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企業事例対話と評価の仕組み:チェックイン アドビ

完全テレワーク下でも透明で納得感のある人事評価は可能だ

完全テレワーク下でも透明で納得感のある人事評価は可能だ

アドビは、デザイナーなどプロフェッショナル向けの画像編集ソフト最大手の米国企業であり、昨今、人事評価の仕組みを激変させた先駆けとしても知られる。

件の評価制度を中心に、新型コロナウイルス感染症の拡大が経営や人事に与えた影響を探るべく、アドビ株式会社 人事部 ビジネスパートナー 草野多佳子氏、人事部 採用チーム シニアマネージャー 杉本隆一郎氏にお話を伺った。

「期待」「フィードバック」「キャリア開発」について話し合う

アドビがそれまでの人事評価制度を一新し、チェックインと呼ばれる対話と評価の仕組みを導入したのは2012年12月のことだ。

チェックインでは、まず期初である毎年12月にマネジャーと部下が話し合い、年間の業績目標と各自の成長目標を決める。具体的には「期待」「フィードバック」「キャリア開発」という3要素について話し合われる。

「期待」についてはマネジャーがリード役になり、最新の経営状況を説明した上で、その期に本人に求めることを伝える。期待はビジネスのゴールのことであり、成果、行動、貢献という3点で説明される。その期待をもとに両者が話し合うのが「フィードバック」だ。対話を通して本人の希望を勘案していく。「キャリア開発」では部下がリード役となる。期待に応える動きを行うための目標を自らで設定し、「こんな仕事がやりたい」「こんな研修を受けたい」という提案をマネジャーに行う。

この3要素についての対話は、3カ月(四半期)に最低1回のペースで行われる。環境変化に応じ、期待は変わることがある。その場合、新たに確認し、握り直すわけだ。働きぶりに対する社内外の評判をマネジャーが耳に入れたら、本人にフィードバックもする。キャリア開発の内容も当初からの変更が必要になる場合がある。いずれも所要時間は45分から60分となる。

これとは別に、各自の仕事の進捗について、マネジャーは各部下と個別の対話(1on1)を週1回あるいは隔週1回のペースで行っている。時間にして30分あまりだ。人事部ビジネスパートナーの草野多佳子氏が話す。「チェックイン時の話題の対象は本人、1on1は仕事です。チェックインが1on1のように個別の仕事についての対話になってしまわないように、マネジャーには注意を喚起しています」

部下の報酬や昇格はマネジャーの裁量で行う

1年が経過すると、マネジャーは年間を通した期待の達成度合いを材料に、自らの裁量で各部下の報酬や昇格などを決定する。これをリワード・チェックインと呼ぶ。マネジャーには昇給用の予算が与えられているのだ。

チェックインが導入される以前は、全社単位で社員を序列化し評価していた。「マネジャーが各自の1年間の成果をもとに、上位、中位、下位のランクにあてはめるというもので、負担が非常に大きいという問題点がありました。それぞれの枠が決められているため、成績が良くても、ランクを落とさざるを得ない部下が必ず出ます。そういった心理的負担のほか、時間もかかっていました。面倒な書類の記入も含め、メンバー1人あたり8時間もです。1人のマネジャーは平均5人の部下がいたので、合計40時間。全社で2000人のマネジャーが働いており、8万時間がその作業に費やされていたことになる。40人の正社員の年間総労働時間に相当する膨大なものでした」(草野氏)

部下側の納得感も低く、社員満足度調査には制度への不満が如実に表れていた。評価は年1度だから、多くの場合、仕事と評価の間に時間が空いてしまう。マネジャーから「あのときにこうしてくれたらもっと高評価だった」と言われても、「それなら、そのときに言ってほしかった」と部下は考える。もっと頻繁に会話できていれば、改善できたことがあったかもしれない。

評価決定時期に近い仕事ほど、評価の対象になりがち、という偏りも生じていた。そうした不満がこのチェックインで一掃されたのだ。「1年間、チェックインを通し、マネジャーと向き合ってきた結果を年間評価として受け取っている。そういう意味で、透明性があり納得感が高い、というのが多くの社員の感想です」(草野氏)

解雇はしないというトップからのメッセージ

次は同社の新型コロナウイルス対策についてだ。対応は迅速だった。同社人事部シニアマネージャーの杉本隆一郎氏が語る。「CEOのシャンタヌ・ナラヤンと人事のトップ、グロリア・チェンの2人が、『これから困難な状況がわれわれを襲うかもしれないが、皆さんを解雇することは絶対にありませんから、安心してください』というメッセージを2月の初めに真っ先に発してくれた。人事として心強い内容で、しかも絶妙なタイミングでした」

まず、働き方の柔軟化が促進された。テレワークへの移行である。600人が働く日本法人では週2日までのテレワークが認められていたが、2月17日から制限が取り払われる。3月16日には米本社からの通達でテレワーク可能な社員はオフィスへの出社が原則禁じられた。3月24日には中国を除くすべての拠点が閉鎖され、日本法人でもこの日から全社員が在宅勤務に移行した。今のところ、2021年の7月まではこの状態が続けられるという。

社員の異動も活発に行われた。「コロナ禍では対面の営業がしにくくなります。そこで、そうした人材を、人員不足だった部門に異動させました。今のところ、トップの言葉通り、われわれは全社員の雇用を守りながら、業績も堅調に推移させています」(杉本氏)

全面テレワークへの移行にあたり、困難は生じなかったのだろうか。「以前からビデオ会議のツールが整備されており、会議も頻繁に行われていたので、まったく問題はありませんでした。テレワークの推進でよく取り沙汰される紙の資料に関しても同じです。もともとペーパーレスの推進を事業としており、電子署名システムも商品化しているからです」(草野氏)

それから9カ月が経とうとする今(取材日は12月14日)、働きぶりにどんな変化が生じたのだろうか。「移動時間がなくなり、生産性が非常に上がったという声をよく聞きます。オフィスで働く場合、出社してから退社するまで、基本は仕事モードを保たなければなりませんでした。これが自宅で働いていると違います。今日は天気がいいから午前中の2時間だけリラックスタイムにしようという柔軟な働き方ができるようになりました」(杉本氏)

3月以降、「COVID-19サーベイ」という働き方に関する意識調査も人事が定期的に行ってきた。それによると、特に問題なく仕事ができていると答える社員が多数を占めているという。

ただ、家に閉じこもっていると、ストレスを抱えてしまう人がいるのも確かだ。「メンタルヘルスを維持するためのトレーニングプログラムをオンラインで何度か実施したところ、多くの受講生が集まり、好評でした」(草野氏)

マネジャーが互いに相談できるオンラインコミュニティ

一方で、チームをまとめるマネジャーには相当の負荷がかかっている可能性がある。そこで、マネジャー同士がつながることができるオンラインネットワークを人事が整備した。

そこでは、互いに仕事の相談ができるようになっている。例えば、あるマネジャーが「オンラインでチームミーティングをする際、議論が活性化しない。工夫すべき点があったら教えてください」と問いかけると、「うちではファシリテーターを設定し、しかもローテーションさせている」「毎週異なるお題をあらかじめ設定し、ミーティングの冒頭でそれに対する答えをアイスブレイクとして使ったら」といった助言を他のマネジャーが返してくれるという。

ここまで、通常業務に関しては、テレワークでも支障ないことが分かった。では評価についてはどうか。チェックインは例年と変わらず運用されているのだろうか。

「オンラインでもうまくやれています。変化といえば、マネジャーがリワード・チェックインを行うためにオンラインで視聴しなければならない映像教材が増えたことくらいでしょうか」と草野氏が答える。

テレワークだと部下の仕事ぶりがよく分からないから適切な評価ができない、というマネジャーはいないのだろうか。

「いませんね。働いている姿や実労働時間をチェックせずとも、依頼した成果物を見れば、きちんと仕事に取り組んだかどうかは一目瞭然です」と、今度は杉本氏が答える。

評価といっても密室で行われない。しかも、その内容が上司と部下が定期的に行っているコミュニケーションを基礎にしたものなら、コミュニケーションがオンラインになっても、本質は変わらない。上司と部下、お互いが納得できる評価を実現するには日頃の対話が重要だということを、このアドビの事例は示している。


【text:荻野進介】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.61 特集1「リモートが問う人事評価のあり方」より抜粋・一部修正したものである。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

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