の習得課題を繰り返し実施し、学習の前後で課題を理解したと思う程度の自己評定と、実際に課題に費やした時間の関係性を分析しました。図表02-1を見ると、終了した時点で理解できたと思う簡単な課題と、ほとんど理解できなかったと思う難しい課題にはあまり時間をかけていませんが、半分くらいは理解できたと思う、中くらいの難しさのレベルの課題に取り組んだときに、最も時間をかけて学習したことが示されています。また図表02-2では、前後で学習効果があったと感じられる課題(学習前後での理解できたと思う程度に差があった課題)については、多くの時間を費やしたことが分かりました。これら2つの結果から、自分の学習が進んでいると感じられる場合に、人は学習を継続するといえそうです。
図表02-1 開始時と終了時の理解度の違いと学習にかける時間の関係(左)
図表02-2 学習終了時の理解度判断と学習にかける時間の関係(右)
■自己評価とメタ認知
学習の継続が、自分の学習が進んでいる度合いの判断によるとすれば、正しい評価が行えることは重要です。英語学習の場合のTOEICの得点のように、はっきりと分かる評価指標がある場合は良いのですが、そうでない場合に、自分のレベルを正しく評価することはそれほどたやすいことではありません。
例えば、成績の悪い人ほど自分の能力評価が現実以上に高くぶれやすいことが分かっています。図表03はある大学で心理学を専攻している学生に、授業の理解度をパーセンタイル得点(クラスのなかでの自分の成績の相対的なポジション)で推測させた結果を横軸に、実際にその学生の試験の結果を縦軸にとったものです。実際の成績が低い学生の推測は、成績が高い学生の推測と大きく変わらず、結果的に成績が低い人ほど、推測と実際の成績の間に大きなギャップが生じていることが分かります。
図表03 成績の推測と実際の成績の違い
出所:Ehrlinger, Johnson, Banner, Dunning, & Kruger (2008)
引き続き行われた実験では、正しく予測できた場合に比較的高額のインセンティブが出るようにしましたが、状況はほとんど変わりませんでした。この結果から、成績が低い人が、自分の成績を高く見積もりやすい現象は、自分が劣っていることを認めたくない、あるいは自分は能力が高いと思いたいとの動機によるものではないことが示されました。この実験を行った研究者たちは、成績の低い人は評価を行う際の適切な視点が欠如している可能性、つまり正しい評価を行うメタ認知が欠如することに起因する可能性を論じています。
自律学習におけるメタ認知は、私たちが日常よく行っている「目標を立てる」「計画する」「振りかえる」に相当するもので、決して珍しい現象ではありません。しかし、上記で議論したように、実際にメタ認知を効果的に用いることはさほど簡単ではないようです。例えば、自分の学習成果を適切に評価するための、メタ認知の構築力はどのようにすれば獲得できるでしょうか。課題を特定すれば、その課題に適切な評価のメタ認知を教えるプログラムが開発できるかもしれません。ところが、複雑で、速い環境変化への対応が求められるであろう今後の仕事の状況を考えると、やはり自分でメタ認知を構築する力が、ますます重要になるでしょう。今後は、大人になってメタ認知の構築力を伸ばすことが可能か、可能だとすればどんな方法があるのか、といった問いについての研究が望まれます。
問題行動改善に効果のあるメタ認知
ここまでご紹介した研究は、主に学生を対象に、知的課題を扱ったものでした。これに対して、特に禁煙や食生活の改善といった日常生活の問題行動改善を対象とした研究も行われつつあります。AdriaanseやOettingenらとその共同研究者たちによれば、将来の理想の姿と、その実現に向けて生じるであろう現実の問題を明確に意識させることで、上記のような日常的に習慣化された行動でも、変化を促進できることを示しました。この場合、将来の成功イメージも、それを阻害する現実の問題も、その2つを組み合わせることも、メタ認知になります。
図表04は彼らが行った実験の結果を示しています。まず実験参加者は、日常的な運動が健康にもたらす効果について短いレクチャーを受けた後、自分が普段の生活のなかで運動を行い、うまく健康を維持できると思う程度を予測します。その後、実験参加者は日常的に身体を動かすことで将来得られるであろう望ましい結果を想像します(心理対比条件;Mental Contrasting Condition)。続いて実験者から、エレベーターなど生活が便利になったことが体を動かす機会を減らしているとの阻害要因に関する情報を提供されます。一方、別の実験参加者は、先に阻害要因に関する情報提供があった後に将来の望ましい姿を想像します(逆対比条件;Reverse Contrasting Condition)。実験が終了したと告げられた後、外に出てエレベーターを使用するか否かを観測し、これを結果変数とします。図表04はその結果を示したものですが、心理対比条件では、運動による健康増進に成功するだろうと思う人ほど、階段を使用したことが示されています。ところが、逆対比条件では、健康増進に自信のある人ほど階段を使わない傾向がありました。心理的対比条件では、まず将来のゴールがあって、そこに向けて具体的に克服すべき障害を考えるため、2つの関連性は強まると考えられます。エレベーターという刺激に直面したときに、自分の望ましい将来を阻害するものとの認識があるため、使用は避けたということでしょう。逆に逆対比条件では、この関連性が弱く、なんとなく自分は大丈夫だと思っているからこそ、安易にエレベーターを使用したのかもしれません。
図表04 健康増進の成功予測と階段利用の関係
出所:Kappes, Singmann, & Oettingen (2012)
英語学習の例に戻って考えてみると、もし自分の英語学習の継続を阻害する要因が、使うチャンスがないため学習の意味を感じられず、やる気がなくなることだとすれば、学習の継続のためには仕事以外であっても英語を使うチャンスをつくることが有効でしょう。それでも英語を使うチャンスをつくるのがおっくうになったときは、自分の望ましい将来像をもう一度想像して、英語を使う機会を設けないことによって、望ましいゴールの達成が阻害される可能性について考えてみると良いかもしれません。
メタ認知という概念の魅力の1つは、これを用いることで自分の思考や行動を、自律的にそして合理的にコントロールできることへの期待にあると思われます。しかし、これまでの議論でお分かりいただけたように、うまくコントロールすることはさほど簡単ではないようです。そのなかでも心理対比条件は、効果も実証的に示されていますので、今後はさらにさまざまな学習を題材に、そして大人を被験者として、多くの研究が行われることを期待します。
執筆者
技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員
今城 志保
1988年リクルート入社。ニューヨーク大学で産業組織心理学を学び修士を取得。研究開発部門で、能力や個人特性のアセスメント開発や構造化面接の設計・研究に携わる。2013年、東京大学から社会心理学で博士号を取得。現在は面接評価などの個人のアセスメントのほか、経験学習、高齢者就労、職場の心理的安全性など、多岐にわたる研究に従事。
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