インタビュー
経営者が語る人と組織の戦略と持論
株式会社メニコン 代表執行役社長 田中英成氏
- 公開日:2016/07/15
- 更新日:2024/04/01

事業承継。創業者が運と才能と超人的努力によって大きくした企業を2 代目に引き継ぐことを指す。つい最近、メディアを騒がした例があるように、なかなかスムーズに行かない場合が多い。日本最大のコンタクトレンズメーカー、メニコンの場合はどうだったのか。
日本で初めての角膜コンタクトレンズ
メニコン社長の田中英成氏は1994年、父親の恭一氏が1957年に設立した同社の取締役に就任した。それまでは眼科医として働いていた。
恭一氏は1951年、日本で初めて、黒目につける角膜コンタクトレンズを開発した立志伝中の人物だ。奉公先の眼鏡店を訪れた米軍将校夫人に、コンタクトレンズの実物を持っていると言われ興味をもつ。「見せてください」と懇願するものの、破損を恐れて断られてしまう。そこで、アメリカ人に作れて日本人に無理なわけがない、と奮起、持ち前の器用さを生かし、試行錯誤の上、わずか3カ月後に、独力で作り上げてしまったのだ。材料は本来ならば、ゼロ戦などの風防になるはずのアクリル樹脂だった。
そこから同社の躍進が始まったわけだが、田中氏が取締役となった頃から、実は業績に陰りが出てきていた。それまで日本にはなかった使い捨てのソフトレンズを引っ提げた外資系が日本市場を席巻し始めていたのだ。メニコンの主力はハードタイプで、ソフトタイプにおいても使い捨てという発想自体がなかった。
会議で聞こえた「神の声」
販売店間の競争が激化し、医療機器としてのコンタクトの正しい装用法や取り扱いに関する案内、説明がないがしろにされる事態まで起こっていた。
田中氏が振り返る。「当時、直営店の管理を担当していたので、現場の苦境がよく分かっていました。多くの直営店が赤字となり、メニコンのレンズだと誤解して他社製品を買った顧客からクレームを寄せられることもありました。何とかしないと、うちは業績が悪化し続け、業界は信用を失い、顧客は目に障害を起こすという三重苦が進行するばかりだと危機感を募らせていました」
田中氏は起死回生の策を考え続けた。夜も昼も平日も休日もだ。あるとき、会社で会議があった。ある得意先販売店が大量の在庫を抱えて倒産。資産の差し押さえに社員が急行しても、商品はすでになく、車やマンションは離婚した妻の名義になっていた。明らかな計画倒産だ。こうした事態をどう防ぐかが会議のテーマだった。
「代金の回収期間の短縮化が検討されていました。ちょうどキャッシュフロー云々という話が出ていて、こんな後ろ向きの会議、つまらないな、とウトウトしかけたとき、キャッシュフローを逆にすればいい、という神の声が聞こえたんです」
会議そっちのけで、紙に図を描いた。現在、メルスプランという名称となっている月額定額制(毎月2000円程度~)でのレンズ提供プランだ。従来のシステムでは、販売店に商品を卸して代金を徴収する。キャッシュの流れは「販売店⇒メニコン」である。一方のメルスプランでは、メニコンが顧客と直接契約し、月会費を徴収する。販売店にはそのなかから手数料を支払う。つまり、流れは「メニコン⇒販売店」と逆になるわけだ。
商品はメーカー直販という形になり、販売店には仕入れも売上も発生しない。このことにより、販売店は過度な価格競争に巻き込まれることがなくなり、先述の三重苦が雲散霧消する、三方一両得のプランである。
「検討中」と「難しい」を禁句に
日を改め、その画期的プランを幹部会議でプレゼンした。受けは良かった。やりましょう、と皆が同意してくれた。田中氏が担当者を指名し、細部の企画を任せた。が、しばらく経っても、うんともすんとも言ってこない。「あれ、どうなったの?」と聞くと、「検討中です」とすげない返事。
数カ月後、再度確認すると、「いや、あれは難しいです」。「難しいけど、やってくれ」と言ったものの、そこから1年経っても、2年経っても、何も進まなかった。「3年経って、ようやく気づいたんです。社員が『検討中』と言うのは考えていないこと、『難しい』はやりたくないという意味なのだと。それ以降、『検討中』と『難しい』は当社では禁句にしました」
一方で田中氏は悟った。これはトップダウンでしかやれない。それまで続けてきたビジネスモデルを転換させるというのは、部長や課長が負えるリスクではなく、社長が責任をもって進めないと、実現できないことなのだと。ではそれは誰がやるか……。自分しかいない。
意を決し、社長(当時)の恭一氏に切り出した。「メニコンはこれまで勝ち組だったけれど、これからは違う。このプランを採用しないと3年以内に倒産する。そしてこれを実現できるのは僕しかいない。僕を社長にしてほしい。古参の役員も引退させてほしい。もしそれが駄目なら、僕はあなたの後は継がない、社長には金輪際ならない」と。
恭一氏はこう即答した。「分かった。俺は引退する。お前の好きなようにやれ」
2000年6月、田中氏が2代目の社長に就任する。40歳だった。翌2001年4月からめでたくメルスプランがスタートする。恭一氏がコンタクトレンズの実用化に成功した年からちょうど半世紀という年だった。
それに応じて、社内改革に大鉈を振るった。人事施策やマーケティング戦略も一新。使い捨てコンタクトレンズの開発も始めた。就任後2年間は業績が落ち込んだが、3年目にV字回復を果たす。
起死回生の要となったメルスプランは会員数が116万人を数える。度を越した価格競争に巻き込まれず、退会率も低いため、業績安定の礎になっている。
2010年6月には指名委員会等設置会社に移行。「未上場だったので、移行する必要はなかったのですが、ガバナンス強化のためにあえて実行しました。独創的な発想を重視し、人真似、他社真似をしないのがメニコンのDNAなのです」
高校時代は生徒会活動に熱中
2015年6月には、念願の株式上場(東証一部と名証一部)も果たした。「使い捨ての新商品を作る工場を国内に建設する資金調達が最大の目的です。背景にあるのがグローバル戦略の強化です。日本は少子高齢化ですから、われわれはもっと海外に出なければならない。現在の海外売上比率はわずか13%で、しかもその多くがハード製品。今後は海外向けにも使い捨てのソフトを強化し、2020年までに同比率を30%に伸ばす計画です」
そのためにはしかるべき人材が必要だ。「訪日外国人の増加や伊勢志摩サミット、東京オリンピック・パラリンピックなど世界が日本に注目する機会が多分にあります。こうした変化のスピードに後れをとることのないよう、グローバルで活躍できる人材の確保と育成が急務です」
元医師で、自分から父に引退を進言。それが叶うと業績をV字回復させ、上場も実現。こう書くと、帝王学を授けられたやり手の経営者というイメージを思い浮かべるだろうが、実際は違うようだ。「子供のとき、両親に勉強しろと言われたことがほとんどなくて、成績は低空飛行でした。高校は進学校とはほど遠い私立校に通いました。そこで夢中になったのが生徒会活動です。男女共学だと思って入ったら、校舎が別々だったんです。唯一、男女が交流できる活動が生徒会だった。授業そっちのけで、そればかりやっていました。組織づくりと人事施策、それに大勢を前にしたプレゼンテーション法、3年間で全部学び取りました。医学部への進学も、確たる志があったわけではなく、将来、メニコンに入るなら医者になっておいた方が得だぞ、と誰かに勧められたから。結局、三浪しましたが」
常識にとらわれない発想を
メニコンに入った後も、本人いわく、会議でもよくウトウトする「昼行灯」、取締役ならぬ「取り乱し役」だった。「ところが自分が社長になると決めた途端、一気に変わった。意識が存在を変えたのでしょう。そういう経験をしたから、毎年の入社式で、新入社員に向かって、『このなかに社長になりたいやつはいるか』と、手を挙げさせるんです。『人間は自分がなりたいものにしかなれない。なりたいと思わない人間が、なれるわけがない。さらに大切なのは、それを他人に伝えることだ』と」
高校時代の血が騒ぐのか、人事施策を考えるのは好きだという。「多様な人生観に対応できる社会、そのための人事制度の構築に取り組んでいきたい。そのためには、働く人にとっての本当の幸せって何だろうということを、真面目に考える必要があると思っています。世の中の常識は得てして間違っていることがあります。皆がそうだと言うことに対しては、一歩、距離を置きたい」
田中氏の趣味は音楽や演劇鑑賞ということだが、実はミュージカルの原作や作詞も手がけるほどの玄人はだし。メニコン2代目も、無から有を作り上げた初代とはまた違ったタイプの、クリエイターでありイノベーターなのである。
【text :荻野進介】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.42 連載「Message from TOP 経営者が語る人と組織の戦略と持論」より転載・一部修正したものである。
RMS Messageのバックナンバーはこちら。
PROFILE
田中英成(たなかひでなり)氏
1959年生まれ。1987年愛知医科大学医学部卒業、メニコン入社(非常勤)。眼科医を経て、1994年からメニコン取締役。1998年に常務、2000年より現職。メニコン入社直後、世界初の光学偏心遠近両用コンタクトレンズの開発にも携わる。メセナへの取り組みも熱心で、「メニコンスーパーコンサート」や日本クラブユースサッカー(U‐15)東西対抗戦「メニコンカップ」などを特別協賛している。
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