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可能性を拓くマネジメント発明会議 第4回 ネットプロテクションズ

マネジャーがいない会社の組織デザイン

  • 公開日:2020/07/27
  • 更新日:2024/04/04
マネジャーがいない会社の組織デザイン

経営学や心理学において古典とされるマネジメント理論は、今日の事業環境においても有効なのだろうか。本連載は、創業から歴史が浅いながらも大きな成長を遂げる企業に、シリーズでインタビューしていく。それら「若い」企業は、現代の人と事業に最適なマネジメント理論を生み出すポテンシャルを秘める。古典の理論を温めつつ、これから急成長に向かう企業から第2、第3の創業を志す大企業まで広く参考となるような、最新知見を「発明」していきたい。管理職撤廃、ベーシック・インカム型の制度を導入した株式会社ネットプロテクションズの人事総務グループ シニアHR パートナー 河西 遼氏に、自律・分散・協調に資する人事制度の発明を伺った。

今回のテーマ「サーバント・リーダーシップ」
ベーシック・インカムの思想を報酬ポリシーに盛り込む
マネジャー制度を撤廃しても大きな問題は起こらなかった
「権限と責任」を分散させることがメンバーの「自分事化」につながる

今回のテーマ「サーバント・リーダーシップ」

「サーバント・リーダーシップ」は、Robert Greenleaf が1977年に“Servant first, Leader second”(リーダーは、まず相手に奉仕し、その後、相手を導くものである)と提唱したことで知られるリーダーシップ哲学です。部下に一方的な指示・命令を与え義務を果たさせることで成果をあげる在り方とは対照的に、メンバーの自己実現を支え主体的な行動を促すことで成果を高めると説いたものです(図表1)。

図表1 指示・管理型サーバント型の対比

当初新鮮に響いたメンバーセンタードのメッセージは、技術革新やビジネスモデルの変化、労働人口減少のなかで、現場の能力や変化を、いかに迅速に取り込むかが事業の成否を分ける昨今、おおいに浸透。現在に至っては、1人の人材が組織・チームを牽引するという発想すら手放して、組織のメンバー一人ひとりがリーダーシップを発揮する「シェアド・リーダーシップ」の概念なども注目されています。

サーバント・リーダーシップは、単なる「御用聞き」では決してなく、支援的関わりのなかで未来の絵を描き説得すること(先見・概念化・説得)が、その重要な要素です(図表2)。

図表2 サーバント・リーダーシップの10要素

これらの機能が、民主的な組織づくりにおいて重要な役割を果たします。今回、ティール型組織づくりに挑むネットプロテクションズにおいて人事を担う河西遼さんにそのヒントを学びます。

荒井:御社のティール型組織と、「それを支えるNatura」という人事制度が、組織デザインに関わる人たちの間で話題です。早速ですが、Naturaはどのような考えをもとに作られたのですか。

河西:マネジャー制を撤廃する前から、当社は「自律・分散・協調型組織」を理想の組織像としていました。一人ひとりが自律し、自ら意思決定する民主的な組織です。言い換えれば、従来のヒエラルキー型の組織ではなくて、フラットなネットワーク型の組織。実現のためには、組織がもつ情報や権限を一人ひとりに分散させることが大切です。ただし、目指す組織像に近づきつつある一方で、以前の人事施策や評価は旧態依然のものでした。

荒井:古い制度が形骸化していたのですね。

河西:そうです。それを運用でカバーするとミドルマネジメント層に負担がかかります。抜本的な制度改定が必要だと考えていました。

荒井:そうしてNaturaが生まれたのですね。

ベーシック・インカムの思想を報酬ポリシーに盛り込む

河西:Naturaには大きく3つの特徴があります。まず、マネジャー制の撤廃。代替する「カタリスト」は、暫定的に人の評価や事業上の差配に介入し、意思決定が適切に行われるように「つなぐ」役割をします。

組織臓の在りたい姿・旧来のマネジャーに替わる新役割コンセプト

次に評価の位置づけを「報酬の分配」から「成長支援のための仕組み」という色合いを濃くしたこと。そして、ベーシック・インカム的な思想を取り入れた報酬ポリシーです。

荒井:ベーシック・インカムですか。

河西:もともと成果主義や社内競争を取り払いたいと考えていました。もちろん、会社への貢献に対してもしっかりと処遇していきたいので、等級を細かく切り分けていたのです。50等級くらいに。

荒井:おお……それは大変ですね。

河西:等級で報酬の幅が決まっているものの、実際は日々の貢献やメンバーとの相対比較を通じて微調整するなど、運用でカバーしていました。これは非本質的であるということで、5つのグレードからなるブロードバンド制を作ったのです。グレードごとに、報酬の幅が決まっています。

ベーシック・インカムの思想を報酬ポリシーに盛り込む

荒井:グレードの昇格はどう決めるのですか。

河西:360度評価を最大限重視し、全員納得の上で昇格します。

荒井:評価者の選び方が重要になりますね。

河西:業務関連度が高く、評価者のグレードがバラつくようにアルゴリズムで抽出しています。

マネジャー制度を撤廃しても大きな問題は起こらなかった

荒井:目標に対する評価もしているのですか。

河西:いいえ。評価のための目標を期初に立てることはしません。評価のメイン担当者が本人との面談を通じて納得を得ながら、業績評価を決定します。

荒井:なるほど。評価決定は、カタリストから、メイン担当者に権限委譲されているのですね。

河西:ただし、インセンティブの幅は小さめですし、「メンバーをモチベートしたり、成長を促進したりするためのもの」という位置づけですね。

荒井:メイン担当者はどう選ばれるのですか。

河西:グレード4以上のメンバーが担うことが基本ですが、徐々に権限委譲も進んでいます。グレード3のメイン担当者も増えていますね。

荒井:みなさんで評価の目を養うのですね。互いに育て合う組織を作るなかで、マネジャーを撤廃されたわけですが、問題は起こりませんでしたか?

河西:マネジャーが存在した頃から、求められる役割はサーバント・リーダーシップでした。一人ひとりのメンバーが主体性をもって意思決定し、行動するための環境を作ることを期待されていたので、意外と変わっていないのが正直なところです。

荒井:なるほど。前提があっての撤廃なのですね。

河西:実は、マネジャーを撤廃するときに、マネジャーの権限と責任をどこまで引き剥がせるものか思考実験をしています。人の機微情報を適切に取り扱う部分はクローズドでやるべきだけれど、それ以外は全員の意識次第で、むしろ高いレベルで遂行できるという結論に達したのです。

「権限と責任」を分散させることがメンバーの「自分事化」につながる

河西:マネジャーという肩書がつくと、メンバーが自分で情報収集して考えたり、意思決定したりすることを放棄する恐れがあります。マネジャー側も「この仕事はメンバーに渡せない」と判断して、業務の線引きをしがちです。

荒井:ついついやってしまいそうですね。

河西:特にお金に関わる領域は会社としての許容度もありますから、1人で意思決定できない部分はあります。しかし、どのステークホルダーと協議して決定すればいいのか自律的に考えられるのであれば、どんな意思決定でも可能なはずです。何か相談が必要ならば、自ら必要な人を巻き込んで、日々の業務を遂行するということが日常的に行われています。みんなが組織に働きかけることを自分事化しているし、責任を負うことに対しても自覚的になりましたね。

荒井:戸惑う人はいませんでしたか?

河西:これまで特定のメンバーが集約的に行いがちだった評価や成長支援の部分に関して、若手はプレッシャーを感じていたようです。「適切な評価をつける自信がないです」とか。

荒井:評価者になるのが不安なのは、健全ですね。

河西:一方で、「評価に納得できない」という声もありましたが、そこから議論が生まれて、視点がすり合わされていくのであれば、中長期的に必ず実現できると思っていました。だから、あまり悲観はしていなかったですね。

荒井:先ほどおっしゃっていた「人に関する機微情報」の取り扱いはどうしているんですか?

河西:それはカタリストが行います。

荒井:事業と人のバランスを見ながら判断できる人ということですね。最後に組織づくりにおいて、今後どんなチャレンジをするのか教えてください。

河西:未成熟な若い組織なので、若手の成長を促進しつつ、ミドル・シニア層も受け入れられる器を作っていきたいと考えています。新しい理念やカルチャーで作られている組織なので、中途採用が難しいのですが、われわれに共感してくれる方も増えています。そういう方を迎え入れていきたいですね。

荒井:人材の多様性を強化しつつ、カルチャーフィットを重視していくと。

河西:今いるマジョリティに対しては及第点がとれる組織になってきました。これから仲間になる人に価値を感じてもらえる組織にしたいです。

【text:外山武史】

マネジメント発明を考える

全員がサーバント・リーダーシップを発揮する民主的な組織へ

制度変革を機に、メンバー一人ひとりが自律的に行動し影響力を与え合うことで成長する、フラットなシェアド・リーダーシップ型組織へと転換してきた同社。この魅力的でありながら難しい変革を支えたのが、Naturaの制度です。マネジャーを廃し、ベーシック・インカム的報酬と相互フィードバックによる評価を取り入れたことで、組織はより民主化。自らが主体となって顧客・経営・従業員の声を「傾聴」、win-win-winを生み出すサービスを「先見」・「概念化」、関係者を「説得」、互いの「成長へ関与」し合うサーバント・リーダーシップをメンバーも積極的に行うように。これらの変革が、ビジョンを描き民主的に対話する、経営・人事のサーバント・リーダーシップで推進されたことも特筆すべき点です。同社は今新たな事業フェーズを迎え、次なるマネジメント発明を志向していますが、今後も傾聴のもと未来を描き民主的に周囲を巻き込むシェアド・サーバント・リーダーシップが変革を支えていくに違いありません。

図表3 ネットプロテクションズにおける組織の自律性を支える機能

【インタビュアー:荒井理江(HRテクノロジー事業開発部)】

※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.58連載「可能性を拓くマネジメント発明会議 連載第4回」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
河西 遼(かさいりょう)氏
株式会社ネットプロテクションズ 人事総務グループ シニアHRパートナー

東京大学大学院修了後、新卒でネットプロテクションズに入社。入社後、新規事業として「NP後払いair」の立ち上げ責任者を経て、自ら異動希望を出し、現職の人事企画に至る。内に秘めた知的好奇心を追求し、「人の感情のメカニズムや、最大幸福のための社会設計」について日々考えを巡らせている。

バックナンバー

第1回 エンジニアを奮い立たせる仕組みを作る(VOYAGE GROUP)
第2回 マネジャーの仕事をチームに委譲(サイボウズ)
第3回 “Why”から構築するデザイン組織(グッドパッチ)

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