コラムCOLUMN
公開日:2022/10/17
更新日:2022/12/15

THEME 組織開発

連載・コラム可能性を拓くマネジメント発明会議 第13回 メタリアル

VR(バーチャル・リアリティ)オフィスは人類の叡智を解き放つ鍵

VR(バーチャル・リアリティ)オフィスは人類の叡智を解き放つ鍵

経営学や心理学において古典とされるマネジメント理論は、今日の事業環境においても有効なのだろうか。
本連載は、創業から歴史が浅いながらも大きな成長を遂げる企業に、シリーズでインタビューしていく。それら「若い」企業は、現代の人と事業に最適なマネジメント理論を生み出すポテンシャルを秘める。古典の理論を温めつつ、これから急成長に向かう企業から第2、第3の創業を志す大企業まで広く参考となるような、最新知見を「発明」していきたい。
今回は、VR(バーチャル・リアリティ)空間にオフィスを置き、従業員や顧客との新しい関係を築いている株式会社メタリアル 代表取締役CEOの五石順一氏に話を聞いた。

今回のテーマ「ステレオタイプ」



ステレオタイプとは、社会のなかの多くの人に浸透している、固定観念や思い込みのことを指します。アメリカの著作家・政治評論家ウォルター・リップマンが1922年に言及し広まりました。人はさまざまなステレオタイプの影響を受け、他者への印象や評価、態度を、時に意図せず歪ませています。例えば、女性は男性よりも論理やデータが苦手、高齢者は若者よりもデジタルデバイスが苦手と思い込むなどです。

また、自分に向けられたステレオタイプを意識してしまうと、自らそれに近い行動をとる傾向も明らかになっています(ステレオタイプの脅威)。Steele & Aronsonの1995年の研究によれば、黒人の実験参加者を2グループに分け、一方には「知能テスト」、他方には「問題解決の方法の多様さに関する調査」と題し同じ課題を課したところ、前者の群の方が低成績となったといいます。さらに高齢者を対象とした研究でも同様の傾向に。いずれも自分へのネガティブなステレオタイプ(知能が低い、テストは苦手など)が影響したと考えられています。


※ Steele, C. M. & Aronson, K.(1995)Stereotype threat and the intellectual test performance of African Americans. Journal of Personality and Social Phychology,69, 797-811.

ステレオタイプによる偏見や抑圧を、人は、どうしたら手放せるのでしょう。社会心理学では、そのための方策が活発に研究されてきました。例えばステレオタイプを意識しないように訓練する方法がありますが、逆に意識を強化してしまう(リバウンド効果)との研究もあり、策として十分ではありません。近年は、VRによって他者に抱く偏見を克服する方法を探求する研究も報告されています。VR空間では、自分の身体的・物理的制約から解放されるだけでなく、新たな身体を手に入れることが可能です。今回は、VRによって身体的制約だけでないさまざまな束縛からの解放を体感した、ある職場のチャレンジをご紹介します。



<図表1>ステレオタイプとは

図表1ステレオタイプとは


荒井:御社が本社機能をVRオフィスに切り替えられたと知り、非常に興味深いと思いました。

五石:もともと新宿の高層ビルのなかにオフィスがあったのですが、コロナ禍で数人しか来ないので、最初は「この際、沖縄のビーチで仕事しない?」となったんです。ただ現実問題として難しいじゃないですか。ちょうどその頃、VR旅行事業を始めていたんです。VR旅行ではスイスのアルプスに行ったり、フィンランドのサンタクロース村に行ったりできる。最初は「実際には行っていないじゃん」というツッコミが入っていたんですが、やがてそれもなくなりました。

荒井:体感として「行って」いるんですね。

五石:そうです。あるときVR旅行をしながら打ち合わせをしていたら「あれ?これもうオフィスじゃん。ここで仕事しよう」という話になりました。

荒井:テレワークではダメですか?

五石:まったくダメ。テレワークは会社を殺します。

荒井:そこまで断言されるのはどうしてでしょう。

五石:もしかしたら、オンラインミーティングで顔を見せるとき以外は、寝ているかもしれないですよね。それにオンラインミーティングって、みんなで予定を合わせて会話するじゃないですか。それではコミュニケーション不足です。例えば、リアルオフィスなら「ちょっと集まってー!これについてどうなっているかみんなで話そう!」とかやりますよね。

荒井:確かにそういう会話はなくなっています。

五石:また、掲示板で情報共有していても、書いてあることが正しく伝わらずに、「そういう意味だと思いませんでした」みたいな齟齬も起こるわけです。

荒井:直接話せばきっと起こらない問題ですね。さまざまな問題にテレワーク中に気づかれたのですか?

五石:いや、VRオフィスを始めてからコミュニケーションがとれていなかったことに気づきました。オンラインミーティングってカラオケで1人ずつ歌うのと同じで、他の人は黙って聞いていますよね。リアルなら、「いや、それ違うんじゃないの?」「あ、いいこと思いつきました!」という具合に、もっとバーッと意見が出るのに。VRではリアルよりも活発に意見が出てきます。なぜなら、人格が変わるから。恥の概念が消えるんです。

荒井:現実の自分とは少し違うわけですね。

五石:インターネット上でも匿名の場合は好きなことを書き込めますよね。VRもアバターだから、自分なんだけれど自分じゃない。僕は人前では恥ずかしいから踊りませんが、VRのなかならできる。

荒井:やはり人格が変わると、会議で出てくる発言の中身も変わりますか。

五石:変わりました。「君、そういうこと言う人だったっけ?」みたいな場面がたくさんあるし、リアルではあり得ない失礼なことを言われます(笑)。

荒井:いろいろな意味で活性化していますね。

五石:VRの世界で人は解放されるんですよ。

荒井:むしろ普段は自分を拘束していることに気づかされるわけですね。

五石:本当にそうです。そういう背景があり、VRオフィスの計画を進めてきました。最初は数人から始めて数十人まで増えて、経営会議までやり始めたんですが……全員一斉にやるのは難しいと分かりました。体質的にVRを受け付けない人もいるんです。VRのヘッドセットを被るだけで気分が悪くなる人もいるし、通信環境的に難しい人もいます。

荒井:技術的な壁があるわけですね。

五石:そういうわけで、現在は僕の直轄のメタバース事業だけがVRオフィスを継続しています。僕自身はもうリアルオフィスに戻るつもりはないです。



<図表2>VR(バーチャル・リアリティ)オフィスの会議風景


VR(バーチャル・リアリティ)オフィスの会議風景


VRオフィスに集う同社メンバー。「アバター」と呼ばれる「分身」で参加する。同じ空間に「居る」感覚が味わえるが、会社らしくない雰囲気がいつもと違うコミュニケーションを誘発する。

リアルは物理的制約が多すぎる 狭い檻のなかにいるようなもの



荒井:VRの世界に入ったら、居心地が良すぎてリアルには戻ってこられないですか。

五石:VRのなかはユートピアですからね。リアルは狭い世界です。学校でいじめられたとか、職場でいじめにあったとか。もう世の中が嫌になったとか。狭い世界にいるからそうなると思いませんか? 

荒井:自分の身の回りに見える範囲だけが自分の世界と思いがちかもしれませんね。

五石:でも実際には78億人いるわけじゃないですか。職場のいじめも、たかが10人、20人相手の話。そこだけが世界になってしまい、逃げられないと錯覚する。なぜなら物理的制約があるから。VRの場合、嫌なら別の世界に移ればいいだけです。 

荒井:世界の広さにあらためて気づくわけですね。

五石:さらにいうと、リアルの世界では交通事故にあって歩けなくなったらハンディキャップのある生活になりますよね。VRのなかでは、歩けようが歩けまいが、思うままに飛び回れるんです。

荒井:そう言われてみると、われわれは肉体であるとか、物理的なものを人質にとられながら生きているみたいなところがあるのかもしれませんね。

五石:「VRの何がいいんですか」と聞かれることがありますが、むしろ「リアルの何がいいんですか」という話で、そのぐらいの逆転が起こります。

荒井:仕事を進めていく上でも、やはりパラダイムシフトが起こっていますか。

五石:まず一番小さい話として、一緒に働く人が日本人じゃなくてよくなった。VRなら「みんな、ちょっといい?」と投げかけたら、一瞬で世界から人が集まるので。さらに今、僕らはAI自動翻訳サービスを提供しているから、日本語で世界の人と話せます。

荒井:いやいや、それは小さな話じゃないですよ。

五石:次に社員じゃなくてよくなったんです。VRオフィスに入ってこられる人なら、副業の人とか、他社の人とか、業務委託の人とかでもいいわけですね。実際、僕らと一緒に働いている人の多くは、他社の社員だったり、個人だったりします。

荒井:なるほど。ちなみに、VRオフィスのメタバース事業の皆さんは何人いらっしゃるのですか?

五石:メタバース事業の社員は10人ぐらい。社員以外の人たちは100人ぐらいです。

荒井:社外パートナーが社員の10倍もいるのですね。

VRオフィスの主役はユーザー 会社の枠組みはもはや不要



五石:そして、これが一番大きな話ですが、そもそも会社である意味がないのです。

荒井:会社という枠組みすらいらないと。

五石:VRオフィスのなかで、「この仕事をやりたい人〜?」と聞いて、世界中からいろいろな会社の人や、個人が集まるだけです。実際のところメタバース事業で一番熱心に働いているのはユーザーなんですよ。だから、会社で意思決定するときは、最初にユーザーと話します。そこで決まったことを、社員たちに説明する。さらにメタリアルの役員たちに説明する。

荒井:一般的な意思決定の順序と逆なのですね。

五石:そして、毎日のように社員がユーザーに叱られているんですよ。「実際にサービスを体験しないと何をどうしていいか分からないでしょ」と。

荒井:それは正論すぎて言い返せない(笑)。

五石:こうなってくると「会社って何?」っていうことが起こる。これからしたいのはユーザーにトークンという仮想通貨のような報酬を渡すことです。

荒井:会社独自の報酬というイメージでしょうか。

五石:そうです。株をもってもらうとか、社員と労働契約するとか面倒じゃないですか。でもトークンなら気軽に配れる。このプロジェクトが成功して大きくなったときに、配ったトークンが実際のお金になる。事業が小さなときから一緒にやってきたユーザーたちは、創業メンバーのように報われるんです。

荒井:サービスのためにたくさんアイディアを出したユーザーには発言権もあるのですか。

五石:そう、議決権をもつことになります。

荒井:そのサービスを愛している人が、サービスの方向を決めるという本質的なカタチともいえますね。

五石:すでにユーザーのさまざまな協力がサービスに生かされています。例えば、フランス人のユーザーは、旅のガイドをしながら現地のメディアにわれわれのサービスのことを書いてくれています。これは広報の仕事ですよね。スイスのユーザーは「プロモーションビデオを作ったからこれを使って」と送ってくれました。これは制作の仕事ですよね。

荒井:そのとおりですね。

五石:そういう人たちが、われわれが成功を収めたときに、あたかも創業社員や、創業幹部、創業株主のような利益配分を得られるわけです。

荒井:ユーザーからすると、そのサービスが好きで、楽しいからやっていることで利益も得られるなんて、うれしいことだらけですね。素敵なユーザーとつながることができたのも、このVRという空間があったからですか。

五石:そうです。VRのなかで一緒に遊んでいたんです。

荒井:この先VRの活用が進むと、どんな世界になると思いますか?

五石:国境もない、人種もない、会社もない……好きなことをやりたい人が、世界中から好きなときに集まって、好きなことを思い切りやる世界です。成功したらみんなでその成果を分かち合う。VRを体験したことがない人たちからすると、僕の言っていることは突飛な内容にしか聞こえないでしょう。だけど僕たちからすると、リアルにいる人たちは檻のなかにいるようにしか見えませんよ。

荒井:VRの世界に行きたくなりました(笑)。

五石:ぜひ来てください!



【text:外山 武史】



マネジメント発明を考える

VRで身体と心の制約を解放し、組織のステレオタイプを手放す


今回ご紹介したVRオフィスでは、物理的・地理的な制約を超えるだけでなく、アバターによって自分のふるまいまでを自由に変えられる醍醐味を味わっていました。物理空間ではなかなかできないことも、つい楽しみながらやってしまった(踊る、空を飛ぶなど)との体験談からは、VRが、人を身体的制約だけでなく「社長だから」「○○さんだから」とステレオタイプ的に期待される役割行動から解放することにも一役買ったことがうかがえます。さらに、役割だけでなく、組織の壁を越え自社の顧客と自由に価値を共創する上でも、関係性やコミュニケーションを制約するさまざまな枠組みを取り払うVR空間の効能がプラスに影響しているようです。

オンラインコミュニティは、旧来のコミュニティの条件の1つ、「空間的な近接性」がなくなり、「価値の共有」によって形成される傾向があることや、オンラインコミュニティにアバターが介在することで、状況によってはコミュニケーションが活発になるとの研究も発表されています。技術の発展により、制約を超えて共通の思いの下に人が集まり、心理的にも開放的に活動できる空間が広がっています。人の身体と心を解放するVR空間に、組織マネジメントへのステレオタイプを刷新する、新しいマネジメント発明の息吹を感じます。


【インタビュアー:荒井理江(HRD統括部)】

※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.67連載「可能性を拓くマネジメント発明会議 連載第13回」より転載・一部修正したものです。

RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE

五石 順一(ごいし じゅんいち)氏
株式会社メタリアル
代表取締役 CEO

メタリアル代表取締役CEO。広島県出身。京都大学法学部卒業。NOVAにて経営企画室長として同社を上場に導いた後、社内ベンチャーとして翻訳・通訳事業を行うグローヴァを2000年に設立。2004年にMBOで独立し、ロゼッタ(メタリアルに商号変更)を創業し、代表取締役に就任。現在に至る。

 
バックナンバー第1回 エンジニアを奮い立たせる仕組みを作る(VOYAGE GROUP)
第2回 マネジャーの仕事をチームに委譲(サイボウズ)
第3回 “Why”から構築するデザイン組織(グッドパッチ)
第4回 マネジャーがいない会社の組織デザイン(ネットプロテクションズ)
第5回 人が増えても“全員CEO”を貫く組織設計(ゆめみ)
第6回 “協働”を育む多国籍企業のコラボの流儀(ヌーラボ)
第7回 「らしさ」と創造的な場をデザインする(Japan Digital Design)
第8回 1社複数文化が最適解 文化は「混ぜるな危険」(Ubie)
第9回 丹念な言語化文脈の理解が文化醸成の礎(ユーザベース)
第10回 ピースなチームは一日にして成らず(ヤッホーブルーイング)
第11回 希少な優秀人材を副業で巻き込む(カウシェ)
第12回 行動原理の異なる、エンジニア組織と事業を「乳化」させる(READYFOR)

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