- 公開日:2025/06/09
- 更新日:2025/06/09

2025年2月4日の組織行動研究所セミナーは、「一人ひとりを生かすマネジメントを考える ~DE&I施策の組織への影響~」と題して、組織行動研究所で行った調査結果などをもとに、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)について講演しました。私たちは、一人ひとり、育った環境も経験も違い、価値観も能力も異なります。そして、さまざまな事情のなかで働いています。そのような多様性を認めていくことが、包摂性(インクルージョン)ですが、それは時に、企業の生産性を低下させることがあります。いったい企業は、どこまでの多様性を包摂していくべきでしょうか。
前編、中編、後編の3回に分けて、当日の講演内容をお伝えします。
今回は、「(前編)ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンを紐解く」です。

講師プロフィール
古野庸一
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所
1987年株式会社リクルートに入社。キャリア開発に関する事業開発、NPOキャリアカウンセリング協会設立に参画する一方で、リクルートワークス研究所にてリーダーシップ開発、キャリア開発研究に従事。2009年より現職。著書に『「働く」ことについての本当に大切なこと』(白桃書房)、『「いい会社」とは何か』(講談社現代新書、共著)、『リーダーになる極意』(PHP研究所)、『日本型リーダーの研究』(日経ビジネス人文庫)、訳書に『ハイ・フライヤー 次世代リーダーの育成法』(プレジデント社、モーガン・マッコール著、共訳)など。
- 組織行動研究所セミナー開催報告
- 企業はどこまでの多様性を包摂していくべきか (後編)3つのケースから考える一人ひとりを生かすマネジメント
- 組織行動研究所セミナー開催報告
- 企業はどこまでの多様性を包摂していくべきか (中編)DE&Iを阻害する人間の本性に根差す問題と、組織にもたらす効能とは
- 組織行動研究所セミナー開催報告
- 企業はどこまでの多様性を包摂していくべきか (前編)ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンを紐解く
- 目次
- 包摂性(インクルージョン)や合理的配慮(エクイティ)の線引きは難しい
- 「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」とは何か
- 企業に求められる合理的配慮(エクイティ)
- 障害者就労の視点からDE&Iの意味を考える
包摂性(インクルージョン)や合理的配慮(エクイティ)の線引きは難しい
3つのケースをお話しします。あなたなら、それぞれのケースにどのように対処しますか。
ケース1
あるグローバル企業が、全世界規模の人事施策プロジェクトを行っています。プロジェクトメンバーである米国、ドイツ、インド、シンガポール、中国、オーストラリア、日本(議長)の7人の人事メンバーが、毎週オンラインの定例会議を行っています。定例会議において、ある国のメンバー以外の6人は開始時間前から会議に参加していますが、ある国のメンバー1人はいつも20分ほど遅れて参加します。そのメンバーは、「最初は前回までのレビューと資料の説明で、議論するのは後半部分だから、20分くらい遅れてもいいじゃないか」と言うのです。他のメンバーはその発言を聞いて、イライラしています。さて、あなたが議長だったら、どのように対処しますか。
同じ会社のなかで価値観が異なるメンバーが集まった会議をリードしていくケースです。
ケース2
ある日系金融機関の、東南アジアのある国のある支店の話です。1人の現地メンバーが始業時間の9時ギリギリに出社して、慌てて仕事を始めました。日本人課長が「もう少し早く来たらどうだ」と指摘すると、「始業時間は9時ですよね。9時には間に合っています」と言います。そして、メンバーは朝ごはんのパンを机の上で食べ始めました。課長が「パンは出社前に食べるように。お客様に失礼だろう」と言うと、「いや、お客様も食べているから、その方がかえっていいんだ」と返してきました。日本の慣習とはかなり異なりますね。さて、あなたが課長だったら、この問題にどのように対処しますか。
ビジネス慣習が違う国でメンバーのマネジメントをするケースです。
ケース3
月曜朝8時半の品川駅の内回りの山手線ホームで、ベビーカーを押している女性が満員電車に乗ろうとしています。あなたは出勤途中で、9時前に新橋にある職場に着かなければならないと、少々焦っています。このとき、あなたは「この時間に、ベビーカーでこの電車に乗ろうとするのは非常識だ」と思うでしょうか。それとも、「この時間のこの電車にベビーカーで乗ろうとしているのだから、何か事情があるに違いない」と思うでしょうか。そして、あなたはどのような対応をするでしょうか。
こちらは日本国内での話です。実際によくあるケースです。何も対応しないで静観する人も多いと思います。また、何らかしてあげたいと思う人も多いと思います。あなたなら、どうしますか。
3つとも慣習や価値観が異なる人たちと一緒に何かをするケースであり、多様性を扱う際に起こる葛藤を扱っています。セミナーの最後に、解説をします。
私たちは、生まれながらに多様です。顔も性格も運動能力も知的能力も一人ひとり違います。育った環境も経験も違い、培ってきた価値観も違います。さらに、育児、介護、疾病など、働くうえで制限になるような、さまざまな事情を抱えていることもしばしばです。そういう意味で、組織の中で多様性(ダイバーシティ)はすでにある現実であり、所与なのです。その多様性を生かしていくためには、包摂性(インクルージョン)が必要になってきます。しかし、包摂性は生産性を低下させ、コストに見合わないことも多く、どこまでの範囲の包摂性ならばOKなのか、線引きは難しいのが現実です。同様に合理的な配慮(エクイティ)も、どこまでが合理的でどこからが非合理的なのか、その線引きはやはり簡単ではありません。
「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」とは何か
DE&Iとは何か。紐解いてみたいと思います。
ダイバーシティ(多様性)とは、学術的には、「ワークユニットのなかで相互関係をもつメンバー間の個人的な属性の分類が多様であること」を指します。属性には、年齢、性別、人種・民族などのたやすく目に付く特徴だけでなく、見た目では分からないものも含まれます。つまり、容易に見えやすい多様性「表層のダイバーシティ」と見ただけでは分からない「深層のダイバーシティ」があります。例えば、仕事と直接関係のあるものを挙げると、個性、知識、価値観、教育、勤続年数、職歴などは深層のダイバーシティです。また、深層のダイバーシティは、価値観の違い(分離)、能力の違い(多様)、収入や立場の違い(格差)に分類することができます(図表1)。会社のなかで議論する際には、それぞれの人が何の多様性をイメージしているのか解像度を上げて考えていく必要があります。
<図表1>深層のダイバーシティの種類

出所:Harrison & Klein (2007)を参考に弊社作成 *1
インクルージョン(包摂性)は新しい言葉で、『広辞苑第六版』には見当たりませんでした。学術的な定義によると、「社員が仕事を共にする集団において、まわりのケアによって、その個人が求める帰属感と自分らしさが満たされ、メンバーとして尊重されている状態」を指します。それぞれの価値観、意見、考え、性、国籍、能力などの違いが理解され、一人ひとりが尊重されること(ユニークネスが満たされた状態)と同時に、その人がそこに属してもいいんだと感じられること(所属感)の両方が満たされた状態が、包摂性がある状態といえます(図表2)。
<図表2>インクルージョン・フレームワーク

出所:Shoreら(2011)のFigure1を参考に弊社作成 *2
経済産業省は、ダイバーシティ経営を「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義しています。企業経営の観点から、ダイバーシティを行うと価値創造につながるから推進していこうといっています。
ところが、社会全体でいうと、多様性と包摂性のある社会は、文部科学省がいうように「誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会」ということになります。価値創造ができるから多様性を生かそうという話と、人は互いに違うのだからそれぞれを認めて支え合おうという話は、D&Iを語るうえでは近そうで違う概念です。つまり、互いの違いから価値をつくろうという話とそれぞれを認め合うという話は、似て非なるものであるということです。この2つの違いが、企業に混乱をもたらしていると考えられます。成果が上がるからD&Iを推進していこうという話と企業には社会的責任があるからD&Iが大切という話の違いです。ただ、今の企業にはどちらも求められています。
企業に求められる合理的配慮(エクイティ)
D&Iを推進していこうとすると、合理的な配慮(エクイティ)が必要とされます。つまり、多様な人材を生かすためには、その人材が直面する格差や不利な状況を、組織の運営により是正・支援する必要があります。
合理的配慮はさまざまなレベルで、さまざまな工夫が考えられます。例えば、身体障害者にとって障害になる重いドアがあったとします。障害者が入社したとき、障害者仕様のドアに変えるという方法もあります。一方で、ドアの前に呼び鈴をつけるなどして、周りにいる人がドアを開け閉めすることで対応するということも考えられます。そのようにすることで、お互いに配慮できる風土をつくることもできます。ただ、呼び鈴を押すことで、周囲に迷惑をかけていると障害者が思ったり、周囲の人も、忙しいにもかかわらず、呼び鈴を押されて対応しなければいけないことに不満をもったりするということも考えられます。つまり、配慮されているという気まずさがある、あるいは配慮してやっているんだという上から目線が残るとしたら、その配慮は合理的でないとも考えられます。
毎週の支店長会議をリアル開催だけでなくオンラインでも開催するというのも、合理的配慮の事例でしょう。コロナ禍において、オンライン会議の良さを実感している職場も増えていると思います。毎週の支社長会議をリアルだけで実施するのではなく、オンラインも併用すれば遠くの支社の支社長は時間が有効に使えるという点で助かります。育児や介護などでプライベートな時間を含めて時間が足りない社員が多い場合は、そのような配慮は合理的配慮になります。ここで大切なことは、会議の目的です。オンラインでも目的が達成されるのであればオンラインでもOKということです。リアルで顔を合わせて話をすることも互いの信頼構築には大切であり、それも会議の目的としてあったら、5回に1回はリアル開催をするということも考えられます。合理的配慮を考える際には、形式ではなく目的に照らし合わせることが大切ということです。
障害者就労の視点からDE&Iの意味を考える
障害者就労の視点からDE&Iの意味を考えてみましょう。
私たちは、いつも100%仕事に向かうことができるわけではありません。一人ひとりが、出産、育児、介護、疾病など、何らかの「事情」を抱えています。また、誰にでも苦手なことがあります。だからこそ、それぞれの人が助け合いながら働いているわけです。私はロシア語ができません。何かできないことを障害というのなら、私には障害があります。しかし、ロシア語ができないことで障害者とはみなされないということを考えると、誰に障害があって、誰に障害がないかは社会が決めていることになります。そういう意味で、誰にでも障害があり、誰もが互いにケアしていくことが求められているということを前提にして、それを意識している組織は、持続的に発展していく組織だと考えられます。
現在は世界的に寛容度が高まり、マイノリティの権利が認められつつあります。2015年には国連でSDGsが採択されました。SDGsは、企業に環境問題解決や格差是正と共に、人間らしく働きがいをもって働く場の提供を求めています。また、2019年のダボス会議では、世界500社がビジネスにおける障害者インクルージョンにコミットする組織「The Valuable 500(V500)」が発足し、日本からも40社以上が参加しています。障害者が活躍できる組織が増えてきているといえるでしょう。
障害者は増加傾向にあります。内閣府『障害者白書』によれば、2018年には障害者が全人口の7~8%程度になりました。高齢化、現代の環境変化、障害の認識変化などが原因になっています。同時に、障害者の法定雇用率も段階的に引き上げられ、2023年までは2.3%でしたが、2024年には2.5%になり、さらに2026年には2.7%になる予定です。障害者の増加と共に、企業に求められる障害者雇用の責任はより大きくなってきています。
企業のDE&Iへの取り組みは着実に進んでいますが、企業責任も大きくなっており、まだまだ十分とはいえません。障害者を受け入れるために、社会や企業が変えるべき部分、考えるべき部分はいくつもあります。例えば、2022年に日本は国連からインクルーシブ教育に関する勧告を受けました。「特別支援教育」の中止を求められたのです。今の日本の特別支援教育は分離教育であり、障害者が大人になってからも社会から分離されることにつながりかねない、というのがその理由です。しかし、文部科学省は特別支援教育の中止を考えていません。障害者に支援をすることができ、保護者ニーズが高いからです。真の共生社会を目指そうと考えたときに、どのようにしていけばいいのか、重要な問いを投げかけています。
中編では、DE&Iを阻害する人間の本性に根差す問題と、組織にもたらす効能について、お届けします。
*1 Harrison, D. A. & Klein, K. J. (2007). What´s the difference? Diversity constructs as separation, variety, or disparity in organizations. Academy of management review,32(4), 1199-1228.
チームの効果性を高める要因とは何か
*2 Shore, L. M., Randel, A. E., Chung, B. G., Dean, M. A., Holcombe Ehrhart, K., & Singh, G. (2011). Inclusion and diversity in work groups: A review and model for future research. Journal of management, 37(4), 1262-1289.
職場の多様性とインクルーシブな文化形成
【Text:組織行動研究所 古野庸一 / ライター 米川春馬】
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