インタビュー
社会を変えるリーダー
東京大学 総長 藤井輝夫氏
- 公開日:2026/06/22
- 更新日:2026/06/22
東京大学は今から2年後の2027年に創立150周年の節目の年を迎える。
同年秋には、UTokyo College of Designという新たな学部をメインキャンパスである本郷地区でスタートさせる予定だ。1学年100名、日本人、外国人が一緒に学び、講義はすべて英語で行われる。
学部の新設は1958年の薬学部以来約70年ぶりのことだ。
2021年9月、藤井輝夫総長が掲げた基本方針「UTokyo Compass」の基本理念の1つが「世界の誰もが来たくなる大学」。新学部もこの方向性のもとで開設に向けた検討・準備が進められている。
その藤井総長に、UTokyo Compassに込められた思いやその背景について聞いた。
※この記事は2025年8月7日に取材しました。
日常から多様性に触れることの大切さ
藤井輝夫氏は、2021年4月に第31代総長に就任、同年9月にUTokyo Compass「多様性の海へ:対話が創造する未来」を発表している。東京大学が目指す理念と基本方針を示したものであり、「学知を生みだし、つなぎ、深める拠点として、問いを立てる基礎力をはぐくみ、卓越性と包摂性の実現を目指す」とした上で、「対話から創造へ」「多様性と包摂性」「世界の誰もが来たくなる大学」という3つの基本理念を掲げる。
目指すのは「多様な人間が集まり、課題の発見と共有と解決に取り組む場としての大学」である。
キーワードは「多様性」と藤井氏は話す。「女性の学部学生は20%しかおらず、教員については特任を含め19%程度です。外国人留学生も大学院は28%ほどだが、学部は2%しかいない。首都圏にある中高一貫の進学校出身の学生が多いこともよく指摘されますが、こうしたモノカルチャーを変えていきたいと考えています。学問の高みを目指す上ではもちろん、気候変動や食料危機、海洋プラスチックごみ問題、超高齢社会といった地球規模の課題を解決するためには多様な視点が必要不可欠です。だからこそ多様性を中心的課題に置きました」
藤井氏がその大切さを実感したのはフランス国立科学研究センター(CNRS)と東大の生産技術研究所が運営する日仏国際共同研究ラボでの経験だ。「2007年から7年間、共同ディレクターを務めましたが、そこにはフランスから、さまざまな国籍の20名ほどの研究者が入れ代わり立ち代わり来ていました。彼らは日本人とは違う発想で物事を進めようとしますので、当然そこには摩擦が起こりますが、そのなかで新しいものが見えてくることも多かった。私の専門はマイクロ流体システムで、当時世界的にも新しい分野だったのですが、おかげでレベルの高い研究成果を出すことができました。日常的に触れ合うなかで、互いの理解も進みます。この経験から、サイエンスだけではなく、世界レベルの課題に取り組む際にも多様性が大切だと考えたのです」
藤井氏は、こうした性別や出身地、国籍など「人材の多様性」が重要だと主張するが、同時に「時間の多様性」も大切にすべきとしている。
入学直後に休学する自主活動プログラム
2011年頃、東大が秋入学を検討したことがある。全面的な移行は実現しなかったものの、学部教育の改革について相当議論が行われ、学部教育の総合的改革へとつながった。
当時、総長補佐を務めていた藤井氏も、この改革に携わっていた。「高校卒業後、すぐに大学に入り、大学を卒業したらすぐに就職する。日本の若者たちのキャリア形成の典型ですが、国際的に見ると異端です。大学など高等教育機関への入学者の平均年齢は、日本が圧倒的に若くて18歳。OECD諸国の平均は22歳くらいです。高校と大学の間にいろいろな経験を積んでいる。私自身、学生時代に、次の段階にとにかく押し出されるようで日本は窮屈だと思っていました。社会と大学の間にもっと行き来があってもいい。そんな発想から、2013年にあるプログラムを立ち上げました」
それが「初年次長期自主活動プログラム」(英文名称:FLY Program)である。入学した直後の学部学生が自ら申請し1年間の特別休学を取得した上で、東大以外の場において、ボランティア活動やインターンシップ、留学など、長期間の社会体験活動に従事する。
その年に東大に合格した人であれば誰もが応募でき、活動費として最大50万円が支給され、毎年5~10名程度の参加者がいる。世界一周の旅を通じて視野を広げたり、ある特定の国に長期間滞在して自らのテーマを深掘りしたり、被災地でボランティアを行ったり、活動内容はさまざまだ。「私自身は学生にこのプログラムを推奨する立場だったのですが、素晴らしい内容だと今でも思っています」
ある学生は農業への興味から、北海道、千葉、オーストラリアでの就農体験を通じて、多様なバックグラウンドを有する同僚との交流を深めながら、海外との比較を基に日本の農業の特性や、現場での課題について考察を行った。
またある学生は環境問題への関心から、環境先進国であるベルギー、ドイツ、スイス等でワークショップやボランティア活動に参加し、人間と自然の関係を模索した。受験勉強を終えた直後から大学の勉強を始めるまでの1年間、主体性をもち、活動する。まさに時間の多様性を実現させるプログラムだ。
現代と未来の社会変革を促す
藤井氏はその後、総長となり、国内外から多様な背景をもつ人たちが集まって一緒に学ぶ環境として、冒頭でも触れた新たな学部、UTokyo College of Designの構想を立ち上げた。2027年9月からスタートする学士・修士課程一貫の5年プログラムだ。「新たなコンセプトを生む力と、それを形にする実現力を備えたリーダーを育成し、社会に革新をもたらすイノベーターを輩出すること」をビジョンに掲げ、東大として初めて外国人を学部長に迎える。
1学年100名で、最初の1年間は全員が寮生活を送り、授業はすべて英語で行う。入試は大学入学共通テストを使うルート、国際的な統一試験を使うルートの2種類があり、それぞれ50名ずつを想定。入学時期は春ではなく、秋だ。「1学年100名というのは一見少ないように思えますが、とにかくこの100名を丁寧に選抜し、育てていきたい。毎年100名が社会に出て行動するようになれば、相当大きなインパクトを作れるはずだと考えています」
ここでいうデザインとは単なる造形という意味にとどまらない。「社会システムの変革を含む、広い意味でのデザインです。法律や公共・医療サービス、教育など、すべてにデザインが必要で、地球と人類社会の未来を構築するにあたって不可欠な新概念だと考えています」
学びの特徴はどのようなものなのだろうか。「単独の専門性に頼っていては解決できない問題が社会には溢れており、これまでにない分野横断型の学際的カリキュラムを想定しています。加えて重視するのが個の視点です。市民、ユーザー、あるいは当事者目線を大切にしたいと考えています」
産業界との垣根も低い。スタジオと呼ばれる学びの場では、学年を問わず学生同士はもちろん、教員、チューターとの自由な議論や学び、教え合い、協働が行われる。「そこに産業界からもいろいろな人に立ち寄ってもらい、学生たちが取り組むプロジェクトに助言をもらったり、ちょっとしたセミナーを開催してもらったりしようと考えています。これまでは大学が育てた学生を企業が受け取り、即戦力として活用してきましたが、人口減少が著しい現在では、企業と大学とが一緒に人材育成を進めていくべきだと考えています」
モデルはある。米国で行われているCooperative Education(通称:コーオプ教育)という人材育成のプログラムである。修業年限中のある学期を使い、学生が企業で働き、給与をもらって一定の業務に就く。採用を目的としたインターンシップではなく、大学で培った知識やスキルを実務で使えるよう、より一層レベルアップさせることが目的だ。
「ワクチンを製造するモデルナ社の工場が米国マサチューセッツ州にあり、2023年に視察に訪れたことがあります。コロナ禍で大きく成長した企業で、多くのコーオプ学生(Co-op Students)がワクチンの製造に従事していました。就業期間が終了したら大学に戻り、自分の研究をする。モデルナでの経験がそこで生きる。モデルナ側も優秀な学生の力を借りて研究開発を進めることができ、さらに学生から新たな発想や改革の種も得られるわけです。こうした仕組みを私たちも考えていくべきです」
そんな藤井氏に、「大切にしている知の作法」を聞いてみた。「慣れ親しんだ分野に安住せず、新たな分野に飛び込み、それ自体を楽しむことをモットーにしています。私は工学部船舶工学科の出身で、海中ロボットの研究を長くやっていましたが、1995年に理化学研究所に所属を移しました。そこでは新しい研究をやらなければならず、マイクロ流体システムの研究に取り掛かりました。その分野では生物学が必須なので、1年間、ポスドク(博士課程修了者)に教えを受けながら、基礎を学びました。
違う分野に行くと、今までと異なる物の見方や知識が必要ですから、違う視点で研究ができ、新しいものが生まれる。私は船舶工学出身でしたが、船ではなく水中のことをやり、そこからロボットに行き、AIの世界に入り、というように、越境を繰り返してきました。多様性の原点は私のキャリアにもあるのかもしれません」
座右の銘は「楽しいことには労を惜しまず取り組む」。研究も楽しいことに含まれるかを聞いてみると、「もちろんです。研究が一番楽しい」という答えが返ってきた。瞬間、総長の顔が研究者のそれに戻った。
【text:荻野進介 photo:山﨑祥和】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.80 連載「Message from TOP 社会を変えるリーダー」より抜粋・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
藤井輝夫(ふじいてるお)氏
東京大学 総長
1988年東京大学工学部卒業、1993年同大学院工学系研究科博士課程修了・博士(工学)。同生産技術研究所や理化学研究所に勤務後、東京大学生産技術研究所教授、同大学執行役・副学長、同理事・副学長などを経て、2021年4月より現職。
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