連載・コラム
可能性を拓くマネジメント発明会議 第2回 サイボウズ
マネジャーの仕事をチームに委譲
- 公開日:2020/01/20
- 更新日:2024/04/06
経営学や心理学において古典とされるマネジメント理論は、今日の事業環境においても有効なのだろうか。本連載は、創業から歴史が浅いながらも大きな成長を遂げる企業に、シリーズでインタビューしていく。それら「若い」企業は、現代の人と事業に最適なマネジメント理論を生み出すポテンシャルを秘める。古典の理論を温めつつ、これから急成長に向かう企業から第2、第3の創業を志す大企業まで広く参考となるような、最新知見を「発明」していきたい。2019年1月からマネジャー職を廃止したサイボウズ開発本部副本部長の岡田勇樹氏に、マネジメントをチームで担うという発明について伺った。
今回のテーマ「PM理論」
マネジャーに適した人物要件は、一言では簡単に説明できません。なぜなら、マネジャーは複層的な役割機能を果たさなければならないからです。
心理学の古典的研究の多くは、リーダーシップの機能を課題達成(Task)と、人間関係(Relation)の2つの機能で説明しています(リーダーシップ機能論の立場)。そのうち、日本の心理学者、三隅二不二(みすみじふじ)が1966年に提唱したのがPM理論です。マネジャーがリーダーシップを発揮する上での能力要件としても参考にされることの多いこの理論によれば、P:Performance「目標達成能力」とM:Maintenance「集団維持能力」の2つの能力要素、双方が高いことが重要とされます(図表1)。私たちはしばしば、この2つの要素に、時間軸(長期/短期)を掛け合わせた4象限でマネジャーの役割機能を整理し、その育成を支援しています(図表2)。
しかし、一足飛びに、PとMを双方高め、図表2の機能を完璧に担うような存在へと成長するのは至難の業です。そこで、例えばその機能を分解し、チームで分担しながら組織全体としてのマネジメント能力を高めていくことは可能なのでしょうか。
今回、マネジャーが1人で担ってきた機能をチームで担うことでマネジャー職を撤廃するというチャレンジを行った、サイボウズ開発本部の岡田氏に話を伺い、新しい組織マネジメントの形を探索しました。
荒井:エンジニアの開発組織に関して、2019年1月からマネジャーをなくしたそうですね。現在はどんな体制になっているのでしょうか?
岡田:開発本部全体では現在、150人強います。以前は地域×職能で組織を作っていましたが(図表3)、現在は「kintone」や「Garoon」などのプロダクト、あるいは組織運営やテストエンジニアリングなど開発を支援するチームごとに分けています(図表4)。合計で約20チーム。人数が多いチームだと約30人、少ないチームだと2人というところもあります。リーダーを置くかどうかはチームに任せてあるので、リーダーっぽい振る舞いをしている人がいるチームもあれば、合議制で意思決定しているチームもあります。
荒井:言われてみると確かに、なぜ地域ごとに分ける必要があるのかと思いますね。
岡田:1つのきっかけは去年、大阪開発部と松山開発部を合わせて西日本開発部にしたことでした。リモートワークをする人も増え、マネジメントをする上で物理的に近くにいる必要性がそもそも薄れていました。そんななか、もはや地域で分ける意味はあるのだろうか、と疑問を感じたのが始まりです。
メンバーの給与評価は組織運営チームが担当
荒井:体制を変えてもマネジャーをなくす必要はないようにも感じますが、「マネジャーをなくしてしまおう」と思ったのはなぜですか?
岡田:おっしゃるとおり、再編したチームそれぞれにマネジャーを置くこともできましたが、あえて、それはしませんでした。なぜかといえば、「マネジャーの役割ってそもそも何だっけ?」という疑問が湧いてきたからです。例えば以前なら、別の拠点で働くメンバーが仕事で必要な本を買いたい場合、僕のところに申請が飛んできていました。休暇に関してもそう。考えてみたら、僕はふだん、彼らと関わっていないわけです。ならば、承認事項のほとんどはチーム内で合意がとれればいい。実際、僕がやっていた業務を絵に描き出してみて、「この部分はやらなくてもいいのでは?」というのを省いていったら、最終的に残ったのは給与評価だけでした。
荒井:確かに、そこは必要ですね。
岡田:残った給与評価に関しては、現在、元マネジャーの人たちが集まっている組織運営チームで担当しています。
荒井:元マネジャーの方々が、自分たちの権限範囲を手放すチャレンジ。最初はかなり勇気がいることだったのではないでしょうか。
岡田:それなりに反対意見はありました。ただ、環境が大きく変化しているなか、地域×職能で構成する組織体制を10年間続けた歪みも出ていましたので、それを変えたいというのも大きかったんです。例えば部署のミッションとプロジェクトのミッションに食い違いが生じた場合、部署のミッションに引きずられてしまうと、顧客への価値提供が遅れてしまいます。柔軟に組織体制を変えられるようにしたいという考えが基本にありましたので、まずはやってみて、ダメだったらそこは変えていこうということで進めていきました。
成長は個人に任せる仕掛けには工夫も必要
荒井:現場の方たちの反応はいかがでしたか?
岡田:意思決定に関して理不尽なことがないといいますか、以前のようにわざわざ部署にもち帰ってマネジャーに聞かないと分かりません、みたいなことはなくなりましたので、製品開発に関するスピード感は上がったと思います。一方で、負担に感じている部分もあります。予算に関しては以前ならばマネジャーがメンバーにヒアリングして取りまとめていましたが、現在はそれもチームで決めなくてはなりません。中途採用に関しては、まずはチームで選考してもらい、次に本部として選考するという形にしています。これらについては、どのような評価軸で決定したらいいか分からない、などの声が挙がっています。個々人の成長に関しては自発的なコミュニティに任せていますが、ここはもう少し仕掛けを強化したいところです。
荒井:マネジャー業務の疑似体験といいますか、マネジャーがやっていた業務を分解し、みんなでやってみようと挑戦されている感じですね。組織運営チームは何人ですか?
岡田:9人です。元マネジャーがほとんどを占めます。マネジャー経験は不問ですが、実際はマネジメント経験がモノを言うことも多いです。
荒井:マネジャーがいないと困る部分も出てきたりはしませんか?
岡田:ありますね。例えば1on1ミーティング。以前はマネジャーとメンバーでしていたものを、したければ誰でもいいからやってねという風にしたのですが、その辺りは課題です。社歴が浅く、社内に知り合いやネットワークがない場合は特に難しい。週1回、組織運営チームの打ち合わせがあるのですが、話題の多くはどこどこのチームがこんな状況で困っているけれど、どうしましょうかというもの。トップダウンで何かをするという考えはほぼありませんから覚悟をもって見守るというか、うまくサポートしてあげるにはどうしたらいいか、知恵を出し合っています。
荒井:元マネジャーの方々も、これまでは1人で自分のチームを見ていたところを、チームみんなで相談できるというのは、ある意味、心強いですよね。
岡田:そこは元マネジャーが一番効果を感じているところですね。給与評価に関していうと、以前はメンバー一人ひとりの給与についてはその部署の部長であるマネジャーが案を決め、最終的には本部長などとすり合わせながら決めていました。ただ、マネジャーが最初の案を出すのが、けっこう難しかったんです。その点に関しては、現在、組織運営チームのなかでペアを組み、1人の対象者に対して2人で相談しながら案を出す形に変えています。弊社の場合、市場価値に基づいて給与評価を決めることになっているため、組織運営チームは仮にその人が転職したらいくらくらいの給与になるのかの相場観をもっていないといけません。相場観に関する情報をみんなでシェアし、誰が誰を評価しても同じようになるよう、チームで取り組んでいます。また、以前は本人と面談するだけでしたが、今後は給与評価担当2人が対象者1人に面談し、その際、フィードバックをもらうとしたら誰がいいかを聞いておき、一緒に働いている周りの人の意見も聞きながら評価を決めていこうと思っています。
人事部との交渉は組織運営チームが窓口に
荒井:給与評価以外では、どんなところをサポートしているのですか?
岡田:組織運営チームがもつコンセプトの1つに、チームで解決できない問題を解決できたと言ってもらう、というのがあります。キャリアに関する話もその1つ。以前に比べると、職能ごとの横のつながりはもちにくくなっています。成長に関しては個々人に任せているなか、専門性をまだ確立できていない新人や若手にとっては、チームのなかに相談できる人がいない状況も生まれやすくなっています。そこのところのガイドラインやフレームワークづくりができるといいのですが、現状は個別でカバーしている感じです。それと制度面での検討。例えば中途入社月によって有給休暇日数に不合理に見える差があるなど、人事制度への要望がある場合、組織運営チームが窓口となって人事部と交渉します。
荒井:マネジャーをなくしてチームに権限委譲すると、一人ひとりの状況が見えにくくなる恐れもありませんか?
岡田:健康面や労務管理の面は、やはり見えにくくなりますね。それと、一番難しいのは異動。チームでくすぶっている人がいた場合、以前ならマネジャー間で話し合って異動させることができましたが、異動も完全に自由化していますので、そこは若干、混乱が起きています。異動したい場合、自分で入りたいチームに声をかけ、話を聞き、約1週間の体験入部を経て異動できます。「転職」と同じ仕組みを社内でも取り入れようという試みですが、人が抜けがちなチームが出た場合にどうするかという点に関しては、継続議論中です。
荒井:業務はチームで、キャリアは個人で、自ら考え動ける組織を生み出そうとしているんですね!
岡田:1月にスタートしたばかりなので、まだ試行錯誤の段階。少しずつ課題も見えてきたところなので、今後はそれに一つひとつ対処しながら、組織のあり方を柔軟に変えていけたらなと思っています。
【text:曲沼美恵】
同社では、マネジャーの担ってきた機能をどのようにチームに移管させたのでしょうか。前述の図表2の観点に照らしてみると、例えば図表5のように整理されます。
移管するのが特に難しいのが、「人・組織面」のようです。同社では組織運営チームがフォローし、今後はさらに中長期的な人・組織の成長支援のあり方も模索していこうとしています。異動自由化の例が示すとおり、日々の組織運営のなかで、仕事と人、または短期視点と長期視点の利害が不一致となった場合、それらを統合し判断できるチームワークをいかに生み出せるかがポイントとなりそうです。必ずしもうまく行くことばかりではないですが、ダメでもまた皆で議論し改善していこうという岡田氏はじめ推進主体の方々の発明意欲は重要なカギとなります。そして何より、それまでマネジメントをマネジャーに任せてきたメンバーが、チームについて「マネジャー任せにせず、自分たちで判断して動かすのだ」と再認識し、自発的に動いていくドライブがかかることにこそ、最も大切な価値があるように思います。
【インタビュアー:荒井理江(HRテクノロジー事業開発部)】
※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.56連載「可能性を拓くマネジメント発明会議 連載第2回」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
岡田 勇樹(おかだ ゆうき)氏
サイボウズ株式会社 開発本部副本部長
2007年に新卒でサイボウズに入社。エンジニアとして「サイボウズOffice」や「kintone」の開発に携わる。2014年にマネジャーとして大阪開発拠点の立ち上げを主導。地域×職能で構成していた組織をチームごとに再編成し、マネジャーをなくすなど組織改革に取り組む。
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