- 公開日:2026/06/29
- 更新日:2026/06/29
近年、多くの企業が、自律的なキャリア形成支援に力を入れるようになった。しかし一方で、事業変革のためにリソースシフトを行いたい企業も増えている。では企業は、両者のあいだでどのように動くのがよいのだろうか。キャリア形成支援を研究する古田克利氏に伺った。
- 目次
- 日本におけるキャリア形成支援の歴史とは
- 自律的なキャリア形成が苦手な人たちが多数存在する
- 福祉的なキャリア形成支援から攻めのキャリア形成支援へ
- 攻めのキャリア形成支援のポイントは「上司の関わり」
- 経営主導での推進の重要性と個人のレジリエンス向上
日本におけるキャリア形成支援の歴史とは
最初に、日本のキャリア形成支援の歴史を説明します。日本の人材育成計画の発端は、1958年制定の「職業訓練法」にあります。それ以前は、封建制度的な丁稚奉公の働き方が主流でした。国はそれでは経済が発展しないと考え、企業による技能者養成と国による職業訓練の必要性を明文化し、労働者を守るために職業訓練法を作りました。
次のターニングポイントは、職業訓練法が「職業能力開発促進法」に改称された1985年です。このとき、「労働者の自己啓発」が重要なキーワードとなりました。背景には、企業による技能者養成だけでは立ち行かなくなってきた事業環境の変化がありました。また、アメリカが1970年代から個人のキャリア形成を重視し始め、その潮流が日本に入ってきた影響もあると考えられます。
そして2016年、職業能力開発促進法が改正され、企業の能力開発だけでなく、労働者個人にも自律的キャリアデザインが求められることが法律で定められました。また、キャリア支援職は日本では2000年代初頭から民間資格として運営されてきましたが、同じ法改正で国家資格「キャリアコンサルタント」となり、キャリアコンサルティング機会の確保が企業の努力義務となりました。
自律的なキャリア形成が苦手な人たちが多数存在する
こうした法改正などの結果、今では多くの日本企業がキャリア研修、キャリア面談などを実施するようになり、従業員にキャリア自律を推奨するようになりました。私はこれらを「福祉的なキャリア形成支援」と捉えています。
福祉的なキャリア形成支援が広まること自体はすばらしいことです。しかし、現状に問題がないかといえば、そんなことはありません。私は大きく2つの問題があると考えています。
1つは、「誰もが自律的にキャリアを形成できるわけではない」という問題です。
私はこれまで、多くの人事や働く人たちにインタビューしてきましたが、その実感として、どの企業にも、自律的なキャリア形成を苦手とする人たち、キャリア自律のモチベーションが低い人たちが、かなりの割合で存在します。キャリア自律の度合いはグラデーションになっており、自律的なキャリア形成にとても前向きな従業員もいれば、キャリア自律が苦手で意欲が低い従業員もいるのが現実だと思われます。そして、後者の人たちには、キャリア自律を促すタイプのキャリア形成支援はあまり効果がないのです。
もう1つは、「組織がキャリア自律を尊重しすぎていて、従業員にどうなってほしいというメッセージが足りていない」という問題です。
福祉的なキャリア形成支援が大事であることは確かですが、一方で、企業が経営戦略や人材戦略に基づいて、従業員にこのように活躍してほしい、そのためにこの能力を身につけ、こうした経験を積んでほしいといった発信をすることも大切です。しかし、最近は前者ばかりがフォーカスされており、後者が疎かにされがちだと感じます。個人の意思を尊重するあまり、キャリア形成支援が福祉的な方向に偏っているのです。
その結果、自律的なキャリア形成を苦手としている人たちは、自分がこれから何をどうしてよいか分からない、という状態に陥っているケースが少なくないと考えられます。
福祉的なキャリア形成支援から攻めのキャリア形成支援へ
私はこれらの問題を踏まえて、これからの日本企業には、「攻めのキャリア形成支援」が必要ではないかと考えています。
攻めのキャリア形成支援とは、経営戦略に基づいて従業員のキャリア形成を支援する取り組みです。つまり、従業員に「わが社はこれからこの事業に力を入れる」「このような方針で事業変革を進める」「経営戦略に沿って、このような人事戦略をとる」といった経営戦略・人事戦略をしっかりと伝えた上で、「だから、皆さんにはこのようなキャリア形成をしてほしい」と具体的に求めることを指します。当然ながら、そのキャリア形成に必要な学習機会などを用意することも大切です。
現状は多くの企業が、まだこの種のキャリア形成支援を進めていません。しかし、密かに求めている従業員は少なくないはずです。先ほども触れたとおり、自律的なキャリア形成を苦手としている人たちは、これから何をどうしてよいか分からなくなっているからです。
私は今後、日本企業は福祉的なキャリア形成支援から攻めのキャリア形成支援へ、重心を移すべきではないかと考えています。それが多くの従業員を活用する上で欠かせないことだからです。
攻めのキャリア形成支援のポイントは「上司の関わり」
ただし、攻めのキャリア形成支援を行う際には2つ注意しなければならない点があります。
1つ目は、「上司の関わり」がポイントになるということです。福祉的なキャリア形成支援は人事主導でよいのですが、攻めのキャリア形成支援の要となるのは「上司」、つまりミドルマネジャーです。彼らが、組織や事業の方向性を踏まえた上で、部下が戦力として活躍できるよう、部下一人ひとりのキャリアに介入する必要があります。
ミドルマネジャーは、福祉的なキャリア形成支援にはそれほど深く関わらなくてもよいと思いますが、攻めのキャリア形成支援には必須の存在です。私は、これをマネジメントの役割の1つに加えるべきだと考えています。
2つ目は、「会社主導の異動は従業員のやる気を削ぐ」ということです。藤本真氏(労働政策研究・研修機構研究員)の研究によると、日本の旧来型人事施策のなかで、唯一会社主導の異動だけが従業員のやる気を削ぐといいます。
ですから、企業は従業員のキャリアに介入した方がよいのですが、介入の仕方には工夫が必要です。例えば、会社主導の異動であっても、どこかに本人の意思が介在する余地を残すようなやり方が求められると思います。いずれにしても、異動へのモチベーションを高めてから異動してもらうことが肝要です。
経営主導での推進の重要性と個人のレジリエンス向上
攻めのキャリア形成支援について説明してきましたが、会社によっては、これが決して簡単ではないことは理解しています。
例えば、私は『働く人のキャリアの停滞』(創成社)のなかで、「技術者のキャリアの停滞」について書きました。そのとき分かったのは、システムエンジニアはプロジェクトマネジャーに向けてキャリアアップする必要があるけれど、二次請けや三次請けのシステム会社にはプロジェクトマネジャーのポジションがほとんどなく、キャリアアップが極めて難しいという現実でした。
難しいことを承知でいえば、この種の問題を打破するのは経営層の役割です。攻めのキャリア形成支援を行う際には、事業変革を進めて必要なポジションを用意したり、異動やローテーションの機会を多く設けて従業員を塩漬けにしないようにしたりする取り組みも同時に必要です。これは経営主導で行われるべき施策なのです。
前向きなメッセージで締めたいと思います。最近の私たちの研究で、「主観的な転機経験の数が多いほど、仕事が大変な状況を迎えたときの心理的ストレスが緩和される」ことが分かりました。つまり、自分は多くの転機を経験してきたのだと自覚すると、ストレスに強くなるのです。レジリエンスが高まるといってもよいと思います。この転機とは修羅場経験に限りません。さまざまな転機があり得ます。
キャリア研修で、人生グラフを描くワークや職業上の転機を思い出すワークを行うことがありますが、それはキャリア形成だけでなく、レジリエンス向上にも役立つのです。自律的キャリア形成支援のポジティブな副作用です。
【text:米川青馬 photo:平山 諭】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.82 特集1「企業の変化適応とキャリア自律の接点」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
古田克利(ふるたかつとし)
法政大学大学院 キャリアデザイン学研究科 教授
2015年同志社大学大学院総合政策科学研究科修了。大学卒業後、企業で営業、システムエンジニア、人事、経営企画などを経験した後、研究者へ。関西外国語大学准教授、立命館大学教授などを経て、2025年より現職。『IT技術者の能力限界の研究』(単著・日本評論社)など著書多数。
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