「働く」ことについてのこれまでとこれから 第12回 不安だらけに見える未来だからこそ、面白い(未来の労働)【後編】

執筆者情報
組織行動研究所
所長
古野 庸一

本連載は、これまでに「狩猟採集民社会の労働」「江戸時代の労働」「近代以後の労働」そして「現代の労働観」を扱ってきました。ここからは、未来の「働く」について考えていきたいと思います。
◆前回はこちら


未来の働き方5 職場でのメンタルヘルス不調ゼロ

「職場でのメンタルヘルス不調ゼロ」というのは、願望です。簡単にゼロになるとは思えませんが、社会として、そういう目標を持つことが重要だと思っています。

現状は、どうなっているでしょうか。
職場でのメンタルヘルス状況の調査によると、過去3年間で、精神的な不調を感じたことが「ある」と回答した人は、25.7%であることが分かっています ※1。メンタルヘルス不調になれば、本人のパフォーマンスは落ちますし、本人だけではなく周辺にも悪影響を及ぼします。そういう意味で、メンタルヘルス不調を減らすことは、企業人事の大きな課題といえるでしょう。

職場におけるメンタルヘルス不調を減らすために、政府も企業もさまざまな施策を行っています。長時間労働の是正もストレスチェック制度も、その施策の一環です。

ストレスチェックは、労働者が50人以上の事業所において毎年1回、すべての労働者 ※2に実施することが義務付けられています。ねらいは、自分のストレスの度合いを知り、ストレスが高い状態の場合には、医師の面接を受けて、仕事や職場環境の改善につなげ、メンタルヘルス不調を未然に防止することにあります。

質問票に答えることによって、自分の仕事の負担、ストレスの度合い、周りからの支援、仕事の満足度が分かりますので、メンタルヘルス不調を減らす上で一定の効果があると思われます。特に、自分の心や体の不調に無自覚に働いているとしたら、このような質問票に答えることで、自覚するようになり、さまざまな改善策を行うことができるでしょう。

しかしながら、いくつかの課題もあります。1つは、自分の状態を自分で客観的に捉えることができるかという課題です。長時間労働や高ストレスの仕事が常態化している職場だと、それが普通だと思っている可能性もあるわけです。金融業界に勤める知人は、新卒で就職した会社では朝7時から夜11時まで働いていて、それが普通だと思っていたと話していました。その場合、高ストレス状態の仕事だと気づかずに回答してしまうかもしれません。

また、自分の状態を客観的に捉えることができたとしても、正直に回答するかどうかは分かりません。ストレスが高いとわかっていても、正直に答えることで上司からの評価が低くなったり、昇進に響いたりするような職場だとしたら、事実とは異なる回答をする可能性もあります。さらに、現状のストレスチェックは、1年に1回ですので、ストレス状態がリアルタイムに測定されるわけではないことも課題であるといえるでしょう。

技術が発達していけば、ストレスの測定は手軽に、かつ正確になります。体の不調を例にすると、何かだるい感じがするという主観的な感覚だけでなく、体温計で体温を測ることで自分の状況を客観的に認識できます。同様に、自分のストレスの状態も測定器で測定可能になっていきます。

例えば、呼気中のアンモニア濃度でストレス状態は推定できます ※3。あるいは、唾液に含まれる消化酵素のアミラーゼの値からストレス状態を推定することもできます ※4。技術の発展により、日常的かつ客観的にストレス状態を測定できるようになってきています。メンタルヘルス不調の予防がより現実的なものとなってきました。

ストレスを引き起こす外部要因ストレッサーに対して、敏感に反応する人とそうでない人がいます。ストレッサーに敏感に反応するかどうかは、脳内物質の分泌量に依存し、分泌量は遺伝子によって決まっているといわれています ※5。遺伝子検査をすることで、ストレッサーに敏感に反応するタイプかどうか、つまり自分のストレス耐性が分かります。自分のストレス耐性を認識しておくこともメンタルヘルス不調の予防につながると思われます。

次に、ストレスのもとになっているものを減らすという観点で考えてみましょう。
例えば、人間関係がストレスの原因になっていることも少なくありません。その対処法として、ストレスがたまらないチームづくりも考えられるでしょう。チーム内でのコミュニケーションのルールやあり方を変えるだけでも、ストレスを減らすことができるはずです。その方面での研究に期待したいところです。

あるいは、通勤時の混雑がストレスの原因になっていることもあるでしょう ※6。通勤時の混雑そのものは、減らすことが可能です。通勤の混雑時に、鉄道の運賃を割り増しにすることで時差出勤や在宅勤務を促し、混雑時の利用客を減らすことができます。そのような施策は、政府で過去に検討されていましたが、社会的なコンセンサスが得られないという理由で1度見送っています。

しかし、通勤混雑時の鉄道の割増運賃はロンドンでも導入されているということ、そして、働き方改革により、フレックスタイムや在宅勤務の導入率が上がっていることを考慮すると、再度、テーブルの上で議論してもよい時期にきていると思われます。

技術の発達、働き方改革の実施、人々の意識の変化ということを考えていくと、これまで解決が難しかったような問題も解決可能になっていくと思われます。そのような場合、「メンタルヘルス不調ゼロ」のようにテーマを設定することが重要です。ジョン・F・ケネディ大統領が設定した月面着陸のように、少し無謀と思われるテーマを設定することによって、技術開発も進むのではないでしょうか。

未来の働き方6 幸福に働く人が増える

幸福(well-being)に関する研究は増えています。グーグル・スカラーで検索すると、タイトルに「well-being」とついている論文は、2000年の602件から2017年には5260件と増えています。幸福の定義、幸福の測定、幸福と所得の関係性、幸福と日常活動の関係性などのテーマで書かれていますが、実践的なテーマの論文も増えています。

アメリカの心理学者のリュボミアスキーらは、幸福感が長続きする人たちの行動や考え方のパターンを系統的に観察し、実験を行ってきました。その結果、次のような行動が幸福感を長続きさせることが分かりました。

・感謝の気持ちを表わす
・楽観的になる
・考えすぎない、他人と比較しない
・親切にする
・人間関係を育てる
・ストレスや悩みへの対抗策を練る
・人を許す
・熱中できる活動を増やす
・人生の喜びを深く味わう
・目標達成に全力を尽くす
・内面的なものを大切にする
・身体を大切にする

以上のような行動をすべて行う必要はなく、ライフスタイルや自分の強みに合うような行動を選択して、幸福を長続きさせることが肝要であるとリュボミアスキーは述べています ※7。

リュボミアスキーの提言は、すべて科学的な根拠に基づいています。
例えば、「感謝」の気持ちを表すことは、科学的に幸福感につながることが分かっています。

私たちは、子供の頃から、他者に何か与えられたら、感謝の念を持ち、言葉にして伝えるようしつけられています。そのことは、多くの哲学者や作家や道徳家が触れており、洋の東西を問わず語り継がれています。しかし、感謝が実際に幸福感につながっていることやなぜ幸福感につながるのかということについて科学的に研究されるようになったのは、この20年ほどの話です。

感謝そのものは単純な感情であると思われますが、感謝研究の第一人者である、ロバート・エモンズはそれを否定します。「私も調査を始めたときには、複雑さに欠ける感情と思えたのですが、すぐに、感謝とは人間の幸福感に重要な役割を果たす、込み入った感情である ※8」ことに気づきました。

感謝の気持ちを持つことが幸福度を高めるということは、いくつかの研究で実証されています。ロバート・エモンズらは、参加者をランダムに3つのグループに分け、調査を行いました ※9。それぞれのグループには毎週1回、日記をつけてもらうようにしました。第1のグループには、先週自分が感謝したことを5つ、第2のグループには、先週わずらわしかったことを5つ、第3のグループには、先週起こった出来事を5つ書くように指示し、10週間続けました。

この研究の結果は、興味深いものとなりました。感謝したことを書いたグループは、わずらわしかったことを書いたグループよりも、人生について楽観的に感じ、より満足感を持つようになったのです。また、より健康にもなっていました。頭痛や咳や吐き気などの症状は減少し、運動する時間も増えたという結果でした。この研究は、感謝することが幸福につながる可能性を示唆しています。

感謝は1つの態度ですが、それ以上のものが含まれています。感謝にはどのような働きがあるでしょうか。

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※1 労働政策研究・研修機構(2014)「第2回日本人の就業実態に関する総合調査」
※2 契約期間が1年未満の労働者や、労働時間が通常の労働者の所定労働時間の4分の3未満の短時間労働者は義務の対象外です。
※3 https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/event/15/052600125/060500006/
※4 山口昌樹・金森貴裕・金丸正史・水野康文・吉田博(2001)「唾液アミラーゼ活性はストレス推定の指標になり得るか」『医用電子と生体工学』
※5 精神の安定や安らぎは、脳内物質のセロトニンが関係しているといわれています。その分泌量は、遺伝子によって異なります。SS型、SL型、LL型の3種類の遺伝子があり、SS型の遺伝子を持つ人は不安を感じやすく、うつ病の発症リスクが高いことが分かっています。一方、LL型の遺伝子を持つ人はおおらかで楽観的で、SL型はその中間です。欧米人に比べてアジア人の方が、ストレスに対して敏感に反応するSS型を持つ人が多いということが分かっています。ちなみに、Matsunaga, M., Isowa, T., Yamakawa, K., & Ohira, H. (2013).  Association between the serotonin transporter polymorphism (5HTTLPR) and subjective happiness level in Japanese adults. Psychology of Well-Being: Theory, Research and Practice, 3: 5.によると、アメリカ人(SS26%、SL49%、LL25%)に対して日本人は(SS57.8%、SL37.8%、LL4.4%)ということです。
※6 武田超(2015)「鉄道通勤ストレスの定量的計測に関する研究 心拍変動解析の手法を応用したアプローチ」
※7 ソニア・リュボミアスキー(2012)『幸せがずっと続く12の行動習慣』(金井真弓訳 渡辺誠監修)日本実業出版社
※8 ロバート・A・エモンズ(2008)『Gの法則 感謝できる人は幸せになれる』(片山奈緒美訳)サンマーク出版
※9 Emmons, R. A., & McCullough, M. E. (2003). Counting blessings versus burdens: an experimental investigation of gratitude and subjective well-being in daily life. Journal of personality and social psychology, 84(2), 377-389.

バックナンバー第1回 「働く」という概念が変わっていく
第2回 食うために働き、働くために食って寝る(狩猟採集民社会の労働)【前編】
第3回 食うために働き、働くために食って寝る(狩猟採集民社会の労働)【後編】
第4回 利己的な勤勉性(江戸時代の労働)【前編】
第5回 利己的な勤勉性(江戸時代の労働)【後編】
第6回 労働中心の時代(近代以後の労働)【前編】
第7回 労働中心の時代(近代以後の労働)【後編】
第8回 統計資料から見た現代の労働観【前編】
第9回 統計資料から見た現代の労働観【後編】
第10回 不安だらけに見える未来だからこそ、面白い(未来の労働)【前編】
第11回 不安だらけに見える未来だからこそ、面白い(未来の労働)【中編】

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