インタビュー
社会を変えるリーダー
つながりAI株式会社 代表取締役社長 CEO 駒崎弘樹氏
- 公開日:2025/10/27
- 更新日:2025/10/27
社会起業家という言葉が、ようやく定着してきた感があるが、約20年前、その言葉がない頃から活躍していた先駆者がいる。NPO法人フローレンスを率いてきた駒崎弘樹氏である。その間、駒崎氏は、民間の立場から、官主導の福祉業界に数々のイノベーションをもたらしてきた。その駒崎氏が新たな会社を立ち上げたという。その中身は何か。背後にどんな思いやビジョンがあるのか。早速、取材に伺った。
相談という福祉のゲートウェイが崩壊しているという危機感
2025 年2月に開業したつながりAIの社長、駒崎弘樹氏の名刺には耳の大きな犬のイラストがある。傾聴型相談AI(人工知能)「いまきくイヌAI(あい)ちゃん」だ。
この愛らしいキャラクターが奈良市民の間でなじみの深いものとなりつつある。この5月から、LINEを使った子育て相談の実証実験が始まったからである。
対象は妊産婦や子育て中の奈良市民で、LINEの公式アカウント「おやこよりそいチャット奈良」を登録後、AIか人かを選択できる。AIを選択して、相談内容を入力すると、AIちゃんが返答する仕組み。24 時間、365 日稼働している。一方、人を選択した場合は助産師、看護師、社会福祉士などの専門相談員に相談することができる。
駒崎氏が話す。「AIか人かを選べるわけですが、87%のメッセージがAIとのやり取りになっています。しかも、その内容が人間にだったらすぐには明かさないような悩みを最初から相談している。その背景には、自分はよき人間であって、誰にも軽蔑されたくないという思いがあるからではないかと。人に相談するのは非常にハードルが高く、勇気を必要とするんです。福祉業界ではよくこういわれます。困っている人ほどSOSを発せられないと」
それにしても、87%のやり取りをAIが担ってくれるとなると、生産性が桁違いに変わる。「奈良市は児童相談所設置市の1つなのですが、その児童相談所(児相)への相談が多く、限界に近づいているんです。児相というのは、児童の保護を川に例えると、最も下流にあります。最後の守りで、これを通り過ぎたら、滝があり、落ちて死んでしまう。そこで、より上流の段階で相談に乗ることが重要です。これが従来の方法ではなかなかできなかった。電話は人が出ますから、かけづらい。まして役所を訪れるのはもっとハードルが高い。しかも、いずれも相談する時間は限られていますが、AIならいつでも対応可能です」
つながりAIは、フローレンスの創業から20 年以上、福祉業界のなかでさまざまな事業を立ち上げてきた駒崎氏の「相談という福祉のゲートウェイが崩壊している」という問題意識から生まれた。「自殺を考える人が最後にたどり着くいのちの電話というサービスがあります。全国的にその9割がつながらないというのが現状なんです。理由は相談員の不足です。つながらなかった9割のうち、もしかしたら多くが亡くなってしまった可能性がある。なかでも僕が非常に胸を痛めているのが子どもの自殺です。その数は過去最多になっています。少子化で子どもが国の宝だと言っている一方、子どもの自殺が最多という皮肉な状況を一刻も早く何とかしたいと思いました」
ある自治体から要請を受け、このAIちゃんを近々、子ども向けに導入することになった。その名も「友達AI」である。「例えて言うなら、ドラえもんです。困った課題があったら、それを解決してくれるメンターがそばにいたらどんなに救われるでしょうか。すべての子どもたちのポケットにドラえもんがいるという状況を作れたら、いじめも不登校も、それこそ自殺も減らせるはずです」
日本の社会起業家の代表的存在に
駒崎氏がフローレンスを創業したのは、2004年のことだ。日本初の訪問型・共済型の病児保育モデルである。2007 年には『Newsweek日本版』掲載の「世界を変える社会起業家100人」に選出され、日本で社会起業家といえば、真っ先に駒崎氏の名前が挙がるようになった。
その原点は高校時代にあった。アメリカの小さな村にホームステイで留学したのだ。「その村のアメリカ人は中国と日本の区別も明瞭についていないような人たち。ホストファミリーの息子に『きみが遊んでいるプレイステーションは日本で作られたんだ』と言うと、『マジ!? すごいな』という感じでした」
ところが、当時のアメリカから見る日本の姿は散々だった。かつての日本脅威論はどこへやら、人々が不況の後遺症にあえいでいる姿や、神戸連続児童殺傷事件に代表される未成年の異様な犯罪が新聞に書き立てられていた。「日本が自分を生み、育んで今の自分があるとしたら、日本は母だと。その母が町中でボコボコにされているような複雑な心境でした。そこから僕の留学生活は一変しました。僕こそが日本人の典型として周りに見られるわけですから、その素晴らしさを伝えないといけない。同時に、将来は日本のためになることをしたいと真剣に考え始めたのです」
帰国して、慶應義塾大学総合政策学部に入り、学生ITベンチャーに参画。社長に就任するものの、「これからは中国だ」「IPO(株式公開)を果たして大金持ちに」と息巻く仲間たちにどうしてもついていけない。
自分を見つめ直した結果、「日本のために」という原点に立ち返り、身近で知った病児保育という問題を解決するフローレンスを立ち上げる。
以後、長年フローレンスのトップとして、駒崎氏は社会起業家からさらに一歩踏み込んだ「政策起業家」として活躍してきた。政策起業家とは、民間人の立場で、社会のルールや制度を変え、場合によっては新たな法律まで作る人のことである。
それも自覚してなったわけではない。「何かに取り組むなかで、何らかの課題が生じ、それに対処していくと、自然にそうなっていました」
最初に取り組んだのが先述したように、訪問型・共済型病児保育で、その仕組みはすぐに国策に反映された。しばらくすると、子どもが保育園に入れず育休から戻れなくなった社員が復職できないということがあった。そこから待機児童問題に関心を寄せて取り組んだのが小規模認可保育園事業で、結果として「定員20 名」という認可保育園の定員数の壁を取り払うことになる。
その事業に邁進していくうち、新たな問題にぶつかる。医療的ケアを必要とする子どもが入れる保育園がないという事実である。その壁を突破するため、児童発達支援事業という制度を使い、その許認可を担当する東京都と粘り強く交渉してゴーサインを取りつけ、障害児を専門的に長時間お預かりする障害児保育園ヘレンをスタートさせた。
子どもの貧困が問題になったとき、フローレンスは子ども食堂を立ち上げていたが、駒崎氏は困難に直面している家庭ほど地域に出ていけないという実態を知り、子ども食堂のように待っているのではなく、こちらから訪問し、食品などのお届けをきっかけにつながり必要な支援を行う「こども宅食」という仕組みを作り上げる。
ミッドライフ・クライシスに直面する
25 歳でフローレンスを設立した駒崎氏が40 歳になった頃、心身ともに大きな危機を迎えていた。ミッドライフ・クライシス(中年の危機)である。「それまで約20 年走ってきて、福祉業界だったら、トップ・オブ・ザ・トップとしてやれるというある意味、傲慢な感覚をもっていたんです。今45 歳なんですけど、あと25 年ぐらいは働ける。にもかかわらず、今の延長線上でなだらかなレールをたどっていいのだろうか、と疑心暗鬼にかられた。男性更年期障害のきらいもあって、メンタルも不調になり、これからの生き方に大いに迷いが生じてしまったんです」
悩みは数年続いたが、試行錯誤の結果、結論は出た。「娘のように育ててきたフローレンスを手放そうと思ったんです。総職員数で700 名近くになっていた組織から離れ、何もないところからもう一回やってみようと」
そこで始めたのが、つながりAIなのだ。フローレンスからの出資はなく、社員も業務委託を含め、7名しかいない。「政策起業家として、10 年間で16本の法律や制度を作り替えました。今はAIスタートアップ起業家だと思っています。制度や法律はパワフルで、それを刷新すると、何百万人もの人が助かる半面、制度や法律で変えられないこともある。その典型が人手不足問題です。それを僕はAIというテクノロジーで変えようと思っているんです。今の僕には政策起業とテクノロジーという2つの武器がある。制度も変えられるし、テクノロジーも駆使できる。これからたくさんのことをやっていくつもりです」
駒崎氏は読書家で、ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』を座右の書として挙げる。ナチスの収容所に入れられたユダヤ人心理学者が当時を振り返ったノンフィクションである。「この世に現れた地獄のなかでいかに正気を保ったかが書かれています。私たちが生きることから何を期待するかではなく、生きることが私たちに何を期待しているかが重要だという記述に特に共感しました」
自分が社会に何を期待するかではなく、社会が自分に何を期待しているか。駒崎氏の起業家としての基本姿勢はそこにあるのだろう。
【text:荻野進介 photo:山﨑祥和】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.79 連載「Message from TOP 社会を変えるリーダー」より抜粋・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
駒崎弘樹(こまざきひろき)氏
つながりAI株式会社 代表取締役社長 CEO
1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、2004年にNPO法人フローレンスを設立。以後、次々に斬新な福祉サービスを立ち上げる。公職としては、厚生労働省「イクメンプロジェクト」座長を務める。2025年2月より現職。
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