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連載・コラム可能性を拓くマネジメント発明会議 第12回 READYFOR

行動原理の異なる、エンジニア組織と事業を「乳化」させる

行動原理の異なる、エンジニア組織と事業を「乳化」させる

経営学や心理学において古典とされるマネジメント理論は、今日の事業環境においても有効なのだろうか。
本連載は、創業から歴史が浅いながらも大きな成長を遂げる企業に、シリーズでインタビューしていく。それら「若い」企業は、現代の人と事業に最適なマネジメント理論を生み出すポテンシャルを秘める。古典の理論を温めつつ、これから急成長に向かう企業から第2、第3の創業を志す大企業まで広く参考となるような、最新知見を「発明」していきたい。
今回は、文化の違いに葛藤を抱えやすいエンジニアと事業組織が互いに混ざり合う「乳化」の概念を掲げるREADYFOR株式会社 執行役員 VP of Engineeringの伊藤博志氏にお話を伺った。


今回のテーマ「文化的シナジー」



文化的シナジーとは、組織メンバーの文化的な多様性を資源と捉え、優れた側面を問題解決に活用する考え方です。例えば管理職が、組織戦略・構造、仕事の進め方などを決定する場面で、成員がもつ多様な文化を理解し、生かし、融合させてより良い組織マネジメントを作り出します。ナンシー・アドラーはそのプロセスを図表1のように整理しています。



<図表1>文化的シナジー


文化的シナジー


文化的多様性は、マネジメントの負荷を高め、生産性を下げるリスクがあります。しかし、組織に新たな創造性と革新が必要になるとき、多様性からの創発が力になります。そのため、このアプローチの前提には、文化の異質性や類似性を無視や過小評価することなく、丁寧に観察して発見し、生かすための挑戦を試みる姿勢があるように思います。

文化的シナジーは、もともとは国際企業の異文化マネジメント分野で注目されてきました。しかし、私たちが日々触れる文化的多様性は、国・地域・民族・宗教の違いにとどまりません。年齢や世代、性別認識、職種・業種、思想・哲学・指向、キャリア・生き方など、さまざまな多様性にあふれていると感じます。例えば、プロダクト開発において強い連携が必要になるエンジニアサイドとビジネスサイドの間にも大きな文化的差異が存在します。どうしたら、差異を力に変え、社会により良い価値を生み出していけるのか。今回は、良い事業やプロダクトづくりに向け、エンジニアサイドとビジネスサイドが異文化を生かし合い、創発を生むアイディアに着目します。

エンジニアの希望と事業のやりたいことが共に実現されるのが理想



荒井:まずは伊藤さんのご経歴からお伺いしたいのですが、もともとはゴールドマン・サックスでご活躍されていたのですね。

伊藤:一般的には投資銀行のイメージが強いと思うのですが、実はトレーディング、オペレーション、会計、コンプライアンスなどのシステムをすべて自社で作っています。私が就活時に求めていたのは「ものづくり」「ユーザーが近い」「多様な人材」という3つの要素。まさにそれが満たされる会社でした。さまざまな事業・機能部門に入り込み、優秀なエンジニア仲間とインパクトを出せる仕事をしていたので、とてもやりがいがありましたね。魅力的な環境であることを知ってもらうために、新卒採用にも関わっていました。また、私は自社開発のJavaのオープンソースを日本のコミュニティに広める活動もしていました。そこで出会うエンジニアは優秀だけど、仕事に満足していない印象だったのです。コミュニティでは活き活きとしているのですけれど。

荒井:本業では、辛そうにしていると……。

伊藤:だからライフワークとして「日本のエンジニアが活き活きと活躍できる場づくりをしたい」と思いました。その理想を叶えるべく、フィンテック系のスタートアップ2社を経て今に至ります。

荒井:READYFOR入社の決め手は何でしたか。

伊藤:「誰もがやりたいことを実現できる世の中をつくる」というビジョンに共感したことです。エンジニアは、心からやりたいことをやっているときにパフォーマンスを発揮します。エンジニアがやりたいことをやった結果、組織がやりたいことも実現できるのが理想です。まさにこのことをREADYFORのビジョンが内包していると感じました。

荒井:素晴らしいビジョンと出合い「これだ!」と。入社後は強いエンジニア組織を作るために、どのようなことから始められたのですか。

伊藤:入社して間もない頃、週次のミーティングでCTOが「乳化」というワードを仕入れてきました。乳化とは、水と油のように本来混ざり合わないものが均一に混ざり合う状態のことです。ゴールドマン・サックス時代の組織がまさに乳化している状態で、ビジネスにテクノロジーが紐づいていました。

荒井:水と油とまでは言いませんが、ビズサイドと開発サイドがうまく混ざるのは難しいものですよね。どうしてなのでしょう?

伊藤:行動原理が違うからだと思います。例えば、ビズサイドの観点では、数値目標やスケジュール目標を確実に作りたい。一方で開発サイドは不確実なものを確実にしていくプロセスにおいて、仮説検証を重ねる必要があるし、やらないと分からない部分も多い。Aを試したことによって、AよりもBやCの方が正しいと気づくこともあります。

荒井:そうすると、ビズサイドは「Aと決めたのに変えるのですか?」となるかもしれないですね。

伊藤:そのとおりで、双方が抱える課題や判断基準などを翻訳しなければいけないのです。水と油は本来混ざり合わないものですが、乳化剤があれば乳化しますよね。つまりビズサイドと開発サイドのコミュニケーションの橋渡し役が必要だと考えました。

荒井:乳化剤の役目をする方が必要なのですね。

伊藤:はい、おっしゃるとおりです。まず乳化という概念を知ってもらうために、コミュニケーションツールのSlackで地道な啓発活動をしました。また朝会で3分間スピーチをすることになったときも、乳化という概念を大事にしたいというメッセージをギュッとまとめて話しました。READYFORにはキュレーターといってクラウドファンディングの実行者に伴走する役割のメンバーがいるのですが、キュレーターがSlackで「私たちも乳化したい」という反応をしてくれまして。これは嬉しかったですね。

荒井:まずは乳化の概念を知ってもらうところから始めて、ビズサイドと開発サイドのトランスレーションをされたのですね。

ビズサイドと開発サイドをつなぐ共通言語「BPMN」を機能させる



伊藤:いろいろ試して手応えがあったもののなかに、BPMNがあります。BPMNは業務プロセスをフローチャートで図示する表記法です(図表2)。



<図表2>BPMN(Business Process Model and Notation)


BPMN(Business Process Model and Notation)


BPMNとは、ビジネスプロセスを表現する国際的に標準化された記法。業務フローだけでなく、業務の意味までも視覚的に表記できるのが特徴。ビジネスサイドにとっても理解しやすく、ソフトウェア設計に変換しやすい表記法でもあるため、ビジネスプロセスの設計と実装の間のギャップを埋める橋渡しとなるツールとされる。

エンジニアが要件をヒアリングしてモデリングするのが一般的なプロセスですが、シンプルなものですから誰でも書くことができます。「これなら自分もできるかも」と思ってもらうためにBPMNチャンネルを作って実践してみせたら、経理チームのメンバーが自分たちで勉強して、BPMNに落とし込んでくれました。初めはエンジニアがビズサイドの要件を理解するために使っていましたが、今では、ビズサイドのメンバーも当たり前のように使ってくれます。まさに理想的な展開でした。そのビジネスや業務フローを最も理解しているメンバーがBPMNで図示化し、それをエンジニアが理解する……これが最もトランスレーションロスが少ないやり方だからです。クラウドファンディングの裏側のプロセスは複雑なので、齟齬なく理解することが重要。目的や全体像を理解してエンジニアリングすることが大切だと考えています。

荒井:共通言語として機能しているわけですね。

伊藤:もちろんBPMNがあるだけでは不十分ですから、ビズサイドとエンジニアの間で私やプロダクトマネジャーが直接トランスレートすることもあります。よくある話として、ビズサイドが受けてきた要望をそのまま実現しなくてはいけなくて、エンジニアが疲弊するパターンがあります。そうならないために乳化剤が間に入って、両者の「あ、そういうことなんだ」という腹落ちを促すことが欠かせないのです。

荒井:開発サイドには事業、プロダクト全体の当事者としてのマインドをもってほしいし、ビズサイドには不確実を確実にしていくために、エンジニアが作りながら詰めていくプロセスを理解してほしいということですね。

伊藤:おっしゃるとおり、エンジニアが自分の会社の事業に対して当事者意識をもつことが重要ですね。私の入社後に、当社はエンジニア採用のアクセルを踏み込み、その際にTech Brandingチームを作りました。そこで作った「想いをつなぎ、叶える未来を、つくる」というTech Visionを掲げ、サブタイトルには「Ready for building it?」と、あえて疑問形にすることで、「未来をつくっていくのは我々であり、あなただ」という意味を込めました。

荒井:当事者意識は乳化に欠かせない要素ですね。

伊藤:インサイドセールスチームがクラウドファンディングを使いたい人を見つけ、キュレーターチームやカスタマーサクセスチームが実行者がプロジェクトを実施できるような形にもっていく……という自社事業のプロセスをすべてのエンジニアが深く理解するのは難しいと思っていて。「事業のライフサイクルをロールプレイで学ぶ機会を作ったらどうだろうか」などと想像しているところです。また、ビズサイドにもエンジニアのリアルなロールプレイを体験してもらえたら、不確実性のあるなかで戦っていることがより理解されるだろうなと考えています。

チームが掲げるミッションとOKRを紐づける「スクワッド体制」



伊藤:「同じミッションを共有し、共に作る」ことも乳化に不可欠です。私の入社前から当社は目標設定の手法としてOKRを使っていたのですが、チーム単位で設定すると整合性をとることが難しくなります。フロントエンドのチームもバックエンドのチームも横断的に開発しているから、目標を立てづらいのです。「そもそも機能別のチーム単位での目標設定は微妙だよね」という議論がプロダクト開発チームでなされ、ミッションを実現するためのチームごとにOKRを立てることに。CTOが経営会議で構想を話すと「会社全体でやろう」ということになり、ミッションにもとづいた組織体制であるスクワッド体制を導入しました。

荒井:共通のミッションに取り組みながら、エンジニアがやりたいこともしていくということですね。

伊藤:ただ、エンジニアが増えて規模が大きくなり、エンジニアがやるべきことと向き合いながら、それとは別の「心からやりたいと思っていること」をアドオンできるかどうかがすごく重要なフェーズに入りつつあると考えています。恐らく、やりたいことができない人も出てくると思うので、そこをしっかりケアする必要があるのかなと。

荒井:スクワッド体制も進化していくのですね。

伊藤:やるべきことを実現するパワーが薄まるのもよくないので、いかに余白を設けるかが鍵ですね。現在は7割・3割の概念を設けています。個人OKRの7割は自スクワッドのOKRに関わることをやる。3割はビジョンやミッションとの接続や他スクワッドも見渡して自ら課題設定してくださいと。

荒井:自スクワッドOKR関連で10割使いそうです。

伊藤:そのとおりで、みんな自スクワッドだけに10割を割きがちなので、そこを変えていきたいですね。

荒井:乳化剤も増やさないといけないですね。

伊藤:私の意思を引き継いでくれる人たちはいます。こちらも一筋縄ではいかないとは思っていますが……。

荒井:まだまだ組織が強くなる余地が残されているということですね。とても興味深いお話でした。伊藤さん、本日はありがとうございました!



【text:外山武史 photo:平山 諭】



マネジメント発明を考える

2つの触媒で日常にポジティブなシナジー体験を生む


エンジニアサイドとビズサイドの乳化を仕掛けるREADYFOR。VPoEの伊藤さんが両者の間に立ち、時に生じるすれ違いや衝突の背景にある文化的差異に着目し、乳化を促進。その際、自らが双方の翻訳者として動くだけでなく、互いの文化を体験できる媒介物をさりげなく配置。媒介物を実際に使ってみることで、「なるほど」「便利!」という気づき・発見が生まれ、自然とそれぞれの文化のなかに取り込まれ、応用されていました。単に「異文化を尊重すべき」というイデオロギーを押し付けるのではなく、日常のなかで互いの文化を体験し魅力を味わうことで自然な創発を生む。「心からやりたいと思っていること」を大切にする同社と伊藤さんらしい、しなやかな文化的シナジー創出の仕掛けです。


<図表3>READYFORの組織文化の乳化


READYFORの組織文化の乳化




【インタビュアー:荒井理江(HRD統括部)】

※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.66連載「可能性を拓くマネジメント発明会議 連載第12回」より転載・一部修正したものです。

RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE

伊藤 博志(いとう ひろし)氏
READYFOR株式会社 執行役員 VP of Engineering

READYFOR執行役員VPoE。ゴールドマン・サックスに新卒入社後、アジア太平洋地域における自己勘定取引会計アプリケーション開発チームのテクニカルアーキテクト、 基盤技術開発チームのVP/シニアエンジニアを歴任。スタートアップ2社を経て現職。エンジニア組織とアーキテクチャ設計全般に関わる。

 
バックナンバー第1回 エンジニアを奮い立たせる仕組みを作る(VOYAGE GROUP)
第2回 マネジャーの仕事をチームに委譲(サイボウズ)
第3回 “Why”から構築するデザイン組織(グッドパッチ)
第4回 マネジャーがいない会社の組織デザイン(ネットプロテクションズ)
第5回 人が増えても“全員CEO”を貫く組織設計(ゆめみ)
第6回 “協働”を育む多国籍企業のコラボの流儀(ヌーラボ)
第7回 「らしさ」と創造的な場をデザインする(Japan Digital Design)
第8回 1社複数文化が最適解 文化は「混ぜるな危険」(Ubie)
第9回 丹念な言語化文脈の理解が文化醸成の礎(ユーザベース)
第10回 ピースなチームは一日にして成らず(ヤッホーブルーイング)
第11回 希少な優秀人材を副業で巻き込む(カウシェ)

行動原理の異なる、エンジニア組織と事業を「乳化」させる
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エンジニアの希望と事業のやりたいことが共に実現されるのが理想
ビズサイドと開発サイドをつなぐ共通言語「BPMN」を機能させる
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