調査レポート
個人選択型HRMと個人選択感に関する意識調査
組織のなかでの仕事、働き方、キャリアの選択機会の実態
- 公開日:2022/08/29
- 更新日:2024/05/28
2022年2月に弊社で実施した人事責任者を対象とした企業調査「個人選択型 HRM に関する実態調査」によると、個人選択型HRM(仕事、働き方、キャリアに関する従業員による主体的な選択の機会を増やすような施策群)の導入・検討が進んでいる。ここでは、働く個人の視点で、自社での仕事、働き方、キャリアの選択機会に関する認知を「個人選択感」として捉え、個人選択型HRMの導入状況、組織の特徴や個人の意識との関係について見ていきたい。
- 目次
- 個人選択感とは
- 個人選択感を高める個人選択型HRM施策
- 仮に異動が実現しなくても希望を出せることの効果
- 上司支援、自己理解、学びの重要性
- 個人選択感を高める3つの組織特徴
- 個人選択感にまつわる具体的なエピソード
- 個人選択感は個人・組織双方の結果指標にプラスの影響
- 個人選択感は組織と個人の関係性を考える糸口に
個人選択感とは
調査概要は図表1のとおりである。20代後半から40代前半までの一般社員を対象にした調査である。
<図表1>調査概要「個人選択型HRMと個人選択感に関する意識調査」
調査を実施するにあたり、働く個人が「自社において、仕事、働き方、キャリアを選択できている状態」をどう測定するかを検討した。組織の一員として働く上では、すべてを自分の希望どおりに選べる状態というのは、現実的ではないだろう。そこで、実際にどの程度選べているかという選択の多寡を問うのではなく、選べているという感覚、選択機会に関する認知を「個人選択感」として、3つの観点から捉えることを試みた。
1つ目は、仕事、働き方、キャリアに関して直接的に、選んでいるという感覚をたずねるもの(選択感)、2つ目は、自分の希望が会社から尊重されていると感じているか(希望尊重)、3つ目は、今後も現在の会社で自分に合った仕事、働き方、キャリア形成をしていけそうか(将来展望)である。
それぞれ、仕事、働き方、キャリアについて聞いた9項目の回答結果は図表2のとおりである。
<図表2>「個人選択感」の測定項目
いずれも、「とてもあてはまる/とてもそう思う」「あてはまる/そう思う」を選んでいるのは2割程度だった。「ややあてはまる/ややそう思う」まで合わせると、おおむね、5~6割が肯定的な回答だったが、項目間で比べると、「5.働き方に関して、自分の希望が尊重されている」「2.いまの働き方を自分で選んでいると感じる」が相対的に高く(61.6%、61.2%)、「6.キャリア形成に関して、自分の希望が尊重されている」「9.今後、社内で自分に合ったキャリアを形成していける」が相対的に低い選択率だった(54.1%、52.3%)。働き方については、近年の働き方改革やコロナ禍で浸透したテレワークなどにより、会社の制度が整ってきていることの表れかもしれない。一方、キャリアについては、さまざまな環境要因による不確実性も高いため、不満や不安を感じているようだ。
以降、9項目を平均した尺度「個人選択感」として情報を要約して検討していくことにする(平均値3.6、標準偏差1.0、信頼性係数α=0.94)。
個人選択感を高める個人選択型HRM施策
個人選択感は、どのような環境下で高まるのだろうか。まず、個人選択型HRM(仕事、働き方、キャリアに関する従業員による主体的な選択の機会を増やすような施策群)との関係を見ていこう。15の施策の導入有無別に、個人選択感を集計した結果が図表3である。3つのカテゴリごとに、2群間の得点差の大きい順に並べ、グラフの右には、得点差と施策の導入率を記載している。
<図表3>個人選択型HRMの導入状況が個人選択感に及ぼす影響
すべての施策において、「導入あり」の方が「導入なし」に比べて、個人選択感が統計的に有意に高いことが確認された。個人選択型HRM施策の導入が個人選択感を高めているといえる。
導入率が高く、導入の有無による個人選択感の得点差が大きかったのは、「5.フレックスタイムなど、働く時間を柔軟に選べる制度」「6.テレワークなど、働く場所を柔軟に選べる制度」である。選択率は4割を超え、先述の個人選択感のうち働き方に関する項目の得点が相対的に高かったことにも符合する結果である。同じく、導入率が高く、個人選択感の得点差が大きかった施策は「11.面談などで上司にキャリアについて相談できる制度」「12.希望する研修や講習を受講できる制度」である。上司のキャリア支援や能力開発支援の有無が、個人選択感に影響しているケースが多いようだ。
「9.人事や社外の専門家にキャリアについて相談できる制度」「10.管理職・専門職を行き来できる等級制度」は導入有無による個人選択感の得点差が大きいが、導入率は1割に満たない。導入難度が高い、あるいは必要性があまり認識されていない施策なのかもしれないが、個人選択感に及ぼす影響が大きい可能性が示唆された。
これら15の施策の選択を合計した施策導入数(平均値4.6施策、標準偏差3.5)も、個人選択感に影響を及ぼしていた。施策導入数の分布をもとに、高群(6~15施策、出現率34.0%)、中群(3~5施策、同31.2%)、低群(0~2施策、同34.8%)に分けて個人選択感を集計すると、高群4.0、中群3.6、低群3.2となり、統計的に有意な差が確認された。
仮に異動が実現しなくても希望を出せることの効果
続いて、主に仕事やキャリアの選択と関連する異動経験が個人選択感に及ぼす影響を見ていこう(図表4)。項目1~7は、現在の勤務先で人事異動(所属部署や勤務地の変更)を経験した人580名に、項目8~10は全員にあてはまる経験を選んでもらい、経験の有無別に個人選択感を集計した。
<図表4>異動経験が個人選択感に及ぼす影響
まず項目1~7の異動経験については、7項目すべて、2群間で統計的に有意な差が確認された。ポジティブな異動経験では、選択率は低いながら、「1.社内公募・社内FA制度などで、自分で手を挙げての異動が実現した」の個人選択感が最も高かった。また、自らの希望がかなって異動が実現した場合だけでなく、「2.人事や上司が自分に合った異動を提案してくれて、自分にとって良い異動が実現できた」「3.未経験の仕事への異動だったが、自分の成長機会となった」経験をした場合の個人選択感も高いことが確認できた。
ネガティブな異動経験では「5.意図の分からない異動を命じられた」が、最も個人選択感を低めていた。
項目8~10は希望がかなわず異動が実現しなかった経験であるが、「8.異動したいと思ったが、異動希望を出すことができなかった」という希望を伝えることができなかった経験のみ統計的な有意差があり、個人選択感を低めていた。9や10のように希望を伝えることができた場合には、経験の有無による有意差はなかった。
2022年2月に弊社が実施した企業調査*では、社内公募制度の活用が進むと応募数が増加することにより不採用になるケースも増え、人事責任者からは不採用者のモチベーションへの影響を懸念する声が上がっていたが、個人の回答からは、希望を伝える機会があれば、結果として異動できなかったとしても必ずしもネガティブには作用しない可能性が示唆された。
*個人選択型HRMに関する実態調査レポートシリーズ第3回
「社内公募制度導入125社の運用実態と制度活用のポイント」
上司支援、自己理解、学びの重要性
個人選択の機会をさまたげると考えられる会社の制度運用、職場・仕事、本人の課題の有無別に個人選択感を集計したものが図表5である。
<図表5>制度運用、職場・仕事、本人の課題が個人選択感に及ぼす影響
選択の有無による個人選択感の得点差が大きく、個人選択感を低めていたのは、制度運用では、「1.社内の人事異動は会社側の要請で決まり、個人の希望は考慮されない」「2.働く時間や場所を、個人の生活上の事情に応じて柔軟に変更できない」である。
職場・仕事では、「6.上司が、部下の能力開発・キャリア形成に対して支援的でない」「7.社内に自分がやりたい仕事や部署がない」「8.キャリアについて相談できる人がいない」「9.経験やスキルが足りなくてもチャレンジできるような仕事機会がない」が、本人の課題としては、「11.自分がやりたいことがない/分からない」「12.何を学んでいいか分からない」などの自己理解、学びに関する課題が個人選択感を低めていた。
仮に人事制度上で個人が選択できる機会を増やしたとしても、能力開発・キャリア形成に対する上司の支援的姿勢や、本人の自己理解、経験を広げる機会や学びによるスキルの向上が伴わないと、自ら選択することは難しいだろう。「7.社内に自分がやりたい仕事や部署がない」も同様に選択の余地がないともいえるが、本人の自己理解や「10.他部署の情報が少なく、社内の他の仕事がイメージできない」が解決して他部署の仕事に関する理解が促進されることで、やりたい仕事や部署が見つかる可能性も考えられる。
なお、「18.仕事・働き方・キャリアを自分で選ぶことにこだわりがない」ことの影響も想定したが、統計的に有意な差は見られなかった。
個人選択感を高める3つの組織特徴
上司支援、自己理解、学びや、生活の事情に応じた働き方の柔軟な変更などとも関係する組織の特徴が個人選択感に及ぼす影響を見たものが図表6である。3つの組織特徴の程度によって高・中・低群に分け(肯定的回答の4点以上を高群、否定的回答の3点未満を低群、その間を中群)、個人選択感の平均を集計した。
<図表6>組織の特徴が個人選択感に及ぼす影響〈n=991〉
「1.学習指向の評価」「2.他部署・経営情報の開示」は、前述の企業調査*で、個人選択型HRMの導入・活用を促進する組織特徴として確認されたものだが、高群ほど個人選択感が高く、個人選択感にもプラスに影響していた。
*個人選択型HRMに関する実態調査レポートシリーズ第2回
「個人選択型HRMを後押しする人材マネジメントや評価の特徴とは」
従業員の生活の質の向上や長期的・自律的なキャリア形成を重視するという「3.ライフ・キャリア重視」についても、高群ほど個人選択感が高かった。「1.学習指向の評価」という個人の成長や育成の観点で評価結果がフィードバックされるなどの人事評価の特徴は自己理解に、「2.他部署・経営情報の開示」は仕事理解に関係している。「3.ライフ・キャリア重視」は、キャリア支援や働き方の柔軟化などの施策を下支えしている人事ポリシーである。これらは個人の選択を支援・後押しする組織特徴であるといえる。
個人選択感にまつわる具体的なエピソード
次に、具体的なエピソードを紹介したい。図表7は、自社でのキャリア展望に対するポジティブ、ネガティブな回答の理由を聞いたコメントを、抜粋してまとめたものである。どんな場面で、個人選択感が醸成あるいは抑制されるのか、が垣間見える。
<図表7>現勤務先でのキャリア展望に関するポジティブ・ネガティブなエピソード
図表4、5でも見てきたように、希望を伝える機会に関するコメントが最も多かった。評価の公正さ、教育支援の充実に関するものが次に多い。職場でのキャリアに関する対話・支援や挑戦・選択の幅に関するもの、柔軟な働き方・機会均等についても多く見られた。他には、制度充実・制度変更の柔軟さや、専門性が尊重されない、キャリアの継続性が感じられない異動についてのコメントも散見された。複数領域にわたるHRM施策や職場の上司の影響がこれらのコメントからも感じられた。
図表8では、選択機会を通じた、自分自身の意識の変化、実際の働き方、仕事、キャリアの変化のエピソードを見ていただきたい。内容に応じて、よかったこと(〇)、失敗したこと(×)、その両方(△)の印をつけた。何かを選択すれば何かをあきらめなくてはならないというのはよくあることだが、△のようなエピソードが得られたことでより現実味を帯びて、個人選択感の中身について理解を深めることができた。
<図表8>仕事・働き方・キャリアを自分で選んでよかったこと・変わったこと・失敗したこと
個人選択感は個人・組織双方の結果指標にプラスの影響
ここからは、個人選択感が個人の意識や組織能力に及ぼす影響を見ていく。個人選択感を3群に分けて(得点の絶対値で分類)、各変数の平均値を集計した(図表9)。6変数すべて統計的に有意な差が確認された。
<図表9>個人選択感が個人の意識・組織能力に及ぼす影響 〈単一回答/n=991〉
現在の勤務先企業に対する個人の意識においては、個人選択感が高いほど組織の理念・目的への共感や会社が気に入っているという情緒的なコミットメントである「1.組織コミットメント」が高く、個人選択感が低い場合には、会社を辞めたい、転職したいという「2.離職意識」が高くなっていた。
また、先行研究でも自ら選択・決定することとウェルビーイングとの関係が指摘されているが、個人選択感が高いほど自分の人生と現在の生活に対する満足度である「3.人生・生活満足」が高い結果となった。
「4.変革実行力」「5.現場力」「6.求心力」は、企業調査*で個人選択型の配置ポリシーによる影響が確認された組織能力であるが、個人選択感においてもプラスの影響が見られた。
*個人選択型HRMに関する実態調査レポートシリーズ第5回
「異動・配置のポリシーミックスと組織能力への影響~個人選択型・選抜型・底上げ型・欠員補充型
個人選択感は組織と個人の関係性を考える糸口に
最後に、組織の特徴、個人の意識に変数を絞って、個人選択感と各変数との関係を共分散構造分析という手法を用いて確認したものが図表10である。変数から変数への影響を表すパス(矢印)を引いて分析を行い、統計的に有意にならなかったパスを取り除いて作成したモデルである。
<図表10>組織の特徴・個人選択感・個人の意識の関係(共分散構造分析の結果)〈n=991〉
左側の個人選択型HRM施策導入数、学習指向の評価、他部署・経営情報の開示、ライフ・キャリア重視のそれぞれが個人選択感にプラスの影響を及ぼし(紫線)、個人選択感から右側の人生・生活満足、組織コミットメントにはプラスの、離職意識にはマイナスの影響を及ぼしている(オレンジ線)。右側の変数では、人生・生活満足が組織コミットメントを高め、その結果離職意識が低下していることが分かる(緑線)。
相対的な影響の大きさを表す係数の値を見ると、ライフ・キャリア重視から個人選択感へ、個人選択感から人生・生活満足へのパスの値が大きい。
今回の個人選択感は、仕事、働き方、キャリアという複合的な要素を含んでいるが、その個人選択感を高めるには、企業が従業員の生活や中長期のキャリアを重視しているかどうかが大きく影響し、それが結果的には従業員の組織コミットメントを高め、離職意識の低下にもつながっていた。個人選択感が高まると、自由に選択して自分にとって都合の良い会社へと転職してしまうという懸念も生じるかもしれないが、そうはならない可能性が示唆された。
本調査では、個人の視点から個人選択型HRMの実態について見てきた。選択機会を作る制度だけでなく、選択を支援・後押しする上司支援、自己理解、学び、人事評価や情報開示など、多岐にわたる施策の関連性が確認された。その実現はたやすいことではないが、個人選択感という視点が、企業と個人双方にとって望ましい状態を実現するための手がかりとして、組織と個人の関係性のあり方を考える一助になれば幸いである。
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.67 特集1「個人選択型HRMのこれから」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
執筆者
技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主任研究員
藤村 直子
人事測定研究所(現リクルートマネジメントソリューションズ)、リクルートにて人事アセスメントの研究・開発、新規事業企画等に従事した後、人材紹介サービス会社での経営人材キャリア開発支援等を経て、2007年より現職。経験学習と持論形成、中高年のキャリア等に関する調査・研究や、機関誌RMS Messageの企画・編集・調査を行う。
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