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連載・コラム

「働く」ことについてのこれまでとこれから 第2回

食うために働き、働くために食って寝る(狩猟採集民社会の労働)【前編】

  • 公開日:2019/04/01
  • 更新日:2024/04/02
食うために働き、働くために食って寝る(狩猟採集民社会の労働)【前編】

「働く」意味合いは、社会によって異なります。懸命に働くことをよしとする社会もあれば、働くことをなるべく避ける社会もあります。それらを相対化して眺めてみることで、働く意味合いを深く考えることができます。
相対的に考える方法として、日本とは異なる社会、つまり地理的に離れている国から考える方法と現代ではない時代の社会から考える方法がありますが、手始めに、地理的にも、歴史的にも、極端に異なる社会から見ていきましょう。
狩猟採集民社会です※1。

目次
狩猟採集民の労働時間は短い
狩猟採集民は平等社会

狩猟採集民の労働時間は短い

狩猟採集民社会において、「働く」という概念は、私たちが持っている概念とは異なります。現代日本においても家事や育児、地域活動などの無償労働も「働く」という概念で考える人がいるように、ある狩猟採集民では、日常生活ならびに宗教的な活動をすべてひっくるめて「働く」という概念で捉えています。一方で、苦役だけを「働く」という概念で捉えている民族、宗教活動だけを「働く」という概念で考えている民族もいます。いずれにせよ、私たちの考える「働く」ということとは、かなり異なっています。

「生命の維持と基本的欲求の充足を可能にするために必要な財の調達」イコール「働く」と捉えるのであれば、狩猟採集民の「働く」時間は短いです。

1960年代以降、狩猟採集民の時間配分に関する体系的な研究・調査が行われるようになりました。一連の研究・調査によって、狩猟採集民の労働時間が必ずしも長くないということが判明しました。それまで、人類学者の間では、狩猟採集民は生き延びるために絶え間なく働かざるを得ず、苛酷な生活だったというのが定説でした。それゆえに、労働時間が長くないという研究結果は画期的な発見でした。とりわけ、人類学者のマーシャル・サーリンズの貢献※2は大きく、狩猟採集民の労働時間が短いということだけでなく、彼・彼女らの社会が豊かさにあふれたものであることを世の中に広めました※3。

ここでいう豊かさは、現代的な豊かさではありません。物質を所有するわずらわしさがないという観点での豊かさです。移動を前提とする生活であるため、所有するものは最低限です。しかも、必要なものは周りにある材料から作ることができました。材料となる木材、骨、繊維、石、草は無尽蔵にあり、明日を思いわずらって蓄える必要もありませんでした。

サーリンズは、著書『石器時代の経済学』において、労働時間に関して体系的に行われた研究をまとめ、狩猟採集民の労働について再考しています。取り扱ったのは、フレドリック・マッカーシーとマーガレット・マッカーサーのオーストラリアでの研究、リチャード・リーのアフリカでの研究、ジェームス・ウッドバーンのアフリカでの研究などです。

マッカーシーとマッカーサーは、オーストラリア北部のアーネムランドにおいて、2つのグループの原住民の観察を行っています。狩猟、採集、食事の準備、武器の手入れを含めた成人の労働時間を記録しました。フィッシュ・クリークのグループを14日間観察したところ、1日あたりの労働時間は4時間弱、ヘンプル湾のグループは7日間観察し、1日あたりの労働は約5時間であることを記録しました。
フィッシュ・クリークのグループの労働時間が短い理由は、大きな獲物を捕りやすい地域に居住しているからです。1日働けば、あとの2日は働かずに暮らせるだけの食料を手に入れられるという羨ましい地域に住んでいます。

狩猟採集民の労働時間は短い

働く時間も短いですが、その働き方も断続的です。少し働いて、必要なものが見つかれば、休憩する。暇な時間は休む。昼間の睡眠は、日常的に行われます。長時間働く日もありますが、次の日は短時間にすることもしばしばです。日々の労働時間を一定に、という概念は希薄です。余分に働くことも、過重労働もありません。歩くペースを速めることもしない。しかしながら、働くことを嫌なことと見なしているわけではありません。また、胃袋が満たされれば食料は何でもいいというわけでもありません。多様な食料を調達します。栄養摂取は、量的にも質的にも適切になるように暮らしています。

このような生活は、オーストラリアだけでなく、アフリカの狩猟採集民でも同様でした。文化人類学者のリーは、アフリカ大陸南部に広がるカラハリ砂漠のクンを精力的に研究しました。1964年7月から8月にかけての4週間観察を行い、報告書を作成しています。内容は、マッカーシーとマッカーサーの研究とおどろくほど似ています。

クンにおける基本的な社会集団は、10名から30名のメンバーで構成され、リーはその社会集団活動を「キャンプ」と呼んでいます。集団として自給自足の生活を維持するために、キャンプは最低10名のメンバーが必要です。しかし、メンバーが多ければいいというわけではありません。多すぎると、各自が行う仕事量に対する1人あたりの報酬が徐々に減っていくために上限は30名に保たれます。水と食料の絶対量が乏しく、広範囲に分布しているカラハリ砂漠では、それらを安定的に獲得していくことが容易ではありません。キャンプのメンバーは、季節ごとに移動し、環境へ柔軟に対応していくことで生存し続ける確率を高めます※4。

キャンプのメンバー全員が、働いているわけではありません。常に働いている人は65%で、残りはあまり働いていません。狩猟採集の時間は、週に15時間ほど。1日平均2時間程度でした。それに道具の製作、料理の準備を加えると1日4時間から5時間となり※5、オーストラリアの狩猟採集民と同程度であることが分かります。

ベネズエラの狩猟採集民であるヒウィの男性は、狩猟採集にかける時間が、1日2時間未満で、たいていは1時間の労働で1日分の食料が調達できるほどである※6と報告されています。狩猟採集民の労働時間が短いのは、奇妙なことではありません。人間に最も近い種である類人猿の1日の労働時間は、平均で4.4時間であることが分かっています※7。
経済学者のグレゴリー・クラークは、マダガスカル島のミケア、パラグアイのアチェ、ブラジルのメクラノティ、ペルーのシピボなどの狩猟採集民の労働時間の先行研究をまとめており、男性の1日あたりの労働時間は、料理や育児の時間を含めても平均5.9時間であると述べています※8。

働くことはエネルギー源を獲得する行動である一方で、エネルギーを消費する行動でもあります。そのバランスを維持することで、狩猟採集民は現代まで生き延びてきました。そういう意味で、彼・彼女らは、消費エネルギーを最低限におさえ、エネルギーになる食料を獲得するために働いているといえます。狩猟採集民は生きていくのに必要なものしか求めないため、猛烈に働く必要がないのです。また、さまざまな栄養のあるものを食べて、豊かな社会生活を送っていました※9。

しかしながら、そこでの生活が、牧歌的というわけではありません。狩猟採集民はたいてい飢えていて、毎日、必死に食料を確保しています。1日何時間も歩いたり、走ったりして、水や食料を探し、運び、料理をします。余剰な食料を生産しないので、エネルギーの無駄遣いはできません。だから、できるだけ休めるときに休むのです。子供の頃から働き手として期待されていますし、高齢になったとしても引退は簡単にできません。怪我や病気に見舞われたら、他の人が埋め合わせなければならない。もし足手まといになれば、遺棄される可能性すらあります。

高齢者の扱いは、民族によって異なります。クンやピグミーのように、高齢者に配慮する民族もあれば、アチェやイヌイットのように、足手まといの高齢者に冷たい対応をする民族もいます。

食料の供給状況と高齢者に対する文化的な価値観によって、その扱いは異なります。食料が十分に得られない環境であれば、狩猟採集のできない高齢者が、その民族に対して有用であるかどうかということが考慮されます。キャンプを移動する際についてこられない高齢者は、置いていかざるを得ません。そういう社会です※10。

それに比べると、現代日本社会は高齢者に優しい社会といえます。年金制度を確立し、維持していこうと努力しています。働きもせず、他者に依存しているフリーライダーであったとしても、手厚く見守っていく社会です。年金は、当然の権利であると思っている人も多いでしょう。しかし、それは狩猟採集民社会においても、長い歴史のなかにおいても、当然の権利ではありません。超高齢社会の日本に、高齢者を支える余裕がどこまであるのかを考えさせられる話です。

狩猟採集民は平等社会

ムブティは、アフリカのコンゴ民主共和国に住む狩猟採集民です。密林のなかに、十数家族までの小集団でキャンプを張り、移動しながら生活しています。明確な宗教は持ちませんが、多くの恵みを与えてくれる「森」を崇拝し、儀式を行うことで森をなだめます。人類学者のコリン・ターンブルは、彼らと共に暮らし、彼らの生活について本を著しています※11。

狩猟採集民社会は平等で、獲得した大型の獲物を公平に分ける価値観を持っています。獲物が捕れることもあれば捕れないこともある、不確実性の高い社会における保険です。互酬性が高ければ生き残る可能性も高まるため、平等性は社会的な知恵でもあります。大型の獲物は、保存がきかず貯蔵することもできないので、皆で分けるのが理に適っています。大型の獲物を捕ってきた狩人が獲物を独占することは禁じられていますし、多くの獲物を捕って高慢になってもたしなめられます。当然、いかさまに対しては、厳しい処罰が与えられます。軽い叱責、辛辣な批判、仲間外れ、嘲笑、侮辱、追放、死刑などです。厳しい環境から作られた厳しいルールです。

ターンブルの本には、抜け駆けをして肉を得た男の話が書かれています。小集団のルールから逸脱した男は、どのように扱われたのでしょうか。

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次回は、狩猟採集民族の労働特徴などを取り上げた後編をお届けします。


※1 私たちの祖先は、農耕を行う前、動物を狩り、木の実を採集する、狩猟採集民でした。タイムマシンに乗って、古代の狩猟採集民を直接観察できればいいのですが、そういうわけにもいきません。ゆえに、現代に残された人工物を手がかりに、古代の狩猟採集民の暮らしを類推します。しかし、残された人工物はわずかであり、確かなことはよく分からないという状況です。なので、現代の狩猟採集民社会から古代の狩猟採集民社会を推測するという手段が採用されます。
しかしながら、そのような推測は慎重に行う必要があります。なぜなら、現代の狩猟採集民は、近隣の影響を受け、急速に現代化しているからです。その生活が、数万年前と同じであると考えるのは危険です。現代文化と接するうちに、狩猟採集をしながら農耕を行い、服や靴、ベッドを所有し、子供を学校に通わせるようになった狩猟採集民もいます。
また、現代まで生き延びている狩猟採集民は、気象条件が厳しく、人の住みにくいところに住んでいます。「狩猟採集民」とひとくくりにできない多様性も持っています。ゆえに、現代の狩猟採集民を観察して、古代の狩猟採集民の暮らしぶりを推測するには、慎重さが求められるのです。
しかしながら、ここでの目的は、古代の狩猟採集民を正確に捉えることではなく、現代日本社会において私たちが当然と思っている「働く」という概念を疑うことにあります。ゆえに、ここでは、現代の狩猟採集民の暮らしについて分かっていることを用いて、「働く」ということを考えていきます。
※2 マーシャル・サーリンズ(1984年)『石器時代の経済学』山内 昶訳 法政大学出版局
※3 貧困な狩猟採集民という伝統的な見解に対して、かねてより反論してきたのはエルマン・サーヴィスですが、豊かな狩猟採集民であったことを世に広めたという観点で、サーリンズを取り上げました。
※4 Lee, R. B. (1979). The !Kung San: Men, Women, and Work in a Foraging Society. Cambridge: Cambridge University Press.
※5 Lee, R. B. (1979). The !Kung San: Men, Women, and Work in a Foraging Society. Cambridge: Cambridge University Press.
※6 グレゴリー・クラーク(2009年)『10万年の世界経済史』久保恵美子訳 日経BP社
※7 Winterhalder, B. (1993). Work, resources and population in foraging societies. Man, 321-340.
※8 グレゴリー・クラーク(2009年)『10万年の世界経済史』久保恵美子訳 日経BP社
※9 マーシャル・サーリンズ(1984年)『石器時代の経済学』山内 昶訳 法政大学出版局
※10 ジャレド・ダイアモンド(2013 年)『昨日までの世界―文明の源流と人類の未来』倉骨 彰訳 日本経済新聞出版社
※11 コリン・ターンブル(1963 年)『ピグミー森の猟人―アフリカ秘境の小人族の記録』藤川玄人訳 講談社

執筆者

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技術開発統括部
研究本部
組織行動研究所
主幹研究員

古野 庸一

1987年東京大学工学部卒業後、株式会社リクルートに入社 南カリフォルニア大学でMBA取得 キャリア開発に関する事業開発、NPOキャリアカウンセリング協会設立に参画する一方で、ワークス研究所にてリーダーシップ開発、キャリア開発研究に従事
2009年より組織行動研究所所長、2024年より現職

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