特集
国際的リーダー育成機関の研究から
効果的な次世代リーダーの育成法
- 公開日:2011/05/09
- 更新日:2024/06/01
企業の人材開発分野で、次世代リーダーの育成の優先度が近年ますます高まっています。弊社が実施した「人材マネジメント実態調査2010」でも、回答企業の実に8割の企業が、「次世代経営人材の育成・登用」を現在も5年後も共通する課題としており、もっとも選択率の多かった課題となっています。
優れたリーダーの要件、能力、リーダーシップのあり方などに関する研究やモデルは数多くあります。この点で、リーダーとは「どのような」人材かに関する議論は出尽くしているかに見えます。一方で、リーダーは「どのように」育つのか(逆に言えば、「どうすれば」育てることができるのか)という育成論については、さほど多くの研究はなされておらず、体系だった知見も稀少です。次代を担うリーダー育成fの必要性は高まっていても、その方法論については、こと日本においては未分化であるのが現実です。
この、「どうすれば」リーダーを育てることができるのかが、今月のテーマです。ここでご紹介するのは、国際的なリーダー育成機関として著名な米国の非営利組織であるセンター・フォー・クリエイティブ・リーダーシップ(創造的リーダーシップ・センター;以下CCL)の研究からの知見です。CCLはリーダーシップ開発の専門機関として、長年にわたる研究と実践から、リーダーを育てる「経験」を明らかにし、「経験からの学習」を最大化するための方法論を体系化した唯一の機関であり、その成果は今日、欧米を中心としたグローバル企業の経営幹部育成施策に広く応用されています。CCLによる知見をご紹介しつつ、効果的なリーダー育成施策を考えます。
- 目次
- リーダーを育てる経験が持つ3つの要素
- 影響力を持つ「研修以外の経験」 (1)
- 影響力を持つ「研修以外の経験」 (2)
- 経験同士をリンクさせる
- 組織固有の環境とリンクさせる
- 伝統的に行われてきた人材育成手法
リーダーを育てる経験が持つ3つの要素
リーダーの成長を促す経験には、アセスメント(評価・測定)、チャレンジ(困難を伴う課題)、サポート(支援)の3つの要素が含まれていることが、CCLの研究から明らかになっています。どのような種類の経験であれ、これらの3つの要素が備わっている場合にはリーダーの能力開発に最も効果的であるというものです。言い換えれば、こうした3つの要素がバランスよく組み込まれた経験をする機会を作り出すことで、リーダーの成長を加速することができるということです。
【リーダーを育てる経験が持つ3つの要素】

アセスメントの要素とは、経験の中に、個人が置かれている状況や現在の強み・弱み、能力レベルなどに関するデータを受け取る機会が含まれていることをさします。つまり、自分がいまどういう状況にあるのか、何はうまくやれていて、何はうまくやれていないのかを知らせてくれるようなデータが豊富にある経験がリーダーの成長を促すのです。ここでいうデータには、人事考課や360°アセスメントなどの公式のものもあれば、顧客の反応や同僚からの指摘、上司からの注意など日常の中で受け取る非公式なものもあります。経験の中にアセスメントの要素があることで、人々は自分に変化が必要であることを知り、現在の自分と望ましい自分とのギャップを埋めたいという気持ちになることができます。
チャレンジとは、言葉のとおり、個人が慣れ親しんだやり方や居心地のよい場所から一歩踏み出さざるを得ないような課題への取り組みです。未経験の課題や強いプレッシャーを伴うような課題に直面したとき、人々は不安定な状態となり、それまでのやり方や考え方の見直しを迫られ、新しい能力を身につける必要性に駆られるのです。経験の中にこうした要素が含まれていることで、人々は困難を克服しなければならないと感じ、新しいスキルや方法を試そうとします。
3つ目の要素であるサポートとは、学習や成長のための努力が「価値あることなのだ」というメッセージを人々に送ることです。また、経験が困難を伴うものであるほど、人々には心の支えとなる励ましや承認が必要となります。経験の中にサポートの要素があることで、人々は、自分にはチャレンジを乗り切る力があり、成長できる価値ある人間なのだというポジティブな姿勢を維持することができるのです。
これら3つの要素を効果的に組み合わせた経験の例を考えてみましょう。例えば将来の幹部候補と目される中堅リーダーに問題解決力を身につけてもらうための研修を企画している場合、前述の3つの要素を勘案することで、研修という「経験」は対象者の能力開発により寄与するものとなります。
アセスメントの要素 | チャレンジの要素 | サポートの要素 |
---|---|---|
研修を実施する前に、対象者の現在の問題解決力をチェックリストなどを用いて上司に回答してもらい、対象者本人にフィードバックしてもらう。加えて、現在の仕事や将来のキャリアにとって問題解決力がいかに必要かを説明してもらう。 | 研修の中身としては、講義中心ではなく、対象者が慣れ親しんでいる状況とは異なる、個人の能力が試されるような複雑なケーススタディや模擬演習に取り組んでもらう。未経験の課題に取り組み、自分の能力が試されるような状況を作り出す。 | 研修の運営面では、支援的な環境をつくる。講師は参加者の質問を奨励し、失敗を許容する。参加者同士が協力し、相互に学び合う関係をつくる。研修が進むにつれて、参加者が自分の進歩を確認できるようなしかけをつくる。研修後は必要に応じて講師や上司からコーチングを受けられるようにする。 |
3つの要素は、研修という「経験」に限らず、後述する(研修以外の)さまざまな経験に適用されるべきものですが、研修という経験だけを考えても、これらの3つの要素を勘案することで、事前事後のしかけや研修そのものの内容を考える上でたくさんのヒントが得られるはずです。
影響力を持つ「研修以外の経験」 (1)
CCLの研究ではさらに、リーダーとしての成長を促す経験として、研修のような「仕事から離れたイベント」以外の重要な経験が明らかにされています。これらの経験は日常の中にあるという点で、対象者の能力開発に研修よりも強い影響力を持つといえます。これらの経験とは「仕事の割り当て」、「成長を促す人間関係」、そして「修羅場」です。
1.仕事の割り当て
「仕事が人を育てる」というのは、馴染みのある考え方です。おそらく洋の東西を問わず普遍的な真理ではないでしょうか。しかし、「リーダーを育てる」仕事となると、一考を要するはずです。CCLによればリーダーとしての成長を促す仕事の割り当てとは、表1のような5つのチャレンジを内在する仕事とされています。
【仕事上のチャレンジの例】
仕事上のチャレンジ | 例 |
---|---|
異動 | ・経験の浅いメンバーとしてプロジェクトチームに加わる |
変化を生み出す | ・新製品、プロジェクト、システムの立上げ |
高レベルの責任 | ・厳しい締切りをもつ全社レベルの任務 |
権限外での影響力 | ・トップ・マネジメントに提案を行う |
障害物 | ・難しい上司のもとで働く |
Handbook of leadership development, Center for creative leadership, 1998, Jossey Bass より抜粋引用
「仕事の割り当て」で鍵となる要素はチャレンジであり、なによりも当人にとってチャレンジングな仕事がその人を成長させるわけですが、同時にこの経験はアセスメントやサポートの要素も含んでいます。新しい仕事が、当人の現状のスキル面での強み・弱みを明らかにする場合、それはその人にアセスメント・データを提供することになります。未経験の仕事に取り組んでみてはじめて、自分が何が得意で何が不得意かに気づくことは多々あることです。この場合、仕事が、その人に、能力開発が必要な分野を「指摘」したことになるのです。
また、成長につながるような仕事を任せられること自体が、その人に自信と動機づけを与えることもあります。重要な仕事を任されることは組織がその人の力量を信じ、期待していることの表れであり、当人の学ぶ意欲も高まるのです。しかし、仕事におけるチャレンジがことのほか困難で、仕事が進むにつれて、他の人たちからのサポートが必要となる場合もあります。
影響力を持つ「研修以外の経験」 (2)
2.成長を促す人間関係
経営幹部の回顧録などには、「このとき、○○さんからの薫陶を受けたことが後の自分に大きく影響した」といった記述がよくみられます。これこそ、リーダーの「成長を促す人間関係」の典型的な例です。人々は仕事そのものからも成長しますが、仕事を通じた関係者(これは何も社内に限りません)とのやり取り(数分の会話から長期にわたる関係まで)からも多くのことを学びます。
近年、多くの企業で活用されているコーチングやメンタリングの仕組みも、この「成長を促す人間関係」という経験の提供にあたります。成長を促す人間関係は、例えば、前述のチャレンジングな仕事に取り組んでいるときのサポートを提供しますが、それだけでなくアセスメントやチャレンジの要素も含んでいます。例えば、学習に取り組んでいる過程での他者からのフィードバックはアセスメント・データの提供になりますし、自分とはまったく異なる見解を持つ相手の主張は自分のものの見方を見直すというチャレンジを提供します。
また、成長を促す人間関係は、なにも優れたリーダーとの接触だけからもたらされるものではありません。上司や同僚、部下、ときには家族や友人から重要な学習がもたらされることもあります。そこでは他者が、その人の成長を促す重要な役割を担っているのです。
【「成長を促す人間関係」において他者が担う役割】
要素 | 役割 | 機能 |
---|---|---|
アセスメント | フィードバック提供者 | 学習や改善に取り組んでいる間の継続的なフィードバック |
壁打ち相手 | 戦略を実施する前の、戦略評価 | |
比較ポイント | 自分自身のスキルやパフォーマンスを評価する際の基準 | |
フィードバック解説者 | 他者のフィードバックをまとめたり、理解できるようにするためのサポート | |
チャレンジ | 対話の相手(ダイアローグ・パートナー) | 自分と異なる見解や観点の提供 |
任務の仲介者(アサインメント・ブローカー) | チャレンジングな任務(新しい仕事、あるいは現在の仕事への追加)の提供 | |
会計係(アカウンタント) | 能力開発の目的達成をするためのプレッシャー提供 | |
ロール・モデル(手本となる役割) | 能力開発中の分野における高い(あるいは低い)能力の実例 | |
サポート | カウンセラー | 学習や能力開発を難しくしている要因の分析 |
チアリーダー | 成功できるという自信の喚起 | |
補強者 | 目標に向けた前進に対するフォーマルな報奨 | |
戦友 | 苦労しているのは自分だけではないという意識、また他人が目標を達成できれば、自分にもできるはずだという意識の喚起 |
3.修羅場
修羅場とは予期せず逆境に直面するという経験です。仕事上での失敗、キャリアにおける挫折、個人的な心の痛手(病気や離婚、死別など)がそれにあたります。修羅場の経験は、それが、意図的、計画的に経験できるものではないという点で、また、非常に強い喪失感を伴うという点で、前出の1)2)の経験とは異なります。なぜ、こうした経験がリーダーを育てるのでしょうか。修羅場は、人々に、「自分はなにか間違っていたのだろうか?」という深い内省と、仕事や人生で何が大切なのかについての熟慮を引き起こします。そして、長い時間をかけて現実を受け入れ、その後の自分を変える努力を導き出すのです。研究によれば、修羅場は自己への気づきをもたらし、自分の限界を認識し、円熟さを備えたリーダーへの成長に重要な影響をもたらすとされています。
【修羅場の五類型とその教訓】
修羅場 | 学ばれる教訓 |
---|---|
業務上の間違いや失敗 | 人間関係の手綱捌き |
謙虚さ | |
ミスや失策への対応のしかた | |
キャリアにおける挫折 | 自己への気づき |
組織内の政治 | |
本当にやりたいこと | |
個人的な深い心の痛手 | 人に対する神経の細やかさ |
コントロールの範囲を超えた出来事に対処すること | |
あきらめずにやり通すこと、忍耐 | |
限界を認識すること | |
問題のある従業員 | いかに立場を貫くか |
真正面から対峙するスキル | |
人員削減 | 対処するスキル |
何が重要なのかを認識すること | |
組織内の政治 |
経験同士をリンクさせる
真に効果的なリーダー育成のためには、これまで記述してきたような「成長を促す経験」同士をリンクさせることが必要であるとCCLの研究では述べられています。
第1章では、成長を促す経験に含まれる3つの要素と、それらの要素を問題解決研修という「経験」に組み込んだ例を紹介しました。しかし、いかに優れた研修であっても、研修という単独の経験からリーダーが育つとは考えにくいはずです。研修は、参加者の成長にむけた努力を引き出すきっかけにはなるかもしれませんが、そのきっかけを真に活かすには、成長を促すその他のさまざまな経験を組み合わせて、しかるべきタイミングで提供していくことが肝要です。公式な研修と、第2章で紹介したような「仕事の割り当て」や「成長を促す人間関係」をリンクさせ、時に遭遇する仕事上での失敗(修羅場)をも成長を促す機会に変えていけるような仕組みを整えることで、リーダーの育成上得られる効果はさらに大きなものとなるはずです。
ふたたび、第1章の問題解決研修を例にとれば、研修後に上司から参加者に対して、より複雑な問題への対処が求められるような「仕事の割り当て」を行ってもらい、実際にそれに取り組むプロセスで上司やメンターからフィードバックやサポートをしてもらう、あるいは研修参加メンバー同士の情報交換の機会を設ける(研修+仕事の割り当て+成長を促す人間関係の提供)。さらに、その仕事の終了時に、実行プロセスをふりかえり、フィードバックをもらう(新たなアセスメント・データの提供と学習成果を実感させるというサポート)。 といったような経験同士のリンクを作り出すことで、参加者の問題解決力の開発はより実践的でたしかなものになるのです。
また、こうしたしかけを開始するタイミングも重要です。一般的に、新しい仕事についての1年間は、その後の5年目や6年目よりも大きく成長するものです。異動や昇格といったキャリア上の節目はひとつの有効な開始時期だと思われます。
組織固有の環境とリンクさせる
最後に、上記のような現実の仕事経験をともなったリーダー育成施策を展開する際にCCLが考慮すべきだとしている、きわめて重要なリンクについて触れます。それは、組織固有の環境とのリンクです。
ひとつは、組織がもつ既存のシステムとの整合性です。業績管理や評価、報酬システムは、育成施策をサポートするものである必要があります。育成面ではチャレンジを奨励しているにもかかわらず、結果のみが評価される評価システムでは、能力開発の取り組みは台無しになってしまいます。制度そのものを変えるのは容易ではないかもしれませんが、運用面では工夫の余地があるかもしれません。評価システム以外にも、組織にはさまざまな仕組みやルールが存在します。こうした既存のシステムとの整合性確保は、制度の変更、調整を含めて全社スタッフができるサポートのひとつでしょう。
もうひとつは事業ビジョンや戦略といったビジネス文脈とのリンクです。CCLは、リーダー育成のプロセスは、組織固有のビジネスの文脈に組み込まれたものであるべきで、リーダー育成プロセス自体が、企業の戦略的方向性を支持するものであり、同時に戦略からも支持されるものである必要があるとしています。これはしごくもっともな話で、例えば技術主導型の会社が、将来を見据えて顧客ニーズ主導型の会社に変わろうとしているときには、リーダー育成施策自体も、顧客ニーズ主導型の会社のリーダーに求められる能力開発に焦点を当てる必要があります。先の問題解決研修の例も、事業が目指す方向性を考えればもしかすると顧客志向や課題設定力の開発をターゲットとすべきかもしれません。
こうした指摘は、ともすれば「汎用的な」コンピテンシーの開発をターゲットにしがちな育成施策に警鐘を鳴らすものといえるでしょう。
伝統的に行われてきた人材育成手法
以上、効果的な次世代リーダー育成に関するCCLの知見の一部をご紹介してきました。冒頭で述べたように、同機関の研究成果はすでに多くのグローバル企業のリーダー育成で活用、実践されており、その範囲は欧米企業にとどまりません。この点で、残念ながら日本企業のリーダー育成施策はやや後れを取っている感は否めません。
しかし、その一方で、ご紹介してきた内容は、多くの日本企業の中で伝統的に行われてきた人材育成手法に共通するものがあるとお感じになった読者も多いのではないかと思います。「仕事の割り当て」や「人間関係」を通じた育成は、欧米では過去20年ほどの間で普及してきたアイディアとされていますが、日本ではそれよりもはるか以前から「自明の理」としてとらえられており、実際に組織でもそうした活動が機能していたはずです。ただし、「自明の理」であるがゆえに、それを応用可能な方法論として体系化できなかった側面もあるのではないでしょうか。
CCLの研究は、リーダーを育てる経験を「意図的にデザインする」ことの重要性を私たちに気づかせてくれるものであると思います。
今号でご紹介したCCLによる知見がまとめられた“Handbook of Leadership Development”の翻訳書が出版されました。詳細は、以下<関連書籍>リーダーシップ開発ハンドブックよりご確認ください。
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