特別座談会 人生100年時代の働き方改革 20世紀的「思い込み」を脱して個人の幸福と企業の成長を追う

人生100年時代を迎え、工業化時代に最適だった「働き方」が大きく見直されようとしている。少子高齢化が進み、家族や暮らしも多様化するなかで、どのような働き方の選択肢が求められているのか、また、AI(人工知能)などテクノロジーの進化は、働き方にどんな影響をもたらすのか。国、企業、個人、それぞれの視点から議論してもらった。

【座談会登壇者】
経済産業省 産業人材政策室 参事官
伊藤禎則氏

株式会社ジンズJINS MEME 事業部 事業統括リーダー 兼 Think Lab プロジェクト
井上一鷹氏

ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役人事総務本部長
島田由香氏


働き方改革の本来の目的は「選択肢を広げること」

──現状の働き方改革をどう思いますか。

伊藤:2015年から経済産業省で働き方改革に取り組んでいますが、ずっと違和感をもち続けているのは、働き方改革とは、そもそも個人の働く選択肢を広げるためのものだったはず。それが、ともすると単なる労働時間の話だけに終始してしまっているのは残念です。「お仕着せ」という言葉がありますが、日本のこれまでの働き方は、これに近いものだったと思っています。この言葉は江戸時代、丁稚奉公で勤めている小僧さんが年2回、旦那さんに着物をもらうことを指していたそうです。今でいうならボーナスです。ただし、自分で好きな着物を選ぶことはできない。そこから転じて、「外から一方的に与えられるもの」という意味が出てきた。働き方に関しても、これと同じことがいえるのではないでしょうか。

これまでは、転勤や残業、土日出勤も厭わず働く「無限定社員」しか、現実的な選択肢がなかった。それはおかしいのではないかという問題意識から改革はスタートしたはずなのに、一部では、単に「労働時間が短ければいい」という話で終わってしまっている。長時間労働の是正は重要ですが、そろそろ働き方改革の第2章、つまり「選択肢を広げる」という本来の意味での改革に入っていかなければならないと思っています。

島田:私も同意見です。長時間労働の是正は手段の1つなのに、その手段が目的化してしまっている。本来の目的は、伊藤さんがおっしゃった選択肢を広げること。私はこれを、一人ひとりが自分自身の生き方を決めることだと定義しています。「本当にこの仕事をしたいのかな」とか「長く働きすぎたかも」とか、あるいは「こんなに通勤に時間をかけていていいのだろうか」と、一人ひとりがこれまでの生き方・働き方を見直すきっかけが、働き方改革であるべき。働く時間が短ければそれでいいというのは本質的に違うと思います。

仕事は本来、もっと楽しくて、わくわくするものであるはず。個人の幸福は労働時間が長い・短いだけではなく、働く内容やパッション、すべての掛け合わせで決まるものではないでしょうか。

井上:働き方改革がどうしても労働時間の話に終始してしまうのは、経営者が後で振り返ることのできる定量的な指標が、「時間」しかないからだと思います。現状では、残業時間しかとれるデータがないために、それを基準に議論するしかなくなってしまう。ですから、新しいテクノロジーを使って「時間」以外の指標を提供したいというのが、僕らの思いです。

では、どうやって働く質を測定するのか。僕らが注目しているのは集中力とリラックスの度合いであり、それを測定するツールが「JINS MEME(ジンズ・ミーム)」です。ご覧のように見た目は普通の眼鏡ですが、ここにはさまざまなセンサーが内蔵されています。鼻パットに電極が付いていて、それで間接的に眼球の動きを追える。人間の眼球(黒目)は通常、プラスの電位を帯びていますから、僕が左を向くと、鼻の左側にある皮膚の電位が、少しだけプラスに振れます。そのような電位の変化をセンサーで捉えることにより、眼球が上下、左右どちらに動いたのかを検出しています。

加えて、JINS MEMEでは姿勢の変化やまばたきに関する信号もとっています。人間は平均して1分間に20回まばたきをしますが、集中すると、これが1分間に3回から4回に減ります。リラックスしているときはまばたきの強さが安定するということも分かっていて、眼球の動きやまばたきの変化をモニターしていくと、その人がいつ、どれだけ集中しているか、あるいはリラックスしているかが分かります。リラックスしながら集中できている状態が、目の前の仕事に一番没頭できていて、最も生産性の高い時間帯ということになります。

テクノロジーが促進する「パーソナライズ」化

井上:働き方の選択肢を広げるという意味でいうと、ユニリーバのような先駆的な企業では、すでに実践されているものも多いと思います。ただし、問題はそこから。選択肢が広がった場合、多くの人は何を基準に選べばいいのか迷ってしまう。その選択をサポートするインフラが整ってくるのが、働き方改革の第3章だとすれば、僕らはここに関与したいと思っています。

例えば最近、多くの企業が導入しているフリーアドレス制。実は、これを導入すると集中力がかなり落ちます。昨日と違う人が隣に座るだけで、人は目の前のことに集中できなくなる。つまりフリーアドレス1つとっても、なぜそれを導入するのかという目的を明確にしないまま導入すると、逆効果になる。どのような経営判断で導入するのか、KPIとして設定できる明確な指標がないと、経営的に意味のある議論にはなりません。

島田:私も今、ITのチームと組んでいくつかのプロジェクトを進めているところですが、テクノロジーの何が素晴らしいかといえば、人間の思い込みを明らかにしてくれる点だと思います。例えば、採用に関して、口では「これからは創造性が大事だ」とか「発想力のある人を採りたい」と言っているのに、実際に見ているのは学歴だったり、礼儀正しさだったりする場合があります。そこにAI(人工知能)を導入することで、人間が無意識に判断していたことを意識に上らせてくれる効果は大きいと思います。

伊藤:「HRテクノロジー」はとても注目されている分野で、実用化されると、インパクトが大きいでしょう。スマートフォンの登場以降、テクノロジーに関してはずっと「パーソナライズ化」が進んできています。「働き方」に関しても実はこれと同じことが起きていて、一人ひとりに応じたきめ細かな対応が必要な時代になってきた、ということだと思います。


集中できる時間・場所は人によって違う

伊藤:テクノロジーにより、その人の健康状態や精神状態まで把握できるようになれば、時間だけの議論に終始しなくて済むのかもしれません。働き方の選択肢を広げるためには、よりどころとしての「基準」は必要でしょう。

井上:JINS MEMEを使い、これまで約5000人の日本人のデータをとってきましたが、集中できる時間帯を調べると、朝型と夜型にくっきり分かれるんです。僕自身がJINS MEMEを使っていて驚いたのは、自分は夜型だと思い込んでいたら、朝型だったということ。それを知ったときに、これまでなんて人生を無駄にしてきたんだろうと思いました。このことから分かるように、全員一律の時間帯に働くのが必ずしも効率がいいわけではない。

それに、場所の選択も重要です。オフィスよりも、自宅やカフェで働いた方が集中できる。人間は、何かに集中しようと思ってから実際に集中するまで、23分かかります。オフィスにいると、11分に1回は話しかけられるか、メールやチャットを見てしまう。データを見ると、「ちょっといいですか」と声をかけられるたびに集中力が落ちているのです。

──集中できる時間帯・場所が分かれば働き方を選ぶ基準にもなる。

井上:そのとおりです。ただし、データを鵜呑みにしないことも大事です。例えば、先ほど言った5000人分のデータを分析した結果、水曜日が最も集中していた。そこから「水曜日はみんな集中できて生産性が高いのだから、ノー残業デーをやめよう」と考えるのか、「いやいや、ノー残業デーだから集中力が高まっているんだ」と考えるのか。解釈次第で、結論は180度変わります。どんなにテクノロジーが進化しても、最終的にどうするかを決めるのは人間であり、自分自身です。

伊藤:「自分で決める」というのは、これからますます大事になっていくでしょうね。現状の働き方改革に関するもう1つの違和感は、「やらされ感」が強いことです。「社長が言っているから」「人事部が言っているから」と、受け身の姿勢で取り組んでいるとうまくいかない。

島田:ユニリーバで導入しているWAA(Work from Anywhere and Anytime)もいってみれば、働く場所と時間に関しての選択肢を広げているだけです。選択肢が広がると決められないという人も、なかには出てきますが、選べないのであれば、元どおりの時間にオフィスに来て働けばいい。選択肢が広がるということは、以前の働き方をしてはいけない、という意味ではありません。WAAを実施してよかったと思うのは、「オフィスに行く理由を決めるようになった」と話す社員が出てきたこと。自分で決めて行動すれば、エンゲージメントを高めることにもつながると思います。

個人の平均寿命が 企業より長い時代の働き方

伊藤:過去と現在を比較して何が一番大きく変わったかといえば、会社と働く人の関係性でしょう。日本の場合、以前はさまざまな制度を通じて会社と個人が密接に結びついていました。社宅や保養所が完備されていて、年金や教育まですべて会社が面倒を見て、負担していた。善し悪しは別にして、この点は随分と変わってきています。

人生100年時代ということを考えた場合、人間はますます長寿になっていくのに対し、日本企業の平均寿命は大体35年くらいだといわれています。企業よりも個人の職業寿命が長いということは、すでに複数の企業に勤めることは当たり前の時代に入っているということ。だからといって、企業にとって人材の重要性が下がったかというと、そんなことはなくて、むしろこれまで以上に人材の重要性は増しています。企業と個人の新しい関係性を構築していかないといけないという意味で、働き方改革は企業にとっての重要な経営戦略・事業戦略でもあるわけです。

――働き方改革はリーダーシップの問題でもある、ということですか?

伊藤:もっといえばマネジメントそのものだと思います。現状でよく耳にするのは、プレイングマネジャーが多すぎて、本来の意味でのマネジメントができていないということ。働き方の選択肢が広がり、働く時間・場所が多様化してくると、かなり高度なマネジメント能力が必要となりますが、そのことが企業内であまり認識されておらず、マネジメント能力がしっかり評価されていない職場も多い印象を受けます。

島田:伊藤さんがおっしゃった「評価」は、働き方を変えていく上での重要な切り口の1つだと思います。組織にいる以上、みんな、自分がどう評価されているのかを知りたい。あえて評価しない方針をとる企業もありますが、私はむしろ、年に1回、きちんと評価することは大事だと思います。ただし、それは減点主義であってはいけない。他社とユニリーバに違いがあるとすればここで、私たちはその人を認めるために評価をしています。その人が1年間取り組んできた事実をきちんと認めて、より良い人生を送れるようにするために評価という仕組みがある。人格を否定され、自分は無能だ、無力だと思わされるような評価は、本来あるべき評価だと思いません。

個人の幸福と企業の利益 2つをどう両立するか

――100年先を見据えた場合、すべてがバラ色というわけにはいかないでしょう。病気や介護、育児など制約のある状態で働かなくてはならない人も増えていくはずです。個人と企業との関係でいうと、個人の幸福が企業の利益に反する場面も出てくるのではないでしょうか?

伊藤:社会レベルでの心理的安全性の確保、これは考えなくてはならない問題です。今は国の財政が逼迫しているために、社会保障制度が弱くなってしまっている面もある。したがって、制度を立て直す必要はありますが、それ以上に強化できたらいいと思うのが「コミュニティ」、いわゆる人と人とのつながりです。国としてもそこに取り組んで、心理的安全性を高める仕組みづくりをしていきたいと思っています。

島田:社員が生きがいをもって働くということと、企業が売上も利益も上げていかなくてはならないということは矛盾しないと思います。利益を上げるためには個人の幸福を犠牲にしなければならないというのも、ある種の思い込みに過ぎません。語源をたどれば、ある目的をもって一緒にやろうと集まった人たちの集団がカンパニー(会社)であり、そこに組織が生まれ、ルールが形成されていった。企業はその原点に立ち返ればいいだけの話だと思います。ユニリーバでは、リーダーの一番大事な役割は安全で安心な場を作ることだともいっています。ここでは何を言ってもいい、何をやってもいい、ちゃんと聞いてもらえるし、見てくれる人がいるという安心感があることは、イノベーションを起こす上でもとても大事です。グーグルのプロジェクトアリストテレス(労働生産性を向上させるためにグーグルが実施した調査)でも、心理的安全性の高いチームが最も生産性が高いという結果が出ています。

伊藤:学習性無力感(長期にわたってストレスを受けているにもかかわらず、その状況から逃れられない現象)に陥った社員が多い会社が、永続的に成長できるはずはない。それは島田さんのおっしゃるとおりだと思いますし、それこそまさに、20世紀的価値観にとらわれた組織の典型でしょう。

最近、フリーランスという働き方が注目され、増えてきてもいますが、このフリーランスを使えるかどうかも1つの大きな分かれ目になると思います。伸びているIT企業はフリーランスの活躍を非常にうまく使っていますが、これからの経営戦略にとっては、外部の人材とどうコラボレーションしていくかというのも、大きな鍵になっていくのではないでしょうか。

「Will」をベースに「Can」を広げていく

井上:お2人の話を聞いていて、気づいたことがあります。僕は今、たまたま新しいことが好きな会社で、新規事業に取り組んでいるからかもしれないのですけれど、パイの奪い合いが一切ないんです。お互いにアイディアを出し合い、不安だったら正直に言いますし、勢力争いのためのケンカをすることもまったくない。多くの会社では既存のうまくいっている何かを守ろうとしてパイの奪い合いが起きたり、心理的安全性を脅かす事態が起こるのかもしれませんが、幸いにして、僕はそういう経験がほとんどありません。

島田:それは置かれた環境に加えて、井上さん自身の物の見方や捉え方が影響しているのではありませんか。ネガティブなことに対して、あまりアンテナが立たないようになっている。いい意味で、鈍感力があるのでは?

井上:確かに、無意識のうちに、より鈍感になっていこうとしているのかもしれないです。人間の集中は、1日4時間しかもたないんです。50年働いたとしても、5万時間しか集中できない。そう考えると、嫌なことに時間を割くのがつらくなる。だから、嫌なことを言われても気にしないし、それに対してアンテナが立たないようになっているのかも。今後、既存の定型化された業務は、それこそAIに置き換えられていきます。社内でそれを奪い合うことに意味はないし、そういう争いは不毛だと思います。

伊藤:これからの人生100年時代はある意味、とても厳しい時代です。個人も学ばないといけない。これはある方が話されていたことですが、働く上で「Will」「Can」「Must」があるとしたら、「Will」が最も大事だけれど、「Can」を伴わない「Will」は単なる言いっぱなしに終わる、と。働く以上はやはり、Canを広げていく努力をし続けないといけないでしょうし、それが、最終的にはMust、自分はこれをやらなければいけないという使命感に通じます。

これから社会人基礎力を鍛えないといけないのは、われわれのような30代、40代、50代のミドルです。「リフレクション」という言い方をしていますが、人生の節目ごとに「自分は何をもっているか」を振り返り、足りないスキルがあれば、その都度、学校へ行って学び直す。また、副業という形で違う組織を経験してみる、あるいは、プロボノなどボランティア活動をしてみるのでもいい。何らかの「学び」を通じて、働く上での「持ち札」を増やしていくことが大事になっていくでしょう。

【text :曲沼美恵】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.50 50号特別企画「個と組織を生かす 人材マネジメントのこれまでとこれから」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE
伊藤 禎則(いとうさだのり)氏
経済産業省
産業人材政策室 参事官

1994年旧通商産業省入省。東京大学法学部卒業、米国コロンビア大学ロースクール修士。これまでエネルギー政策などを担当。2015年10月より現職にて、経済産業省の人材政策の責任者として、働き方改革、副業・兼業促進、IT・AI人材育成、経営リーダー人材育成など人材・労働関係政策を広く担当。


井上 一鷹(いのうえかずたか)氏
株式会社ジンズJINS MEME 事業部
事業統括リーダー
兼 Think Lab プロジェクト

慶應義塾大学理工学部卒業後、戦略コンサルティングファームであるアーサー・ディ・リトル・ジャパン入社。大手製造業を中心とした事業戦略、技術経営戦略、人事組織戦略の立案に従事。2012年、ジェイアイエヌ(現ジンズ)入社。社長室、商品企画グループマネジャー、R&D室マネジャーを経て現職。


島田 由香(しまだゆか)氏
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社
取締役人事総務本部長

慶應義塾大学卒業後、パソナ入社。2002年、米国コロンビア大学大学院にて組織心理学修士号取得。日本GE(ゼネラル・エレクトリック日本法人、現GEジャパン)人事マネジャーを経て、2008年、ユニリーバ入社。取締役人事本部長などを経て2014年から現職。米国NLP協会マスタープラクティショナー、マインドフルネスNLP®トレーナー。

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