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治療と仕事の両立について考える心理学の研究トピック

  • 公開日:2024/10/07
  • 更新日:2024/10/07
治療と仕事の両立について考える心理学の研究トピック

本稿では、治療と仕事の両立について考える視点として、心理学の研究トピックを紹介する。人とのつながりがもつ良い効果を説明する「社会的アイデンティティ」、組織の支援と本人の判断の関係を考える「パターナリズム」、周囲の協力行動に影響する「組織的公正」である。いずれも幅広い分野で研究が多く行われているが、ここでは病気を抱えた人の支援や就労に関連する研究を中心に紹介する。

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就業に及ぼす影響 「医学モデル」と「社会モデル」
人とのつながりの重要性
社会的アイデンティティと社会的治療
パターナリズムか 個人の意思の尊重か
周囲の協力行動に影響する組織的公正

就業に及ぼす影響 「医学モデル」と「社会モデル」

日本における難病を抱えた人の就労の実態について、高齢・障害・求職者雇用支援機構の障害者職業総合センターが2024年3月に調査報告書「難病患者の就労困難性に関する調査研究」を発表している*1。調査対象は4523名の難病患者で、症状は軽症の人から、障害者手帳を持っている人まで含まれる。回答者の約7割が仕事に就いている。この調査の主な目的は、障害者手帳を持たない難病患者の就労に関する困難について把握することである。

図表1は調査で用いられた分析モデルである。病気の特徴からくる機能障害が就労に及ぼす影響を見る「医学モデル」と、就労時の困難性による影響を受ける職場の支援や配慮に着目する「社会モデル」からなる。

<図表1>医学モデルと社会モデルの観点を踏まえた就労困難性の問題解決状況の総合的分析

医学モデルと社会モデルの観点を踏まえた就労困難性の問題解決状況の総合的分析

調査の結果、障害者手帳を持たず現在問題なく働いている人でも、病気の進行や症状の変化に対する不安がある、疲れやすかったり体調の変化があったりする、また通院・治療の時間が必要である、といった困難を抱えた人が相当数いた。これが医学モデルでの分析結果である。そして彼らの就労継続における問題のうち、解決していないとの回答が相対的に多かったのが、上司や同僚とのコミュニケーション、体調管理の点で仕事に無理がある、治療と仕事のどちらかを犠牲にしている、といったものであり、ここには社会モデルの要因が大きく関与している。

人とのつながりの重要性

医療や健康分野での研究では、人とのつながりをもつことの効果が多く報告されている。30万人以上のデータからなる148の研究をまとめたメタ分析では、社会的関係の強さは平均余命の長さと関連しており、その影響の強さは禁煙に匹敵し、肥満、高血圧、運動不足を上回っていることが報告されている*2

また、集団の一員であることが、幸福に及ぼす影響を示す研究もある。例えば、最近脳卒中を経験した人を対象に、グループへの所属と生活満足度との関係を調べた研究では、脳卒中の発病前に多くの社会的グループに所属していた人ほど、発病後の生活満足度が高いことが明らかになった*3

一方、同研究で検討された図表2のモデルのように、発病後に所属できなくなるグループ(例えば、職場の同僚など)があっても、いくつかのグループへの所属を維持できれば、発病前の所属グループ数に関係なく、発病後の生活満足度は高いことが分かった。グループの数ではなく、グループに所属していると思う心理状態によっても同様の結果が確認されている。発病後に引き続きグループに所属していると思う心理状態が生活満足度を高めているのだ。

<図表2>グループへの所属と生活満足度との関係 

グループへの所属と生活満足度との関係

社会的アイデンティティと社会的治療

人とのつながりがもつ良い効果を示す研究は医療分野にとどまらないが、その理由を説明するための理論として、健康・医療分野で着目されている「社会的アイデンティティ」を取り上げる。私たちが、自分自身をどう定義するかには、自身のユニークな個人的特性や特徴の観点から行う「個人的アイデンティティ」と、他者と共有する観点から行う「社会的アイデンティティ」がある*4。個人的アイデンティティを意識する場合は、私という個人が他人とどう違うかに焦点が当てられるが、社会的アイデンティティ(例えば、女性、日本人、組織の一員としてのアイデンティティなど)を意識する場合は、同じグループに属する他者との類似性に焦点が当てられる。A社の社員である個人は、A社の社員らしい考え方や行動によって、自分を定義づける。

重要な社会的存在と関わるとき、私たちは必ずしもその構成員を「他者」として見るのではなく、「私たち」として受け入れる。このプロセスを通じて、他者が自己の一部となり、社会的アイデンティティが形成される。そして、社会的アイデンティティを意識しているときは、同じグループメンバーの他者と社会的なつながりを感じることができる。

個人は、自分が集団の一員であると認識することで、「自分が何者か」や自分の貢献の意味を明らかにすることができる。また、集団内の他者に支援を求め、得やすくなるだろう。このようなポジティブな効果が得られる限り、社会的アイデンティティは個人の健康に良い効果をもたらし、医療による治療ではなく、「社会的治療(social cure)」となる。しかし、社会的アイデンティティを感じる集団に問題がある場合などには、集団の一員であることによって、集団の外から否定的な評価を受けるなど、望ましくない影響が考えられる。この場合は、社会的アイデンティティは社会的治療とはならず、「社会的呪い(social curse)」となり、健康と幸福に害を及ぼす可能性がある*5

組織においても、組織メンバーが組織成員としての社会的アイデンティティをもっている状態(組織同一視という言葉もあるが、ここでは先行研究で広く用いられる「集団同一視(social identification)」を用いる)では、同様に組織メンバーの身体的・心理的健康に対して、ポジティブな効果とネガティブな効果が示されている。両者の関係性について先行研究をメタ分析した論文*6では、ポジティブな効果を「活性化の視点」、ネガティブな効果を「疲弊の視点」、あるいはこれらの効果が等しく強い場合には関連がない「中和の視点」として概念整理をしている(図表3)。

<図表3>組織における集団同一視の効果 

組織における集団同一視の効果

先行研究を統計的にまとめた結果は、集団同一視と健康の間には、全般的にポジティブな効果があることを示している(図表4)。その程度は、職場やチームといった小集団への同一視でも会社への同一視でも変わらず、弱~中程度であった。また、ストレスのなさよりも幸福感との関係性の方が強く、身体的健康よりも心理的健康との関係性の方が強かった。

<図表4>集団同一視と健康の関係に関するメタ分析の結果
 〈58研究、112効果量、n=19,799〉

集団同一視と健康の関係に関するメタ分析の結果

このメタ分析ではネガティブな関連性は確認されなかったが、集団同一視と健康の関係性には研究によってかなりの幅があること、また関係性の程度は決して高くないことには注意が必要である。さらに、研究の対象者に病気を抱えた人が多く含まれているとは考えられない。

この研究結果から、病気を抱えた人の就労について企業での取り組みを考える際には、彼らが組織や職場とのつながりを強く意識するような状況を作り出せるかがポイントになる。そのために、例えばメンバーが組織に貢献していると感じるような機会を作ったり、メンバーの職場や組織との一体感を高める機会を作ったりすることなどが考えられる。

一方で、集団同一視のネガティブな状況がないとは言い切れない。例えば、病気を抱えたメンバーが、社会的アイデンティティを保とうと、無理をすることがないかも見ておく必要があるかもしれない。このように、病気を抱えたメンバーを対象として、社会的アイデンティティを高める方法を考えることは状況や個人による個別性が高く、思いのほか難しい。それよりも、現在、病気を抱えて仕事を続けているメンバーが、組織や職場に対する社会的アイデンティティをもち続けるために何が必要であるかについて、メンバー自身の自律的な働きかけを起点にする方が効率が良いだろう。組織が先回りをして必要な支援を行うことと、メンバー自身の自律的な判断や要望に委ねることの関係について、次に考える。

パターナリズムか 個人の意思の尊重か

「パターナリズム(paternalism)」とは、国家や個人が他者の意思に反して干渉することであり、干渉された人がより良くなる、あるいは危害から守られるという主張によって、擁護されたり、動機づけられたりするものと定義される*7。父親(パテル)を語源としており、あたかも父親が子どもを守るように干渉するイメージというと分かりやすいだろう。

この概念は、医療におけるモラルの問題の中心的なものとして議論されてきた。患者本人の意思にかかわらず、医療従事者である医師の判断は、患者の治療や回復のためにどこまで許されるのかといった、難しい問題をはらんでいる。今日の西洋医学では、反パターナリズムの趨勢が強く、患者に判断能力があるとみなされる限りにおいて、治療の方針は患者自身の判断に任せるべきであるとの考えが主流である。

パターナリズムは医療分野だけでなく、福祉政策や公衆衛生の文脈のなかでも議論が進められており、そちらでは特定の個人を想定するのではなく、より多くの人に適用される政策が関与するため、公正の議論が絡んでくる。COVID-19流行の際に、各国が出した対策には、人との接触制限において個人にその判断を委ねた国と、一律に行動を制限した国があったことは記憶にあるだろう。この場合、後者は強いパターナリズムを発揮したことになる。日本ではいわゆる“弱い”パターナリズムを発揮して、行動制限が設けられたものの、従わない場合の罰則があるわけではなく、あくまで個人の意思で制限に従ってほしいということであった。制限に反対の人もいただろうが、国全体としてこれが良いということでの制限だったわけだ。このような場合、個人の幸福ではなく、それが全体にとって公正なものであることが必要になる。

同様に、職場において、安定して長時間仕事をすることが難しいメンバーのために何らかの対応策を組織がデザインする際のポイントとして、まず、どこまで病気を抱えるメンバー自身の意思を尊重するのかを考える必要がある。さらに、対処のためのルールや施策を作る場合には、他のメンバーが公正だと感じられるものにする必要がある。そうでなくては、ルールは守られず、形骸化するリスクがある。

周囲の協力行動に影響する組織的公正

組織メンバーの職場や組織における公正さに対する認識のことを「組織的公正(organizational justice)」と呼び、これには判断の結果、手続き、対人処遇の公正さが含まれる*8。組織的公正は、仕事上の態度や行動に関連することが多くの実証研究で示されている。そして、組織的公正の影響プロセスにおいて、アイデンティティが関与することを指摘する研究もある。

公正さについての情報がアイデンティティと一致する場合に、組織的公正はより強い効果をもつことが示されている*9。あるいは、組織的公正は、自分が評価され、尊敬されていることを受け手に伝えることで、組織メンバーの組織に対する同一性を高め、その結果、メンバー間の協力が高まることも示されている*10

ちなみに、人々が一般に公正さに対して意識を向けるようになるのは、状況の不確実性が高まったときであると考えられている*11。病気を患った際、あるいは治療から復帰する際の不安なときというのは、まさに組織の公正に目を向けている状態だろう。

おそらく同様のことは、病気を抱えたメンバーと働く職場の他のメンバーにもいえるだろう。自分たちはどのように振る舞うべきかを考える際に、組織の対応に注目する。当人以外のメンバーにも公正であると受け入れられれば、施策の実行に協力的になることはもちろんのこと、組織メンバーに対する全般的な態度(例えば、組織メンバーの幸福に配慮する)を象徴するものと感じられた場合は、より一般的な協力行動を促すかもしれない。また、手帳を持たず会社に病気のことを話していない人にとって、組織の公正さは影響が大きいことは想像に難くない。

冒頭で触れた、手帳を取得せず就労している難病患者の多くは、不安を抱えつつも、会社に病気のことを申告せず仕事を続けている。彼らは病気のことを会社に知られるリスク(例えば、重要な仕事にアサインされない、仕事を失う)と、自分の不安を天秤にかけて、話をしない判断をしている。このような場合、突然体調が崩れたり、治療にまとまった時間が必要になったりした際に組織が公正な対処を行うだろうと思えば、状況を説明して、対応を相談することができる。組織にとっても貴重なメンバーの離職防止につながるだろう。

うつ病や発達障害などの精神的な問題を抱える人も、同様の困難を抱えると考えられる。また病気ではなくても、高齢化する従業員や女性の進出などによって、これまでのように安定して長時間働ける人が職場に占める割合は、減少するだろう。病気を含め、仕事との両立に組織側の歩み寄りや支援を考えることは、今後の職場にとって必要な視点だろう。

ちなみに、人々の健康が、その後のパフォーマンスや成功の土台となることが指摘されており*12、組織メンバーが組織や職場の一員であると自ら認識することの重要性は、健康面にとどまらないのである。

*1 高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センター(2024)「難病患者の就労困難性に関する調査研究」

*2 Holt-Lunstad, J., Smith, T. B., Baker, M., Harris, T., & Stephenson, D. (2015). Loneliness and social isolation as risk factors for mortality: a meta-analytic review. Perspectives on psychological science, 10(2), 227-237.

*3 Haslam, C., Holme, A., Haslam, S. A., Iyer, A., Jetten, J., & Williams, W. H. (2008). Maintaining group memberships: Social identity continuity predicts well-being after stroke. Neuropsychological rehabilitation, 18(5-6), 671-691.

*4 Tajfel, H., & Turner, J. C. (1979). An integrative theory of intergroup conflict. In W. G. Austin & S. Worchel (Eds.), The social psychology of intergroup relations (pp. 33–48). Monterey, CA: Brooks/Cole.

*5 Kellezi, B., & Reicher, S. (2012). Social cure or social curse? : The psychological impact of extreme events during the Kosovo conflict. In The social cure (pp. 217-233). Psychology Press.

*6 Steffens, N. K., Haslam, S. A., Schuh, S. C., Jetten, J., & van Dick, R. (2017). A metanalytic review of social identification and health in organizational contexts. Personality and social psychology review, 21(4), 303-335.

*7 Dworkin, G. (2020). Paternalism. In E. N. Zalta(Ed.), The stanford encyclopedia of philosophy (Fall 2020 Edition).

*8 Folger, R. G., & Cropanzano, R. (1998). Organizational justice and human resource management. SAGE Publications.

*9 Brockner, J., De Cremer, D., van den Bos, K., & Chen, Y. R. (2005). The influence of interdependent self-construal on procedural fairness effects. Organizational behavior and human decision processes, 96(2), 155-167. Johnson, R. E., Selenta, C., & Lord, R. G. (2006). When organizational justice and the self-concept meet: Consequences for the organization and its members. Organizational behavior and human decision processes, 99(2), 175-201.

*10 De Cremer, D., Tyler, T. R., & den Ouden, N. (2005). Managing cooperation via procedural fairness: The mediating influence of self-other merging. Journal of economic psychology, 26(3), 393-406.

Olkkonen, M. E., & Lipponen, J. (2006). Relationships between organizational justice, identification with organization and work unit, and group-related outcomes. Organizational behavior and human decision processes, 100(2), 202-215.

*11 Lind, E. A., & van den Bos, K. (2002). When fairness works: Toward a general theory of uncertainty management. Research in organizational behavior, 24, 181-223.

*12 Lyubomirsky, S., Sheldon, K. M., & Schkade, D. (2005). Pursuing happiness: Thearchitecture of sustainable change. Review of general psychology, 9(2), 111-131.

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.75 特集1「ワークヘルスバランス─治療しながら働く」より抜粋・一部修正したものである。
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執筆者

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技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

今城 志保

1988年リクルート入社。ニューヨーク大学で産業組織心理学を学び修士を取得。研究開発部門で、能力や個人特性のアセスメント開発や構造化面接の設計・研究に携わる。2013年、東京大学から社会心理学で博士号を取得。現在は面接評価などの個人のアセスメントのほか、経験学習、高齢者就労、職場の心理的安全性など、多岐にわたる研究に従事。

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